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出席者 鈴木邦男 塩見孝也 スガ秀実 見沢知廉 宅八郎
鈴木:鈴木邦男です。ええ、まず、僕はこの問題では、自分自身がものすごく卑怯だなと思ったんですよ。まずはそこから話します。卑怯というのは、みんな、負け馬に乗りたくない、どうせなら勝ち馬に乗りたいというのがあるじゃないですか。やっぱり僕にもそういう所があった。 警察は滅茶苦茶なことをやっているけど、どうも言いづらい。報道も半分以上、もしかしたら9割以上が嘘かもしれないと思いながらも、やっぱり、そういうことを言うと、何だ、オウムの味方をするのか、とか、サリンで死んだ人たちを可哀そうだと思わないのか、という雰囲気になってくる。 これは、大東亜戦争の終わりごろに、もう戦争をやめようというと、じゃあ、そのために死んだ何十万、何百万の人たちに対して、なんて申し訳するのか、と言っていたのと同じですよ。有無を言わさない形で、冷静な議論ができない。これはまずいと思いました。 で、たくさんもSPAで村井さんの事を書いてますが、この事件で、僕も踏ん切りがついた。警察やマスコミの垂れ流し情報で人が死ぬようなことがあっていいのか。もし殺されたのが村井さんではなく、麻原さんだったら、殺した方がおそらく英雄扱いされていたでしょう。 これは、マズイ。人を殺して英雄になるなんて言うことが合っていいのか。
見沢:僕も殺しましたよ(平然と)
場内(どよめき上がる)
スガ:それでは次は、小説天皇ごっこの作者の見沢知廉さん。この人は、 SPAの鈴木さんの連載コラムを読んでいる人は知っていると思うけど、スパイを殺しちゃった人です。
見沢:見沢知廉です。一水会でのホーリーネームはアーナンダ。
場内:(どよめき上がる)
見沢:まず、僕がこの事件で思うのは、あの紫色の制服ですね。それは、オウムの服ではなくて、機動隊の事です。テレビを見ていると、あれがばーっと出てきますね。あれを見てしまうと、もう理論的な問題以前のところで、心情的に血が逆流してしまいます。 なんでかというと、78年、成田空港管制塔襲撃事件というのがあって、当時、僕は左翼だったのですが、その時、国家と喧嘩したわけです。また、82年には統一戦線義勇軍で、一連のゲリラとかテロを展開して、これもまた、国家との喧嘩でした。 それで、実際に国家権力と喧嘩すると、いったいどういうことを去れるかというのを身をもって分かっているわけです。24時間の監視、尾行、盗聴、こういうことを全部やられるわけです。実際、パクられてみると、 取り調べで公安に聞かされます。お前はいつ、だれだれと会っていたなとか、いつも何々の店に行くなとか、よくどこどこの公衆電話を使うなとか、公安は全部知っているわけです。 また、別件逮捕とか無差別のがさ入れとか、そういうことを僕自身もやられてきました。カルト一般、特に統一教会なんかに関しては嫌いですが、たとえカルトであろうと、オウムであろうと、あの機動隊の隊列を見てしまうと、そっちの方に腹が立ってきます。
場内 (一部から、「そうだ」、という声が上がる)
見沢:また、もうひとつ。それは、井上容疑者の事です。彼は今、逃げていますが、彼の心情も理解したくなってしまう。彼の麻原に対する思い入れに関して言えば、ある種、美しいとも思えるわけです。 つまり、2・26事件を起こした将校たちの天皇に対する思い入れと同じようなものがあるんじゃないかと。
場内 (どよめき)
見沢:彼にとって麻原というのが天皇陛下と同じ存在ならば、その心情は理解できる。その天皇のために命を捧げる。死刑になってもいいというのならば、それはそれで、美しい。 いよいよ、麻原逮捕という時、井上君なんかは、「俺たちに明日はない」みたいに銃撃戦でもやるんじゃないか。それは、かっこいいんじゃないかと思いますね。 それと、もう一つ。今、捜査は公安主導で進められてるわけですが、この前、義勇軍の連中がオウムの事務所にヴァジラヤーナ・サッチャというオウムの機関紙なんかを取りに行ったのですが、そこに名刺を一枚置いてきただけで、公安は大騒ぎするんです。 僕の家にまで来て、ドアをガンガン叩いて、「お前らはオウムと組むのか、とにかく開けろ」と20分近くもやります。僕は、「そんなことは知らない、帰れ」といったんですが、もう、ドアをガンガン叩いて辞めない。そのうち、「おい、近所迷惑だから、早く開けろ」と言ってきます。全く、近所迷惑なのは、そっちじゃないか。
