ロッキード事件の証人喚問みたいな辛い芝居を毎日見せられている現代に、こんなに甘いドラマがウケるのだろうか、とまず聞いてみた。
 「批評家にはぶった切られるだろうけど、優しくて悲しい、見てて楽しくて面白いメルヘンを作ろうと思うんですよ」
 という答えが返ってきた。 濃いサングラスの奥になごんでいる目も、口元からこぼれる白い歯も、とろけるような優しい笑顔を作っていた。 立派な体格の、大きな人である。 黒の斜面、嫉妬、影の爪とデビュー以来、主人公をとことんまで追い詰めていく貞永方久監督というイメージとは、ずいぶん違っていた。


 『超高層ホテル殺人事件』――都会的な乾いた推理小説を書く人気作家、森村誠一のベストセラーである。 地上62階の超高層井原・ネルソンホテルの窓にともされた壮大な十字架。この光の十字架の中を一人の男が落ちていく。 ホテルの総支配人ソレンセンが16階の窓から突き落とされたのだ。問題の16階から逃げたものはない。犯人はどこに消えたのか…。 これに二つの殺人事件が続いて、実業界の複雑な人間模様が浮かび上がる。
 主演が近藤尾正臣と由美かおるだ、と聞いても、脚本を読むまでは、いったい彼らがどの人間を演じるのか分からなかった。 原作には一つのホテルをめぐって、それほど多彩な人物が登場し、その一人一人が、金や権力やセックス、 そして親から受け継がされた運命からの脱出といった具体的な欲によって動くのである。
 しかし、脚本の方は、事件の設定だけをうまく掬い取った、まるで別のラブロマンスになっていた。
 「本にタッチしないのはこれが初めてなんですよ。 『必殺仕置き人』のときの脚本家の野上龍雄さんに書いてもらったんだけど、自分の本の方が気楽ですね。他人の本だと、できるだけ忠実に映像にしてみたくなっちゃう。 ただ、はじまから、仕掛けものではなくて、ネタばらしして書いてくれって頼んだんです。本格ものだと、捜査の側から描かなければならないから。 でも原作者の森村さんも脚本はほめてくれましたよ。ひとつ原作にはない推理部分があるでしょう。あれは作者自身も思いつかなかったって」
 たしかに、そのトリックはあるのだが、ここでは、これから映画を見るひとのために、書かないことにしよう。
 「どうせ素晴らしい人生なんてない。自分のなかに駄目になる部分をいっぱいもってるそんな人間が、自分と他人を並列に見ること ができる、というのがやさしさだと思うんですよ。この映画の主人公も人間をとりもどしたときに、犯罪が起こる。そして、この女の ために一緒に死んでやろう、と思うのがやさしさだと思うんです。女に賭けるんですね。 ボクなんか仕事に賭けちゃう方だけど・・・。」
 貞永監督の言葉にはやさしさという言葉がやたらに多い。逆に、それ程このひとは絶望しているのだろうか、とふと思ってしまったりする。
 「映画監督というのは、一か所でも普段不満に思っていることを描ければいいと思ってるんですよ。最初が推理ものだったから、それ が多いけれど、得意ではないですね。ただ推理ものは、他は全部ウソッパチだけど、情感だけはリアルでなければいけないと思ってます。 監督の楽しいところはね、他人のいいところだけを見てればいいってことですよ。友達の医者によく言ってやるんですよ、お前は悪いところだけを見ているけど、オレはいい いとこだけ見てるんだって。たとえば、高倉健はどう取ったって高倉健ですからね。役者のいいところだけを見てるんですよ。」
 貞永監督が、そのいいところだけを見ている当面の相手は近藤正臣と由美かおるだが、「いつも神経質な役の多い近藤君だけど、今度は 今度は強い男、タフな男、その中にも優しさのある男をやってもらってるんですよ。 オーバー目な芝居でわかりやすくね。由美ちゃんは珍しく大人の役だけれど、ノッてていい芝居をしてますよ。 ヘタでも、共感してのめり込めれば、いい芝居になるんですね。この二人については、会社の方針ではじめから決められてるけど、ボクのいき方は簡単なんです。 会社が出してきた、与えられた素材の中で、すこしでも思っていることが出せると思えばひきうける。 やって失敗しても干されるし、やらなくても干されるんですから。」
 46年に監督としてデビュー以来、比較的恵まれた環境で映画作りをしてきたと思える貞永監督のこの言葉は、現在の映画監督の置かれている厳しい状況をよく現しているようだ。
 貞永監督は劇場用映画を撮る前に、すでにテレビ・ドキュメンタリー日本の秘境で監督の仕事を始めている。
 「助監督というのは、忙しい時は忙しいけれど、半年は暇なんですよ。それで友人とグループを作って、毎日放送でやったんですけど、いつかまたやりたいな、少人数で。ドキュメントっていうのは、 アレッ?と思ったことを撮ればいいんですよ。でもボクがアレッと思って他の人を見ると、アレッと思って いなかったりする。そこでまたあれっと思うドキュメントやってたから、今でも長回しが多いですよ。 今度は少し細かくカットを割っているけど。ドキュメントでカットを割るとウソになるんですよ。今の若い人はドラマの嘘っぱちの世界にドキュメント風の驚きを要求するでしょう。 あれは違うと思うな。ドラマは正攻法を守らなければならないと思うんですよ。ガチッとやりたいな。しかし、現在は驚くことが少なくなりすぎているなー・」
 何故でしょう?
 「何故だろうね・・・」
 ほとんど問わず語りだったインタビューが ここではじめて途切れてしまった。いくらで も理由はあげられるのだけれど、何故か監督 も私自身も黙り込んでしまったのだ。
 満州の大連で生まれて、十三歳で引き揚げ それから3年間祭りを追って寅さんみたい に香具師をやって金をため、両親に菓子屋 を買ってやって、それから学校に戻ったとい う貞永監督。すぐにシラケてしまう今の若者 とはできが違うのだろう。九州大学法学部を 出た31年はすごい就職難で、上京して 民芸と松竹と東大の試験を受けて全部合格し、 すぐに金をくれる松竹に入ったのが、映画界 入りのきっかけだったという。もちろん学生 時代から芝居に狂ってはいた。
 「好きな監督と言えば、神代辰巳、蔵原惟繕、 篠田正浩、みんな感覚派だな。しかし、映画というものは絶対的に具体的なものですからね。抽象的な表現というのは失敗だと思うん ですよ。プライベート・フィルムでも、同志にだけでもわからさなければならないわけでしょう」
 再び口を開いたときには、まったく別の話題に なっていた。
 「今の世の中を突き抜けた、健康的なものを 作り出したいですね。なぜ驚かないか、とい ったことを描きますよ
 次の撮影の段取りがあるからと助監督に何 度も催促されて、貞永監督はやっと インタビューの席を立っていった。
 いつもより1500万円も製作費が多いとい う仕掛けが大きい「超高層ホテル殺人事件 の撮影は、わりにゆっくりとしたペースで進んでいた。 ホテルの経営権をめぐって、 近藤正臣と対立する西村晃、米倉のドラマが、 一人ずつの心理をひき出しながらていね いに撮られていた。

山中登美子


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