戻る
「あえて」フェミニストにならなくてもいい。 自分から枠に入るってのはよくないんだよな。 フェミニズムだのポリコレだのが批判されてるのはやり方が分断を煽ったりで下手だし 全体的にしょうもないやつがその傘下にいるからってのもあるよ。大体、右翼だろうがなんだろうが どんな思想界隈も集団もずっとクリーンなままいられるわけないし、人材も優秀なばかりじゃない。 ずっと同じ思想に入り込むってのはもう宗教なワケでさ、で支えるやつらは信者だと。 本来思想は手段だと思うんだけどね、仲間集めたり、行動したりの。 でも宗教だから思想を守ることが目的になっちゃって、思想の中身で揉めたり、一切を譲らなかったり、グダグダに。 話が飛んだけど、フェミニズムだろうがポリコレだろうが、あくまで思想の内の一個に過ぎないんだよな。 つまり女性を守るという意識があるんだったら、フェミニズムはその一個に過ぎない。 政治的に正しいことをやるっていう意識があるんだったら、ポリコレもまたその一個に過ぎないんだよ。 強くなりたいからボクサーをやるってのがフェミニズムだったとしたら、別にほかにもあるんだと、柔道でもプロレスでもキックでも空手でも。 そういうことよ。別にいいんだよ、フェミニズムじゃなくて女性のための活動しても。別にいいんだよポリコレ叫ばず政治的な正しさ追求しても。 フェミニズムってのがいつのまにか女性界隈の代表面してるってだけで、それでいつの間にか女性の活動者=フェミニズムっていうのが自動的に決まっちゃって。 でもそういう、いつ誰が作って流行らせたかわからない思想かつ概念の枠に入らないと女性的な活動ができないないんてことありえないわな。ポリコレも。 愛国者=右翼、じゃないしね。国を守る=右翼じゃなくてもいいわけで。天皇制を守る=右翼でもないし。というより別に右翼っていう枠にはまる必要はないんだよ。メディアがレッテル張るだけで。 男になりたい=ヤクザになる必要もないし、反体制=左翼、でもないし。だから新右翼の野村秋介が自分のことを右翼と呼ぶな、新浪漫派と呼べっていうのはそういうところにある。 俺が嫌なのは、やっぱ右翼でもそうだけど、一つの言葉や概念が権威を持っちゃって、それを守るための内ゲバだったり煽りがあったりと、活動が別のところを優先するようになるということなんだな。 フェミニズムという言葉に権威を求めて、でフェミニストだっていうやつら、いるでしょ。大体自己陶酔してるんだよ、こんな強い力を手に入れたって。ヤクザが拳銃手に入れたみたいなもんでさ。 で、その権威を守るための闘いになる。もっと言えば権威を拡大しようとするから、変なところにケンカを売ったり、内輪が強まり品性下劣になったりする。フェミニズムに限らず。 うん、混乱のもとはここにあるんだよ。フェミニズム批判、ポリコレ批判をすると、女性批判、政治批判に短絡するんだと、大半の意識が。それは違うんだぜって。 あくまで女性の代表面をしてるってだけでさ、フェミニズムも。別にフェミニズムを名乗らなくても女性活動はできるしやれるんだって。 グレタを批判したからと言って環境問題そのものを否定しているっていうようなもんよ、今の風潮は。 ともかく今流行のフェミニズム、ポリコレってのは敵を作りすぎ、雑過ぎ、やり方下手すぎ、ということで俺は一切評価できんね。別の丁寧な連中が出てきてほしいと思う。 俺の言いたいことは、なんとなくわかると思う。 そういうことから言えば、韓国の僕の狂ったフェミ彼女とか本あるけどさ、いや、フェミニストになったのはお前の勝手やろと。 ボクサーになったのはあんたの勝手ですよって。柔道でも空手でもプロレスでもいいのに、その中でボクサー選んだのはあんたの勝手だよって。 でもフェミニズムって上手いんだよな。自分たちは常に妨げられていた、でもこれからは黙らないっていう感じで まず徹底的に被害者面を極め、悲劇のヒロイン的な興奮を煽り、さらにはオチの自己陶酔も忘れない。 つまり女を集めるにはぴったりの要素ばかり。 過去の歴史を漫画的に全肯定、そして国に殉ずるという自己陶酔も併せた男たちの右翼そのもの。 結局大衆が悪いんだけどな。言葉がないと動けない、まとまれないから。 しかし女が活躍するだけでいちいちフェミニズム的だとか煽りあいが続いているが それをフェミニスト団体が先導しているのが腹立たしい。 女がなんかやるってだけでいちいちフェミニズムって言葉がまとわりつくんだよ。 わかるか?男がなんかやってもいちいち用語だの概念だのないじゃん。 でも女はもう、フェミニズムっていう言葉なくして、生きていけなくなってしまったわけだ。 これはよくないね。映画でもさ、フェミニズム映画だとか。男はそういうのないもの。そのまんま男の映画とか。幸せなことよ。