各メディアのタカは完全に外れた。 エンターテイメントの過激化と、政治が複雑化したゆえの国民の政治不参加=だから過激な意見を持つバランス感覚のない人間のみが政治を語る自体へ・・・。

そういう意味で、俺が散々予言してきた、「今、風と共に去りぬをやったらスカーレットオハラは全てが正しい人間として描かれるんだろう」が国営放送NHK「虎に翼」で実現した・・・。

忠実の人間を捻じ曲げ、脚本家とNHKが自分たちの描きたい女性像、それも日本ローカルの徹底的に甘やかされた世界での意識・脚本だから、 国営版スカッとジャパンに過ぎない。つまり思想にしろ社会性にしろ軽薄なエンタメとしてはいいが、これで社会を語るのは笑止千万だ。



大体何故、がない。理由もなく行われた施策や法律はないのだ。 なんか男が感情だけで女をイジメるためにやった、みたいな。そういう偏見と歴史認識への浅さがね。 そら感情もあるだろう。だが国の存続のためには、男の下方婚女の上昇婚を満たすために、男に下駄を履かす必要があったというのだ。 そして、それはいわば人間の限界というもの。つまり男女それぞれに罪がある。

男女の問題ってのはいうなれば人間そのものの問題であって、人間の限界ってことなんだよ。 つまり男も女も同様の罪を背負っている。言い換えれば男が悪い時には女も悪いし、女が悪い時には男も悪いんだと。 女がクソみたいなことして我慢できないなら、それを我慢できない男の弱さもまた問題だ、という風に・・・。 このドラマでは一方的な被害者としての側面しか描かれてない。女の限界ゆえ状況があったという事実から目を背け、 自分たちの業も何もかも男にぶつけ、自己正当化と責任逃れに徹している。 まあ女の限界みたいなものはヒステリーその他で十分表されているんだが、 製作側からするとそれは当然の怒りの描写であるからヒステリーというつもりでもないんだろうが・・・。 結局、一方的な被害者の怒りの鉄槌みたいな、ファンタジー作品でありがちなスカッとジャパンをしたかっただけなんだろうと。

で、それを実在の人物を使って、ってのは問題だな。



実際は謙虚に、堅実に成果を上げて存在感を示す、みたいな人格者タイプだったそうだ。 それを最近流行の常にイライラしてヒステリーをぶつけるみたいな、程度低いチンピラキャラに変えられてしまった。 ああいうのは女の総意なのか、脚本家とか監督とか、そもそもそういう思想持ってるやつは右翼=マッチョみたいに フェミニズム=常にイライラしてる、んでないと満足しないのかな。 あのなー長渕剛のドラマとか見て感動してるおっさんと変わらないんだよ。 勝手に拗らせて変なイチャモンつけて、それが格好いい!とか。そういうことなんだよな。 そういうチンケなやつ、ダサいやつ、粋がってるバカ・・・ヤンキー志向の連中が楽しんでるだけでね。 若いやつならいいよ。でも中年とかならもう話しにならんわな。 そう、チンピラドラマなんだ。長渕のとんぼも社会派のつもりらしいが・・・同じよ。

ただの女向けポルノであってね。



それに当時、当たり前だったことを後から間違っていたと言って糾弾するって、これ意味あんのかって。 ただの当てつけでしかない。社会的な何かですらない。 将来肉食禁止になったとして、石器時代の人間は動物狩って肉食ってたらしい、許せん、みたいなもんでさ。 いいか、ルールBは価値観Bの時代には当てはまるけど、ルールBを価値観Aの時代には当てはめようとしても意味ないんだよ。 で当てはめちゃいけないんだよ。こんな当然のことが分からない。

これで政治国家を語るとかもう終わってんだよなあらゆるメディア・界隈は。

だから虎に翼はいいリトマス試験紙なんだよな。拗らせてるか、おつむが弱いか、他責志向か、そのすべてか。 あれを正しいと思ってみてる訳だろ。話にならない。SNSならブロック当然なんだよ。 (今流行の暇空みたいなもんなんだよ。暇空もまたやばいやつにやばいやつをぶつける、の構図から誕生したやつで、 だから成り立ちには一理あるんだろうが、しかし現状の暴走は完全に崩壊したそれだし、 なによりそういうやつを支持していることを公言しているのはもっとキツイ。 同レベルだということを自覚しなければならない。)



さらにそういう非常に偏見と過激と差別と蔑視と稚拙なチンピラドラマを、各メディアがこぞって取り上げるのも異常だ。 NHKでも名作ドラマのように取り扱い、ネットニュースでも放送終了後すぐにSNSからの絶賛コメントを取り上げ、時代を牽引する名作ドラマ の地位を作り上げようとしている。こういうのはメディアがよくやる手なんだけど思想的なドラマで(かつ稚拙な)やるのは初めて見た。

