戻る
「そうねえ、似てることは似てるよね。でもソックリだと言われりゃあ抵抗感ありますなあ」岸田森・隅田がニヤリと薄笑いを浮かべた。 「白昼の死角」にはモデルがある。昭和23年、東大法学部始まって以来の秀才といわれた学生らが、制服制帽で<光クラブ>という金融会社を創立し、巨額の金を動かしたが倒産し、社長格の男は自殺した。典型的な戦後派学生の事件として世間を騒がせたわけだが、その自殺した男・山崎晃嗣は、そっくりそのまま、岸田森演ずるところの隅田光一ということになる。(鶴岡七郎らの活躍から高木彬光さんのドラマが本格的に動き出すのだ)。
当時は小学生だったという岸田さんも、〈人生は劇場だ〉〈人生清算カリ自殺〉と遺書を残し死んだ学生のことは覚えているという。何かドエライ事件があったという記憶が、スタッフから提出された新聞と写真によってズンとイメージとして広がった。隅田の死は、清算カリ自殺という事実とは違った焼身自殺という設定になっていたが、「スタントマンなしていきましょうとつぶやいてしまった。トリックとなると迫真性がなくなるし、ことにこの隅田の死は、映画のスタートであって、鶴岡らに非常な影響を与える。自分でやらねばね」という気持ちからだったが、やはり大変な撮影となった。 部屋中に石油がまかれ、腹と背中には火薬をまきつけられた。 シャンソンを歌い、踊りながらマッチを放り、カメラの前で2度回ってみせるというのだ。「顔に炎がかかったらアウトですから、ソンときは演技途中でもいいから、セットから飛び出して下さい」とスタッフから幾度も念をおされる。飛び出せといっても、<光クラブ>はビルの3階に位置する。東映大泉撮影所横の空地に、当時の有楽町界隈を再現させるどでかいヤグラが組まれ、その頂上での演技である。大丈夫かしら。 「いいですか、全員OKですね。一発勝負ですよ!!! はい、スタート!!」
火がドッと吹きあげた。黒煙がモウモウ。まだキャメラが回っている。突如、電気系統に異状が起きて真っ暗になった。「アチアチ、アチチ!!!」の声があがって、岸田さんが飛び出てきた。この間、15秒。準備の段階からスタンバイしていた本物の消防士らがドッとスタッフを押しのけて消火にあたる。 スタッフの半分も消防士の恰好をしてて、なお撮影が続行してゆくが、岸田さんの撮影は終わった。 「シナリオに書かれてる字は冷たいけど、火はやっぱり熱いよ。顔に炎がかかって世の中が見えなくなったとき、ついに声が出てしまったな。さすがに恐かったが、2回キャメラ前回ったよね!」 声がハズんでいる。 「いや本当に悪役の方が、工夫のしがいもあるし、面白いものですよ。そして病害して、歯を全部抜いたり、顔を変形させてまでっていう欲が、体中から湧きあがってくる。昔から、そんなところまでつきつめる役者さんているでしょう。 僕は舞台があるから、必死にこらえるけれど、それほどのめりこませるモメントが映画にはありますね。麻薬と似てるんじゃないですか」 油を落として着替えをしてからの話の最中も、「ホラ、まだフルエがとまりませんよ」と手を見せる。「業ってことなのでしょう」言葉は平易だが、凄じいものだ。 「ソックリということでなく、映画的に似るということでないと役者とは言えないのでしょうか」と、またニヤリと笑った。
岸田森・隅田の工夫に負けていられるか! 「役者はね、たとえ1カットだけであっても、工夫のしがいがあると感じたらダボハゼみたいに喰いついてしまう人間なんだよな」とは成田三樹夫氏。大映をスタートに東映、そして、独立プロ作品まで悪役オールラウンド・プレイヤーとして鳴らした御仁だ。こういう人の手にかかると大変なのは裏方さんだ。眼鏡1つとってもツルの太いのから細いもの、色あいも何種類も用意して、工夫のしがいってやつに徹底的につきあわねばならない。
この「白昼の死角」には、岸田、成田氏に負けぬ映画バラノイアたちが、ほんの数カットの勝負だが、演技の火花を散らしあっている。藤岡琢也・ニセ木下重役は関西なまりが抜けきらぬ旅役者だ。夏木・鶴岡の重役演技指導に七転八倒するのだが、スクリーンに現れる前撮影所で七転八倒したのは夏木勲のほう。 「もひとつ、気がいきまへんな。もういっぺンやりまひょ」とタップリのリハーサル。
パーフェクション、トンカク!!「ヘーイ!! トンカーク」 カツドウ屋の世界は決して隠語が少なくはないのだが、これには驚いた。 なにせ、あのエドワード・J・オルモスが1シーン撮るごとに叫ぶのだ。
言われた村川監督もびっくりした。カントクをひっくり返してかきまぜてのトンカク。 「最も危険な遊戯」を撮っているときに松田優作が言いだしたんだよね。しっかし誰だろうかなあ、エディに教えたのは」、と村川監督。
