かっこ悪いかっこよさ。

テレビで村上龍と長谷川和彦の対談を見た。 流行作家は地味な背広姿でボソボソと言葉すくなく、監督は黒いサングラスに皮ジャンバー。大きな声でよく語った。 用心深い弟と八方破れの兄貴といった感じだった。長谷川和彦のほうがスターに見えた。だが、懐具合のほうは、弟分のほうがぐんと上である。 百四十万部売れたという「限りなく透明に近いブルー」には、億に近い印が入ったのにくらべて、「青春の殺人者」のほうは、作品は高く評価され、 一部のファンの熱い支持を受けながら、千七百万の赤字を抱え、監督料は結局ゼロになった。

この一年の収入源はマージャンとパチンコ、有線放送のディスク・ジョッキーをしている夫人の稼ぎだそうな。 「不思議に食えるんだなあ」大して不思議そうでない顔である。金を出して衣類を買ったことは殆どない。 一張羅の皮ジャンパーは、高倉健が映画の中で着たもの。小林旭が「夜の手配師」で着たものが一番体に合うという。 今村昌平監督の助手時代の月給が二万五千円。 この十年、その調子でやってきた。いい思いをしたことがないから苦にならない。 こういうハナシを、ショったれた人間がすると気が滅入るが、堂々たる偉丈夫が、新宿スナック中に轟きわたる大声で、豪快な笑 い声入りでやられると、こっちまで気が大きくなってくる。

映画は「お祭り」であり「カーニバル」だという。 「きつい遊び」であり「ごっこ」だという。かたつむりが枝に這うワンカットのために、大の男が右往左往する。何年も準備して財をなげ打って血道をあげる。 たしかに、独立プロの映画づくりの大変さは想像を超えている。 だが、苦労だからこそ、熱くなれるのだろう。 殺しの場面で血のりが多ければ多いほど酔えるように、金もなく、アテもなく、かっこ悪くのた打ちれるからこそ、この人は男の人生を賭けられるのだろう。 気の早い男なら、そろゝマイホームや後の心配をしようという年で、まだ青春まっ只中にいる。このかっこ悪いかっこよさが、若い人をしびれさせるカリスマの資格なのだろう。 あだ名はゴジ。

凄味と愛嬌が同居してる男。

アメリカンフットボールをやっていた頃、長髪を風になびかせて走る様子がゴジラのたてがみに似ていたのだという。 ゴジラは憎めない怪獣だった。国会議事堂を踏みつぶしたり大暴れをしていたが、どことなくユーモラスでドジで気はやさしくて力持ちといったところがあった。 長谷川ゴジも、議事堂を踏みつぶしはしないだろうが飲めばけんかもしたらしい。だが、武勇伝もあればチョンボもあって、自宅近くの団地の横断歩道を渡りながら、笑っかけて はいていた自分のブーツにつまずいて転倒、足を骨折するというかっこ悪いとこもある。 小廻りのきかない大きな図体に凄味と愛嬌が同居しているのである。その不安に豪快にウオッカのグラスをあけ、こわれたスピーカーのような大声で話すこの人が、 少しヴォリュームを落したのは、自分は広島で胎内被爆である、と話した時だった。子供の誕生は正直いって不安だった。が、 「乱暴にけりをつけたかった・・・・・・」 二人の子供は丈夫に育って、父親をゴジと呼ぶ。 普段は父親らしいことをしてやれないが、一年に一回ぐらい、「発作的」に、近所の遊園地へ連れてゆく。 公園の陽だまりで、楽しく遊ぶゴジラの家族が目に浮かんだ。

男はイモでかっこ悪いのが好き。 女はにぶいのは困るが、大らかであっけらかんとしたほうが気が休まる。 こういう 男性を飼いならしているゴジラ夫人も、きっとこのタイプなのだろう。「クヨクヨしないのが取柄です」 とご本人も認めていた。東大卒。背が高く長い。 生れ育ちも悪くなさそうである。なかなかのハンサム。勿論才能大いにあり。 こうならべると、若い女性が、飛びつきそうな理想の男性像のようにみえる。だが、このミスター・ゴジのように、どこから眺めても規格をはみ出した現代の怪獣もいるのである。


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