俺は決心がついた、俺はやるぞ 

叛乱
            1954年  佐分利信作     

叛乱



二・二六事件の全貌を暴いた立野信之原作「叛乱」を元に佐分利信が監督し、今はなき新東宝で製作・公開された作品。 二・二六事件を描いた作品は、後年にいくつかのオールスター大作として製作されたが 妙に感傷的な出来になっている、単なる空虚な顔見せ映画に留まっているなど、 「忠臣蔵」的な(現在を鑑みない)歴史ドラマが多数を占めている。

そんな中で、決起した青年将校達の行動、精神を大袈裟に美化せず、事件を真正面から描き 現代を生きる人々に警鐘を鳴らす真の二・二六映画はコレしかないのである。コレしかない。本物は「叛乱」だけ。


クーデターに賭けた青年達

 安藤大尉(細川俊夫) 栗原中尉(小笠原弘)  
  1936年2月26日未明。雪の降る夜。 1558人の軍人が昭和維新に向けて前進する。  
事実は闇に葬られ その全員が処刑された戦慄のクーデター   

リアルタイムで起こった事件



「先に「戦艦大和」を世に送って戦争の悲劇性を訴えた新東宝映画は もってこの昭和維新二・二六事件の映画化に全能力を結集した所以は、 戦争の悲劇性に対して歴史の悲劇性を取り上げたものであり、 映画人としての良心を凝集して結果の悲劇性からさらに原因の悲劇性に及ばんとする意欲に発している。」 (叛乱 パンフレットより)




「叛乱を映画化する話は、早くからあったが、私はあまり乗り気ではなかった。 というのは、これを映画化するには、大掛かりなセットがいるだろうし、登場人物も多いので、 いい加減な企画ではダメだ、と思ったからである。 ところが叛乱が直木賞になると商魂たくましい映画会社は各社競って申し入れをしてきた。 私は面食らい、大いに困ったが、二十年来の友人である吉村公三郎君と相談して、結局新東宝で撮ってもらうことにした。 新東宝が一番熱心だったからである。脚本は菊島隆三君――半年がかりで出来た脚本を読んで驚いたことは、 原作の精神を活かしているばかりでなく、大掛かりなセットを惜しみなく使って、原作全体を盛り込んである。 先日、私は菊島君と一緒に、陸送官邸の場面の撮影を見て、いやこれは大変だ、と思った。 上映時間にしたらわずか五、六秒の場面を一時間も二時間もかけて撮っているのだ。 監督の佐分利君のやり方は、どうやら私の遅筆純筆に似ている。彼は、私同様、やり通すに違いない。」 (原作者 立野信之)




「この作品で扱った二・二六事件は日本陸軍始まって以来の大事件である。 しかし映画はこの未曽有の事件である、昭和一大秘史の全貌を克明に描くというより、 むしろこの大事件を引起した彼ら青年将校たちの人間的弱さ、もろさといったものにより焦点をあわせたい。 怒涛の如く沸き立ち、烈火の如く燃え立った彼らの激しい行動を通して、 彼らがいかに考え、悩み、苦しみ、そしていかに弱く、もろかったかを描きたい。 事件を描くのではなくして人間を、逆に人間を描くことによって事件の全貌を浮き彫りにしたい。 忠臣蔵の討ち入りも、桜田門外の事変も二・二六事件も雪であった。 いずれも偶然に振り合わせた雪であり、わざわざ雪の日を選んでことを起こしたわけではない。

しかし雪は偶然出会ったとしても、そのいずれかが やむにやまれぬ大和魂といったものを背景にしている点は偶然ではない。 雪までが偶然出ないように思わしめるところにその日本的な背景が効果的に生きていたのだ。 いわばそのいずれもが、終局的には大和魂の悲劇であり、これなくて なんのおのれが桜かなの日本でもあった。 美しく降り積もった雪を再び悲劇の血で染めることのない日本の未来のために、この一篇をささげたい。」 (プロデューサー 足達英三郎)




