怖くないか


           
幸せよ 
あなたと一緒に死ねたら
 
近藤正臣主演映画 最高傑作
超高層ホテル殺人事件
            1976年  貞永方久作     
改作 メイキング

超高層ホテル殺人事件



森村誠一が1971年に出版した「超高層ホテル殺人事件」を原作に 1976年に松竹で製作された同名の映画。  氏にとって初の映画化という記念すべき作品ではあるが 何故か知名度が低く、翌年公開された人間の証明の方が断然 良く知られている。 公開当時の興行収入、評価は良く分からないものの 85年にVHSが販売されて以降DVD化などに恵まれていない事から おそらく余りウケなかったのではないかと考えてしまう。 しかしながらこの映画「超高層ホテル殺人事件」は 映画「人間の証明」の数段上を行く出来栄えである。


死への逃避行

近藤正臣 由美かおる  


この映画は、親友を失い、父を失い、その念願の財産と、燃え上がる愛をも失ってしまった男の その負の運命を取り払うためのもがき、苦しみ、そして破滅を描いた『運命劇』なのである。 ・・・ 真赤に燃える夕焼空に突き刺さるように聳えたつ地上62階の超高層ホテル“イハラネルソンホテル”。 このホテルこそ一介の土建屋からのし上がった猪原留吉の、長年の夢の象徴である。 この日、知名人を招待しての盛大なパーティが行なわれている。 次々と到着する知名人の中に、留吉のライバルの財界の大物・浅岡哲郎、敏彦親子の姿もあった。 やがて、雄大なビルに十字架のイルミネーションが輝き、光の洪水の中に浮かび上がった。 その時、一つの黒い人影が十字架の光の中を落下した。落ちたのはホテルの総支配人ソレンセンだった。

このショックで留吉はホテルの完成を見ずして倒れたため 息子の杏平は父の意志を継いで、ホテルの完成を目ざした。 だが、資金ぐりで行き詰っていた。浅岡親子の妨害が激しかったからだ。

そんな苦しむ杏平につきまとう一人の男がいた。冷徹な野心家の秘書・大沢である。 波はソレンセン殺害の共犯者なのだ。彼は杏平から金をゆするために学生時代から媚を売っていた。

一方、警視庁の那須警部、村田刑事が鋭い眼で杏平にまつわりついていた。

そんなある日、杏平は敏彦の妻・友紀子と再会した。 かつて、杏平から友紀子は去り、今では浅岡敏彦の妻となっていた。 しかし浅岡敏彦は精神異常者であり、友紀子はそこから抜け出せず苦悶していた。 未だ未練が残る二人。数年ぶりの再会は二人を自然な形で結びつけ、燃え上がらせた。 夜。嵐が来たが、二人はセスナに乗ってまた元の場所へ帰っていった。 「怖くないか?」 「平気よ。あなたと一緒に死ねたら」

だがこの危険な逢瀬を大沢が嗅ぎつけ、杏平をゆすったために、杏平は大沢を殺そうと決意した。 その日、留吉は死亡。ホテル完成目前の死だった。

しばらくして、杏平は大沢を呼び出し、射殺した。 死ぬ前に大沢は事件のトリックを話した。それは絶対に成功してはならないトリックだった。 しかし成功した。そのために今、杏平は苦しんでいた。全てが不可避の運命だった。 一方、友紀子も、嫉妬に狂った夫・敏彦を誤って殺してしまった。 杏平と友紀子は、二つの死体をセスナ機に乗せて始末した。 「考えちゃいけない、俺たちは負けるんだよ!」 そう叫ぶ杏平は、友紀子にアリバイを共有させる。

一方、イハラホテルは、株を買いしめた浅岡に奪われそうになったが、 友紀子は敏彦が税金のがれのため彼女の名儀で買いあさった株券を杏平にさし出した。 杏平は遂にホテルを亡き父の意志を継いでオープンにこぎつけた。 だが、その日が杏平と友紀子の破局の日でもあった。 オープンまでの間に、友紀子と杏平は運命のすれ違いを重ね、友紀子は精神的に弱っていった。 そんな時に敏彦の遺体が発見された。そしてその遺体を彼女は見た。

