何度も書いてきたけど、ポケットモンスターってのは世界宗教のトップとれるぐらいのバイタリティあったんだよな。 狙ってそうなったんじゃなくて、偶然そうなったというか。全世界の創作物の中で、死んだあとどこ行きたいですかっていう問いがあったら ろくに考える必要なくポケモンはトップ10入りすると思うね。それぐらい行ってみたい世界、強烈な完成度。 何がいいってポケモンとの関係が動物虐待とか揶揄されてるけど、つまりキリストイスラム仏教ほどにあの世での人間の感覚が超越してないってことで 非常に馴染みやすいという。俗っぽいということで。かといって延々動物虐待的でなく、いろんなかかわり方するやつもいるしね。 俺はトップ10といったがベスト1入りすると思うんだよ。ほかにハリーポッターとかいろいろあるだろうけど、ポケモンの自由感冒険感は半端じゃない。 エヴァンゲリオンがどこかニッチな宗教作れるのなら、ポケモンは全世界全世代で宗教いけるぜってぐらいの国民的な安心感あり。 国民的アニメってのは建前でもって、制作者の欲だったり悪い部分を隠し、国民を騙しているわけだけど、 しかしその漏れ出た欲や悪い部分も俺たちは無意識に楽しんじゃってる・・・つまりみんなの中にある欲とリンクしているからこそ国民的だと だからこそ必然的に卑俗なんだな。そう、世界宗教ひとつひとつもエンタメで、国民的で、卑俗なんだから、ポケモンだってその仲間入りしなきゃ嘘だろう。 そういう、ある意味で超禍々しいエンタメが突如誕生。あ、アニメの方な。 ただのゲーム原作アニメってことでフツーに一年やろうぜってことでスタートした。ただの作品、ただのアニメ。 しかしその実は世界でベスト1級のエネルギーを秘めていたってのが、なんかゾクゾクするよな。

いやって程書いてきたけど、世界観の自由さにしろ、音楽や風景、何でもあり、俗っぽさしかなく、事件なんかも起こったり みんなあんまりガツガツしてなかったり、自由気ままに生きていたりと、楽しいことこの上なし。 さらに俗世にある何かに追われているような生き急ぎ感もなく、時間の概念もあまりなく、いわば永遠のモラトリアムが保証されている。 まあ言ってしまえば理想的なあの世なんだよ。そういう空気は元のゲームからあったかもしれない。 テーマもくそも、ともかくポケモン捕まえてバッジ手に入れてチャンピオンになれってことなんだけど しかし大前提として重要なのがお前も10歳だから冒険に出ろっていう部分。ここに惹かれたんじゃないか制作側は。 最高のモラトリアムだな、人間の闘争本能をポケモンに託し、自分は色んな場所をポケモンを通して旅し 金も困らず、チャリ乗ったり、知り合いできたり、だからポケモンだけでなく人間とのふれあいも楽しく、 そうだな、ポケモンがやはり最初なんじゃないすか、等身大とファンタジックがちょうどバランスとれた冒険ものは。 それまでのはファンタジー一辺倒だもんな。ポケモンは妙に現実社会とリンクした感覚があるんだよな。これゲームの話な。 お金の概念がルピーとかゴールドとかでなくそのまんまお金だし、ギャンブルとか、街並みもそうだよなコトブキシティとかさ 墓もあるし、家とか親も日本っぽいし、釣りとか、コイキングとかな、すげーバランスだよな。エヴァンゲリオンなんかも 現実の部分とsfの部分のバランスがすごかったもんな。ハリーポッターもそんなところがある。ウケる作品の特徴か?

