悪に賭け、悪に生きる青春 一世一代の大博打に挑んだ男
〜大沢秀博〜
from 超高層ホテル殺人事件
綿引洪映画本格デビュー作の役柄である。 残念ながら以降40年のキャリアで 本作の「大沢秀博」を超えるものは何一つとしてなかった。 デビューからハマり役とは幸運だったのか? ともかく綿引の強烈なフェイスとアクトが全く浮かない程の インパクトを持ったキャラクター大沢。 ぜひ紹介したい。第2の主人公。ピカレスクロマンの世界へ。イハラネルソンホテル2代目社長・猪原杏平の第一秘書を勤める。 杏平とは大学時代からの友人であり、共にラグビーで汗を流した仲。 1975年12月24日クリスマスイブの夜。 開業を来春4月に迎えたイハラ・ネルソン・ホテル。 イハラホテル社長猪原留吉。
作中の活躍
ホテルの向かいにあるレストランボングーに内外の知名人を招待。 壮大なデモンストレーションを行った。 その中にはイハラホテルとライバル関係にある アジア興行の浅岡会長、浅岡社長も招待されていた。
招待客も通行人も、誰もが見つめる光。 ホテル壁面が十字架の如く輝きを見せた瞬間 「アッ人が落ちる?」
18時半、点灯と同時に16階の窓から落ちていく人間。
悲鳴を上げる招待客。 一部始終を見た猪原留吉は静かに倒れこむ。
ホテル下で死んでいたのは イハラホテルと業務提携を結ぶネルソン社マネージャー トーマス・ソレンセンその人だった。
彼は来春の開業からホテル総支配人のポジションを約束されていた。 ソレンセンの部屋には鍵が掛かっていた。 18時15分頃、社長と専務がソレンセンの部屋を出てから 18時半までその通路を通った者は一人もいない。 捜査は難航した。 しかし目撃者の証言により ソレンセンは「誰かに突き落とされた」のは間違いがなかった。 1976年1月10日 ラグビー観戦をしている杏平の下へ 大沢がやってくる。
「社長、浅岡社長との約束を忘れた訳ではないでしょう?」 通路を歩く2人。 杏平は思い出話を始める。
「覚えてるか、大学リーグの決勝戦。何年前だったかなあ、あれ」 「5年」 「そうか、もう5年になるのか」 「あの時俺のハンドオフまともにくらって、キサマ脳震盪起こしやがったくせに」 「すげえ顔してタックルしてきたな。未だに忘れないよアノ顔は」 立ち止まる杏平。 「俺はここで待ってる。車まわしてくれ」 「オイ、火」
ライターで火をつける大沢。 杏平煙草をふかし 「もう一つの用ってなんだ」 「なあ猪原。俺はこうやって何百回、お前に火をつけさせられたかな」 ここから、雲行きが怪しくなる。 「いい気になりやがってこの野郎・・・」 「去年の暮れに、俺にくれた金ありゃ何だ」 「お前まさかあんなはした金で ソレンセン殺しのケリをつけた訳じゃねえだろうな」 「テメエのオヤジさん刑務所にやりたくなかったら」 「これから毎月100万、いいか毎月100万だ。キャッシュで俺に払え」 杏平、大沢の言動を理解出来ない。 「俺をゆする気か」
「猪原、俺はこの日を来るのを待ってたんだ」 「車をまわせ?煙草に火をつけろ?スケジュール作れだと?」 「バカヤロウ!」 怒鳴る大沢。 「俺がお前をマークしたのはな、お前が猪原財閥の御曹司だからだよ」 「覚えてるか?全日本の合宿でお前のパンツを洗ってやったら カンゲキしやがったな。まんまとノリやがって、俺を秘書に採用しやがった」 「これで勝負は決まったんだ」 睨む杏平。 「そんなつもりだったのか貴様・・・」 「いつもチヤホヤされてるお前を横で見ながら、俺は自分に言い聞かせてきた」 「最後にトライするのは俺だってな」 「貴様!」 我慢の限界とばかりに大沢に突っ込む杏平。
しかし
