おもひでぽろぽろ
                            1991年 高畑勲作

おもひでぽろぽろ

クソ面白いじゃないすか。すごいぜセクシーコマンドー高畑。雰囲気だけで言えば火垂るの墓の超えた感覚ってのが ちょこっとだけ残って、デラックスな実感だ。地味な作品なんかじゃないよな、丸山、俺は今、興奮している。震えが止まらない。 最初に言っておきたいんだけど、高畑勲ってのはロリコンとかじゃないけど、やっぱり子供を神聖視してるんだよ。 昔の子供主役アニメでもそうだったけど「火垂るの墓」では大人にすることを拒否したかのように殺し 本作「おもひでぽろぽろ」では子供のころのタエ子はアニメ的な美少女だが、大人になるとしわにあるようにちょっと落ち込む。 子供は美しく、大人は醜いと。 作品で言えば、東京のOLとして過ごしていた大人のタエ子が、夜行列車に乗って、田舎に行って婚約するって話。 その合間に子供のころのエピソードが語られていくという寸法だ。子供時代のエピソードはどこかファンタジーで 分かることもわからないことも含めて、アニメタッチ、夢心地な色彩、背景、淡い感覚、まさしくモラトリアムそのものだ。 そして大人時代は徹底してリアリズム。顔のしわにあるようなりあるフェイスを採用し、 駅のホームでも町でもリアルにリアルに(出川)やっている。色も動きも、何もかもだ。 この顔のしわ描きが相当大変だったらしく、近藤喜文の有名な「高畑さんは俺をぶち殺そうとした」ってのもここからきている。 でも、いい効果が出ている。徹底したリアルと、徹底したファンタジックな子供世界ってのが、 これまでもここからも見たことのないフィーリング。 じゃあ、子供時代だけど、すんごいかわいいねタエ子が。裸も出るし体操服も出るぞ、でもそういうんじゃなくって 朴訥にキュートなんだよ。思考、声、動き、感情。いいとこの子なんだな。超亭主関白の家で、両親に婆に姉二人。 姉の一人が美術大学に通い、もう一人の姉も進学校出身だ。なるほど、金はそれなり、知的水準も上位だろう。1960年代にこれはすごいよ。 で、高畑は「火垂るの墓」でもやってたけど、リアルに嫌っぽい大人を描くのがうまいんだよな。これはこの人の見どころだよ。 火垂るなら通りませんおばさん、本作なら親父。もう徹底的なクソ亭主関白として描かれ、眼鏡の神経質な表情に、和服に 言葉もぽつりぽつり「おい飯」とか。専業主婦の母が従う。確実嫌われるキャラクターで、事実クソ嫌われているタイプだが 当時こういうヤツがいたのは事実だし、今もいるだろう。というか今ならちょっと人格障害・・・とまでは言わないかな、でもなんかありそう。 立場としては分かるんだ。ある種完全な存在として君臨することで家庭の不安がない。それにタエ子の姉二人ともかなり活発なタイプで 締める人がいることでちゃんとけじめがついている・・・いい風に解釈すればね。 まあ金もあるし頭もいいしで、今にも通じるエリート特有の厳格な家庭ってやつだ。 でもタエ子って普通の女の子として描かれていて、算数もちょっと引っかかったり。 まあそこはいいわい。親父の話しを早く終わらすと、やっぱ印象的なのがあのビンタシーンだな。あれはすごいよ。本当。 なんかわかんねえけどぶち切れる、親父の緊張感と号泣のタエ子。親父はたえこにちょっと甘いらしいけど 人間関係の緊張感が半端じゃねえよ。で、なんかわかる場面だしね。 しかし親父のシーンはそのあとの学芸会もそうだけど、好かれるシーン一個もないよな。 タエ子の親父に対する感情が分かる。まあでも家族一人もぐれてないし、家庭としては正しかったんだろう。 でも原作では親父がビンタした理由を品のある女になってほしかったんだろうと好意的に解釈していた。 そもそも原作じゃもっとラフなタッチでそこまで重くないんだけど、本作は絵も締まって親父もリアルで、声も低いんで 親父のキツイところが全面に出過ぎで、ここが原作とアニメとの最大の違いだな。 水色時代ってアニメの初期がこんな感じだったのよ。ちょっとリアル目の中学生アニメで、女の子が主役なんだけど 父親や先生がすごいリアルっぽくて、怖いのよ。緊張感あるのよ。人間関係もクソほどリアルっぽくて。見るの辛いぐらい。 でもわりかし早いことマイルドになって、親父も先生もコメディリリーフになったりして。この映画の影響あるんじゃないかなと思う。 原作ではやっぱりもっとラフなんだから。

