シナリオ7月号において高田淳氏が脚本と演出のはざまでという表題で、長谷川和彦さんについて述べておられましたが、 その最期で高田氏は「・・・長谷川和彦はまだ映画を撮れないでいる」と嘆きとも、同情ともつかない、悲しい叫び声をあげています。 「八月の濡れた砂」「濡れた荒野を走れ」「青春の蹉跌」「宵待草」「アフリカの光」と、助監督とシナリオライターの間を行ったり来たりして、彼は、 今、TVの「悪魔のようなあいつ」の脚本を手掛けているわけですが、僕としては、大いなる不満を抱きながら、今度こそ、今度こそと 毎回見ているのです。演出の手腕のなさが余計に、長谷川さんを圧殺しているようです。 彼自身が一回だけでもいいから、演出をしてみれば監督としての力量がうかがえると思うのです。 沢田研二も、若山富三郎も死んでいる。僅かに生きているのは藤竜也だけなのだ。 映画を撮れないでいる苦しみを、逆境に生き続ける長谷川さん自身の、本当の叫び声を聞きたいと願うのは、僕だけだろうか?

浪人19歳



長谷川和彦 日活を去る


 長谷川和彦が日活を契約解除になった。「濡れた荒野を走れ」「青春の蹉跌」などのライターであることは読者もご存じだろう。
 元々彼は日活の契約助監督だった。まどろっこしい言い方はやめよう。一年ごとに雇用契約を更新しながらやってきた臨時雇いなのだった。
 解雇通告を受けた長谷川の言い分を再録してみよう。
 「黒沢さん(撮影所長)から、年間専属契約から一本契約になってくれと言われた。それはきついではないですか、と言ったら、もう庇いきれないよ、との返事なんだな。」
 一本契約とは、作品ごとにお呼びがかかれば出かけていく臨時雇いで、年間契約者よりさらに身分が不安定だ。及びがなければ失業者だから「まずは食えない」。
 「黒沢さんに泣かれて、ウンと言わないとあちらが困るので、分かりました、というわけだ。組合に話を持ち帰って、長谷川を納得させたと言えるなら、それでいいだろうと思ってうんと言ったんだ。」
 長谷川の場合、テレビの台本書きを抱えながら、助監督をやるというようなこともあって、 「お前ひとりわがままは許せない」というようなことも現実にあった。この点、長谷川自身も「甘えがあった」と述懐する。
 助監督はかなり過酷な労働だ。日活の場合、年間十本ぐらいつくという過密さだが、長谷川は神代辰巳、藤田敏八ら 大作監督に重宝された。ライターとしても助監督としても有能な資質を持っていたのである。
 長谷川を監督にしようという動きが早くから撮影所内にあった。 「濡れた荒野を走れ」の時もそうだった。だが彼は臨時雇い、撮影所の仕組みでおいそれとはいかない。 そういう身分上のこととともに、長谷川のような思想の持ち主をと擁することはまかりならないという巨大な力が 、何回も持ち上がった監督話に水を差してきたと、私は思っている。
 「宵待草」のようなアナキストを主題に台本を書く男は好ましからざる人物だとする勢力である。
 黒沢は長谷川に言ったそうである。
 「(宵待草)のようなあの方向がいかん。君の立場をますます悪くする。」
 かくてこの有能な臨時雇いは、「壇之浦夜合戦記」「高橋お伝」などの演出プランが日の目をみないまま、監督作品がないまま、日活を去った。
 「フリーというと気楽なような、寂しいような気がする。結局おれは、雲の上のかなたからの指令で、 手をつかれたり、おどされたりのあげく、フラれたんだよな」

斎藤正治


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