試写が終わった時の満足感は久しぶりに味わったものであった。極端な言い方をすれば 海のトリトンの最終回や、宇宙戦艦ヤマトの第一話を見終わった後の気持ちに似ている。 最近では、カリオストロの城以来この感覚を持った作品はなかったのではないだろうか。
 この満足感はどこからきたものなのかは、うる星やつらテレビシリーズを愛好している人間に説明するのは非常に楽なことだ。 誰もが持っているであろう、テレビシリーズに対するあのフラストレーションが完璧なまでに払しょくされたからである。 つまり、なんでラムがこんな反応をするんだ。とか、このBパートは水増しでしかない、なぜAパートで止めなかったんだろうというこの主に演出に対する欲求不満が、この一作品で解消されたからだ。
 「夢か現実か幻か」と言った状態を体験した記憶が鮮明な人間でないと、この映画に反応しきれないのかもしれない。 高校二年生の文化祭、この熱狂的な体験がない人にはこの作品の本当の面白さは伝わらないのではないだろうか。 もし、もう一度高校時代を体験できるとしたら、あなたはどの時期に戻りたいですか?
 という質問がなされたなら、躊躇ずることなく文化祭の時期と答えられるほどに青春を味わった人間、ないしはその真っただ中にいる人でなくては 物語世界にトリップ出来ないのかもしれません。文化祭前夜にデジャヴュを経験しなかった人っていますか?
 思春期の甘酸っぱい感傷がよみがえるストーリー攻勢には脱帽です。 特定機械の歯車がかみ合うように物語を構成した押井監督の力量には拍手を惜しみません。 テレビシリーズ出身の方が成長されるのはこれからの楽しみでしょう。
 最後に一言、今までの例から僕とアニメックがこれだけ褒めた作品は必ずヒットしない。 だから、この作品も評価されるまでには時間がかかるかもしれない。 だが、現時点において最高の作品である、という評価はこれからも変える気持ちはない。 ビデオソフトをすぐに購入しようと思った作品はこれが始めてである。 

アニメック編集部 小牧雅信



封切の連続という状況はかなり悲惨です。しかし、アニメックの人間はこの状況をかなり楽しんでいるみたいなところがあります。そのせいか、ビューティフルドリーマーに感情移入するものが多く、僕たち、何日泊まり込みました? 今日は何日か判ります?という会話の多いこと。じゃあ誰の夢なんだ、という話が出るとギクッとする人間ばかりでして案外、全員で同じ夢を見ているのかもしれません。(アニメック編集部員)



ビューティフルドリーマーを見てると、あの学校生活、とても人ごととは思えなくてね。つい懐かしんでしまった。押井守監督は言う。 「もし君があんなかわいい子があんなアホに惚れているんだ!?という気持ちを覚えたとしよう。不条理という認識はそこからはじまるんだよ――」と。 高校時代の学園祭、痛い思い出がありますよね。―-それがよく感じはじめると、もうオジサン。気をつけましょうね。(アニメック編集部員)



ビューティフルドリーマーおもしろかったですね。イントロでみんなは冬服着てるのに夢の中になると夏服姿、まさに真夏の夜の夢といった感じでしたね。 (アニメック編集部員)




 小さいことから書き続けている恋文がある。宛名はその時その時で変わる。時には宛名さえないときもある。何度か途中でやめたり、同じことを書き直したり、 気が付くとまた書き続けている。結構一生懸命、言葉選んだりしている。そんな時に後頭部にもアドレナリンのようなもの発生するのか臆面もなく気恥ずかしい 言葉ちりばめたりしてる。きっと翌日くしゃくしゃポイとしてしまうのだけれど・・・気が付くと、誰かに対して何かに対して、らぶれたぁ書いてる。
 それぁ、季節の変わり目僕だって、言葉なんて!と見栄きって、桜の花びら背を向けて、はーどぼいるど気取ってみる事ない事もない。
 でもやっぱりコタツに入るころになるとらぶれたぁ書いてる。
 前略らむ様・・・会ったこともないし正直僕にはラムってわからない。いつだって活字の隙間、コンテの裏側、フィルムの向こうで演技しているラムだけ。 それよりは前略中様、面倒様、眼鏡様、これなら少しは分かる。昔、合たような気もする さらにひるがえって愛しいチェリー様、もひとつひるがえって、拝啓コタツ猫さま。うん!これならとってもうなづける。
 らぶれたぁを書こうと思って相手との距離を考えたとき、ちょっと戸惑ってしまった。 実際、好きな原作(ひと)に対して想いを記しておこうと思った時、怖い気がした。いつの間にか、自分の中で 想いに想いを重ねて、実態が見えなくなっている。気づかぬうちに自分で作り上げた像に思いを寄せている。それ は百人の人の中には百人の中でありラムがいることは当たり前のことだけれど、僕の中の、誰かのそんな当たり前のキャラクターをフィルムの上に焼き付けていくのはきっといけないことなのじゃないか、そう思えてきた。 自分に対して七日、誰かに対してなのか、それとも何かに対してなのか、よくわからない。でもいけないことだな、というのはきっぱり感じる。
 だからもう一度さよならしようと思ってる。
 もう一度始めから書き直そうと思っている。
 多分、書き始めるたびに新しい気持ちでなければ辛くなるなと思うし・・・
 そんな訳でいまは書きだしだけ・・・ 
 前略うる星やつら様(やまざきかずお)