ゴンザレス役のオルモスの日本語は達者なものである。イントネーションは外人特有なものがあるが、何度リハーサルしてもほとんど間違えない。 「まがいなきプロフェッショナルだよね、こりゃあ。」 オルモスが来日した翌々日、朝から夜まで、数シーンある撮影が 行われたが、英語台本と首っぴき、などという風景はいっさいない。(撮影終了までそうだった。彼はホテルできちんとセリフをさらってくるのだ)
ロスアンジェルスの日系の病院で生まれ、自宅の隣も日系人、高校時代の友人にも日系人が多い。「日本に来るのが夢だった。長男の名前は、日本の歴史の本で読んだ天皇の子という意味の皇子からとってミコとつけているくらいで。日本に連れてきたら、女の子と間違われたんだけれど」 と語るエディにとって、日本語のセリフくらい簡単だったのかもしれない。それにしても、外国人に違った意味を伝えて、言葉を教えて面白がるっていうことはよくある話だが、オヤカタとかカシラなんて呼ばれるよりも、村川さんらしくっていいネーミングではないか。
エディが参加している間は、やたらブロークンな英語がスタッフの間に飛び交っていたという話は、前号の「白昼の死角」撮影ルポで伝えたが、エディの方はといえば果敢に日本語に挑戦していたわけだ。 「色気がある役者だよ、色気があるってことはスターなのさ」と村川監督がつぶやいた。 そういえば、この「白昼の死角」が終わった後の村川監督は再び角川プロデューサーと組んで、 あのトンカク呼ばわりする松田優作と出会って、大藪春彦原作の「蘇える金狼」に挑むのだ。 もちろん、松田優作も独特の色気を持つスターだから飛んでゆくのだ。
「ぴったりだ! オレのイメージしていた通りの場所だよ。こいつはいい、パーフェクト、パーフェクト!」
ロケバス隊の誰よりも早く現場に立った村川監督が叫ぶ。キャメラ・ポジションはここで、クレーンを使ってこの角度から・・・てきぱきと指示を与え、走りまわる。そのエネルギッシュな動きは、まさに「青春の欲望・野望のすべて」を丸ごと捉えてみようとする映画「白昼の死角」の演出者にふさわしい。
暖冬とはいえ港の朝の空気はさすがに厳しい。しかしスタッフたちは、一言も寒さを口にせず黙々と作業にかかってゆく。
横浜大桟橋、1月24日午前4時30分。
前号でレポートしたように、昨年末、「白昼の死角」はクランクインした。正月休みをはさんで、すでにスタッフたちのエンジンは全開となっていた。前々日には悪党仲間のひとり、ゴンザレス役に扮するエドワード・J・オルモスがロスからやって来た。音楽監督宇崎竜童によるテーマ曲の仕上げも快ピッチで進んでいると連絡が入っている。 これで燃えなきゃウソである。
そしてこの日の早晩狙いはドラマの最後を飾るラスト・シーンを撮ることにある。稀代の悪党鶴岡七郎こと夏木勲が、たった一人残った 友・太田に扮する千葉真一と別れ、外国行きの貨物船に乗りこんでゆくシーン。
キャメラを2台まわしての早撮りで知られ村川演出も、このシーンはじっくり念入りの打ちあわせ、テストがくり返される。 夏木、千葉とともに出演するのはリンカーンのコスモポリタン車。 終戦から間もない時代設定のため、かなり年季の入ったもので、ブレーキも満足にきかず、ドアもかなり力をこめないと半ドア状態になってしまう。しかも、今日はこのシーン以外にも使われる。専門の技師がリンカーンとともにやってきているが、 「夕方までもつのかね!!」
と、スタッフはひやひやだ。
夜明けるのは早い。本番一発勝負しかかけられないということで、準備万たん整えてスタッフたちは赤みを増しつつある空を見やときおりの汽笛の音が寒さとともに腹に コタえてくるのだ。 「赤木圭一郎の『霧笛が俺を呼んでいる』を想いだすな。ちょうどこんな風に外国船が停泊していて、あいつがテーマ曲の口笛を吹くんだ。オレは助監督で走りまわっていてね」
と、村川監督。口笛も奏でるサービスぶり。 「映画界には昔から、日活の監督ってのは港へくり出すと、やたら張り切るって話がありますね」と編集部。 「そうね。裕ちゃん、アキラ、哲也らみんな浜っ子映画は撮ったもんね」と監督。 「さあ、イケますよ!!!」
露出を計っていた照明部さんが怒鳴る。 ビンと緊張感が走る。活動屋にはこの一瞬が快感なんだよね、とスチルの人がつぶやいた。
無言の別れを演じる夏木と千葉。陽をうけた目がキラリと光る。船にむかって歩きだす夏木、車に乗りこむ千葉。
リンカーンが悲鳴をあげて走り出した。 「カァーット!」