ブレイクタウン物語ではほとんど新人ばかりのキャスティングの中で佐藤さんだけがプロで目立ちますね

佐藤 「そういうセミドキュメント的な狙いのキャスティングなんでしょうけれども、僕みたいに一人クサい役者を入れちゃうと、とたんに映画映画してくる」


 高校生ぐらいの年頃の若い共演者たちと仕事してみて、どうでしたか?

佐藤 「やっぱり、あの年ごろというのは、自分が通過してきたのにも関わらず、分かるようでいて、逆に全然わからない。 全く想像もつかんのですよね。どうしても、人間って先ばっかり見ちゃう。だから、あの年ごろだと、何を考えて、どういう風に動いているのかなあって ・・・理解しちゃいけないのかもしれないし、そういう意味では難しかったですね。」


 佐藤さんの演じる工事の役は、実際の佐藤さんの年齢と、同い年ぐらいですか

佐藤 「僕の役は同い年ぐらいですね」


 どんな手応えですか

佐藤 「ちょっとヤクザを誇張しすぎちゃったかなって思いながらも、途中でニュアンスを変えたらよけいにおかしくなっちゃうから、まあ、いいやってやってるんですけれども 。東映映画のヤクザとは、一味も二味も違う形になっているとは思うんですけれどもね。ヤクザがかっこいいなんて言うのは、おかしいですからね。」


 ヤクザというよりも、チンピラに近い。

佐藤 「一応、幹部候補生ではあるわけですよ。撮影では、新宿歌舞伎町の夜間ロケなんかありますから、実際のヤクザの方についていただいて、面白いのは、僕もそれなりの衣装を着てると 『おい、それじゃ、今度飲みに行こうか』なんて話ができるんですけど、衣装を脱いじゃうと、もう話ができない。 ぺこぺこと『あっあっそうですか、ちょっとすみません、明日の朝早いんで、お先に申し訳ないんですけれど、帰らせてもらいます』って、そそくさと帰っちゃうんですよ。 自分でも、本当に調子がいいなあと思う。一度だけ朝、撮影現場に行って、着替えちゃえばなんでもなんだけど、この衣装きたくないなあ、本当に嫌だなあって思ったことがあります。きちゃったら、もう人間が変わっちゃう。」


 制服と同じ魔力があるんでしょうね。

佐藤 「それはありますね」


 地元のヤクザの方が撮影の協力して

佐藤 「一人で、絶対に製作部10人分の力はありましたね。そういうヤクザの方のお話を、色々聞いてみると、面白かったですよ。みんな、この映画に出てるし」


 まさしくセミドキュメントみたいですね

佐藤 「そう。それで、自分たちのキャラクターをやるせいか、ヘタな役者より数段上手いですね。これが、びっくりしちゃうくらい、良いんですよね。 自分で芝居を考えて、ここのところはおかしいよって、監督に言うわけですよ。その通りやってもらうと、これが実にいい。 『モドシおいて行けよ』なんて言われて、こっちがはっと思ってると、ハイ、カットの声がかかって、おずおずと、『モドシって何ですか』、と聞いたりして」


 (おずおずと)モドシって何ですか

佐藤 「要するに、ギャンブルで一人勝ちした場合、みんなの帰り賃とか飯代を少しおいていかなきゃいけないみたいな、そういうしきたりがあるらしくて。まあ、楽しかったことは、楽しかったです。」


 佐藤さんと同年齢ぐらいのヤクザの方も。

佐藤 「ええ、いらっしゃいますし、組長クラスの方もいらっしゃいましたし、いろんな方がいて、やっぱり原作者の江藤さんの人脈でしょうね…。すごいですよ。」


 夜の歌舞伎町でロケーションするとなると、いろんなアクシデントもあるでしょうしね。

佐藤 「そうです。痴漢なんかも多いですからね」


 そういう人たちに人除けというか交通整理もやってもらって

佐藤 「そういう諸事情の事は、僕も話したくないんです。根がずるいもんですから、ビビッて、見て観ぬふりをしてましたから。 撮影してると、そういうヤクザの方々の知り合いも通るんですよね。ボン引きをやってる方とかが、『今、何やってんの』『映画やってるんだよ、ちょっと出てくれないか』っていうと 『本当にいいの』なんて言いながら出ちゃうんですよ。だから適切な表現かどうかわからないけれど、新宿の街が、この映画を撮ったんですよね。 待ちの連中が楽しんで撮ったという意味では、リアルじゃないかなと思うんですよ。僕以外の彫り物の方は、みんな本物ですし。」