「よせ!テメエが俺に勝てるワケねえじゃねえか!」 あっけなく振り飛ばされる杏平。 「それともどうしてもっていうなら一発派手にやってみるか」 「新聞記者がふっとんでくるぜ」 「俺は一向に構わねえがな」 あきらめたかの表情を見せる杏平。 「分かった。毎月100万だな」 大沢軽く笑みを作り 「今のところはな」 映画開始10分でいきなり 重要なキーワードがこれでもかと 大沢の口から披露される。 ソレンセン殺しのケリ トーマス・ソレンセン殺害に 杏平と大沢が関わっている事が推測される。 テメエのオヤジさん刑務所にやりたくなかったら・・・ 杏平の父、留吉が殺害に関わっている事が推測される。 大沢が杏平を憎んでいる事も。 1975年12月24日に何が起こったのか? 1976年2月26日 アジア興行社長・浅岡と密談を交わしていた イハラホテル営業部長・木本栄輔の下を訪ねる大沢。 木本は、大沢が自分の居場所と目的を知っている事から イハラホテルに見切りをつけた者同士 浅岡社長に紹介してやると持ちかけるが
大沢は「人に使われて働くつもりはない」と一蹴。 さらに 「猪原留吉を社会的に葬れる情報を5000万で買ってくれ」 木本は詳しく情報を聞きだそうとするが 「仮に猪原留吉が殺人を犯していたとしたらどうします?」 緊張がはしる。 しかし大沢のたくらみは失敗した。 パーティーで倒れた留吉が、長い入院生活の後 ついに死亡したからである。 大沢の話からして、どうやら猪原留吉が トーマス・ソレンセンを殺害したのは間違いないようだ。 留吉が亡くなり 社長室で、一人ラッパを吹く杏平。 静かに部屋へ入ってくる人影。大沢。
煙草に火をつけ、椅子に座る大沢。 杏平、ラッパから口を離し 「何の用だ。用がなかったら出て行け!」 大沢、椅子から立ち上がり バンと扉閉める。 「値上げする事にした」 「現金で一億。それで手打とう」 「細く長くお前を絞るつもりだったが、やっぱり俺の性に合わねえ」 「一億ありゃあ外国で暮らせる」 「黙って貴様の前から消えてやるよ」 「死んだ親父さんをキレイなままにしときたかったら、さっさと金作るんだな」 座っている杏平に、静かに語りかける大沢。 杏平はまったく取り合わない。 「貴様気でも狂ったのか」
「正気だよ猪原。俺はいつもお前にだけは正気で付き合ってきたつもりだぜ」 大沢の言葉にも、余裕を見せる杏平。 「よし、訴えるなら訴えてみろ。警察がお前の話を真に受けると思うのか」 しかし、大沢はポケットから録音機を取り出し たった今の杏平の言動「よし、訴えるなら...」を再生してみせる。 「秘書っていうのは悲しい商売でな。」 「オヤジさんがソレンセンを突き落とした時も 俺のポケットの中でこの録音機がまわってたのよ」 「親父さんの声もソレンセンの声もお前の声もみんなテープに入ってるんだ」 「オヤジさんはっきり言ってるぜ」 「死んだ。俺が突き落とした。杏平俺はもう終わりだ」 窓に体を近付け語る大沢。 「断ったらどうする」 「週刊誌にでも売り込むさ。もう一つのネタと抱き合わせてな」 杏平静かに振り向く。 「お前と浅岡友紀子夫人の情事だ」 杏平、大沢を凝視する。 「猪原、勝負は終わったよ」 「どうみてもお前に勝ち目はねえ。おとなしく金を渡して」 「ノーサイドの笛にしようじゃねえか。ええ」 夜景を見つめる大沢と 一人悲しく微笑む杏平。 大沢のたたみかける様な攻撃に 作中観る限り常に劣勢な杏平。 毎月100万。それが1億に値上がりした。 留吉がソレンセンを殺した事を知り それをネタに恐喝して、留吉が亡くなってからは 杏平が隠していたネタも含めて週刊誌に売り込むという。 しかしテープを公開すると言う事は 大沢が殺害の事実を知っていながら それを隠していたという事になるので 自身もしょっぴかれるという諸刃の剣的行為である。 いや、大沢は杏平が恐喝に屈する事を 予め予想していたに決まっているのだ。 だからテープの公開など考えてもいないはずだ。 ここまでの大沢登場シーンをまとめても 全く非がない安全地帯から堂々と恐喝をするという 事件には全く後ろめたくない位置を 確保している事が理解出来るだろう。 