右翼民族派の活動家としてスパイ粛清事件などで逮捕。懲役12年の刑を受け、千葉刑務所で服役。 所内で反抗したため仮釈放も認められなかった見沢さんが、満期出所して3年が過ぎた。 「正味3年3か月。今でも3日に一度は悪い夢を見ます。直接、刑務所の中の夢というんじゃなくて、例えば教室で試験やらされてて、すごく難しくて一問もできない。なんか脂汗垂らして、それでふと教壇を見たら看守が立っているとか…そんな夢です。
 ただ出所した当初は夢じゃなくて、もう完全なフラッシュバック。刑務所で、夜、リアルにたたき起こされちゃうという感じでした。 最初の一年は、だから寝るのが怖くてね。それくらいひどかった。みんなそうなんですよ」
 刑務所の中は辛いことばかりだった。
 読みたい本が十分に読めない。書きたい事を書けない。そういう環境の中で、見沢さんがどうやって作品を書き続けたかは獄の息子などの作品に詳しく書かれているから、是非お読みいただきたい。
 中でも見沢さんが一番きつかったのは甘いものが食べられなかったこと。 「甘党というわけじゃないんですけど、他のことというのは人間、我慢できるんです。タバコとかお酒とか。
 僕はオーディオが好きで、音楽なしではいられない人間だから、これが一番つらいと思ってた。だけど、ドストエフスキーじゃないですけど、人間、慣れてしまえるんです。
 ところが、生体の悲しさというか、糖分欠乏だけは我慢できないんです。血糖値が下がっちゃいますから。
 バレンタインデーにハート型のチョコレートが出るのがうれしくて(笑) 後、正月は集中的に甘いものが出まして、みんな血糖値がばーっと上がるから気持ち悪くなる奴が出る。正月には必ず何人かが栄養のとりすぎで倒れるんですよ、情けない話ですが。」
 見沢さんは原稿をワープロではなくペンで書くのだが、見沢さんの字が汚いのは文壇でも有名。しかし、これも刑務所生活の後遺症だという。 「ノートや手紙は検閲されます。だから、読み慣れた母なら読めるけれど、検閲官が読めない字を工夫した。それが未だに直らない(笑)
 永山則夫なんかも、確定前は自由だから原稿もきれいな字で書いている。ところが、確定後、外に出した手紙はすごく汚い字ですね。母がそれを見て、僕の原稿と似てる、同じことやってたんだなと思ったと言ってました。」
 出所後、これまでに刊行された著書は4冊。調律の帝国は本年度、三島由紀夫文学賞の候補作にも選ばれた。
 初めて編集者にしごかれる経験をして、体重も減った。 一時期60キロくらいまで太ったんで痩せる努力もしてたんですが、一番いいダイエットは小説だった。
 今後はどんなものを? 「連合赤軍以降のセクト、要するに少人数でガチガチに秘密結社化したセクトのことは誰も書いていない。これを書いてみたいですね。」 『調律』では読者を怖がらせ、『獄の息子』では泣かせ、『囚人狂』では笑わせ、『天皇』では驚かせたかったという見沢さん、次はどんな楽しみを味あわせてくれるのだろう。


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