 あ、そうなんですか

佐藤 「ええ」


 佐藤さんの描いた彫り物と比べてどうですか

佐藤 「やっぱり、違いますね。長年していらっしゃると、肌になじむんでしょうね。そういう本物の彫り物って、たぶん僕のような描いた彫り物よりも、きれいじゃないと思うんですよ。 ちょっとくすんだ感じの色になる。」


 これから全身に彫り物を入れようという型も、いらしたんですか

佐藤 「ええ、これくらい手の甲の五分の一ほどで3万円ぐらいなんですって。だから、後1年かけて全身に入れると、400万ぐらいかかるらしい。 サウナなんかに入ってると、そういう型をよく見ますでしょ。僕はひつじ年生まれの習性のせいか、あ、彫者だなあ、もっと見たいなあと思うんだけど、横目でふっと見るぐらいでしょ。 そういう人たちを前にして、まさかこうじろじろとは見れないですよね。 今回はじっくりと、触らせていただいて、あ、凹凸があるんですねとか言ったりして、色々普段できない勉強をさせていただきました。」


 前作北の蛍でも刺青を背負って

佐藤 「あれはもう僕じゃなくて、刺青を見せるために出た映画だったんで、僕にとっては、女の下になって刺青の男がやってるというだけの映画で、本当に何をしに行ったのか・・・」


 しかし、厳寒の中で相当つらかったでしょうね

佐藤 「僕も変に気取っちゃって、寒いものは寒いんだから、『何も着なくてもいいですよ』って言ってたら、本当に体が動かなくなっちゃった。 キャメラも全然回らなくて、自分で言い出した手前、毛布をかぶるわけにはいかないし、弱りました。休憩の時に、ぬるま湯の中に熱く手足が入らないんですよ。 それで雪を入れて、普通のお水ぐらいの温度にして、足を入れて、ああ、あったかいなって感じるぐらいで、しばらくして、『じゃ、行きましょうか』『ハイ、やります』ってなもんで、とにかく寒かった。 それでそこの撮影で映ってるのは、結局ワンシーンぐらい。」


 メジャー作品と独立プロ作品とに、ちょうど交互に出演されていますね。

佐藤 「あ、そうですね、金のあるところとないところの往復。でも、本人から見ると、映画は映画ですし、そういうメジャー、マイナーと言った色分けというのは、 見る側が決めることで、やる側が決めることじゃないと思います。でも、そういわれれば、そうですね。」


 青春映画から時代劇、戦争映画と、様々なタイプの映画に出演されてるし

佐藤 「自分では小器用とは思わないんですが、本当にいろんなものをやらせてもらってますね。 でも、まだ20代で自分に色を付ける必要はないと思うので、できるだけどんなものでもやっていきたいという姿勢はあるんですけどね。」


 TVハングマンにもレギュラー出演中ですが、映画と比べてみてTVはどうですか

佐藤 「あれはもう地ですね、本当に、遊ばせていただいてるって感じ、一回完結で、毎回自分の形を変えていくわけにもいかんですし、26回分の演技プランなんか立たないですよ。」


 そもそもデビューされたのは

佐藤 「NHKの続々事件 月の景色」 「若山富三郎さんと岸恵子さんが出演されていて、母子相姦の話しでね。 当時は分からなかったけれど、NHKで母子相姦のドラマを取り上げるなんて、すごくショッキングなテーマで、今にしてみればすごいことなんだなあと。 自閉症の少年で、母子相姦の話を知られたために、少女を殺しちゃう役なんですよ。 あの役をやってから、半年ぐらいは、そういう役の話しばっかり来ましたね、変質者とかね、そんなのばっかりだった。」


 それだけインパクトが強かったんでしょうね。

佐藤 「そうみたいですね。初めてやった役というのは、やっぱりね・・・。たまたま、そのあとに来た青春のもんは、180度違う役で」


 そういう意味では、恵まれたスタートだったわけですね。

佐藤 「僕はそういう意味ではすごく恵まれてますよ。恵まれるとか恵まれないじゃないかもしれないですけどね。 僕は子供のころから、役者というのは、ある種ものすごいものだって見てましたでしょ。 役者というのは、こうあるべきだ、厳しい世界なんだなあというのを漠然と見ていて、この世界に入った時には、逆にああ、なんて楽な世界なんだろうなあと思いましたよ、はっきり言って。」

佐藤

「どういう所なんでしょうか、三国連太郎が60歳を過ぎて、今でも一流であるといわれてることじゃないですかね。まあ、あの人を見てたんで…もうちょっと、厳しい世界かなあと。」