だが杏平にとっては面白くないに違いない。 冒頭受けた大沢からの裏切り発言。恐喝。秘密の暴露。 大沢は何故ここまで堂々と 打算的でも長年の付き合いをもった杏平への 恐喝行為を持続的に続けられたのか。 それだけの理由があるのか 1976年3月3日 地図の上にピストルが置かれている。 杏平は大沢に電話をする。 「金は用意した。上尾の飛行場を処分してな」 「国立競技場で待て。俺が車で拾う」 数時間後、国立競技場前で杏平の車に乗り込む大沢。 「まさか俺をハメる気じゃねえだろうな」 「行けば分かる」
笑う大沢。 「それほどの度胸もないか」 「しかしあのトリックは我ながら傑作だったよ」 1975年12月24日クリスマスイブの夜。 いよいよ、事の真相が大沢の口から披露される。 「一億円の値打ちは十分だ」 「光に輝く大十字架。東洋一の超高層ホテル。何百人という目撃者」 「俺も命懸けだった・・・一生に一度の大博打さ」 俺も命懸けだった・・・一生に一度の大博打・・・ これは一体何を意味するのか ソレンセンを殺したのが留吉なら 当時、大沢はただの傍観役に過ぎなかったのでは? ただの傍観役が美味しいネタを拾ったとばかりに恐喝をする・・・ しかし冒頭の発言に何かが隠されているのも事実である。 「去年の暮れに、俺にくれた金ありゃ何だ」 「お前まさかあんなはした金で ソレンセン殺しのケリをつけた訳じゃねえだろうな」 これは口止め金の事だろうか? ソレンセン殺しのケリとまで言っているのは 本当にそれだけの理由なのか 「命懸け 大博打」 この言葉の意味を大沢の口から、または 当時の事件経過を辿って説明しよう。
刀を振り回す留吉。 ソレンセンはそれを避けようと誤って 開いた窓から転落した。 断末魔を聞き、狼狽する留吉と杏平。 すぐさま飛び込んで窓下を覗く大沢。 「ソレンセンが下の池に落ちたと確認した時 俺にはピンときた」
「チャンスだ。今がチャンスだってな」 ゆっくりと空いた窓を閉める大沢。 留吉を支える杏平に 大沢は怒鳴りつける様に指示をする。
「あの時のお前はまるで人形だった」 「もっとも、自分の父親が人を殺したんだ。無理もない話だが」 「一も二もなく俺の指図に従った」 部屋から出て、2人をレストランボングーへ向かわせる大沢。 「この事件の起こる直前」 「ベッドソファーが納品された事を俺が知っていたのもラッキーだった」 「俺はソファーを満載したトラックを池の端に置かせた」 2人が向かって行くのを確認し 部屋に戻ってドアを閉める大沢。 「その時、池の中のソレンセンの死体が見つかったらアウトだ」 「帰りを急ぐ運転手が池の中まで覗かないという方に俺は賭けた」 電話を取り指示をとばす大沢(トラックの停車位置を伝えたのだろう) 「そして待った」 「6時半になるまで俺はじっと待った」 大沢は車の中で 運転中の猪原にこう問いかけた。 「猪原。どうやったかお前の頭で想像がつくか」 「分からんさ、お前に分かる訳がない」 18時24分。 窓を見つつ、煙草を吸う大沢。
「物理学と耐空の問題だ」 「お前も知っている様に、あの部屋は16階といっても下の地形の関係で実際は9階」 「高度は26メートル。70キロの俺の体が地上に達する瞬間の落下速度は」 「重量による加速度を加えても秒速22.57メートル」 「エネルギーに換算すれば15288Jだ」 「この程度のショックなら厚く積んだベッドソファーで十分に耐えられる」 「この計算に俺は自信があった」 灰皿に煙草の吸いカスを置き しかし煙草はポケットに、吸いカスはキレイにふき取った。 大沢は車中で猪原にこうも語った。 「簡単な計算とちょっとした肉体のバランス。それだけ・・・」 そう、大沢が一体何をしたのか 賢明な諸君ならもう分かっている筈だ。
