死んでほしくない人物と言えば、鈴木邦男と長谷川和彦は絶対だね。 どっちも 鈴木邦男

1943年生まれ。父が国税局勤めのエリート一家。母が生長の家の信者。  愛国思想を持つ宗教だが、鈴木は特に関心がなかった。 「共産主義者は危険だ」「日本の伝統を守れ」という教育を受ける。 高校受験に失敗し、新設のミッション校に入学。キリスト教式教育を押し付けられ反抗。 また保守的な学校だったが左翼的な教師も多く、これにも反発する。 政治には疎かったが、浅沼委員長刺殺事件に「同い年の人間がここまで国の事を考えていたのか」と衝撃を受ける。 早稲田政経には余裕の合格判定、早稲田下見ついでに赤尾敏に会いに行く。  宗教の授業中、内職で英単語帳を広げていたら教師に没収され、挙句ストーブで燃やされる。 キレた邦男は授業後職員室に一人殴り込みにいき、教師を半殺しの目に合わせた。当然即日退学処分。 一家は騒乱状態になり、結果半年間教会で懺悔すれば復学を許すということで半年遅れで卒業、早稲田政経へ。 卒業式での校長の言葉「やけになるなよ」。 早稲田入学後、生長の家の学生道場に入り、愛国と反共思想に目覚める。 生長の家学生会全国総連合で書記長を務め、左翼学生と対峙。学内闘争の主要メンバーとなった。 殴り合いの日々、逆にリンチを受けることもあったが全優で無事卒業し、大学院に進学。 1969年、全国学生自治体連絡協議会が結成し、初代委員長に就任するが内ゲバにより1ヶ月で退任。 失意の内に早稲田を離れ、故郷に戻る。1970年に産経新聞社に入社し、新人教育を受けている最中に三島事件が起こる。 同窓森田必勝の死に衝撃を受け、「俺たちがオルグしたヤツは国のために命をかけたのに、当の俺たちはいったい何をしているんだ?」 と脛に傷を持つ元活動家たちと一水会を設立、代表となる。あくまで当初は水曜日に集まって政治談議をするというサークルじみたものだったが 徐々に過激さを増し、自衛隊がストリッパーを呼んだことに抗議し、ビラ巻き、鈴木一人突入し逮捕。1973年、産経新聞は首となる。 1975年、連続企業爆破事件を起こした極左グループ狼を右翼が評価したとする「腹ゝ時計と狼」を出版し、大きな話題となる。 同じ時期、河野邸焼き討ち事件により12年獄中にいた野村秋介が出所、対談を行い、反体制右翼なる新右翼の名称が生まれた。 その後も反天皇グループに殴りこみにいったりソ連大使館に抗議したり、ガサの際捜査令状を破ったとして留置場生活をしたりと波乱。 また、一水会と連携する組織・統一戦線義勇軍が発足。若手が主体のこのグループは非合法活動をメインとする過激さで一躍脚光を浴びるが 一年も経たずスパイ粛清事件が起こり、渦中鈴木も遺体遺棄を指示。 最終的に鈴木と少数の人員を残し一水会、統一戦線義勇軍の幹部はほとんど逮捕され壊滅。 その後、「オカマ」の東郷健の反天皇イラストに激怒し幹部に半殺しにさせた後は非合法活動を完全に停止。 以降は言論戦が主な主戦場となり、世界を飛び回ったり、結構話せる人物だとメディアにも出たり、 その内テロ反対声明や、国歌は国民投票で決め、結果次第ならインターナショナルでもいいとの発言等により右翼陣営から呆れられ 2000年に一水会代表を退き顧問に。その後は自由に執筆活動メディア出演などを行い、現在の右翼を非難し、主に左翼陣営と付き合うように。 鈴木曰く「今の僕は右翼3、左翼7」


長谷川和彦

二次被爆者。 小学校では級長、中学では生徒会長、高校は県内トップ校の生徒会長。 東映の助監督をしていた友達の兄に影響され、東大に進学。 ラグビー部のキャプテンとなり活躍。学生運動にはノンポリとして参加。 神々の深き欲望の助監督となり大学中退。その後は日活ロマンポルノの助監督・脚本として活躍。 青春の蹉跌で脚本家として注目を浴び、日活で初監督の予定だったが撮影直前で執行部に潰される。 76年ATGで初監督作青春の殺人者公開。同年のベスト1だと激賞される。アメリカへ飛び自分の劇場を持つ野心を蓄え 79年太陽を盗んだ男をメジャーライン東宝で公開。同年のベスト1だと激賞。その後連合赤軍の映画化にこだわるが中々うまくいかず 監督たちの会社を作るとディレクターズカンパニーを発足。飲酒運転で逮捕。 以降監督作のないままディレカン倒産。現在に至っている。




