名作になり損ねたモノ
とんがり帽子のメモル
改作 ↓こんなもん もうしょーもない
| メルヘンに目覚めた時期がありまして 殺伐としたアニメ、映画ばかり観ていたら引っ張られて危険なんで たまには毒のない作品でも観て心穏やかに過ごそうや、ということですよ。 「ココロ図書館」はそういったアニメの代表作かもしれないがメルヘンじゃないっすね。 高校2年生の時か何かに、DVDBOX再販するというんで買うしかないと。 だって全50話ちょっとファンタジー、基本リアル、で、学校編あり、恋愛あり、虐めあり なにより他にちょっといないマリエルの美少女感、ムード、フィーリング。期待は最高潮。 しかし現実は甘くなったんじゃい!!D4プリンセスの悪夢、再び! |
(前半までの心)
やーらーれーたーね。前半は最高。絵柄は良いし皆カワイーし
ほのぼのしたストーリーで、なんと恋愛まで入ってるし。雰囲気良いし。音楽もいいし。
これ日本アニメ史上最高傑作じゃないのと。で、DVDはプレミアがついている。
俺は勝ったなと。買ったし。知ってるヤツだけが見れる名作というの。優越感!
出会いから別れ、そして再会。まさしくエモーション。古き良きエモーション。
その感情の根底には「最後には必ず別れの時が来るだろう」といったモンがあるんだと。
作中、メモルに「お母さんに会いたい会いたい」と散々言わせている脚本。
その別れの間のひととき。そんな青春の欠片を我々は応援したし、楽しんだんだけどー
そんな淡いときめきは呆気なくも散開した。なんででしょう。
学院での生活描写は良かったよな。それまでの牧歌的な風景から現実的な場所に放り込まれたマリエル
いじめとか、学友とか。そういうのも観たかったし。しかしスタッフの悪ノリ!
最初カチンときたのは43話「愛のキューピット」。
43話といえば普通1年間通して放映するアニメ、ドラマなら最後の大決算。
人間ドラマとかそういうものが最高潮に達する辺りでしょう。でも文句がついてしまうんだから、変。
リルル村でも屈指の美少女が老人・ガラゴン(cv.田の中勇)という顔面グロテスクと結婚する筋の話なのだ。
視聴者層がいくら、いくら最初意図した年齢層(小学生)でない層(中高生)に多かったとしてもこれにはドン引き。
普通はこうだけどこうしたらおもしろいだろう、ウケるだろう。みたいな。
奇を衒うという奴
『子供向けメルヘン』この冠がね、そこそこの気品とか大人っぽさを保証しているだろうと信じていた。
しかし、やっている事は単なる悪ふざけ。求めてないよ。青臭い大人の「これが真実だから(笑)」みたいなの。
こういうところからエヴァ以降の「アニメ屋が考えるリアル」の土壌が発生していたんだろうな。
報われず、寂しく去っていくリュックマン(また出るけど)。
普通なら皆、作中でも勘違いしていた様にリュックマンと結ばれるのがセオリーであろうが。セオリー。
絵がキレイでもやっぱり「東映」だったね。絵が綺麗でも、どこか下品なんだよ。
問題の老人
![]() まさかの美少女 ![]() コレをショックに旅に出るリュックマン ![]() (みんだなおの4コマ漫画では風来坊より安定した生活を求めたからという理由があった!うーん) この辺りで視聴者は、メルヘン・リルル村の認識をすっかり変えてしまったのでは。俺はそうだった。 しかし前々からコロンパスというご老人が、メモルに慕われているお姉さんポジションの子を愛している描写がそこそこにあった。 でもそういうのは、おもしろくないよな。脚本のおっさんたちの欲情か?「まだ可能性がある!」とか。ねえよ。これは地獄で懺悔間違いない。 その後も、マリエルを散々いじめていた少女・グレースが訳の分からない脚本のおかげで オスカー(コイツが元凶)というマリエルと仲のよかった美男子と結ばれるなど 視聴者のニーズとかけ離れた話(と思いたい)がバンバン(!!)出てきた。 これを「マリエルの成長」と捉えても良いかもしれないが よくよく考えると、男の子というものを殆ど知らない少女の前に急に現れた美少年が 彼女をいろいろ手助けして、仲良くなって二人だけの秘密みたいのも持っちゃってと 視聴者が2人の仲をまさしく「セオリー」の如くせっせと応援してたのに 散々毛嫌いしていたいじめっ子・幼馴染ゴキブリ・グレースと一瞬で恋人になってしまったという・・・ そんでグレースはものすごい淑女になってしまったし。 (いじめっ子だったあの頃への怒りはどこへぶつければいいので?) 