敏彦との長年の結婚生活で弱りきっていた友紀子は 杏平が浅岡に勝ったその日に、ついに発狂した。 幼児退行する友紀子。彼女はこれまでの苦しみの一切を忘れてしまったようだ。 一瞬絶望する杏平――しかし彼は、そんな彼女の姿を見て、運命を決した。 二人これまでの苦しみも悲しみもなにもなく、楽しげに最後の夜を迎えた。

その日の朝、那須警部や村田刑事の執拗な捜査は三つの殺人事件を一つの線上に結びつけた。

すべてを異母兄弟の竹原に託した杏平は、パトカーのサイレンを振り切って、 友紀子とともにセスナ機に乗り、大空へ舞い上った。 もう二人だけしかいない。全ての運命から逃れ、杏平は友紀子に指輪をはめる。 喜ぶ友紀子は何も考えず、かつての彼女のようだ。杏平の表情は苦味ばしった。 父の長年の宿命だったイハラネルソンホテルを完成させた男は そんな事も忘れ、しかし運命を彼女の指輪に託し、美しい晴れ空へセスナを飛ばした。

数日後、北アルプスの山中でセスナ機の残骸が発見された。

乗員 二人とも死亡 ・・・ 尊敬する親・留吉が残した負の遺産を、何の疑いもなく受け入れる息子・杏平。 その遺産、そして父こそが、息子・杏平を破滅させるキーだった。 しかし息子は最後まで父を恨めなかった。親子の複雑な葛藤を描いた作品でもある。 金持ち貧乏関係なしの親は子を選べず、子は親を選べず、を描いた作品でもある。 ・・・ 本作は近藤正臣と由美かおるの悲恋がメインとなっている。 本編90分弱では347ページにも及ぶ長編原作の持つエッセンス 人物描写、推理パート等々大幅な改変を行わざるを得なかったのだ。 もはや原型を留めていないとも言えるが。 本作の近藤正臣演じる猪原杏平は 秘書大沢の指摘通り、最初から負けている。 悲壮美近藤正臣の 気丈な明るさが涙を誘う。


最高にイカす近藤正臣

 


動脈列島に続き、大作(中規模)映画の主演を任された人気絶頂期の近藤正臣だが 本作の近藤正臣の役柄はまさにハマリ役といっていい。 事態が後手に回っていき、周りの人間たちに裏切られ また苦しみをぶつけられるも明るさを捨てずに 最後の最後まで笑顔を忘れず死んでいく役というのは 彼の最も得意とする所である。 都会的プレイボーイ感は勿論、それに属する陰りと明るさは 近藤正臣の「笑顔」これに集約される。 事態が悪くなる前の笑顔、事態が悪くなってからの笑顔。 どちらも同じ笑顔だが後半の方が「悲壮美」と感じられるのは もはや近藤正臣のルックスだけでない、フィーリングが肝だったのだろう。 白虎隊の土方もそうだった。 一人気丈に振舞う役が本当に上手い。第2の市川雷蔵。  
映画で、ここまで髪の毛を伸ばしたのは 本作のみであるがすこぶる似合っているのが何とも腹立たしい。 (でも柔道一直線の頃が一番良かったり)  
コートの似合う俳優ベスト5には必ず近藤正臣の 名前が入るだろう事は皆納得できるはずだ。 動脈列島ではとにかく2枚目を前面に出そうという演出が多かったが 本作では彼本来の持ち味である3枚目的要素も含ませ かつ大人の恋愛劇、密度の濃い演技が期待出来るのである。 動脈列島より露出の多いシャワーシーンも存在し いつも通り「激しい動き」で体を洗い、真っ白なお尻が目立つ。 しかし悲劇が似合い、大人の恋愛劇にこそ真価を発揮する 近藤正臣の最後の主演映画かつ最高峰を味わうことが出来る本作は 現在VHSでしか視聴方法がない。 早急にDVD化、もしくは松竹BD路線で販売して欲しいのである。 近藤正臣のファンを増やすきっかけになるだろう。  


アクの強い男本格デビュー

 