どっちもインテリで、だからか気が異常に若い。 スペックが高いから新しいものを拒否しないとかね、容量が多いってこと。 拒否しないどころか積極的に使いこなそうとしたりね。で、それが若者の気を引こうとかでなくって ナチュラルに、自分の興味だったり生理だったり、自然な中でやっているというね。だから臭みがない。 で、活動からか人間性からか若い人間も寄ってくる。それも若さを保つ秘訣か。 二人ともいわゆる人格者と呼ばれる部類だ。もちろん清廉潔白というワケではない、暗い過去がある。 しかしそれでも、彼らの言動は周りに気兼ねする、無神経ではない、細やかさがある。 それは繊細ということ。自分と周りをできるだけ大切にしたうえでの文章だ。それが分かる。 どっちかを犠牲にして突っ切った文章も味があるんだろうが、彼らはついぞそういう言動をしない。 二人ともインテリの上に武闘派だ。そして理論家というまさしく鬼に金棒。 「持っている」からこそ余裕があるのか。彼らの言動には圧もない。 彼らに共通するのは、いや人格者に共通するのはユーモア精神だと思う。 臭みのない自虐・・・ユーモラス・・・。 こればっかりは彼らの文章なり言葉なりを読んで聞くしかないが 言動の圧とユーモア精神ってのは、俺はもう生まれつき、気質のものだと思っている。 どれだけ世間に揉まれても、人の上に立っていても皮肉や毒舌しか言えなかったりするヤツも多い。 例えば活動家とか、いるでしょネットとかでも。その中でも外山恒一なんかも人格者の部類だと思う。 ユーモア精神、若者を受け入れる気の若さ、器の広さ、何だかんだ愛されるキャラクター。 本当な、活動家とか思想家がみんな彼らのようなタイプだったらいいのに。 彼らの言うことだって、賛成できないことはいっぱいあるワケ。でも「話聞いてみるか」と思えてしまう人間性。 そこからつっかかりがなく、フラットに話が聞ける。それが自分にとって糧になったりする。 反面、皮肉毒舌自己愛・・・他にもあるけど、ちょっと人格的に引っかかって話を聞きたくない輩が多すぎるよなあ。 正論=どんな言い方してもいい、誰が言ってもいい、じゃないんだよ。クズが正論言えば引っかかってストレートに理解できなくなるわけ。 思想でも活動でも、結局人間なんだ。そこを分かってないのか重視してないのか、少なくとも 現状クソが多すぎる。その結果、敵は敵以上にならず、味方も凝り固まって、周囲の人間は引いていくという最悪の状況だ。 我々若者の政治不信なんてのも、大人世代、老人世代が、政治においてあまりにも人間性を重視しないことから始まってるわけだ。




