ここ十数年の自称役者・タレントの顔見てみろ。ただドヤ顔してるだけだ。 自分が一番つらいみたいな顔してる。 被害者意識ばかりが高く、その癖攻撃性は高い。 そう、今30代半ばまでの連中は全員、役者になりたいのでなく、インフルエンサーになりたがっているのだ。 時代の顔、社会的政治的なシンボルになりたいと。 その癖何もない。芝居ですらない、自然体を履き違えた素の品のなさを露呈し、 低リスクハイリターンだけを望むちんけな連中にすぎない。




各エンタメがどんどん過激になっていき、人間の嗜好のコアに直接ぶつけるような作品が増えてきた。 論破系の作品なんて特にそうだ。相手をボロボロに、あくまで自分は優位にクールに振舞うってのがスタンダードで、 だからこそ無表情で論破、笑って論破、ってのが多い。その上主観から来る道徳だの常識だの人間の本質を盾に 相手に一切の逃げも許さない。ここまで来たら気味が悪いね、スカッとジャパンとか、最近のフェミニズム作品とか。 少年漫画にあったような論破する側も熱血とかだったらいいんだけど。

で、 何よりさ、それがアニメでも実写でもいいんだけど、昔の演技ってのは新劇演技とかの、一つの虚構的な演技ってのがあったわけだろ。 だからこそどんな感情的な言葉でも絵になるというか、いわゆる虚構として咀嚼しやすくなってんだよな。 でも今、21世紀以降の演技ってのは、それこそ今の30代ぐらいの役者からそうだけど、自然体の演技ってのが流行ってる。 自然体の演技ってのは物は言いようで、従来の個性強い連中の自然体はいいんだろうが、すべてが薄い連中の自然体ってのは、 ただそれっぽく見えるだけでさ、なんていうか学芸会そのものなんだよね。 挙句なんの成長もないし。そらそうだだって自然体だから。何もないやつの自然体に成長はない。

そして最初に戻るんだけど、そういう芝居?で論破劇をやればどうなるか。 ただ性格悪そうなやつが、負のドヤ顔で、品のない罵倒しているだけ、と、それ以上でもそれ以下でもないのだ。 何か飢えたような自己顕示欲の強い、被虐性の強い、 でも被害者意識だけは高く、善と悪でしか物を考えず、勝ち誇るように自分と相違する意見を否定し、 周りはそれを称賛するという地獄絵図。

そこには社会正義もクソもなく、主観による当てつけしかない。まったくチンケだ。

そしてそういう自然体をメディアは称賛するわけだろ。だから・・・よりプロパガンダとしての役割が明確になってんじゃない?思想ものに関しては。 虚構的な魅力でセリフを言うのと、自然体でセリフを言うのとでは、後者では距離が一切ないから、製作側の意見をそのまま言うだけという。 そして今の、ことSNS時代からの自称役者・タレントってのは全員「若者たちのリーダー」「社会の革新者」になりたがっている。 何にもない癖に。名誉欲、強欲、傲慢、自信過剰を満たすために、社会そのものを道具にしているクズのような連中だ。

松田優作の言う「ただ有名になりたがっているだけの何もないやつら」。

政治家以上の影響力があるのに政治家ほどの責任を取らず、しかし政治家以上に持て囃されるのが芸術家だ。 そういういやらしい計算もある。


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