「私個人としては、反乱軍将校の社会正義というものを立派だと思います。 しかし、映画では決して批判はしないで、あくまで事件を忠実に描いていきます。 ただあんな立派な思想を持っていたのに、 どうしてもっと立派な行動をとらなかったのか、そこに問題があると思います。 彼らは人を殺すにしても、例えば相沢中佐の場合でも、斬ったときの気持ちは純粋な気持ちからで 決して悪いことだと思っていなかったのです。軍人は武器を持っている。 だからことを起こすにしても非常に気持ちも違うでせう。 まして憂国の青年将校が兵力というような武器を持っていれば それに大きく左右されて、ああいう手段をとってしまったのでせう。 そんなところにこの事件のカギがあると思います。

また原作と少し違って映画では刑場や刑務所内部が多く出てきますが、ここでは彼らの人間を描きます。 昔は武士は従客として死につくものと教え込まれたのですが、 彼らはやはり武士でない人間に帰ってしまって、そこににじみ出る苦悩、 悲しみ、絶望感などに襲われるのです。ここに克明に描くつもりです。

ただ青年将校が希望した社会情勢とは正反対と、しかも身をもって防ごうとした戦争に 一層拍車をかけて追い込んでしまった結果になった間の真相、 背後の軍の派閥闘争などはあくまで事実通りに描いています。」 (監督 佐分利信)


  ・・・

現代人にとって「二・二六事件」とは、雪の中で正義に燃える若き将校たちが 農村の貧困と軍政府の不正を打ち破る為に決起を起こし 最後には裏切られ、処刑されたというものだろうか。 +最近になって詳細が語られた、彼ら将校達の家族構成や愛、人間的な同情評も 二・二六を語る際、必要不可欠の要素となってしまっている。 滅びの美学に乗っ取ったロマン――『近代の忠臣蔵』こそが現代の二・二六事件なのだ。 「動乱」「226」の大半のスタッフ・キャストは そういう現代人仕様でもってクリエイトに励んだわけである。 豪華絢爛な映像、音楽、アイドル俳優。 それらは二・二六事件をロマンティックな対象と観ているから登場したエッセンスであろう。

これじゃダメなんだな。

「叛乱」今作のスタッフ及び俳優、その全員が1936年の時点にはすでに生まれている。 出演者中高齢の石山健二郎は事件当時33歳 出演者中特に若手である小笠原弘でも事件当時9歳   モチロン監督である佐分利信も当時27歳という立派な大人である。 関係者全員にとって身近な、センセーショナルな出来事でもあったのだ。 そして彼ら全員がこのクーデターの失敗の後に起こった軍事政権 そこから勃発した太平洋戦争の終結を生きぬいた人間でもある。 彼らにこそ、本当の意味で226事件を描く資格と執念があるといえる。 やはり戦時経験がなくては描けないものがある。それは作品を観る事で容易に理解できる。 視点が違う。本作の「二・二六事件」への視点は、事件当時の人々に与えた衝撃の再現と 将校たちの精神も行動も極力「突き放して」描いている点にある。そして将校達の武力によるクーデターの批判も。 雪降る夜――意地と失敗と、妥協のかちこみ。「アイツラ何やっとるんや」な市民たち。 ワケ分からん状況に戸惑う部下、決心が鈍る決起将校たち。 天皇を恐れて右往左往する上層部軍人たち。最後にクーデター首謀者全員処刑の報。 市民たちの、当事者たちの混乱ぶり。 そして将校たちの精神の美しさと醜さもが冷静に描かれている。 観終わった後味は虚無。ロマンチックさなぞ微塵も無い。 これは当事者でなければ出来ないクールな描き方である。余計な感情を入れ込まないからこそ来る後味。 第2次から来る涅槃的感覚・・・懐かしくも手の届かない子宮感のみ。(わかるやろ)  
鑑賞後のこの感情こそが、まさに「二・二六事件」に相応しいモノにある。 これ以上の無理矢理なエモーションは必要が無い。これは(も)間違いない。 これ以上を描くとなれば、結局は高倉健、ショーケンがやった様に 家族との関係性、所謂「愛」のテーマがメインとなってしまう。それはつまらない。 そう、以降の226シリーズは、青年将校たちの精神や行動の異様な美化と正当化は勿論のこと 事件を知っている「叛乱」スタッフでも当事者を突き放してしか描けなかったのに(そしてそれが最善であった)