彼はソレンセン殺害の経緯と実行者を見抜かれない為に 自らが「誤魔化し」としてホテル16階から飛び降りたのである。 まさに命懸けだ。 点灯前だったからか落下するソレンセンが 通行人等にバレなかったのは不幸中の幸いか。 幸運を手に、大沢は挑戦した。 通行人が見たのは「ソレンセン」ではなく 大沢だったのだ。 さらに彼は事件直後に行われた 警察の捜査にも平気な顔して協力している。
一億の値打ちは十分だと言ったがまさしくその通りである。 スタント顔負けの所業を、彼は無傷でやってのけた。 彼は決して卑怯者でも、安全位置から恐喝を繰り返すだけの男でもなかった。 対価に見合った適切な報酬を 彼が自ら守った男から頂こうと、ただそれだけの行為をしたまでである。 車内で、事の顛末を話し終わり 笑っている大沢。 しかし声色が変わる。 どこへ向かっているのか 「おいどこ行く。どこ走ってるんだ」 高架下に停車する猪原。 車から降りる両者。 「猪原!」 怒鳴る大沢。 サングラスをつけ 怒鳴り声にも動じないような雰囲気の猪原。 「大沢、最後にトライするのは自分だと言ったな」 怒鳴り返す大沢。 「テメエ自分がやってる事がどういう事か分かってんだろうな!」 列車が通る。 轟音。 大沢は杏平の方へ向かっていくが、銃声一発! ふっとぶ大沢。
ピストルを手に震える杏平。 血相を変え睨みつける大沢に さらに4発弾丸を喰らわせる杏平。 勝負は終わった。 大沢は死んだのである。
だが、彼の犯行の成功は そのままソレンセン殺害の謎を 劇中最後まで警察に解決させなかった。 皮肉にも留吉の名誉を守ったのである。あくまで「はした金」をキッカケに杏平に牙をむいた大沢。 それまでの彼の働きは杏平を助け ホテルの名誉をも守るものだったのである。 大沢はイヤイヤながらも、憎悪を向ける杏平からの脱却を 互いにとってポジティブな方法で解決しようとした。 しかし杏平はその義務を果たさなかった。 向こうがただ俺を利用するのなら こっちも向こうを利用してやろう。 大沢は恐喝を繰り返す。 留吉の殺人行為、杏平の情事。 留吉が亡くなった夜、大沢は杏平を訪ねる。 留吉の名誉を守った男を 杏平は怒り心頭に怒鳴った。 「何の用だ。用がなかったら出て行け」 それを聞いている大沢の表情は冷めている。 大沢は一億の請求をするが 杏平は「気でも狂ったか」と相手を逆なでする発言を繰り返す。 直後の大沢の返しは 彼の杏平に対する気持ちをを端的に表わしている。 「正気だよ猪原。俺はいつもお前にだけは正気で付き合ってきたつもりだぜ」 哀しくも格好良い 間違いなく名台詞である。 彼の出生や生い立ちはまったく分からないものの 大学時代から、イハラ財閥の御曹司である杏平に目をつけ 能力的には彼の方が格下だと実感しながらも 下手下手に出、長きに渡って苦渋を味わってきた。 5年間、フラストレーションを溜めつつ 最後には命懸けの行動に至った訳は 全て「最後に勝つ」為である。 日本でも有数の金持ちである杏平との付き合いは 出会いから既に打算的であった。 推測だが、大沢はとてつもない上昇志向の持ち主なのか それとも貧乏育ちで、頭の良さから 富裕層である杏平が通うような難関校に入学し そこで見た「何不自由ない生活を送る杏平」に嫉妬したのか。 劣悪な生い立ちが影響し 異常な上昇志向を持ったという事も考えられるが。 「よせ!テメエが俺に勝てるワケねえじゃねえか!」 俺に敵う訳のない、能力で劣る男が たまたま裕福な家庭に育ち皆にチヤホヤされる そんな現実を憎んだ、とも想像出来よう。 人生を懸けて杏平に付き合ってきたのは 例えどんなに憎悪を向けている相手でも 他に人生逆転のチャンスがなかったから、とも。 お前にだけは正気で付き合ってきたつもりだぜ 大沢にとって人生の本当とは 杏平との繋がりそれのみであり 「正気」で付き合っていくべき対象は 『人生の全てを賭ける』に値する条件を兼ね備えた人物は 猪原杏平ただ一人だったのである。 そうだ。 