遺伝子の振りまきが人類の本質的な目的ってのは分かった
しかし役割を否定しては人類の存続はありえない
そうなれば遺伝子を振りまくことも出来ない それはどうなの





てかもう続けなくてもいいんじゃねという空気にはなってる。





え、そうなの





いわば発展ってさ、さっきの人権どうこうもそうだけど
どれだけ役割に縛られず楽に自由に生きられるかっていうのが主眼じゃないですか





ああそうかもね 技術発展とかね





んで人間楽になるとさ、生きるためのエネルギーが薄れてくるんだよね





また新情報が出てくる笑





具体的にどういうことか教えてくれ





まず人権の話な
人権が役割の解放を推し進めたと言ったが その人権こそリスキーなんだ





理由を言えよ





人権とは我々人民による武器だと思っていたこともあったが・・・





能書きはいい 要点を言え





つまり人権は人間を弱くしたという事だ
いわば許容できる幅が狭まってるというのかな できることが減ってるということ





具体を





例えば嫌なことをなくすには二つ方法があるだろ
ある程度自分を鍛えて、その物事をいくらかは許容できるところまで持っていくこと
もう一つは物事自体を否定(規制)してなくすこと





で人権を謳っての解決法は後者なんだ しかしそれでは人間は弱くなるばかりだ





何故





だって許容できる基準がどんどん下がっていくってことでしょ
つまり背が低くなるんだ 背が低くなると前見えなかったものが見えてくるというわけ
例えば体罰あった頃は体罰が自分の耐えられる限界点だったわけでしょ
でも体罰禁止されてからは説教が自分の耐えられる限界点になったわけ
そうするとこれまた前には気にならなかったことがハラスメントとかになる
そしてそれは終わりがないんだ 背が低くなるごとにまた問題を見つけて規制しての繰り返しだから





神経症だなつまり





そう、そして今既にそうなってるよな神経症時代
あらゆるものが気になりだす
すると社会の根幹というか、社会を続けていくための体力すらなくなってきてるんだよ
あらゆるものがハラスメントだと、気になるし耐えられない






セーフラインはないと





そこまで来ている
だから人権という概念を作った人たちは分からなかったんだね
人権はあくまで社会存続の枠内で活かされるだろうと思ったら
社会を飛び越えちゃった





生きやすくしようと結果甘やかしたら 社会を生きるためのあらゆる体力が失われたと





続ける体力が失われた結果、続けるメリットよりデメリットの方が上回った
だからしんどい思いしてまで社会を続ける必要はないというのが今じゃないかな





結論を言おう
役割化を否定して出生の安定を失ったことも含めて、人権ってのは終わらせる道具だったんだよね
今が生きにくい時代なのは当然、だって終わらせるための道具使って続けようとしてんだから





決まったな





今がお前の人生のピークだ





技術発展も人権と同じだな どんどん生活が便利になる中で生きるために必要な基礎体力をも失っていったわけで





じゃあ発展ってなんだよ 人間を終わらせるために発展してきたってことかよ





言うなれば発展ってのは、 本質的に人間は社会を続けることに拘ってないってことを
自覚させてくれたんだよね





どういうことだそりゃ





今って発展のおかげで社会を続ける条件とか体力がない状態でしょ
だったら鍛え直すとか認知を変えたりしない限り続けていくことは不可能なんだが
ほとんどの人はそこまでして続けようと思わないんじゃないの。
「しんどい思いしてまで続けなくてもいいんじゃね」って大体の人が思ってんじゃない





確かに もう一度鍛え直したり前の価値観に戻ってまで 続けなきゃいけない理由ないよな





本質的に社会を続ける根拠なんてなかったってことが発展により分かった
規則や規律が強かったからとか体力があったからとか、そういう条件があったから 続いてきたというだけで、いざ続けるための条件がなくなってはもういいやっていうさ





なんか人間って刹那的だな


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