 試写を観たときに、これはTV版のうる星やつらの集大成だなと感じたの。 押井さんの色をしたラムちゃんの世界だな…という印象と同時に、男性から見たラムちゃんだなと思いました。
 女の子は同性にはあまり感情移入しない傾向があるんです。その意味で高橋留美子さんの原作は成功していると思うの。 あたるの心理描写は、絶対に女性から見た男の人だと思うんです。 めぞん一刻の五代君にしても歩きながら空想にふけって電柱にぶつかったり。本当の男の人って考えごとをしていても、ちゃんと よけて通ると思うんですが、逆にそうした描き方が女の子のファンに受けたりするのではないかしらね。 あれは男の人には描けないな、と思うんです。
 それが押井さんという男性の手に渡ると、また少し違ったあたるやラムちゃんが出てくるから楽しいんです。 押井さんが描いてる理想郷や思い入れをうる星を借りて披露した。その思い入れがうる星の世界とフィットしたのでしょうね。 いずれにしろ私は一人の観客としてビューティフルドリーマーをいい映画だと思います。
 少なくとももう一度見たいという気分の映画ですよね。 私は学園祭で、一年生の時に占いの部屋をやりましてね。眼鏡たちのように暗幕を張ったり、自分たちでテーブルクロスを塗ったり。 そんなことをやりながら学校に居残るのがとても楽しいわけですよ。 そういう時ってデジャビュウは絶対起こるしね。それから、しのぶの誰かさんが残ってるから― のセリフもよかったと思いませんか?恋愛事件て文化祭に起きやすいんですよ。 私も初恋は、文化祭の準備をしているときに隣の教室の男の子に…。放課後は長〜い休み時間のようなものだから、 心を許してしまうんでしょうね。
 そういう場面の面白さを是非楽しんでほしいし、どういう見方をしてくれるか楽しみにしています。(平野文)



ビューティフルドリーマーってラムの内面世界を描いた作品でしょ。暗かったけどとても面白かったわね。(高田明美)



昨年――すなわち1984年は、久々に、劇場用長編アニメーション映画に傑作が多く生み出された年だった。 まず筆頭に挙げられるのが、各映画賞を受賞し、一般マスコミにまで一躍その名を知られることとなった宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」だ。 ナウシカの功績は単に、アニメ・ファンの評価の範囲にとどまらず、広く一般大衆に、その感動を、アニメーションの面白さを、テーマの現代性をアピールしたことだった。 既にナウシカは、一種のカルトムービーの位置を確保している。

さらに、アニメファンに対する強力なアプローチを行った河森監督作品「超時空要塞マクロス・愛覚えていますか」の存在も忘れてはならない。 一般映画への広がりを持ったナウシカに対し、アニメマニアに深く浸透したマクロスの業績も評価されるだろう。

そして、その中間的な位置の作品が、「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」だ。 アニメマニアへの強いアピールと同時に、映画的完成度をあわせもった作品――この作品の監督が、今回紹介する押井守である。 アニメ作品が単にカタログ的映像になりつつある昨今の風潮に対し「アニメも映画だ!」という熱い叫びを常に発し続けている男・押井守。 ニュータイプでは、アニメ世界の最後の映画監督と呼ばれる押井守の考え方にスポットを当て、その新作、天使の卵が語らんとするテーマを探っていきたい。


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