四六年の六月、東宝ニューフェイスの試験場でのことである。一人の若い男が荒れ狂っていた、生けどりにされた猛獣の様に、凄まじく暴れていた。 演技の課題として与えられた、怒りを表現しているのだ。 その男は、不貞腐れた態度で演技をやめ、椅子に掛けた。 私には、その態度が照れ隠しなのがすぐ解ったが、 審査員の半分は不遜な態度ととった様子だった。 山さん(山本嘉次郎監督)が、強く推しているのに 落第と決まり、私は異議を唱えた。 山さんが、監督して資質と将来性に責任を持つと言うことで、及第にした若い男が、三郎である。 千ちゃん(千吉監督)の「銀嶺の果て」と、 山さんの「新馬鹿時代」で素晴らしい演技をした。 だから私は三船に惚れ込んで「酔いどれ天使」に抜擢したのである。 三船と言う素材を発見したのは山さんで、掘り出してくれたのは山さんと千ちゃんだ。 私は、それを見て、俳優としての才能を存分に発揮させただけである。 三船は、日本映画界でそれまでに類のない才能であった。特に、表現力のスピードは抜群で、ずけずけずばずばした表現は秀でていた。そして、繊細で性も合わせ持っていた。 かった。 その後、『静かなる決闘』から『赤ひげ』まで、三船とはありとあらゆる試みをして、共に映画を創ってきた。やれることは全てやったつもりで心残りはない。それにしても、あれだけのスピード感を持ち、ナイーブで有り、強い個性を持ち、そのうえありとあら ゆる表現ができた、三船敏郎という俳優は素晴らしかった。 もう二度と、あの才能に会うことが出来ないのは、なんとも淋しい気持ちだ。


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