ポケモン虐待どうこうと言われているが、虐待という人工的な概念を無理やり当てはめればその通りだろう。 何を言いたいのかと言えば、結局さ、状況として、「やってる、できてる」ってことはそれも一つの正解なんだよ。 つまり、人間がポケモンを使おうと、ポケモンが人間を使おうと、仲良くやろうと、それらが出来るなら、つまり可能性があるなら、 間違ってはいないんだよね。出来るかどうかだから。あらゆることがそうで。選択肢があるかどうか。 人間がポケモンを使っているというリアルがすでにあるわけだろ。だったらばそれも選択肢の一つだ。 間違いじゃないし、別のポジションを取れるならそれをすればいい・・・。

まとめると出来るなら何でもあり、だ。




そこに脚本の首藤剛志が登場し完成。 剛志(たけし)は理想的なワンダーランドを描くのが趣味である。 ミンキーモモでは、かつて地球と涅槃の地フェナリナーサは地続きだったが、 人間から夢が失われたから二つは離れてしまったという設定を作った。 さらにその後のゴーショーグンと併せて、無国籍風のイメージはもちろんのこと 全編ゆるいギャグとユニークなキャラでもって、理想の世界を描いてきた。 しかしながらミンキーモモに関しては、学生時代から構想があったフェナリナーサという理想郷を描く際、ノリだけでは世界観が持たないということなのか、 様々な理屈を適応することにより、逆にフェナリナーサという世界の辛辣具合が表面化し、またどうしても理屈っぽくなったりして、 当初の明るくハッピーな具合から見事転げ落ち、そこで自滅せざるを得ない。

そう、現実と、理想郷である「あの世」とのリンクを試みた作家だったわけだが、 現実的感覚でもってあの世を描く際、どうしても理屈めいて、何かのロジックを持たなければならず、 そうなると必然的にあの世は現実と同じ重さを持たなければならない。つまりなんでもオッケーなんでもハッピーな お気楽ご気楽世界にはたどり着けない。あの世とはつまり感性そのものなんだが、それを物理的に描く、となれば実質不可能だ。 そんな屈折を持ったカマキリ顔のおじさんが50も間際になってポケモンに登場。 監督はミンキーモモからずっと組んできた湯山邦彦。剛志(たけし)の感性を生かせるディレクター。

で今度はな、剛志(たけし)はミンキーモモと逆のことをやり始めたんだよな。 ミンキーモモは現実からあの世を見て、で最後は現実に帰ってくると。夢は自分で叶えマースとか言って。 ポケモンは、あの世から現実に戻り、そしてあの世へ戻るという展開なんだ。

この設定は剛志(たけし)のホームページに書いてあったことなんだけどな、 つまりポケモンの世界は、現実の世界にいるサトシ老人の妄想なんだと。 でそういう伏線は作品内にいくつか入ってるんだ。つまり妄想の破綻がな。 人間とポケモンのキメラ・ニャースなんかそうだな。最後、人間にいいように扱われてきたポケモンたちの反乱を招いてサトシたちは自滅して、妄想は終わった。 サトシ老人は友達も冒険も何もなかった。だから妄想では楽しみたかったがそれもうまくいかない。 それつまり、剛志のミンキーモモの蹉跌そのものなんだ。 で母の声が聞こえてきて、ふと気づくと少年サトシに戻ってる。朝、布団の上。 冒険の日よという母の声をバックにサトシは外へ出て走り出していくというのが当初のオチだったらしい。

つまるところラスト、サトシ老人は死んであの世に行ったという解釈なんだろうが これはミンキーモモの教訓を踏まえたうえでの結論を出した、すごいラストなんだ。 本当の理想郷は感性そのものだから、絵とか文では描けないという困難があるわけだが ポケモンのうまいのは、あの世は二種類あるということ。妄想による理想郷と、妄想の先にある実質的なあの世。 ラスト、外に飛び出していったサトシで終わっているんで、そのあとどうなるか、どんな世界なのかの具体は表示されない。 つまり描かないことにより、理屈もロジックもない、首藤の求める理想的なワンダーランドが確立するんだと。 ミンキーモモじゃ、理想郷として破綻したフェナリナーサしかなかったもんな。ポケモンはモモを突破したんだね。

そしてなにより、本当の理想的な境地にたどり着くには死ぬしかないんだということを剛志は知ってしまったわけだ。 それは理想郷を描きたがった剛志からすると、ある種の敗北宣言なんだな。 少なくとも脚本家として物理的にあの世を描くことはできないんだから。それをわかってしまったから病んだんじゃないか?