「俺はこの人たちの精神と純真さが痛い程、よく解るんだ」

とでも言い出しそうな現代的スタッフのロマンチック・ロマンチック脚本と演出で 「226事件」はシェイクスピア劇ばりの愛憎劇と化してしまっている。 もしくはトラトラトラで描いた様に「ロマン」先行型の映画となってしまっているのだ。ダメ、いけない。 当事者が描く作品には真摯さが伝わる。 内容的には凡でも「日本敗れず」にはそれがあった。

こういう近代に影響を与えた戦記物に要求される真摯さとは 事件の持つイメージを「そのまま」に伝える事だ。勝手な新解釈でもって歪めるのではない。 ATGでよくある精神イメージは当然、特定の人物たちの異様な美化は 初めて事件に触れる人々への洗脳に等しい行為である。

わからないものを誤魔化して料理するのは駄目だ。 自らの監督、構成、演出の力量を認めたうえで 「わかりません。ですから、わかる範囲を頑張ります」 これが真摯なのである。叛乱はこれが出来ていた。優等生。 事件の教科書になるに違いない真摯さがある。参考書籍を手に取りたくなるのは本作だけ。




「これからもおそらく二度は起こらないであろうし、 また起こらないことを私たち心から望む突然の武力革命、二・二六事件と呼ぶこの恐怖の4日間を映画にするにあたり、私は次のような考え方でいます。 私自身の感情は当時の行動は青年将校たちの考え方は是認しています。

しかし映画は製作者の主観を強く打ち出すことが一つの演出手法であると同時に、 一面その大衆性を考慮し、あくまで客観的に事件を説明し、見る人たちに答えを出していただくことも重要なことだと思います。 立野さんの原作は忠実の記録というよりも、むしろ作者自身の見た叛乱であるようです。 映画ではその劇的構成はできるだけ忠実に、精神的には青年将校たちの行動を批判することなく 個人々々の持っていた個性、思想を事件と共に忠実に描いてゆきます。

ただあんなにしっかりした青年将校たちが、その行動においては どうしてあのような恐るべき事態を引き起こしたのか、問題はこの辺りにあると思います。あの青年将校たちは政治情勢の他にないと考えた。 人間の生命に対する単純さ、純粋な気持ちがその単純さによって拍車がかけられ軍刀を振って人を殺すという結果になってしまっているのです。 また原作と多少異なるのは映画では随所、ナラタージュ形式をとりました。 獄舎にある青年将校たちの人間像を描き、その思い出の中から事件の中心へ物語を運んでいきます。 昔の武士は重要と、死に臨んで少しの乱れもなかったと言われていますが、彼ら青年将校たちは 死刑の判決を受けてからは、やはり一個の人間の姿に還ってしまった。 そこにあるのは苦悩、悲哀、絶望、そして絶えざる生への希い、これも現わしてみたいと思っています。

この事件は日本陸軍始まって以来の大事件であり、クーデターとしては実に無計画に、そして完全に失敗に帰したのでありますが 結果的には、彼ら青年将校が希望したとは正反対の社会情勢が急速に強まり、 彼らが実をもって防止しようとした戦争(日支事変、大東亜戦争)へと突入してしまったのです。 当時国民はその真相をいっぺんも知らされることなく、ただ反乱軍の汚名を着せられた20名の青年将校の銃殺刑と、 直接行動には関係がなかったが、行動は青年将校の大量東国が発表されたのみで真相は闇に葬り去られたのです。

この間の政界の闇取引、背後にある派閥抗争などは、あくまで当時の真実を描き、今日の社会情勢批判への指針ともなれば幸いと思います。」 (監督 佐分利信)


心技一体の演技ぶり

 

新東宝の新たなヒット作であり、日本映画史に残るであろう名作の誕生を見込んだ作品を 当時ほとんど巨匠としての名声を欲しいままにしていた佐分利が チンケな俳優に演技させる訳がなかった。凄味をまとった俳優陣が集結する。 若手だけを挙げてみても、事実、戦争の為スターになり損なった細川俊夫を筆頭に 小笠原弘、丹波哲郎、山形勲、安部徹、鶴田浩二、菅佐原英一、近藤宏などなど (英一君と細川俊夫は佐分利のお気に入りなのだ) ベテラン勢を挙げてはきりがないが島田正吾、石山健二郎、佐々木孝丸、鶴丸睦彦など