杏平との関わりこそが人生逆転唯一の展望である。 杏平の存在は大沢にとって唯一のリアルであって ウソも偽りもない「現実」だったのである。 大沢に友人や友達がいただろうか。 自身の生い立ちから、または人生(生まれ)の不条理から ただ他人を利用しようとする根性を身に着けたとしても何もおかしくはない。 掛け値なしの友情なぞ 彼にとっては何の価値もないのかもしれない。 ただ杏平とは 憎悪を超えた、一言では形容出来ない関係であったと断言したい。 丁度「太陽がいっぱい」のトムとフィリップみたいな? ここまでで分かる事といえば 彼は非常に人間的で、頭がキレ、勇気があるという事だけである。 頭がキレる。 大学時代から既に、大沢は処世術と洞察力に長けていた。 わざとらしい行動を持って杏平の心を奪ったのである。 しかし同時に、ちやほやされる杏平への憎悪も生まれた。 「車をまわせ?煙草に火をつけろ?スケジュール作れだと?」 秘書に採用されてからも 彼は杏平の召使である事にウンザリした。 「ソレンセンが下の池に落ちたと確認した時 俺にはピンときた」 「チャンスだ。今がチャンスだってな」 大沢は、杏平への貸しを作る機会に恵まれたのである。 業務を越えた大仕事。 一攫千金のチャンスである。 「いつもチヤホヤされてるお前を横で見ながら、俺は自分に言い聞かせてきた」 「最後にトライするのは俺だってな」
大沢の心境
決して卑怯で安全な手でなかった。 仕事を果たそうとした。 その状況下で最も適切で犯行がバレない様な 命をもろともしない精神でもって 「最後に勝つ」条件のみを見出した男。 人間的だ。 リスクを承知の上に 「負け犬」になりたくない一心である。 道徳的にも人道的にも、大沢が正しい。 大沢に一億の大金を払うのも仕方がないだろう。 杏平が受けた数々の脅迫は自らの不始末。 功績を残した部下へ、上司が「はした金」を渡した事によって引き起こされたのだ。何故、猪原は「はした金」を渡したのか? 単に猪原が軽率で 部下の功績に十分応えない恩知らずだから、だろうか? 長々書いてきた大沢の反抗の裏には 余りにも不幸な事実が待っているのである。 まず、猪原が大沢のトリックを聞いたのは 1976年3月3日が初めてだろう。 大沢のトリックとは 殺害されたソレンセンのカモフラージュに 18時30分、ホテル照明が点灯した瞬間 つまり大勢が注目している時点で 16階から飛び降り、ソレンセンの死体がある池の真横に 停車しているトラック、に満載されたクッションへ着地。 本人はずらかり、残されたのはソレンセンの死体のみ。 しかしソレンセンの部屋の鍵は閉まっており 30分前後に部屋前のフロアを行き来した者はいない。 だから絶対にソレンセン殺害の経緯はバレない大丈夫。 というものである。 3月3日、大沢が車内で杏平に語った 「猪原。どうやったかお前の頭で想像がつくか」 「分からんさ、お前に分かる訳がない」 との事から初めてだと断定できる。 (ちなみに原作では 杏平が留吉をボングーに連れて行く直前に大沢がトリックを説明し 杏平も了承済みの上でホテル飛び降りが行われた) ではそれまで、杏平は「一体どうやったんだ」などと 大沢に直接聞いたりしなかったのだろうか。 おそらくそうだろう。 軽率と言えば軽率だが「仕方がなかった」。 杏平は大沢がソレンセンの部屋に残り 何か対処してくれると踏んだ。 当然それは杏平の勝手な想像でなく 大沢は自発的に「指示」をして杏平達を ボングーへと向かわせたのだから分かる話だ。 そして大沢が16階から飛び降り 警察の捜査でホテルが慌ただしくなってからも 大沢は何食わぬ顔で捜査に協力して 杏平の横にずっと付いていた。 どうだろう。 杏平は、大沢が命懸けの方法で 「ソレンセン殺しのケリ」をつけたとは 思いもよらなかったのではないだろうか。 危ない橋を渡ったとは想像すらしてないだろう。 事実大沢は無傷であったし。 