ポケモンは世界宗教として定着はしなかったけど、超普遍的なエンタメとして世界中で大人気を博している。 そんな作品が、もしや一年で終わった際の、つまり色んな伏線が初期のエピソードで張られていたことに すさまじい緊張感を覚え、なおかつエンディングがもし貫徹できていたら、これはもう世界の創作史に名を遺すとてつもないアニメシリーズになっていたことは間違いない。 名を遺すどころじゃねえよ、ナンバー1すね。続いてるのもいいんだけど、あのオチと天秤にかけると、やっぱ終わっててもよかったかな。 ああいうオチってないじゃないすか。ああいう強烈な世界観もそうだし。惜しいよな、ただただ惜しい。




ポケモンが終わったけど、こっちの世界宗教、世界第一級の作品に相応しいのオチを見てしまうと あの終わり方は安パイだよなあ。しょーもない。雰囲気も何もかもなくなったうえで、あの偽タレントみたいな昔の仲間連れ込まれてもね。 それにポケモンマスターになるなんてのは理想郷という世界での終わりのない目的地っていう虚構であって まーだから虚構をメインに据えた時点でポケモンは茨の道に突き進むことを与儀なくされたんだなあ。 一応ポケモンマスターになった瞬間現実に帰るってのも手の一つだけど・・・やっぱりね、熱の冷めたときにそれやってもこけるしかないんだよな。 そうそう、現実と虚構的な終わり方をするんなら、その作品が最も熱い時期にやらないと、ただの半端な二次創作に終わってしまう。 二次創作ならわかるけど、本編でやっちゃうと寒いよな。それをやったのがドラクエユアストーリー。 作家らはゲームの批評をしたつもりなんだろうが、もう終わってる作品に対していや実は・・・とか、ただの後出しじゃんけんでね。 時間たって作品の評価が決まったあとでそんなのやられても、いやいや作品はしょせん虚構とか、そんなわかりきったこというなよ なにをどや顔してるんだとか、そういうイライラがね。勇気と確信をもって熱の冷めやらぬ時期にどかんとやるから、その衝撃も効果的なわけでさ。 エヴァンゲリオンぐらいですか、すさまじい勢いのまま、すさまじいオチに間に合った作品は。 ただエヴァンゲリオンは作品自体がポケモンよか対象層を絞ってるし、激烈からの激烈という流れだから、きれいにまとまった美しさはあった。 でもポケモンはな、国民的という衣を破っての超激烈だから、マジに宗教がかってて、すごかったろうな、と。

まあ分岐ですよ。ポケモンショック前後で変わっちゃったんだな。普通ポケモンショックで放映中止なんだろうが あまりの人気で放送継続なんて、前例がないわな、あんな事件起こして。 しかしこれでポケモンは終わるわけにはいかなくなったんだな、後には引けないんだと。 言っちゃいけないんだろうがポケモンショックもなんか宗教染みてるというか啓示じみたもんあるよな。 ここまでの目にあいながら、なぜ愛するのかと。苦難を超えてより本質に近づくみたいなさ。まあ遠のいちゃったんだけど。

しかしポケモンGOはポケモンと現実をリンクさせた試みで、それが大成功をおさめ、やはり制作側もポケモン宗教家計画を推し進めているのではと推測。 そうそうなんかで読んだんだけど、去年かな、ポケモンGOかなにかの企画が賞をとったのよ。でプロジェクトの人が ポケモンと現実をリンクさせる試みをって、そのまんまのこと言っててさ、やっぱ色気はあるんじゃないかと。




ポケモンの全盛期は無印までなんだよな。余韻をもってAGのホウエン編まで。映画じゃジラーチまでかな。 中でもすごいのが、やはり最終回の伏線を張りつつ進行していた、緊張感ある時期、いわば1年目まで。 90年代の世紀末的な空気を身にまとって、緊張感ある一年目、ミュウツーの涅槃感 オレンジ・ルギアの黄昏感、いろいろ通してなんかこう超えてるなっていう金銀編 そして90年代の空気を払しょくし、明るく開放的なのがホウエン編、という感じ。 00年代初期はデジタル初期ということもあって、学校の怪談からのポケモンready goという流れで 開放的&あったかーい勇気リンリンで完全に21世紀を体現。