演技についても言うことなし。圧倒的リアリティを演ずる細川はもちろんの事 霊界の下僕、丹波哲郎のクールな演技も見ごたえがある。小笠原弘のエネルギッシュな芝居も良い。 そしてなにより、菅佐原英一が代表するように 青年将校や軍上層部を演じる俳優たちの顔つきから大日本の様相。


 
(最強の2人)  
 


出演者全員の迫真のフェイスアクトは 本作をただの映画として我々観客にアッピールさせない。 まさに1936年へのタイムスリップを可能にする 冷気と死臭漂う至宝の戦記映画なのである。これが東宝とか東映ならそうはいかない。 佐分利信の選んだ新鮮な顔ぶれがそれを実現させた。

二・二六の大体の概要が世間一般に示されたのは立野信之の「叛乱」である。 1952年に直木賞受賞したものであり、その熱の覚めやらないままに 当時最大のスケールで最高のキャストスタッフが結集した作品である。しかも新東宝製作。 これがおもしろくない訳がない。まさしく二・二六のスタンダード。最高。

残念なのは佐分利が全編を監督出来なかった事。 病気で倒れ、西田役で出演していたにも関わらず結果、該当の場面を全て廃棄。 ピンチヒッター阿部豊と内川清一朗、松林宗恵が監督にあたり無事完成を果たした。 仮に全編佐分利が監督していたら、彼の徹底主義が本作をさらに磨き上げたに違いないのである。


  (西田に扮した佐分利)

「小道具係の言によると、小道具にはあまりうるさくは言わないのだが、 注文を出した小道具が来ないと、それは決して泣かないで待つという。 一般に佐分利監督はカットが細かく、いわゆる中抜きなどは絶対にしない監督だと言われている。 佐分利監督が演技者に出す注文は@自然のままに、A私生活を思い出してやってほしい、B演技に法則はない、という事で 俳優としてシナリオの中の一人になりきっていれば自然に演技の方もついてくるという寸法。 わざとらしい芝居を大変に嫌がる人で、いわゆるオーバーな演技はキライである。 それで何回もやるとかえって芝居がかってくるというので、テストはたいてい二度ほどだという。」 (雑誌・映画ファン 叛乱の演出)


  DVDブックレットには佐分利は順撮りで、撮影が済んだ箇所は4分の一と書いてあったが 丹波哲郎の言によると、決起趣意書読み上げまでは撮ってあったという。どっちが本当なのだろうか。 丹波哲郎が見た現場の様子を採録する。