この完全に顔が出来上がっている、恐ろしい強面男こそ 綿引洪であり、また彼にとって映画本格デビュー作が「超高層」である。 頭の切れる底の分からない共犯者、かつ正臣を脅迫する 「恨」と「上昇志向」の持ち主の役である。 そしてホテルから落下した男の正体でもあり、 その強烈な風貌をアピールする事に成功した。 彼の持つ危険味とカリスマとスター性は 本作の、絶対不可能とされるトリックを成功させられる キャラクターには必要不可欠だった。  本作では彼以外にも中山仁、中野誠一、芦田伸介。 皇帝のいない八月のナレーターを担当した鈴木智が 正臣の忠実な部下をダンディヴォイスを駆使して演じきった。 そして近藤正臣出演作品にはほとんど出演している 吉田良全がそこそこ良い役でそのはげ頭を光らせていた。 ナレーターも城達也を起用するという 綿引を筆頭として全体的に大人的なダンディ路線で 突っ走ったカッコの良い映画でもあった。 さて77年「人間の証明」のヒットで売れっ子となった森村作品。 同年に角川で初の連ドラ「腐食の構造」が放送される。 そのキャストは 本作から綿引に西村、ナレーターに城達也という布陣である。 森村の社会派作品を再現する布陣として 気に入られたのだろう。 そして綿引は、またも 遠回りに中規模のサクセスを狙う人物として 高架下で射殺されるのだ。高架下の男。


貞永方久のベストフィルム



貞永監督は西村 潔と同じく 一般での知名度が低い監督である。 ただ良作揃いの監督達だ。 両者とも70年代に才気を揮ったが 「本作」はその才能が頂点に達したかと思う程、完成度が高い。 92分とかなり短い尺ながらも その後味は一級大作と全く変わりない。 あの原作を良くここまで弄って ハードボイルド観やスタイリッシュな作風に仕上げたものだ。 粋な台詞にハードな雰囲気。 勝利の鍵は、この3人にあった。 この大人の色気と空気を演出できる3人。

近藤正臣  

綿引洪  

中野誠也  

近藤と綿引が対峙するシーンは もはや異様な緊張感と男の格好良さに満ちている。 全て名シーンと呼んでも、決して過言ではない。  
このカットの見事さ! 並の俳優では構図に食われてしまうだろう。 2人の存在感がこの演出をさらに強固な物とし 未だ本物の格好良さを私に教えてくれるのだ。 大人の世界だ。 恋愛、愛憎、経営抗争、殺人、駆け引き、謎解き、サスペンス、アクション・・・ 中野誠也は、堂々たる調子を崩さず 綿引に続いて底の見えない不気味な警部を演じている。 近藤は彼らに翻弄されつつも 自分の人生と父の念願を意味のあるモノに仕上げたかった。 綿引は近藤に言う。 「勝負はもう終わったよ」 「お前に勝ち目はない」 近藤は、綿引の言葉を思い出す事となる。 「俺達は負けるんだよ!」 このカットも上記同様素晴らしい。 高画質で、何としても観てみたい作品だ。  
松竹にはDVD、もしくはBDで本作を 世に再び送り出して貰いたいものだ。 どうかその流れで貞永方久の再評価と 影の爪、流れの譜、錆びた炎のリリース。 さらには本作込みの近藤主演作品 計3本のリリースもお願いしたい。無理カナァ〜


作品について

 


本作が名作といっても差し支えないモノになったのは 音楽の力が大きい。当時邦画とは完全にレベルを異にする そのメインテーマ。 情緒、哀しみを織り交ぜて構成された 映画タイトルと近藤正臣に完全にマッチした 音楽を作り上げたのは 貞永と永遠の仲である巨匠池野成。 OPの格好良さは特筆すべき事項であろう。  
音楽とカメラワーク、カット割が日本映画離れしているのも 素晴らしい点である。人間の証明がバリバリの日本臭をただよわせて いるのに対して本作はどこか異国風というか、、、 ともかくオシャレ。この一言で十分だろう。 個人的な考えだがマックィーン主演の「華麗なる賭け」に 大分インスパイアされた様にも思える。原作 セスナとかOPとか。 近藤正臣、由美かおる主演映画としても、綿引洪本格デビュー作としても 大いに記憶されるべき作品でもあり、脇の堅実ベテラン俳優の演技合戦も 後世に残すべき物であった。 近藤正臣主演映画はこの作品が最後だった様に思うが それだけにDVD化されていないのは何とも惜しい作品である。 もしかして森村誠一自身が認めていないのかもしれない。 悪く言えばタイトルと設定だけを借りた同人作品であるし。 しかし作品の質は一級品である。名作。  コレを見ずに近藤正臣を語るなかれ、だ。


 

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