なんかこうhugっとプリキュアってのも同じ感じでね、女がずけずけものを言って「それが格好いい」みたいな。 虎に翼みたいに各メディア・ネットニュースが持ち上げまくって、って感じなんだが、ああいう品もなく口汚く罵ることを、従来の女性像を打ち破った という狙い?なんだろうが、あれ、ただ感じが悪いという風にしか見えないんだよな。嫌な奴、ヒステリー、勘違い女。

あのな、女の(自称)格好良さって叩かれないんだよな。叩いたら差別だとか蔑視だとか情けないとかいうことになるから。 だから冷静に見極めようとかがない。みんな共感性で褒めるから。本質的にどうってのが、自分で探さないと見えない。 ただ男の場合叩いてもいいわけだろ、格好つけでもナルシストでも。昔のショーケンとか優作とかのチンピラドラマでも所詮チンピラってのが 描かれてたし自称していたもんだが、女向けのそれは一切ないんだよ、自嘲とか。これが美しい姿っていう感じだから。 やっぱ長渕剛なんだよね。長渕もチンピラ=正しく美しく、社会の抑圧が生んだ優しきアウトローみたいな自己正当化・自己憐憫にするから。



所詮はアニメ脚本家なんだよな。なんだろう、男オタクは女性蔑視、女オタクは男性蔑視みたいな感じなんかな。 それでも男は叩かれるが、女は叩かれないんだ。守られてるから。進歩だとかフェミニズムだとか自立だとかでね。 リベラル的言動をすればいい人になれると勘違いしてるチンケがそれを進めるわけだ。

一部の話では脚本家の人生を投入したとか何とか。そして脚本家の生き方を正当化したんだと。 そんな手前勝手な自己を正当化したい人間が称賛する。 それを国営放送、いわば俺たち国民の金を使って製作し放送していることが一番の問題だ。 そんな狭い層を狙って、何が公営放送だ。

そら男向けの作品で眉をしかめるようなものはかつてあったよ。 でも「とんぼ」にしろ「まいっちんぐまちこ」にしろ民放だったわけでね。 それらを批判するのは公的に何の問題もなかったし、放送中止になったものもある。 じゃあ虎に翼は公共放送、かつ批判すれば差別・蔑視、公営の名のもとに放送中止もあり得ない。 徹底徹美甘やかされた世界を誰も斬れない。それを批判されてないからと勘違いし、エコチェン的に称賛ばかりが集まり、 製作側は自省する機会すら持たないまま、ますます稚拙ぶりは悪化していくのだろう。

虎に翼は必死に特集してたのにジャニーズはおざなり感。 ミサンドリー企業なんでしょうか。



で、ドラマなんだけどドラマになってないんだよ。それは虚構ということでね。 つまり役者界にはかつて、新劇演技とかの虚構的な演技ってのがあったわけだろ。 だからこそどんな感情的な言葉でも絵になるというか、いわゆる虚構として咀嚼しやすくなってんだよな。 でもここ十数年、自然体の演技ってのは流行り出し、かつての個性濃密なスター時代ならともかく、 個性も味も匂いもない、何もない連中が地の感情だけで「芝居」ってのをしてる。 そうなるとどうなるかと言えば、もう芝居でも演技でもなくって、素の怒りでしかないんだよな。 それはつまり役者なんていないってことだよ。すでに。 ここ十数年の自称役者・タレントの顔見てみろ。ただドヤ顔してるだけだ。自分が一番つらいみたいな顔してる。 被害者意識ばかりが高く、その癖攻撃性は高い。 そう、今30代半ばまでの連中は全員、役者になりたいのでなく、インフルエンサーになりたがっているのだ。 時代の顔、社会的政治的なシンボルになりたいと。 その癖何もない。芝居ですらない、自然体を履き違えた素の品のなさを露呈し、 低リスクハイリターンだけを望むちんけな連中にすぎない。 傲慢・自信過剰・名誉欲・他責志向・感じの悪さ・ナルシスト・・・虎に翼の主演者そのものだ。



だからどこのメディア・・・界隈はタガが外れてしまってるんだよ。あらゆるエンタメが過激になっていることと、 何より世の中が複雑化しすぎて、政治に直接タッチするやつなんてよっぽど頭いいやつか、頭のおかしいやつしかいない。 その後者がSNSでエコーチェンバーの中で独りよがりな傷の舐めあいに終始し、そういう連中が群という名の一大勢力となり、 一般国民は政治にタッチしない・できないから、そいつらに何か言う気力もなく(余りにおかしい連中だから自然に消えるだろうという楽観込みで) 、そうするといつの間にか、でかい権力の椅子に座っていたり、政治的に評価されていたり、変に影響受けたヤツが増えて、メディアに露出したりする。 現状こういう感じなんで、もはや誰にも止められない。 そういうチンケな連中が作ったドラマをチンケな連中が喜ぶという最悪の繋がり。