杏平は、大沢が安全な方法で ケリをつけてくれたのだと思ったのではないか。 そもそもカモフラージュの為「ホテルから飛び降りる」など 普通は考えもつかないトリックである。 そうだ。 普通はそんなトリックを思いつかない。 だが大沢は普通ではなかった。 常人を遥かに超越した 頭脳と運動神経と度胸の持ち主である。 26メートルを落下するのに無事でいられたのは 本人の言によると 「簡単な計算とちょっとした肉体のバランス。それだけ・・・」 である。 杏平は大沢を信頼していた様だし 何かラクな方法で助けてくれたと思ったのでは? じゃあ大沢は、何故3月3日になるまで 杏平に何も言わなかったのか。 18時30分にホテルから飛び降りたシーンを 杏平と留吉は見ていた、これは事実である。 大沢も杏平達がその飛び降りシーンを 見ていたと普通は思うだろう。 大沢のみが考え付いたスーパートリックだが もしかすると「言わんでも分かるだろう」という気で いたのではないだろうか。 つまり ソレンセンが落ちたと思っているのは 杏平と留吉以外の全員である。 しかし杏平と留吉は「ソレンセン以外の人間だろう」 と思っていたに間違いない。 当然、杏平と留吉は 「じゃあ18時30分に落ちたのは誰だ!」と考えるハズであった。 大沢も2人が、そう考えていると思ったに違いない。 あの場(ソレンセンの部屋)にいたのは大沢だけだという事は 杏平と留吉しか知らない訳である。 トリックを思いつくのは難しい事だが 事実関係からして「飛び降りた男はもしや大沢では・・・」 と杏平たちが考えても不自然ではないのである。 答えの選択肢に少なくとも入る事項だったが 杏平はそう考えず、だが大沢は少なくとも杏平は 「そうだったと考えている」に違いないと踏んだのだ。 だから「はした金」を渡されて怒った。 認識の相違というヤツである。 結局大沢は杏平が、「そう考えてはいなかった」と 3月3日にタネ明かしをするのだ。 不幸な出来事だ。 大沢は無傷だった。 余りに完璧だったのだ。 「その時、池の中のソレンセンの死体が見つかったらアウトだ」 「帰りを急ぐ運転手が池の中まで覗かないという方に俺は賭けた」 「本物」のソレンセンの落下を見た人間はおらず またソレンセンの死体を、大沢飛び降りまでに 発見した人間はいなかった。 前提からすでに幸運であって 「ベッドソファーが納品された事を俺が知っていたのもラッキーだった」 この点も、大沢にとってはツキだった。 大沢は無傷でコレをやってのけ その後、警察の捜査にも杏平と一緒だった・・・。 余りに出来すぎたシナリオだ。 さすがに杏平も 無傷の彼に「命懸け」の物語を感じなかったのかもしれない。 現実味を感じなかったのだ。 普通の人間なら死んでいる もしソレンセン殺害が誰かに見られていたら・・・ 大沢がトリックを失敗していれば・・・ その後の大沢と杏平との出来事は 一切起きなかっただろう。 さらに言うならば、大沢は杏平と浅岡夫人との情事の写真を 夫である浅岡社長に送りつけたりはしなかっただろう。 そのせいで浅岡夫人・友紀子は、不運な事故で 浅岡社長・敏彦(異常者だった)を殺害してしまったのである。 そして杏平は大沢を殺害し 最後には警察に、2人追われる事となったのだ・・・。 運が良かったのか、悪かったのか 皮肉な物語である。
「はした金」の真実作中悪役としての描かれ方をされている大沢。 主人公杏平にとっての前半部での敵としての役割だったが 彼の見せる人間的魅力は計り知れない。 身長170〜180cm。ラグビーをやっていた。 大沢の確たる情報はこれだけである。 劣等感か憎悪か、杏平との複雑な関係はもとより ずば抜けて明晰な頭脳と人一倍ある勇気 さらに不気味なムードと大いなる野心を併せ持った大沢は もはや悪役を超えて、カリスマの域まで達している。
人物
