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小川徹
「新幹線大爆破」は例えば「大空港」や「ポ セイドンアドベンチャー」に類する映画であるが、新幹線そのものにもつわれわれのリアリティと、無形の危機緊迫感が、日常にはありえなかった戦争映画のような空想の情熱をかきたてた。新幹線そのものは、新型爆撃機でも新鋭戦車でもないから、自らがつくる スピードに対して自らを守るだけで、外から鉄砲銃火に対してはハダカ同然であることがいまさらながら思いあわされ、私はスポーツ競技でみているのかと自問したが、そうではなかった。スピードのスローダウンがあれば 自爆するという条件は、ちらとわれわれの日本という国がある外国の支配下におかれた時を想像させたし、また軍隊の支持のない革新勢力が政権をとったときの未来図をも連想させた。それにしても、こういう事件がおこったとき犯人のことはうっちゃらかして、人々が一つの心になって声援することがあるにちがいないという思いに到達したとき、ある希望をもった。これは走れメロスであった。 若松護
東映「新幹線大爆破」 オカルトからパニックへの流れの中で、パニック映画のモチーフ。あの社会派佐藤純弥が、犯人側の犯罪を犯していく熱意を丁寧に撮っている。興行的に当らなかったらしいが、まるで、僕がひとり楽しんだようでうれしい。 須藤久
『新幹線大爆破』はあの我等が健サンが女房に逃げられるという役をやるというだけで3位の値打ちがある。そうなのだ、今の日本は健サンですら非社会的にならざるを得ないほど病んでいるのだ。かすかにではあるが「病み」 は表現されていた。 松本健男
とりたててベストテンの順序に意味もありませんが、こう並べてみると、邦画と洋画の 差を感じないわけにはいきません。 作品の完成度とスケールの点では、やはり洋画の方に歩があります。しかし、同じパニックものとしてくるとすれば、巨大なびっくり映画 「タワーリング・インフェルノ」や「サブウェイ・パニック」に対するに、佐藤純弥監督 「新幹線大爆破」は、日本映画の在り方としては、なかなか暗示的ですぐれたものでした。事業に失敗、女房、子供にも逃げられた中年男、国家と対峙する構造を、ちゃんと描いていました。 河原一邦
ミソつけ続けだった純弥さんも「新幹線大爆破」で "やればできるじゃない”と思わせた。 夏文彦
一九七五年の日本映画は、涙も出ないほど 絶望的な情況だった、と俺は思う。この後に続けて、企業も最低だが作家もひどい、と書かねばならないのはつらい。しかし、正直なところ、それが実感である。 『仁義の墓場』と『新幹線大爆破』は、そうした中で、群を抜いていた作品だった。 堤正志
「新幹線大爆破」は、少々、類型的ですが、サスペ ンス映画としての出来は大変良かった。それに並べて「本陣殺人事件」はヒドイ!