せめて民間でやれっての。 公共放送でやるからこれが正しいと思う人が増えるだろう。 実態はミサンドリードラマだ。男女断絶をねらっているドラマだとみて間違いない。 金払って作ってるから何か俺らも共犯者みたいでやだね。



で突き詰めて言えば、世の中な、やっちゃいけないことはないよ。でもやらなきゃいけないこともないんだよ。 そこを勘違いしてるやつ多すぎる。これをやらなきゃ人間終わりだみたいなこと言ってる連中多いじゃん。 活動家でも何でも、なにより国家とか国連とかがもはや既成事実のように「これが人類の指針です」って。 宗教なんだよ、だから。 それを真面目に受け止めちゃって、それが成されてないからこの国は終わりだとか言って勝手に絶望するやつもいるけど。

もしやらなきゃいけないことがあるなら、それは自分の都合でしかない。

そう、自分の都合で生きてるわけだろ人生ってのは。国の為でも社会のためでもないんだと。 だったら世界には自分の都合しかないわけで、「国や社会が言ってるからこうしなければならない」ってのは通用しないはずだ。 国や社会が法律だの道徳だの規律だのが託しても、それは絶対的本質ということでなく、所詮それぞれが自分の都合を補強する道具にするに過ぎない。 だって国のための生きてないんだったら国がやれって言ったからってやるのはおかしいわな。 そこら辺甘いやつ多いんだよ。指図するなとか自由だとか言いながら国や社会を盾に何か強制しようとしたり、押し付けたりするやつ。

そういう意味じゃ、本作は突き詰めてないな。被害妄想と言えばそうなんだ。 だってやらなきゃいけない根拠がないからな。間違っているとは言わないけど、過去とか常識をボロクソ言う理由は見えない。 もしあったとすれば当時では三淵さんというエリートの頭の中にしかなかったわけだが・・・

あのな大衆とエリートの感覚をイコールにしちゃいけないんだよ。 尾崎豊の気持ちってのはさわりは分かるけど、生理の部分は一切分からんからな。 普通あれだけのことで抑圧だとか自由がないだとか考えないだろ。そら一理はあるけど どうしてもプライドが高すぎる。繊細さというよりもプライドが高い。あと神経症。 ある意味で早すぎた登場ということで今日評価されてるんだろうが、なおさら、じゃあ当時の雰囲気は 彼とは乖離していた(同調者もいたろうが)ということは理解しないといけない。 みんなが尾崎尾崎言っていた訳じゃないとよく言われている話だが。 と書いてきたものの、そもそもモデルの三淵さんは、エリートながらチンケなプライドを持たず堅実さと人格ぶりで今日に残っているというのだ。 だから尾崎ですらない。なのに何故クソみたいなプライドと神経症にヒステリー持ちにしたのか。これマジで分からん。 早すぎた登場ですらないから、人格で言えば当時のノーマル的感性であそこにいったのがすごい。

ちょっと話がこんがらがってきたんだが、あのさ、三淵さんは決して周囲と軋轢を生む人間でも先生に食って掛かる人間でも、 社会の常識に挑戦したという人間でもないんだよ。ただ淡々といたというだけで・・・ 何故そういう人間をモデルにああいうことをしたのか・・・だからボロクソ言う根拠、理由は三淵さんの頭には当然なく、 脚本家やそれを持て囃した狂った連中の中にしかない。 だから本当「何かむかつくから」以外にないドラマなんだよな。それが根拠だっていう。



このドラマは今の日本の政治シーンとか、各メディアのデタラメ具合だとか、タガの外れ具合、組織の腐りよう、全部敷き詰めたって感じだ。 ぶっちゃけこのドラマ見ても「やっぱり女は社会進出しちゃダメだろ」とか「情緒不安定すぎる」ということにしかならないだろうなと。 あれを格好いいとか、あれを社会進出のジャンプ台になると思ってる人たちって・・・。 まあ朝ドラってフツーのサラリーマン見れないからな。主婦向けだから。女性向けってのはそういうところでもある。 ただ本作はそれに甘えすぎた結果、女向けポルノ以外の何物でもなくなった。ポルノだとわかったうえで楽しんでるのならいいけど、 分かんないだろうな。男と女の作品の見方の違いもあるけど、やっぱ女って自責がないんだよ。 それは今までの抑圧だとか社会的な役割とかでそうなった面もあるんだろうが、本作のキャラクターとか、それを称賛する人たちってのは 自責っていう概念が一切欠けているのが分かる。まあそういうのも露わになったドラマでしたね。
 


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