「都知事選から半年以上たったけど、まだ清々しい余韻があるよ、3000票いけばいいと思っていたから。 猪木さんの件とかいろいろあって偽善者ぶるんじゃないが、どんなバッド・ガイにもバッド・ウーマンにも10パーセントの正義感があるってこと見せたかった。 ロックンロール・ファイトで、世界でも前例のない戦いをやったと思っている。 いや、それは一切ない。クレージーだとか宣伝とか言われたが、映画のために出たわけじゃないぜ、絶対。 ただ自分がどう戦っているのか、その姿を観たくて、宇崎クンにとにかくカメラを回してくれないかと頼んだんだ。 彼とはすでに二年前から一緒に映画をやろうと話していて、宇崎君はやるんならロックの映画をやりたいと。 ロックものなら、俺は「餌食」と「嗚呼 女たち猥歌」を超えるものは考えられないと思っているので じゃあ選挙の時に回してドキュメントを使おうということになっただけだ。だから、ドラマの部分とどう組み合わせるが、シナリオ段階は今までで一番難しかったな。 若松孝二、崔洋一、滝田洋二郎ときて、それは映画やに負けられるかというロックンロールと映画界の闘いでもあったわけだから、次は映画以外の人間、 CMディレクターかロックの人間とやって、新たな戦いを始めたかったんだ。それと、こっちは10年以上もピンクやロマンポルノの連中とやってきたのに、 突然、桑田佳祐や小田和正が出てきてさ、客がはいりゃいいってもんじゃねえだろうコノヤロー、って思いもあるよな。宇崎クンもあるんじゃない。 まあ目指すものが違ってるから、気にもなんないけどな(笑)。 監督が同じ分野の人間だから、逆に崔氏や滝田氏以上に気を遣っちゃったね、やっぱり。だから、いつになく素直に監督の指示に従ったよ、俺。 宇崎くんとやるんだから、みっともないことしたくないし、こじんまりともまとまりたくない。ロックンロールに映画のセオリーなんか関係ないというソウル・ミュージックのようなものをねらっている。 「十階のモスキート」「コミック雑誌なんかいらない」の流れから見て、コンセプトは間違っていなかったと思うし、これからは、よりインターナショナルな直球を投げてみようと思ってる。 坂本龍一は音楽で米アカデミー賞を取ったけど、俺は作品賞で勝負するよ。まあ、笑ってみててください、宇崎監督もそういってたから・・・ヨロシク!!」

内田裕也



2年前、YUYAさんが誘ってくれた。 大阪発第一便の機内からの電話に、寝入り端の私は叩き起こされた。 「魚からダイオキシン!!」どうですか? このタイトル。」 半年前のある晩、横浜から電話が入った。 「山手警察署内から電話してるんですが…。」 何か危ない予感がした。もしや…と正直、思った。 「『イタリアン・ガーデン』で逢いましょう。」の言葉に胸を撫でおろした。 午後10時半、「笑いませんか? 真剣なんです。…都知事選に立候補します。いいですか?」良いも悪いもない、いや、むしろそれは良いと思った。 映画とは無関係だと思った。 翌日の夕方、「カメラ用意して下さい。月曜日。朝。フィルム回してください。」 真夜中の新宿西口を、にわか映画スタッフの我がマネージャーとロケハンした。 本当に都知事に立候補した。 フィルムを2時間回した。 「魚からダイオキシン!!」と、どう関係してゆくのか、皆目見当が付かなかった。

「脚本、書きます、書きだせば一晩ですから。・・」

YUYAさんから台本が届いたのは、それから4か月後だった。 選挙戦ドキュメントで熱くなり過ぎていた私には、このスタンスが功を奏した。 「軍艦島、知ってますか?あそこでロケできませんか?」YUYAさんのアイデアだった。 知人が、島の関係者だったこともあって、撮影許可はスムーズに降りた。 「プライベート・フィルムです。いいでしょ、それで・・・」 YUYA語録は尽きないが、この一言は、私を勇気づけた。 連日、YUYAさんから新しいアイデアが持ち込まれた。もちろん、台本にはない。 スケジュールは、連日変更され、ロケハンが続いたが、誰もがニコヤカに動き回っていた。 撮影後半で、やっとラッシュを見ることができた。IKUZE!の機運が盛り上がっていた。

宇崎竜童


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