5月15日突然、電話がかかってきた。おフクロが出て、僕を呼ぶ。「和志、きねまさんから電話よ」「杵間さん?」と、思いつかないまま電話に出ると、なんと杵間さんではなく、キネマさん、それも旬報さんではないか。
 電話によると、「下落合焼とりムービー」を映画の好きな学生に取材させるということで、愛読者のなかから、どういうわけか僕が選ばれたらしい。それから、もう一人、女の子も選ばれて、その娘と二人でやっちくれというわけ。
 映画といえば、ぴあ片手に、今日は池袋、明日は新宿と、スクリーンでしか見たことがない僕だけに、撮影現場に行ける。それもキネ旬の取材とくればもう最高!また、女の子と一緒なんて、グーッではないか。


 5月17日小雨が降る午前7時、新宿安田生命前、今迄にこんな時間に、こんな所へ来ることもなかった僕をまず驚かせたのは、停まっている2台のマイクロバと、それにたむろするウサンクサイ人人(ゴメンナサイ)。なんとなく近よりにくくて、「あの、キネ旬の取材の者なんですが」とは、とても言い出す勇気などなく柱の陰に立っていると、キネ旬の冷泉さんが女の子を連れてやってきたのでホッとする。
 女の子の名前は吉田恵さん、僕と一緒に取材をする女子大生。「森田君ねえ、あのロケバスは山本組じゃないんだよ、ああ、紹介しておこう」と、冷泉さんに助監督の滝田さんを紹介してもらう。「ああ、どうも......」という返事も軽く、重々しく空を見つめ、「晴れねえよな・・・・・・このぶんじゃ」すると、他のスタッフが、「雨天決行かねえ?」「バカヤロー、ポルノじゃねえんだぞ、一般映画なんだから中止、中止!」「中止かな...やっぱり」と、また空を見上げる。
 そこへ、写真でしかお目にかかったことのない山本監督が現われる。監督は思ったより小柄で、湯原昌幸にヒゲをはやしたようなチョコチョコッとした感じが、とても印象的。
 その時、冷泉さんが、「じゃ二人とも頑張って、よろしく」「ハーイ」(これ吉田さんの返事)「あ、あれ、行っちゃうんですか。そ、そんな...」(これ僕の返事)と、名前の如く、冷たく地下道へ消えて行く。
 結局、山本組のロケバス(言い忘れましたが、映画では、一本映画を撮るスタッフ、キャストを総称して、監督の名前とり○○組というそうです)が来たところで雨天のため、本日のロケは中止ということになった。しかし、肝心の主演所ジョージさんは、とっくに所沢をハーレーで出ているのに、まだ来ない。集合場所を間違えているのではないかと、三人の助監督が、あっちこっち捜しまわるけれど見あたらず、先に来ていた彼のマネージャーなどは、もしや事故でもあったんでは、と心配顔。
 そこへ、ヨタヨタとハーレーの後部に大きくふくらんだ黒のビニール・ゴミ袋を山のように積み、またその横にギターまでつけて、まるで大きなカタツムリにまたがっているようなズブ濡れの所ジョージさんが現われた。その凄まじい姿を見て、一同、ギョッと安心。吉田さんは、サイン帳を持って走る。一体どういう人なんだろう。


 5月21日和光大学でロケをやっているというので取材に出かける。平日なのは勿論、授業もやっており学生もワンサといるわけで、その中をどうやって撮影しているのかと思っていると、丁度、中庭でアルフィーの坂崎幸之介さんが、突如起こる殺人に驚き、「人殺しィーッ!人殺しィーッ!」!と叫ぶシーンを撮っていた。吉田さんは、その演技が面白いといってキャッキャッ笑っていたが、僕はそれどころじゃない。というのは、すぐ横の教室では窓を開け放って先生が教壇に立ち授業をしているではないか。もう少し、小さな声でやった方がいいんじゃないかな?などと思っているとまたもや、「人殺しィーッ!人殺しィーッ!」ここで驚いたのは、普通の大学なら、授業中、外でワイワイ騒いでいると、先生が注意するか、さもなければ騒がしい方の窓を閉めさせるではないか。ところが、まったく、なーんにもしない。
 もっと凄いのは次の日、また同じ中庭での撮影。こんどは、人が叫ぶなんてもんじゃない。ハーレーを中庭に持ちこんで、ベルルルルッと走らせるわけ。それもギャーギャー騒ぐ矢車ジョージこと所ジョージさん。松下こと坂崎幸之介さんを乗せ。おまけに、わめきちらす山田助教授こと柄本明さんをロープでひっぱりながら。これもちゃんと授業中の出来事だったけれど、苦情は一斉なし。
 それどころか、休憩時間になると、ノートを手にしたホンモノの学生が、所ジョージさんのサインをもらいに集まるというから、一体どういう大学なんだろう。
 こんな具合だから、エキストラも全部ホンモノ。例えば、この映画の設定が大日本下落合大学という気違いじみた大学で、グラウンドで銃殺刑をやるシーンなどがある。その撮影の時などは凄い。見人の学生がグラウンドを見降す廊下にいっぱい集まってきた。そこをすかさず、山本監督が、「皆さーん、これより、あなたたちが銃殺を見て歓声をあげ、拍手をするシーンを撮りたいと思います。私が手をあげましたら御協力お願いしまーす」手をあげると、「ワーッ」(大拍手)とっさの思いつきが、これほどまで成功するとは監督自身も思ってなかったらし「いったいこの学校はどういう大学なんだろう」と、しきりに首をひねっていた。
 また、なんだかわからないけど、武装した兵士がキャンパス内で銃を乱射するシーンがあったのだけれど、そこでも射たれるのは、みんなホンモノの学生、余談ですが、ここには、僕も、吉田さんも出ているんですよ。吉田さんなんか熱演のあまり、監督に、「いいよ、君。ああいうのを迫真の演技っていうんだよ」と、ホメてもらっていた。が、それ以来、吉田さんは、取材をほったからしにして、エキストラとサイン集めと記念写真に奔走するようになった。キネ旬の愛読者といっても、あまりアテにならない人もいることを僕は知ってしまった(吉田さん、ゴメンナサイ。でもホントのことだから許して)。
 このようにして、学生の協力も得、さほど大きな事故もなく、また天候にも恵まれた和光大学のロケも終わり。いよいよ、待ちに待った、この映画のハイライト、船上パーティーの撮影の目になった。


