顔

たくましい。見事に逞しい。 シガレットを挟んでいるこの手のいかつさを見給え。 これはあらゆるチャンスを握りしめ、あらゆる障害を押しのけようとする手だ。 そして優しい。柔らかく伏せた目を見給え。そこに輝いている光は一途にものごとを信じ、人の善良さを疑ろうとしない瞳の光だ。 この男=三船敏郎を知ったのは黒沢明であった。男、男を知ると言おうか。 黒沢は自作の脚本「銀嶺の果て」で、弟分・谷口千吉に託して彼を世に繰り出し、「酔いどれ天使」をもってまったく彼を掌握した。 三船は掌握されながら、この己を知る大監督の中に生きたのである。 爾来三船の辿ったザトペック的躍進を、人あるいは幸運と言い、あるいは僥倖とさえいうかもしれぬ。 無論その演技力は、大スタアと呼ばれる今日でさえ、なお間然するところない境地には遠いであろう。 鼻にかかる彼の低温は、今日まだ日本の録音機には乗らない。しかし、彼にはそれらを蹴散らすブリオがある。 ブリオの裏にユーモアがある 即ち人間だということだ。黒沢が彼に認めたのはそれであった。 好漢、イタリアへ渡ると伝えられる。彼のこのブリオとユーモアがどう開花するか、その船出に祝福あれ。


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