――叛乱が初期の出演作では一番大きな役だった気がしますが。 「でも、それも僕は二度断ったんだよね。最初は軍曹の役だった。 新東宝の方では俺の契約は一年になっているわけで、この映画で元を取ろうとしたんだと思うよ。 何しろ男ばっかりの映画だから、元を取ろうとした原因を言えば、俺はあまり使われてなかったからだ。 その根本原因、なぜおれが使われてないかといえば、俺は態度がデカかったから、と同時にこっちが「やらない」ということ。 それでも給料は一万円ずつ毎月出て、駅の踏切の手前の麻雀屋で麻雀をやっている時に、中野という進行主任が自転車に乗って迎えに来たんだ。 で、奴の自転車の後ろに乗って演技課へ行って、その時の演技課部長が辻久一って言うんだけど、それが今度こういうのが決まったから、と。 それを見ると軍曹と書いてあるんで、その場でお断り。で、そのまま麻雀屋へ戻っちゃった。 すると、しばらく他あってからまた中野がやってきて、今度は週番士官、階級は中尉ってことになってる。 そして佐分利さんがいるから会ってくれという。 で、佐分利さんとこへ行って「これいつからやるんですか」と聞いたら「そりゃ分からない」と、当然だね。 それからまた演技課へ帰ってきて「いつやるか分からないものはお断り」といって、そのまま出ていこうとしたら、辻さんが 「ちょっと待て…来年は君とは契約しない」と。 こっちは「ああ結構だよ。俺が入ろうと思って入ったんじゃないから」と。それで、また麻雀屋に行って、そのまま帰った。 で、一か月たったらまた来てくれというから、行ったら、メインの香田大尉をやれという。 というのは中山昭二がほかの映画とダブって駄目だというんでこの判断が下ったんだ。 その前に俺は「戦艦大和」をやったの覚えてるんだ、阿部豊の。 これは何人かの若者が中心なんだけど、俺はそのうちの一人だった。 ところが、阿部豊は徹底的に俺を嫌った。それは第一印象でそうだった。なにしろ阿部豊ってのが何なのか分からないんだ。 こっちは(笑) だからあっても分からないから、こっちは黙ってみてるわけだ。」 ――でも監督だってことは、分かっていらっしゃったんでしょう。 「イヤイヤ、分からない。そうすると阿部豊の方としては「オレと目があって頭を下げない奴、あれはなんだ」。と。 「あれはここの俳優です」。「何いィ!」となったらしい。それからというもの、俺は阿部豊に徹底的に嫌われちゃった。 「戦艦大和」には和田孝とか高島忠夫とか、56人の若者が出てくる。俺はその中の一人なんだ。」 ――「戦艦大和」のときは阿部さんにだいぶ役を小さくされてしまったんですか 「うん、映ってないんだもん俺は、ほとんど。 で、この時から監督だって分かっているからははぁと。嫌われてりゃ徹底的にこっちの方はそっぽ向いてる。 面と向かったって、それこそじろっと見てるだけで、それが「叛乱」で佐分利信さんが倒れて阿部豊に代わった。 ある程度撮ってあるわけなんだ。決起趣意書を読み上げるところまで撮ってるんだから。そのうえ俺の役は実在の人物なんだから。 だから、消そうと消そうと思ってもなかなか消せないから、 裏返したり、いろんな工夫をして俺を画面から外そう、外そうとしているのは誰の目にも明らかなんだ。」

  とんでもねえ野郎だ。さすがにカスである。作品の意義よりも私情なのだ。 「日本敗れず」が失敗した背景にはこうした軽薄なムードも関係しているのだろう。 雪州と同期だからか、サイレント時代の天才だったからか、後世でも「神様(先輩)だぞ」と、 異様に威張り散らすタイプだったのだろう。時代が生んだカン違い野郎が「叛乱」に登板した。 ちなみにこの話には続きがある。

「ところが途中から突然使い始めた。 ある時、花岡菊子が差し入れにべっこう飴を持ってきた。 真冬のクソさむい時、広いセットにガンガラがあるのは阿部豊のところだけよ。 やっこさん口笛を吹きながら、ゴルフのバットの練習なんかをしてやがる。 で、おべっか女優が差し入れたべっこう飴を自分で回りの俳優に配ってたんだ。 ガンガラは阿部豊の専用みたいなもんだから、当然誰も近づかないというか近づけない、 が、俺だけは、阿部豊なんぼのもんだと思ってたから、一人でガンガラの傍にしゃがんで暖まっていたら 俺の前の前に阿部豊の尻があるんだ。で、向こうも後ろに誰かいる気配に気づいて、 後ろ向きのママはい酔ってべっこう阿部を出しやがる、で、尾の目の前にべっこう飴が出てきたんだ。 手で取るのもバカバカしいから、口で加えてやった。すると向こうは離さない。 離さないからぐっと犬みたいに引っ張ったんだな、で、振り返った阿部豊とべっこう飴を口にくわえた俺の眼がばちッとあったんだ。 で、どうやら俺が顔をしかめたのが、笑ったように見えたらしい。それで阿部豊が笑った。それも大声で。 それ以来、俺は阿部豊に好かれ抜かれて空かれ抜かれて彼の作品に出ることになった。 その代り毎日のように麻雀によばれて付き合う羽目になった(笑)」