 5月27日午前7時、新宿安田生命前、もうスッカリ顔なじみになった助監督の滝田さんが、吉田さんにはやさしく、僕にはどうということもなくロケバスに乗るように言った。中には、もう何人かのスタッフが乗っていて、吉田さんには暖かい眼ざしを向け、僕には、「ああ、いたのか」程度の眼さしを向けてくれた。この映画のスチルを撮っているカメラマンの川西さんが、僕たちの方を見て、「吉田ちゃん、朝メシ食ってきた?」「いいえ」「じゃあ、これ食べなよ」といって、ホット・ドッグを一本。「ワーッ女はトクだァー!」と叫びたくなるような屈折した青春をどうしていま味合わなければいけないのか?などという素朴な疑問をないがしろにしてロケ・バスは一路、沼津へと向かった。
 東京を出るときには上天気だったのに、途中御殿場あたりから雨が降り出し、沼津インターを出る頃には本降り。喫茶店にはいり様子を見ていると通り雨だったらしくカラッと晴れあがった。「ロケ隊の顔に笑顔が戻る」といういつか見た記録映画のナレーションを思い出す。
 ところが、目的地、フローティングホテル・スカンジナビアに着いた途端、また雨。これも通り雨だろうと昼食にする。結局、雨がやんだのが午後二時、それから準備にとりかかり、海上での追っかけシーンを撮るため、船を出したのが二時半。スタッフの方には御迷惑でしたが勝手に撮影隊の船に乗りこむ。
 この船は、武装兵士(大日本下落合大学学長の親衛隊)長田軍団四人を乗せた木舟を曳航しているのだが、もう彼らのはしゃぎようというとモーターボートに乗っている所ジョージさんも含め、アレが大人のすることかと思うほど。飯島洋一さんはフンドシひとつになって揺れる舟の上で踊っているし、土方鉄人さんは日の丸の旗を振りまわす、ベンガルさんは釣り人にむかって万才三唱、小島さんはオールの素振り、所ジョージさんは珍妙な手旗信号などなどなど。ほとんど彼らは遊びに来ているという雰囲気で、あげくの果てには飯島さんが海に落っこちるというおまけつき。こんな倒錯の役者軍をとりまとめていく監督の苦労が実感として伝わってくる。
 一方、スカンジナビアでは、この間に他の出演者が続々と集まってきて、大日本下落合大学創立25周年記念船上パーティーの撮影は、その夜9時より始められた。
 ここで、吉田さんのことをちっょと書いておかなければいけない。彼女は学生取材記者というより、和光大学でのロケ以来、エキストラに変貌したり、この映画の友情出演に駆けつけた宇崎竜童さんにサインをもらいに走るやら、大騒ぎ。同じキネ旬の愛読者なのに、どうしてこうまで差があるのだろうか。
 パーティーのシーンには、赤塚不二夫さん、近江俊郎さん、内藤陳さん、司美穂さん、鳥居恵子さん、佐藤B作さんを始めとする東京ヴォードヴィルの面々、あらんどろん、たこ八郎さんと、オール・キャストが集まって、ワイワイガヤガヤ。ホントにお酒を呑んでいるのには、もうビックリギョーテン。深夜になっても、その騒ぎはおさまらず、撮影も続く。なかで、たこ八郎さんなどは、酔っぱらって、どこかに消えてしまい、出番になっても現われず、しかたがないので、そこのシーンは台本を変更したり、とにかく騒ぎにきているのか、映画を撮りにきているのか......。
 ところが、そうは見えてもさすがはプロの集団、着々と撮影はすすめられ、出番が終わった役者さんたちは、船室へと消えて行った。午前三時を過ぎても、まだ甲板では撮影がおこなわれていた。僕はもうグッタリ、そこで船室に戻って横になろうとしたら、小さなツインの控え室のベッドに、吉田さんがゴロリ。どうもこれは居づらいので、タモリさんの部屋で横にならせてもらう。
 さて眠ろうかとすれば、廊下を助監督の声が走る。「近江さん、申し訳ありませんが出番ですので甲板へお急ぎ下さい」そうこうしている間にウツラウツラ、ハッと目が覚めて甲板へ飛び出してみると、夜明けの海、な、なんと、まだ撮影は続けられていた。
 しかし、監督は、疲れの色も見せず、チョコチョコと役者とカメラの間を走りまわっている。カメラに写らない甲板のところどころに疲れきった役者さんたちが、デッキチェアに埋もれていた。
 その中を、どこから現われたのか、たこ八郎さんがヒョロヒョロと歩きまわり、酒びんを逆さにしては口にあて、「酒はもうないの」と、自分にいいきかせていた。そして、山本監督は、叫ぶ。が、その声は、かすれきり、ほとんど聞きとれなくなっていた。


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