鈴木邦男も長谷川和彦も外山恒一も、なぜインテリかつアウトローなのに人格者的なのか。 それは生まれの時点でそうだったのか。しかし俺が思うのは、彼らはみな自分を「謙虚」に捉えているということだ。 日本人的か?つまり、自分たちのやっていることが大それたことだとか、または自分たちは正義だとか、そういうことを思ってないということだ。 もっと言えば「俺たちは悪いやつだ」しかし開き直るところまではいかない、という繊細な部分で戦っているからじゃないかなと思う。 鈴木の一水会も、長谷川和彦がゴジを自称したのも、外山恒一がファシストを標榜したのもそれを感じるよ。 それぞれが攻撃的な組織・名前に関わらず、優しさというか愛嬌が見えるのはなんだろうな。 実際、鈴木の一水会は言論の右翼だった、 ゴジは年上格上には甘えて、年下格下には紳士的だ、 外山はどうあがいても人っ子一人殺せない愛されキャラだ なんかこう、彼らの組織・キャラクターには生の苦しさが見えるんだよ。 つまり周りを攻撃したい、スカッとしたい、しかし自分の生理がそれを許さないと。 だからこそ、自分をコミック的に超越させて、あえてピエロを演じることによりバランスをとってるんだと。 周囲からのピエロ的な扱いも彼らは許容する。もちろん限度はあるけど。それもまた彼らの徳にある。 極端に行き着かないってのも、彼らのインテリジェンスの賜物なのか。 持ってるものが大きいほど繊細になるのか。しかし生まれのパワフルさ。その両極端。 まさしくドンの素質であり、彼らが人格者たりえたのはスペックによる余裕と、生まれの気質、環境に恵まれた――この3つの美徳。 清廉潔癖ではないものの、彼らにはギリギリの一線があるし、それを守れる常識と良識があるから だからバカな俺も、騙されてるかもしれんけど、好きなんだな。三島とか田嶋陽子も入れていい。 兄貴が弟分をお菓子かなんかで釣ってこき使うみたいなさ、適当に褒めて。 でもそういう愛嬌が欲しいよ。上にいるヤツには。 彼らの若さからか、特に鈴木と長谷川は、俺にとって兄貴みたいなもんだ。 年齢的には爺さんとか親父とかになるんだろうが、違うんだな。やっぱ俺たちに近い若さがあるってこと。 彼らの思想でも、言動でも。戦後世代だからか?彼らよりもう少し上ならば親父だったろうけど。 そうそう、もう一つ言えば彼らは挑戦したが、成功しなかった。これが大きいんだ。 だからずっと夢見て、ロマンチストだな、だから枯れないし、完成してないってこと。 ずっと勉強だよ、そして悟りを開いたりしない。ずっと現役だ。外山ですらそうだ。 若い感性に、パワフルと優しさ、繊細、ユーモア・・・。




だから最近でてきた75歳の長谷川和彦にはショックだった。出てきた時から若かった。 彼はずっと言っていた。「20代で撮れる傑作は30では撮れない。」そして30で撮った。 彼は年齢を気にして生きていた。そして監督主導の会社を作るが、唯一自分だけ撮れず 表舞台に立つことなく、そして40、50。会社は倒産。50半ばで監督作のDVDが一気に出て 一時間インタビューにそれぞれ出演、若々しいルックスと言動がよかった。 90年代後半からはファンサイトを駆使して映画の企画を募った。若者とオフ会もやった。 60になってもツイッターをやったり、インタビューに出たり・・・。シンゴジラインタビューで70。 そして75歳。もうしわしわのお爺さんだ。急に来たな。死相が見えたよ。 永遠の若者だったんだ長谷川は。若者監督で彼は止まっているから。 79年、33歳の時撮った若者映画「太陽を盗んだ男」以来、ずっと次の作品を撮ろうと夢見ていた。 今でもその野心を捨ててない。しかしそれが叶うことは俺たちも、長谷川ゴジも不可能だと知っている。 佐藤浩市が60で一気に老けて死相見えてきたのと似ている。若々しいヤツも、やっぱり年とるんだな。 外山恒一もそうなんだろうな。一見政見放送のころと変わってないけど、でも60なったら老人なんのかなあ。 そして鈴木邦男だけど、難病か何かで人前には出てこれないらしい。支援者が面倒みていると。 もしかしたら認知症になったんじゃないかって、思うんだ。もちろんもしもだよ。でもあり得るよな。 もしそうなら悲しいね。一切を忘れちゃったんじゃないか。彼が本で書いてきた歴史、仲間、思想。 右翼シーンすべてとつながってるんだよ。学生運動、三島事件、一水会、新右翼、野村秋介、見沢知廉、木村三浩、赤報隊・・・。 これらをリアルタイムの興奮とともに語れるのはもう彼しかいないのよ。 鈴木はずっと若かった、わりに童顔に見える、声もイイ、文章もずっと若くて、面白い。人も集まる。人徳そのものだ。 30代でシーンに登場し、40代でメディアに出てきて若者たちの神と言われて、50代でも話せる右翼だといわれて、60代でもネット駆使して運動して 70でも負けてない。日々貪欲に遊んだり運動したり書き物したり。 決して古くならない・・・はずだったのに。ドキュメンタリー映画出演の際には、すでに衰え、艶のある声もなく。 死ぬんだよなあ。


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