全盛期グレース ![]() それに一瞬でバカップルと化すオスカー&グレース。マリエルと視聴者にそれを見せ付ける。 あんまりにも熾烈で可愛そうではないかマリエル。まああのー、徳が低い。 マリエルは弄ばれた・・・もうね、訴訟モンですよ。なんやってんクリスマス、マフラー、青春、愛。 屈折しすぎですわ、スタッフは。ああいうのが軽薄、野暮、蛇足、人間失格っていうんですよ。駄目です。駄目です。 屈折した愛の形 とどめは最終回。「ついにさよならかぁ・・・」思ってた。 疑うというか、当たり前のようにメモルとマリエルが別れると思っていたから、 最終回5分で「大人になったマリエルの前にメモル達が再び現れる・・・」 とかだったら良いよなぁーとか考えてた。 視聴開始。ようやく宇宙船。 ひと悶着あってさよなら。感動もひとしお。 そりゃ色々文句もあったが本来のテーマ、マリエルとメモルの友情の最高潮。ああようやくかぁ。 大人になったマリエルの二次創作でも考えるかあ。とか。 その夜雷が鳴り不吉。寂しさからマリエルは死にそうになる。コッチも不吉。 で、メモル達4人組が帰ってくる。 何かトランシーバーみたいなもので「リルルの皆とはいつでも連絡出来るから良いよ」という 最低限の説明を残し再会を喜ぶ。で4人が地球で遊んでいるシーン。 ナレーションが入る。 「皆もメモルと会えるかも知れませんよ?」 |
完
しばらく沈黙して熱が醒めた。ああこりゃマイナー化するわと感じた瞬間である。
名作じゃない名作なんかじゃない。なるほど、出来がよさそうなのにDVDプレミアついてちょいマイナーなのが分かった。その時は。
当時リアルタイムで観ていた人間はこの最終回をどう思ったのか。
お通夜さながらではなかったか。俺はDVDを短期間の間に観終わったけど
1年間という長いスパンで観た場合、落胆の度合いもひどかったろう。
当時の雑誌でも散々な叩かれようである。
散々「お母さんに会いたいよ、故郷が恋しい」とメモル達に言わせておいて・・・。
44話「ポピットが家出」では故郷の恋しさからくるポピットの苦悩を描いたものであったし。
ここまでして故郷に還してやらないというのはねえ全く脚本、大人のエゴではないだろうか。
闘病モノや偉人モノなんかは最後に死ぬ事が分かっていてそこまでの過程を楽しむものでしょう。(竜馬とか)
メモルもそんな話だと思っていた・・・思っていたからこそ観てたというか、
そういうもんだと思わせるような脚本だったしさ。結局は全て茶番だったのだろーか。
ぶっちゃけ「リュックマンを探せ」が実質最終回だと思う。
構成といい作画といいオチの美しさといい、締めにふさわしいじゃん!
![]() 最終回を除いては84年度アニメの最高峰。 メルヘン人間アニメのトップ1を獲れるんだよ、これは間違いないんだよ。 |
| LDとかDVD(2種)とかあるよ。 東映DVDの悪い点として、音が悪い。こもっている。 セーラームーンもドラゴンボールもきんぎょ注意報も実写映画すらも。それも何も時代関係なくですよ。 他の会社のアニメDVDはたとえメモルより古くても音声は鮮明である。 DVD化の過程で、考えに考えた後こうなったのか。それとも保存状態が悪かったとか。 |
で、これはVHS。OVA内総集編での音声である。
こっちはDVDでの当該音声である。
| やっぱり保存状態だろうか。VHSからDVDまでで20年経っている。LDからでも10年ちょっと経っている。 それか東映ではこういうリマスター方法が決まっているとか。もう意地じゃないすか?東映の。 何にせよBDでは音声改善をお願いしたいね。 作品雰囲気に合わせて美しい音楽も何もかもがこもってるんだと思ったらそうでなかったというハナシ。 VHSとかLDの鮮明なBGMの方が心地よいという不思議。 (ただし東映、劇場版は音が鮮明。当たり前か) |
| 「マリエルの宝石箱」というOVA。 全編たった5分程という短さだが、キャラデザの名倉靖博に美術の土田勇という TV放映時には商業的な部分から、その才能をフルに発揮出来なかった2人が 叙情的な神秘映像を生み出す、そういうアートフィルム的な側面に見所と価値がある。 これをもって「とんがり帽子のメモル」が終わった。 これが唯一無二のメモル世界に、メモル作画でやりたかったフィルムなのだ。 |
でもちょっと「あの世」みたいで、複雑な後味。
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