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kanonって21世紀の萌えって感覚じゃなくって
やっぱり20世紀末の武骨な可愛さ。素朴さね。
京アニの違和感ってのは、特に足にあるんだけど
その素朴さをそのまま21世紀の萌えに突っ込んだっていうところじゃないかと。
clannadなんて全員小動物みたいな。俺は嫌いだね。ふにゃふにゃした。
東映版は別に99年でも2000年でも01年でもよかったのよ、セル画でもよかった。
まだ20世紀引きずってんだね。90年代末のアンダーグラウンドというか
どこか無機質で寂しい、でもぬくもりはあるぜっていう、でも雪がっていうさ、
そういういいとこどりを許容できるムード。それが表現できてるんだよ。京アニはちょっと無機質に欠ける。
東映版のよさってのは美少女だってのをそのままドストレートに出してるところだな。
オタク向けですって。でも京アニ版は、ちょっと意識高く、オタク向けじゃありませんよみたいな。
そのネチョッとしたところがね、なんとも乗り切れない。
keyも出崎も感情をドストレートに出すってのは同じ。
じゃあなぜああなったかって、年もあろうが、世代によって
感情のドストレートが違うんだっていうのもあるんだなきっと。
相沢くんの声は私市だよな。だって原作99年で、絵も90年代を引きずってて、そう、20世紀。
だから私市という90年代末の声はいいんだ。合う。さわやかなね。
でも杉田は21世紀の声なんだよ。ねちょっとした。合わないね。だから京アニ版は
確実90年代の作品を21世紀によみがえらそうぜっていうところだよ。
その結果ちょっと剥離しちゃった部分もあった。
kanonは舞台が雪国だからか開放感ある。北海道らしくデカいし
何より学校が主題じゃないのよ。家もアットホームで。地元じゃないしね。
開放感&開放感。主人公を引き留める風習も家族もないのよ。旅だから。でも旅ながら帰る家はある。
やっぱ北海道だから日本的じゃないのな。
clannadは都会だし家もあれだし、学校主題だし、責任もったりして、東京だし
開放感ないんだよね。友達の家行った時だけ楽しい。邦画的なんだよ、つまりは。
じめッとしたね。日本的だよな。
ある種kanonは外国モノね。日本的&北欧的なさ、いい世界だよね。ちょっとノーブルで。
自然もあるし。でも北欧の都会でなくって、田舎的な。いいすねえ。
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