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〜友永丈市〜
友永丈市とは
軍人。 1911年生まれ。 1931年、海軍兵学校59期卒。 紆余曲折を経て1942年4月 空母「飛龍」艦上攻撃機隊の飛行隊長に着任。 同年6月ミッドウェイ作戦において ミッドウェイ空襲隊隊長の任を受け持った。 負け戦であるミッドウェイ海戦で、日本側において唯一 英雄的な活躍をした人物として知られており そのドラマ性や壮絶な最後から ミッドウェイ海戦を取り上げる作品では 大体大きくピックアップされる。 1954年の「太平洋の鷲」では三船敏郎が 1960年の「太平洋の嵐」では鶴田浩二が演じた。
ミッドウェイ海戦
同年6月ミッドウェイ海戦において ミッドウェイ空襲隊隊長の任を受け持ち 6月5日零戦、艦上爆撃機、艦上攻撃機 合計107機を率いてミッドウェイ島に突入する。 しかし米軍は事前に奇襲作戦の情報を得ていた。 空襲隊がミッドウェイ島の米飛行場に突入した時には 米戦闘機は全て離陸しており 米戦闘機隊は逆に日本空襲隊に奇襲をかけ、いくらかの被害を受けた。 ミッドウェイ島の、航空機のない滑走路への爆撃に空襲隊は虚しさを感じるが 友永は攻撃不十分として、機動部隊へ第二次攻撃隊の要請を図る。 離陸していた米戦闘機隊は既に機動部隊に空襲をかけており ミッドウェイ島基地戦力を重く見た南雲は要請をのんだ。 第二次攻撃の為 艦載機は対艦用の雷装から対地用の爆装に転換したが それまで索敵で何の報告もなかった「米機動部隊」の突然の来襲で 再び艦載機の武装を変換する必要に迫られる。 刻一刻と迫る米機動部隊の襲来に 現装備のまま出撃しようという声も出たが 南雲は護衛機のない裸の爆撃隊は出せないと 先ず第一次空襲隊の収容を急ぎ 第二次攻撃隊の武装を変換する事を決定する。 しかし再びの武装変換を終えぬまま 米機動部隊が到着、米爆撃機隊の急降下爆撃が始まる。 飛行甲板で発艦準備していた戦闘機はもとより 武装変換中の格納倉庫内も爆撃の犠牲となり 艦内爆破や弾薬の誘爆等で ミッドウェイ海戦の参加母艦4隻中 赤城、加賀、蒼龍の3隻が大破、沈没した。 だが3隻と離れた場所にいた飛龍は 爆撃隊の被害を受けず健在であった。 反撃の第一波攻撃隊として 飛龍含む赤城、加賀、蒼龍の生き残った戦闘機とで 米空母ヨークタウンに突入し、ヨークタウンは航行能力を失う。 友永は第二波攻撃隊を指揮し、続いての攻撃に向かうが ミッドウェイ基地空襲の際に被弾しており 「九七式艦上攻撃機」の左燃料タンクに穴が空いていた。 周囲はそれを指摘し、別の航空機に乗り換えることを進言したが 友永はそれを拒否。 第二波攻撃隊は航行不能状態のヨークタウンに突入。 8機の航空機を失いながらもヨークタウンは大破。 しかし友永もまたヨークタウンに激突、自爆死した。
1942年6月5日 30歳没映画での活躍
それまでのノリノリ勝ち戦ではヒーローの誕生も多かったが ミッドウェイ以降、緒戦に負けに次ぐ負けであり 熟練パイロットの減少や特攻隊の誕生により 世間目からしてもヒーローは少なくなっていた。 そういった意味で ある意味最後の輝きを見せつけた友永は 当然映画的なエッセンスとしてでも 大和魂の真価としてでも、諸作品で 取り上げやすかったのではないだろうか。 一番上に書いたが三船に鶴田という 当時日本最大のスターとして君臨していた男達に演じさせたのは やはり友永への敬意と見せ場の多さからだろう。 鷲でも嵐でも、真珠湾攻撃から映画は始まっているが 友永はどちらにもその攻撃隊長として参加している事になっている。 しかし忠実では友永は真珠湾攻撃に参加していない。 何故参加した事になっているかは まあ真珠湾攻撃描写を脚本からもテーマからも 決して外せなかっただろう事と キャラクター像及び俳優の出番の確保の為に 無理矢理入れ込んだんだろうとも思う。 まずミッドウェイというテーマを描くのは大作以外ありえなく 負け戦の中、唯一活躍する男を演じるのは しょぼい脇役俳優では当然務まらない。 三船、鶴田両名スーパースターであり大作の冠の似合う男である。 映画的にも相当な見栄えがするし素晴らしい効果を生むのである。 まず1954年の「太平洋の鷲」での三船友永である。
これは格好良すぎる。 三船はパイロットとして終戦を迎えた。 当時の三船の写真はいくつか残っているが やはりあり得ないほど似合っている。 また、軍人役の多い三船がパイロット役を演じたのは これが最初で最後である。 三船以上にパイロット役が似合う俳優はいない。
七人の侍出演中の三船だったからこその髭。 その髭ずらが人物に豪胆なイメージを作り 三船にも友永にも得になった。 しかし座っているだけでも存在感と格好良さがある。 予告でも映っているが三国や小林等スーパー俳優が 一堂に会すあの場面は異様な雰囲気に包まれている。
三船は何故こんなに格好良いのか? 黒が似合う髭が似合う・・・ ダンディ、そして寡黙。 男は黙って、である。 特に印象的なのはタンク被弾の事を聞かれた後 航空機に向かって歩いて行く場面である。 最初観た時はシビれた。
男の後ろ姿にああまで格好良さを感じたことはない。 まさに、三船の「大きさ」を感じたのだ。 台詞は少なくスチールにある様な大きな役割はないものの 真珠湾からミッドウェイ最後の突撃まで 圧倒的な存在感で魅せた三船の勇姿は、まさに友永の生き写しである。
1960年の「太平洋の嵐」の鶴田友永である。
鶴田は当時パイロットではなく整備員だったが 当然航空機の事は知り尽くしパイロットとも交流がある。 彼らの死を、鶴田は何を思って見送っていったのだろうか。 「雲ながるる果てに」で見せた若者像ではなく 本作の鶴田は皆の兄貴分、オヤジとしての役割を果たす。 ドラマは三船友永より圧倒的に多い。
夏木の良い兄貴分でからかい、からかわれる間柄。 部下がザワついていればビシッと締める。 飛龍の反撃を促した場面も鶴田の貫禄が伝わる。 燃料タンクの場面も音楽と悲壮さが現れ、立派であった。 特撮場面も鷲の頃とは比べ物にならない程 クオリティが上り鶴田の演技も冴える。 鷲でも記録映像の勢いとリズムでそこそこのインパクトはあったが。 ミッドウェイ最後の突撃場面は、まさに緊迫感の連続。 というか格好良い。 SWのデス・スター戦を想起させるカット割に 爆風を上げる戦闘機、静まり返った後の機械音・・・ 「用意・・・撃てっー!」 鶴田のテンションが伝わってくる。
激突ではなく、三船も鶴田も特攻死で最期を迎える。 どちらの最期も印象的だが 特撮の上手さでいえば鶴田である。 1976年の「ミッドウェイ」は三船以外ほとんど日系人である。 友永も演技暦浅いしょうもない日系野郎が演じていた。 これでは本物の迫力は出せないばかりか友永にも申し訳が立たない。 映画での友永と言うのは やはり三船敏郎であり鶴田浩二であった。