アメリカが映画に対して並々ならぬ情熱と影響と政治と正義を語って守っているのは やはり映画という文化が、文化のないアメリカの顔だからだろう。賢いよね、あやふやな文献や伝承とかでなくって モノを残すっていう。映像とかで。賢いと思う。映画っていうもんが残っている限りアメリカ=文化の厚い国、だもんね。 でもさ、アメリカ式のふれ方を他国にも適応するってのは問題だよね。 他の国の作品とかにも同じ熱で批判したりとかって、スラムダンクで言えば「お前といるの息苦しいよ」っていうさ。 もう風紀委員なんだよ。映画の発祥がアメリカだから、映画=アメリカであって、だからアメリカの理念に従えっていうこと。 映画=卑俗なのが、なんだかんだ言ってスタンダードだったのが、映画=道徳の教科書みたいになってきた。 それはアメリカ=正義=映画という理念がそのまま、「映画で思想を押し付けるぞ」と。それもかつてのような 単純明快に白人がインディアンを撃ち殺すとかいう勧善懲悪でなく、極めて巧妙に、ネットやテレビ、メディア、政治とかも駆使して 人間の深層とかを無神経に犯すようなものが増えてきた。それを象徴するのがディズニーとか・・・。 ディズニーが面白かったのは卑俗だったころ。特にウォルト・ディズニーが生きていたころ。単純だからこそ、批判も単純。 今ディズニーを批判したらそのまま差別主義者だという、そういう空気づくりも完璧だ。そう不自由で、一部の作った規範にすべてが従わなければならない。 アメリカだけにとどめるならともかく、海外にも口を出す。結局アメリカ=戦争なんだよね。戦争してますよ今、アメリカは映画で。思想戦争を。 そうやってムチャクチャして、マウントとって、正義を謳っていればいいんだ。


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