  よくある話。ほっこりするワケだが、それでも香田大尉がカットされた場面がいくつかあるわけで・・・いけませんな。 ・・・ 1953年10月5日、調布多摩川ロケからクランクイン。 300人のエキストラの兵隊を集め、中隊の演習場面から撮影開始。 11月8日、佐分利信が膵臓壊疸で倒れる。 阿部豊、内川清一郎、松林宗恵らが応援監督として駆り出された。 20日から撮影開始。年内完成。1954年1月3日封切り。 「構想一ヵ年、製作費一億、出演延べ人員二万人、主要配役70名、22ステージを使用した広大セット、人造雪製作費350万 豪壮な規模と凄烈の気迫を叩き込んで完成した日本映画未曽有の巨編!」 (叛乱 パンフレットより) 夏までに一憶2642万1千円の収益を上げた。 その年、新東宝の最高収益になった。 1954年キネマ旬報ベストテン 22位(億万長者と同値) 1位 二十四の瞳  3位 七人の侍  5位 近松物語  7位 晩菊  9位 山椒大夫  10位 大阪の宿(細川俊夫出演) 当時のキネ旬で軍人モノが(しかも二・二六!)30位以内に入っているのが凄い。 佐分利信が全編やっていれば20位以内に入っていたはず。 何にせよ凄味を感じた結果なのだろう。 1954年、日本映画史上に残る傑作・名作を生みだした邦画黄金年の中で 唯一認められた軍人映画が本作なのだ。 本作もまた、映画史の中で記憶され続ける。

作品



226事件を、貧困に苦しむ人々を救うために立ち上がった若者たちの美談とするか ただ名誉欲しさの偽善者たちが暴走したテロとするか、色々な見方があると思うが 中立の立場で226事件を描いた作品は本作のみである。 「動乱」「226」は愛のテーマを描き、完全に若者たちを悲劇と愛の戦士として描いている。 陸海軍流血史も、最後のテロップ表記からして、青年将校達は完全なる正義と悲劇の男たちと化していた。 だから彼らの死の香りは「可愛そう」が占めるコトとなる。

しかし本作「叛乱」は一味違う。

まず、家族関係の秘話を描かないことにより 彼ら青年将校達の興味は軍事関係のみに集中される。青年将校達が乗る流れは「昭和維新」のみ。 つまり、我々の、彼ら青年将校に対する感情は「クーデター」のみ。 事件そのものの動向に終始する訳だ。(なるほど硬派な作品である) 農村や貧困層の苦しみから来る悲痛極まる決起理由も過不足なくスタイリッシュにまとめ さらに仲間内での不信や友情も語られて、青年将校達の正義マンとしての期待は増す一方である。 だが決起以降、彼らの「叛徒」としての側面も描かれていく。

前半パートでも露見していた青年将校達の酔狂。特に磯部、栗原の2人が代表する部分である。 自分勝手か、感情的か、無計画か、少々おざなりな彼らの行動規範が語られていく。 そもそも「君側の奸」という考え自体、彼ら将校たちの幼き勧善懲悪的考えであり 天皇は自分たちを信じて守ってくれるだろうという根拠なき自信も同様である。 そして、そういう杜撰な思考回路が、今クーデター成功の要にあったと、これも事実。 正義感に燃える・・・純真な軍国マンと呼ぶには余りに醜い場面 自らの名誉の為に奮闘していると思えてならない行動も多い。 栗原や磯部等は当初の行動理念(国民、天皇、平和の為)とは違い、計画の杜撰さを認めた後は 「革命戦争」への希望を溢れされるなど、行き当たりばったりの精神だ。 無計画なクーデターの当然なる失敗。 どう考えても成功はありえない状況下での安藤の頑張り。これも、ただ意地になっているだけと言えよう。 そして撤退。妥協に妥協を重ねる、裁判への賭け。 自決しなかったから、処刑された将校たち。




ここにあるのは美談ではなく、無計画に散っていたテロリストたちの哀愁といったものではないか。 そうだ。彼ら将校を悪役として観ても不自然さは無い。 例えば、貧困に苦しみ民を救う為に銃をとった発展途上国の男たち。 「東京湾炎上」に登場した水谷豊軍団を青年将校として観ても、 国民救済の為の要求に彼らが行った船内乗員制圧の残虐さ、無法さは世論の支持を受けられるはずが無いのだ。 いくら、どんな理由があっても。 そして、ぼんやりとした大数の犠牲よりかは 目に見えて「明確」な少数の犠牲の方が映えるモノだ。 世論はそういうものである。世論を見方につける賢さがなかったのが敗因だ。 (捨て鉢、自暴自棄だったのかもしれないが。226も)

