世の中できることが増えてると思いきや、逆でどんどん人間の許容量下がってるんで、厳密には減ってるんだよな。 人権もそうだし、意識もそうだし、究極的に言えば人間は潔癖の生き物であると。で神経質になりやすいんだと。 だからほんのちょっとでも気にかかることはどんどんダメ、ってことになる。

よくいう穴があったらすぐ埋めろ、だな。

でなにより人間順応性高い生き物なんで、そのダメっていう意識をみんな解しちゃう。

順応性の高さから、一理だけ見て肯定否定もたやすい。

そんなことで、ここ昨今ではどんどんと「あれはダメこれはダメ」が増えてる。 人間が弱くなっているという言い方ができる。少なくとも今の潔癖時代ではサバイバルは生き抜けないだろうと・・・。

でもう一つ。これは活動家的な話なんだろうが あらゆる行動・・・言動を一つの言葉に詰め込んでしまう。でタブー化が進んでいく。 超最近のことだけど、頭ポンポンはセクハラだっていうニュースがあった。 確かに頭ポンポンはキモイ。やってる側のネチョっとしたオタク的ナルシズムがキツイ。 しかしだからと言って、それをセクハラ、という単語に詰め込んでいいんだろうか。 セクハラってのは昔は軽い言葉だったと思うけど、今じゃ社会悪、人類悪のレベルにまで高まっている。 そう、あらゆる普遍的事象であるとか行動を、たった一言に詰め込んで でその一言や概念がものすごく強力になってしまうワケだ。様々な意味を詰め込んでいるから。 例えば差別って言葉は、もう殺しの言葉なワケだ。差別っていう言葉や概念に様々を詰め込んでいるから。 だからあなたは差別主義者だって言われたらもう社会的な死みたいなもんで。どうにか言い繕う必要がある。

男に冷めるのをカエル化現象だとか、男の女に対する態度を男尊女卑だとか見下しだとか、マンスプレイニングとか ウィル・スミスがコメディアン殴ったときも妻を所有物だと思ってるからだとか、もうね・・・。 こういう風に、事象を一言に詰め込んで否定して、それで人間は幸せになるんだろうか? 答えはノーだ。 何より人間ってのは、メディアにしてもそうだが、簡単な言葉を欲しがる。 そんな中で様々な意味を詰め込んだ強力な言葉がもてはやされ、そして・・・先はない。

いずれありとあらゆる言動が何か一言に詰め込まれ、否定され、手も足もでなくなるだろうと。 これだけは言いたいのは、言動ってのはすべてグレーってこと。否定すれば全部否定できちゃう。 ともかく、色んな意味で俺は、人間ってのは究極すべてを許せなくなって自ら滅びる運命なんだろうと。 うん、これまた騙し騙しやってきたことの限界がきている。


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