愉快な仲間たち

タエ子の友達がいい。ツネ子がいいツネ子が。声が飯塚雅弓。カスミ。小学生か中学1年のころの仕事。 声の仕事はこれが初めてらしいけど、もうカスミなんだよね。この後も耳をすませばの友達役で出演。 で、仕切りやなんだけど、かわいいからいいいんだよ。クラスメートのやりとりもリアルっぽくて、臭みがなくていい。 100%リアルじゃないけど、でも嘘でもないその中間がいい。 好きだっていう男子がいて、その話がいい。俺最初ツネ子が好きだと思ったんだけど違ったんだな。あれえ。 野球シーンがあって活躍。その応援とか、野球自体もいいけど、いやあ、当たり前なドラマを面白く演出ってのは 超インテリの役目だよ。山田洋二とかな。この映画も全体淡々としつつ面白いぜ。 いや、子供時代はやっぱ演出も抑えつつ、ファンタジーなんだ。妙子と男子の告白じゃないやりとりがいい。 で、タエ子が空を登っていくのがとってもグー。全然逸脱してるとも思わない自然な流れでそれ、うまい。 生理の話しは本作の代表的な部分だ。水色時代でもあった。80年代90年代のアニメシーンは 生理をやりたがる奴が続出、ほとんどがロリ的興味だろうがそんな軽薄な野郎に高畑は負けてないぜ?多分。 男子と女子に分かれて生理の話し聞いて男子は別の話しで、で、男子が女子をからかうんだよ。 タエ子はすごく意識するんだけど、実はすでに生理を迎えていた友達は特に動じない。普段知ってる友達の大人びた感覚にひれ伏す。 これは水色時代でもあったな。ぱくりか。いやいや、やっぱ描く部分ってのは大して変わらないんだろう生理話なんて。 で後半、話が一気に変わる。現代の田舎の場面。急に染物の講座がリアルな絵で懇切丁寧に始まって 田舎賛歌というほどではないけど、ちょっとくどい。効果としては都市と田舎のダイナミックな転調というところだろう。 ただ田んぼを見せるだけでなくって、そこの産業を見せて、その場所の深い理解をさせると。大人と子供の転調もそうだけど 転調転調だな。変化、変わっていくことをとらえた作品だ。子供たえこ11歳、大人たえこ29歳と どちらも変化をしなければならない年齢のその変化を描いた作品でもあるんだ。 そして二個下の農家の青年・トシオと出会ってそこで色々農業体験とかして、そこのおばあさんとかのやりとりがまたうまいんだよ、リアルと嘘の中間な。 理解しながら感動できるって意味じゃあ、最後のあべくんのエピソードは秀逸だよな。 なぜ11歳の自分をたびたび思い出すのだろうと。それは何か引っかかってることがあるからだ。 それをクリアしないと、今また悩んでいる29歳の自分も前に進めないと。で、最後に残ったのがあべくんの話し。 転校生で、貧乏で鼻くそ食べたり汚い、性格のねじまがった嫌なガキで当然みんなに嫌われているが、タエ子は彼が嫌われるのを何となく庇う。 で、あべくんは転校する。その時に先生の提案でみんなと握手しようと。でもタエ子の番ではお前とはしてやんねえと。 たえこはこれを自分の偽善を見抜いてたんだと、心のしこりになっていたことを語る。そこでトシオが 男として、あべくんの行動理由を代弁する。好きな子には意地悪したい、そして 握手はクラスの偽善でいやいややったが、好きなタエ子には本当のことをいっただけだ、と。 それを聞いてたえこは救われる。 そして最後、東京に戻る電車の中で、タエ子は田舎で生きることを決め、駅で降りて、トシオと一緒に田舎に戻っていく。

火垂るの墓から3年・・・

ラスト子供たちがばーっと出てくるのはクサかったけど、やっぱこれも高畑の子供の神聖視というか どうしても子供と大人の距離があるよな作風に。 ラストのタエ子の表情で思ったのは、11歳のタエ子と29歳のタエ子が統合したように見えて やっぱ違うんだよね。11歳のタエ子は映像にある通りある種取り残されている。 だって11歳のたえこは29歳のタエ子にはなれないから。11歳のたえこと29歳のたえこは別人なんだ。 ここが「火垂るの墓」の断絶を思い出して、センチなんだな。 火垂るの墓ほどじゃないけど、ちょっと死臭とか感じる音楽だよ。暗いってことでなくって やっぱセンチとかモラトリアムとかいう音楽そのものなんだよね。素敵ですよ。暗い作品じゃ絶対にない。 素敵だよ。良い作品だ。気持ちがさわやかになるよ。親父はクソだけど。オープニングと最後の歌がいいね。 音楽が星勝だって。おー ともかく、素敵、良い映画としか言いようがない。 山田洋二とか小津とかの世界をギャグタッチでやったのが山田くんなら、アニメ的な美少女っていうか アニメアニメしてるっていうところでそれをやったってのは本作だけなんじゃないかな。 で、高畑の好きな無垢(イノセント)がそのまま陽に出ている。 実はギャグ物に定評があった高畑の面目躍如といった趣だ。火垂るの墓みたいな路線だけじゃないんだぜと。 しかしね、やはり後半の織物シーンにあるような、妙な外し方、違和感っていうのが その後のぽんぽこ以降の説教臭さにつながってくるんじゃないかな。そういう意味でもいい時期の作品。
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