発展途上国と言ったが、ブラジルでのバスジャック事件を語った 「バス174」というドキュメンタリー映画がある。 強盗に失敗した貧困層の男がバスの乗客を人質にするのだ。 人質。卑怯である。当然世間は彼を非難する。殺してしまえという声もでる。 青年将校達の兵器を使っての重臣たちの殺害。結局、これもまた卑怯な方法であったワケだ。 国民、天皇からの大いなる非難を浴びる将校達。 その後に、使った方法を正当化出来る道筋があれば良かったが まずバス174の事件では、当然そういうものはなかった。 「俺は貧困層だから、不幸な生い立ちを辿ったからしょうがない」 こっちは組織犯行でないし大儀もないから、バスジャックをした時点で 正当化もクソもなく「死」のみが道筋であったのだ。 待ち受けるは不幸しかなかった犯行。

じゃあ青年将校達はどうか。少なくともクーデターのやりようによっては 彼らの意思関係なく「死」のみが未来ではなかったはず。 青年将校達のミス、杜撰な計画と言ったが、国民と「天皇」の反感を買うところまで無茶をやった上 無法さの正当化をする道筋へとたどり着けなかった。これは大いなる失敗である。 計画の成功である前提を不意にした。行動の正当化、その唯一の道筋を逃したのは残念だ。 それを逃した理由は無法な力、兵器を使っての「君側の奸」たる重臣の殺害。 天皇の周辺事情も考慮せず、ただ彼らの欲望のみが優先された結果であり 彼らの一方的な視点が裏目に出た結果なのである。 青年将校達の今でもスタンダードに語られる(農村救済などの)意志は立派だが 「余りにもモノを考えなさ過ぎた」 青年将校達の精神の要である北一輝が「国家改造」は実現しないと語ったのも 『武器を使ってのクーデターなぞバカな事を将校たちはしないだろう 少し考えれば絶対に失敗するだろう事をわざわざやろうとしないだろう だって国民は勿論、天皇の反感をも買うに決まってるじゃないか』 という考えからである。

彼らの行動、精神は独善的だったか? ともかく、彼らの妥協精神と杜撰すぎた計画の失敗は 美談とするにはあまりにも「マイナス」に位置する物である。 本作「叛乱」は彼らの幼稚で一方的な正義感を いくつかの主要なキャラクターに託して描いている。 彼らの行動の評価を、愛だの家族だの人物評なぞで変えてはいけない。 本作の、クーデターでしか描かれない彼ら。 これは非常にまっとうな戦い方であり、事件そのものへの真摯さの勝負が理解できる。


・・・・・・ 将校への姿勢

勿論、甘言で将校達をたぶらかし迷わせ、最後には裏切った上層部の事を考えれば 将校達に同情の念を抱く考えを持つ人間がいてもおかしくは無い。 だが彼らはいくら青年将校だと言っても、いい大人であって、自分の意思を持っている。 まあ、人の見る目が無かったとも言えるし、育ち、環境でそうなってしまったとも言えるが 劇中の安藤の言を借りるならば 「俺たちは維新の捨石になるつもりで立ち上がったんじゃないか」 「俺は千載逆賊の汚名を着ても構わん」 である。 もし忠実の、彼ら青年将校たちの決起精神が皆コレであったならば 我々は彼らの死を「悲劇」とか「可愛そう」とか、そういう感情で迎えるべきではないのである。 杜撰な国家改造精神と行動原理の破綻、そこからの処刑。 青年将校達の未熟さ、甘さを悟るのは勿論だが、その後だ。 本作の細川俊夫演じる安藤大尉の最後の表情。この表情は、他の226にないメッセージを伝える。


 