緊迫した状況下、たったの15分で 最も合理的で確実な証拠隠滅を図るに 複雑な計算式を用いて不安を確信に変え また 自信が導いた答えに、勇気をもって26メートルを駆け抜けた。 さらに原作の設定にあった「カメラの腕が良い」も 杏平と浅岡夫人の情事、ホテル帰りの盗撮に役立っている。 「細く長くお前を絞るつもりだったが、やっぱり俺の性に合わねえ」 「一億ありゃあ外国で暮らせる」 「黙って貴様の前から消えてやるよ」 俺の性に合わねえ 大沢の性格が読み取れる発言だ。 細く長くではなく男らしくガッツリいくタイプなのだ。 さらに外国へ一人飛び立つと言い 杏平に恐喝を繰り出す自分は邪魔者だとも 当然理解したかの発言も行った。 大沢の死体が発見され、警察が猪原に捜査の為 彼に関わる以下の問答を行った。 「死亡時刻は昨夜22時頃と推定されます」 「・・・大沢氏はどんな方でした」 「そう・・・さっぱりしたスポーツマンらしい、いい男です」 「すると、人に恨みを受けるような事は?」 「考えられません」 「ほお・・・他の方々の見方とは大分違っていますな」 「大沢氏のサラリーはどのくらいでした」 「月25万ぐらいでしょう」 「ところが彼は今年になって、一月と二月毎月100万ずつ預金していたんですよ」 「キャッシュでね・・・」 「我々から見ると、これは典型的な恐喝のパターンでしてね」 「猪原さん。我々はこの2ヶ月、大沢氏を徹底的に洗ったんだが」 「彼の周辺で、毎月100万もの大金を払えるのはあなたしかいないんですよ・・・」 会話の一部分に、興味深いパートが存在しただろう。 「すると、人に恨みを受けるような事は?」 「考えられません」 「ほお・・・他の方々の見方とは大分違っていますな」 那須の「すると」、杏平の「考えられません」は 当然、前の会話の要素から引っ張ってきたものである。 「・・・大沢氏はどんな方でした」 「そう・・・さっぱりしたスポーツマンらしい、いい男です」 那須の言う「他の方々の見方とは大分違う」とは 杏平が語った「さっぱりしたいい男」か 「人に恨みを受けるような事は考えられない」 のどちらだろうか。 両方とも考えられるも ここは後者の発言だろう。 総括した杏平の所感を聞き 最後は那須からのダメ押しで真実を聞いたのだ。 まあ、つまり杏平以外のホテル関係者からは 「人に恨みを受けるような事は、考えられる」 と思われていたのだ。 大沢の性格とはどのようなものだったのか。 大沢に友人や友達がいただろうか。 自身の生い立ちから、または人生(生まれ)の不条理から ただ他人を利用しようとする根性を身に着けたとしても何もおかしくはない。 掛け値なしの友情なぞ 彼にとっては何の価値もないのかもしれない。 こんな事をちょっと上に書いたが 案外合っているのかもしれない。 大沢は嫌われていた可能性さえある。 恨みを持たれても仕方がない男、大沢。 強面だが意外や意外、ロマンチスト的側面も持っている。 「最後にトライするのは俺だってな」 「猪原、勝負は終わったよ」 「ノーサイドの笛にしようじゃねえか。ええ」 「光に輝く大十字架。東洋一の超高層ホテル。何百人という目撃者」 「俺も命懸けだった・・・一生に一度の大博打さ」 「あの時のお前はまるで人形だった」 「物理学と耐空の問題だ」 「最後にトライする〜」もおそらく「最後に勝利する〜」を わざわざラグビー用語に変換している所に注目したい。 「勝負は終わった」もラグビーだろう。 チームメートだった杏平とのやりとりを 彼は試合に例えたのである。 「ノーサイドの笛」も同様。 「光に輝く大十字架〜」の下り。 その詩的表現に感服した。 一億を目の前に気持ちが高ぶったのだろうか。 ダイハードで黒人が放った「メリー・クリスマス」に匹敵する。 知性と美的センスを感じる台詞群であるも それは大沢のキャラクターによるところが大きい。
無敵のアンチヒーロー的存在が言うから クサくならないし、サマになるのである。