 そうでもなかった。

佐藤 「うーん、自分も芝居してきて、こんなものかなあって、それじゃ自分はどんなものかって、本当に芝居を考え出したのは、3年目ぐらいからですね。」


 映画で言うと

佐藤 「道頓堀川ぐらいからですかね、それまでは、言われたままに動くというか、そういうものなのかなあと思ってました」


 同じ役者として、お父さんの存在を、どんな風に意識していますか

佐藤 「親父が特殊だとは、全然思わないんですよ。逆に言えば、彼が当たり前であり、周りが特殊なだけの話しであって。 そういう意味で、僕は楽だなと感じたのかもしれないですけどね。だから外国映画なんかの役者の芝居を見ると、すごいなと思いますよ。 日本の役者の芝居は、どうしても感情の流れを重視して、その時にどれだけ気持ちが入っているかで、いい悪いという。 そういう評価の基準がすごくいい加減なものになってきてると思うんです。 でも向こうの連中は、何度も何度も別方向から撮って、ぴっちり芝居が全体にはまっていて、それで一つの流れが出せるという。 やっぱりこれもプロの性だなあと思うんですよ。役者として、こういうのをプロっていうんだろうなと思う。」


 これまでで、出演して一番納得できた映画というと。

佐藤 「好きなのは魚影の群れですね。やっぱり苦しかったものが、自分では一番好きなものですね。 楽しかったものは、何も残らないですからね。遊びでお金もらってるわけじゃないんだし、僕はプロ意識とか、そういうものには全くこだわらないし、自分ではまだまだプロじゃないと思ってるんですけどね。」


 魚影の群れは、マグロが釣れるかどうかで、作品の完成自体も一時は危ぶまれましたね。

佐藤 「相米監督は、決して魚を取りたかったわけじゃないと思うんですよ。 あくまで、人間が演じてるわけだし、魚が主役とか、そういうことはあり得ないと思うんですよ。バランスの問題じゃないでしょうか。 絵をごまかしてとると、僕らがやってた芝居が嘘になっちゃう。嘘をつきたくないために、、周りをしっかり固めなきゃいけないっていう、そういうことじゃないかなあって思うんですよ。」


 下北半島最北端の大間に、長期間にわたって腰を据えて

佐藤 「三か月間、何もないところに、本当によくぞ、いたという感じ。 なれというのは恐ろしいもので、それが自然になっちゃう。3か月目ぐらいになると、もう東京は、別に恋しくなかったですね。 最初は大勢の人たちも、役者さんとして見てくれたんだけど、だんだん同じ土地の人間みたいになってきて。 あれが東京と行ったり来たりで、中途半端にやってたら、どうしようもないもんじゃなかったかなあという気がします。」


 日常生活からして、ほとんど漁師という感じでしたね。

佐藤 「僕は頭の傷をメークで作らなきゃいけなかったんで、朝4時に起きて、6時ごろから船に乗って、大体陽が落ちるのが夕方の6時でしたから、延々12時間船に乗ってるんですよ、。 毎日毎日マグロを追い求めて、もう本当にいい加減嫌になってね。今日はダメだから、それじゃ帰ろうって、4時ごろに帰り始めるんですよ。 港まで帰ってくるのに、2時間かかるんです、港が見えてくると、うれしくてね、ワーッ、帰ってきた、帰ってきたっていう感じ。陸が恋しくてね、とにかく」


 マグロが出てきたとたんに、リアクションを起こすというのは、通常の意味での芝居ではなくなってくるわけですか。

佐藤 「芝居…なんていうものは、今はないでしょうね。やってる役者さんも、いないですよ。だから僕も、そういう意味では、アマチュアだと思う。 決して、プロじゃない、昨日はコックさんをやってて、次の日は俳優さんなんて言うこともある世界だし。プロとアマの基準をどこでつけるのかなんて、僕はないと思うんですよ。 僕なんかも、何かを演じるんじゃなくて、自分をどういう風に出せるか、それしかないから。ポイントは、そこなんですよね、自分の中の何を出せるのか。」

 
 その場で、どれくらい自分を燃焼できるかということですか

佐藤 「そうですね。それがうまくいけば、結果的に正解だったという風に、人は見てくれるでしょうし。 それと、最近みんな役者さんが、サラリーマンみたいに、10年後、20年後のことまで、自分でしっかり考えられる人が多いけど、僕は考えられないんですよね。 逆に、そういう生活設計までたっちゃう、それがいかんのじゃないかっていう気がするんです。 明日はないんだよっていう危機感みたいなものを、みんな持たなすぎると思う。」


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