何を受け止めるかは鑑賞者に委ねられるわけだが 他の将校関係なく、ただ安藤一人きりの戦いの物語と考えれば 「やることはやった」 そこには苦悩や未練はなく、充実の下に倒れていく男の最後のみである。 悲劇ではない。杜撰な計画だった。時期が早かった。そんな文句は既に彼らの心の内にない。 死に際す。言うなれば人間最後の完成の場面には、それまでの未練なく 死んでいった重臣や民間人たちの犠牲への責任を取るべく達観した決意で死ににいったと思いたい。 維新の捨石として、捨石として死ぬ軍人の最期を。 そして自分たちの死によって、再び立ち上がってくれる軍人たちの姿に希望を託しているとも言える。 そう。本作の処刑場面の後味は、燃え尽きた男たちという遺灰。あしたのジョーなのである。

だが、以降の226映画の処刑場面は 彼らの表情に未練とか恨みが残るばかりで本当に一面的な答えしか出していない。 本作のスタンダード感は、多面的な想像の余地を残している事からもわかる。 こう、アングルを変えて観ても様々に受け止められる映画はイイと思います。 (細川俊夫の整いすぎた表情からして、プラスにも受け止められるのだ)


・・・

本作にも映画的な演出はあるが、非常に慎ましい。 決起場面も他の226と比べたら大味ではなく 要点を押さえまくり、無駄のない引き締まった形である。 将校達がクーデター失敗を悟った後も、無味乾燥な彼らのやりとりが描かれるばかり。 そこには家族や人物評など出てくる余地も無い。 主役の安藤が部下を原隊に返す場面。感動の押し付けは無い、反射的な涙ではなくジックリと心に響く「和」の感動がある。 牢に入れられてからは静まり返り、本当に処刑前を思わせる男たちの姿が過剰な演出なく、効果的に流れる。 遺書を書く段もそう。さあ泣け、ではない。虚無感が漂う、不手際と無法を悟った後に来る感情である。

陸軍士官学校校歌、続く 君が代。 君が代が本作の最も映画的な演出である。日本の一番長い日の同歌の演出も良かったが 本作の、それこそ君が代のイメージと完全一致する場面というのは素晴らしい。あの場面、まさしく君が代を具現したものである。 そして処刑。栗原や磯部の呪い口上が不気味に響く。不気味に静かなラストシーン。 どうしようもなさを感じる後味。 和の心が響く、事件の当事者の心を平等に描いた本作こそ最強の二・二六映画なのである。


登場人物

登場人物へ 「概要」

監督・佐分利はこう語る。 「青年将校たちの社会正義は立派。だが映画では彼らの批判はせず事件を忠実に描いていく。 問題は、立派な思想をもっていたのに何故もっと立派な行動を取れなかったのか。」 佐分利は彼らの杜撰な計画によるクーデターを「立派ではない」と断言している。 青年将校に同情的だった彼も 226事件そのものについては好意的な意識ではないのである。 佐分利は事件当時27歳。生きた、生の意識でコレを断言するのだ。 個人の意見も、226事件は無謀。「マチガイであった」これは言える。 しかし、妙な悲劇性のみがピックアップされた近年の本事件へのこだわりは 「雪降る夜、正義に燃える若き将校たちが軍上層部の政治に振り回され 悲劇の最期を遂げた・・・哀しき物語(プレイバック)」 というものになっているのではないだろうか。 動乱も226もそういう新時代の「美学」を最もとする意識から生まれたのだ。 そういう間違ったロマンから。

本作は事件を美化していないし、彼らの精神も美化していない。 淡々と描く。 淡々と彼らの良い点を見つめ、淡々と彼らの悪い点を見つめる。 226の要点。 「青年将校達の決起理由、決起、失敗、処刑」 これを描ければイイ。 家族関係が描かれない本作で 彼ら青年将校たちへの感慨材料は、ただ「クーデター動向のみ」。


 


「国民、天皇からの支持があるか否か」という前提から既に失敗していた叛乱軍は 大臣たちを殺し、無関係な部下たちを駆り出した大儀を無責任にも放棄。アッサリと撤退への道を進む。 周囲を期待して行動するな。失敗はもとより成功もまた死のハズ。 間違いは、間違いだ。 これがこの映画の教訓である。


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