無印は、いい意味で辛気臭いイメージがあって、都会か田舎かいえば田舎よりだった気がするんだけど AGはせんれいされたなっていうのが強いね。ポケモンもデジタル彩色もあってクリーンだし、全体都会的で、何よりファッションもいいね。 無印が田舎の親がくれた服着てるんだったら、AGは全身ユニクロみたいな。 00年代初期の、これまたデジタル初期のカラーを探っていたのか、この時期はカラーバランスが見事でさ、まあ洗練されてるよな。




しかしポケモンもドラえもんとかと同じで、悪い部分を隠されて俺たちは国民的だとか言って楽しんできたんだな。 騙されてきたというか。まあ一エンタメにすぎんと。 だからサトシの松本梨香がちょっと・・・なんだな。昔テレビで松本梨香の若手指導映像か流れてて で結構圧あるなっていうか、ナチュラルにパワハラっぽいのが見えて、うーんと。でそのあと週刊誌でコロナの不正受給とか パワハラどうこうとかのが出てて、やっぱそうかと。 考えたらさ、ポケモンの収録現場の話がほとんど出てこないのは不思議に思ったんだよ。松本梨香のエピソードも。 だって松本梨香つったら姉御肌で、結構慕われてて、現場も楽しい、みたいなイメージあるじゃん。 なのに全然出てこない。それは松本梨香の性格ゆえなんだと納得できたというか。 ハルカ役のKAORIも同じ歌手なんだから松本梨香の名前出しててもいいだろうと思ったけど ブログでもなんにも出さないしな。こおろぎさとみは仲いいらしいけど。まあヤンキー同士すか? タケシ役のうえだゆうじがロケット団声優と座談会してて、その時にな、うえだゆうじが 3人のチームワークはそばから見ててよだれが出るほど羨ましかったっていうんだよ。


うえだ(ソーナンス役):  3人のチームワークは傍から眺めていてよだれが出る程うらやましいチームでしたね。 ──おお、それはサトシチーム側にいても感じられてたんですね。 うえだ(ソーナンス役):  そうですね。 林原(ムサシ役):  よくスタジオで「いいなあロケット団」っていろんな人に言われるよね。 犬山(ニャース役):   ピカチュウがロケット団に混ざるエピソードがあるんですけど、ピカチュウ役の大谷育江ちゃん、本当に楽しそうにやってました。 育ちゃんは、ホントは悪役をやりたいんじゃないかなってぐらい(笑)。

これはつまりタケシチーム・・・いわばサトシチームはチームワークがよくないと。 仲がよくない。空気もよくないと。 イメージでいえばさ、松本梨香のチームは元気いっぱいで明るくて、みたいな。 でも真逆らしいすよ。 元々ヤンキーだったらしいからデビューからすぐヨイショされてポケモンで超売れっ子になって 暴君のまま矯正できず現在に至るみたいな。声優ということもあってキャパが満たないままに上にいった悲劇だな。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20120817-1001810.html こういうのもあるし

この顔も・・・

他は三木も気難しい勘違いナルシストだ。昔グラサンと髭のイメージがすごかったんだけど、髭なしの素顔って 笑えるぐらい貧相なんだよな顔が。貧相な顔って俺初めて見たよ。あと自分に厳しく他人に厳しいタイプだから面倒な感じ。 でもいい意味でも悪い意味でもナルってだけで松本梨香よりマシだな。ほかはまあまあ。

ポケモンのキャストってエヴァとかも同様90年代の超豪華キャスト集めてんだよな。異色でもあるけど。 アーティスト的な松本梨香、林原めぐみ、うえだゆうじ、飯塚雅弓 超個性派の大谷育江、三木眞一郎、 舞台から発掘された犬山イヌコ まだ名助演者の印象が強かった松本梨香に、ほぼ新人の飯塚雅弓、謎の犬山イヌコ。 エヴァと違うのはレギュラーが少人数だから、個性が強すぎる一家が誕生。 何より全員ビジュアル系だったからエヴァより斬新なイメージが強い。

ミュウツーの逆襲


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