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プラレス三四郎と出会って、もう半年以上すぎちゃいました。そこで、今回は、その半年をちょっと振り返ってみようと思います。
今日子との初めてのご対面は、オーディションの時、キャラ表に描かれた今日子は、あの活発な笑顔で、飛び跳ねていました。 色んな意味を込めて、「わっ・・・いいなァ!」、これが、彼女への第一印象でした。
それから約一か月後、録音が始まって――今度は、スクリーンの中で、動いている彼女とご対面。
歩いて、怒って、笑って…ああ彼女は生きてるんだっていう、当たり前のような、不思議な気持ち。
あ、口が開いた――!? 声が聞こえない・・・。この時、初めて、自分のやるべきことを自覚したような気分だった。私が喋らないと今日子は喋らない。 私が怒らないと今日子は怒らない。私が笑わないと、今日子は笑わない・・・。
これは、初めてアニメを経験する私にとって、とても大きなことでした。
この頃、三四郎役の間島さんやシーラ役の井上さんから、何回か、声を当てていくと、だんだん キャラの方から自分に近づいてくるようになるのよという話を聞いたんだけど、とても考えられないことでした。
私にとって、今日子は今日子、自分は自分でしかなかったし、まったく違う世界で生きている彼女が、近づいてくるどころか、やれば、やる程、つかめなくなって 、遠くへ行ってしまうような気さえしたこともありました。
ただ、台本に書かれたセリフを、いかにしてセリフらしく言うか・・・それしか頭になくて。スクリーンと自分の間に 、壁があって、どうしてもそれを破ることができなかったのね。全部、跳ね返ってきてしまう。もちろん、三四郎はじめ、他のキャラクターも目に入らない始末。
それが、夏も終わりに近づいたころだったかなぁ。突然、ふっと何かが消えて、なんだかわからないけど、確かに何かが、透明になったような気がしたのです。 その時、今日子ではなく、三四郎を見ていたように思います。三四郎の言葉一つ一つが心に残り、そんな三四郎を通して、改めて、今日子を見つめるようになりました。
今まで、まったく、今日子の「気持ち」を考えてあげられなかったんですね。笑う時は、引きつらないようにとか、怒鳴るときは、大声出してとか、それしか頭になくて 「何故〜?」って考えたことがなかった。それまでの私は、本当に、今日子の上面だけをかすっていただけだったみたい。 今も、まだ、彼女がつかみきれないときもあるけれど、彼女が可愛くて仕方ないのです。ちょっぴり、ぎこちないけど、手を差し出せば、彼女は笑って握り返してくれる・・・。 彼女と私は、顔も性格も違うけど、なんだか、自分の分身観たいって、そんな風に感じるこの頃です・・・。