場内 (爆笑)
見沢:ともかく、公安というのは、そういう連中です。
塩見:今、鈴木さん、見沢さんの意見をお伺いしたんですけど、まず、権力及びマスコミの動向とその分析はほぼ一致します。
・・・見沢:・・・先程、コメンテーターの話がありましたが、実は、先日、一水会で江川昭子さんに公演をやってもらいました。 彼女は元々人権活動家なわけですが、公演会でも完全にてんぱっていて、これは内戦、内乱なんだから、何をやってもいいんだ。先に手を出したのはオウムだとか言うんですよね。 人権活動家がここまで行ってしまうというのは、もう、これは体制翼賛会そのものでしょう。塩見さんから、民衆が危機の中にいるという話がありましたが、この体制翼賛会も現実に進行している大変な危機です。 ここにオウムの機関紙サッチャを持ってきましたが、なかなかこれが知的な雑誌で面白いのですが、この中にこうあります。1935年に大本営弾圧があって、36年に2・26事件、37年に日中戦争。そういう風に、日本のファシズムは進んでいったと。実際、こういう側面はあると思いますね。 この政界再編の中でも、唯一の野党として頑張っていた共産党にしても、オウムの件に関しては、警察もっとやれ、もっとやれでしょう。だから、塩見さんのように、この状況の中でサリンの恐怖を煽るっていうのも、これもまた危険だと思いますね。
宅:コメンテーターで言うと、僕は、瀬戸内寂聴よりも江川紹子の方が問題だと思います。世紀末的と言えば、「女性自身」の表紙に出ちゃったのも、世紀末ですよ。 毎日毎日、テレビに出ていますが、日に日に口紅が濃くなっている。これは終末的です。
場内 (笑い)
宅:有田芳フに至っては、デタラメそのもの。村井さんを刺殺した徐容疑者が韓国籍だというと、それだけで「きっとテコンダ―の達人ですね」なんてコメントしてるんですよ。 ただ、韓国籍というだけで、ですよ。
場内 (大爆笑)
宅:僕がとにかく問題だと思うのは、なぜ、この国の人たちは、安直に、全肯定か全否定しかできないのだろうということですね。悪い奴は徹底的に悪い、全部悪いと思おうとする。 そして、オウムを糾弾することは正義である、というような・・・僕は、不当であることは我慢できない人間だし、卑怯であることも絶対に許しませんから。ふっふっふ
鈴木:処刑ですか
宅:ええ、処刑しますよ。
見沢:やり方、教えますよ
場内 (どよめきと、「怖い」という声)
・・・見沢:左翼の問題もいいですけど、実際、オウムにしても、幸福の科学にしても、統一教会にしても、 非常にオルグが巧みで、大学でも新入生とかを、どんどん持って行っていくんですよ。それで左翼も右翼も退潮してしまったというのがあります。 要するに、特に民生上がりの人たちには、島を荒らされたっていう恨みがあるんじゃないですか。僕は、このオウム事件で、言っちゃあ悪いんですけど、一つだけよかったと感じることがあります。 これで、宗教の時代は終わるんじゃないかと。 かつて、新左翼が華やかだったわけですが、それは連合赤軍で終わってしまったじゃないですか。その時親たちは、政治だけはやめてくれ。宗教くらいなら、まあいいけどと言っていたと思うんです。 だから、この事件で、宗教だけはやめてくれ。政治なら、まあいいけど、ってなるんじゃないかって。
場内 (爆笑)
鈴木:それはあまい
見沢:いや、絶対そうなりますよ。だって、うちの親はそうですよ。「お前、一水会でよかったね。オウムでなくてよかった」って言っていますよ。
場内 (大爆笑)
鈴木:君の場合は、オウムの方がよかったんじゃないのか。
塩見:今の見沢君の状況分析に関しては、私は全面的に賛成です。 確かに連合赤軍問題で、それまでの戦後の民主的な運動というのは行き詰ったというのは、そう。そのあと、行き場のないものが、宗教に行ったというのはあると思うんですよ。
見沢:一水会の時代は、来るんじゃないですか
塩見:私としては、一水会と赤軍派なんかがね、今は、過去を総括して、いろんな形で一緒にやっていける時代が来たと思っていますよ。
見沢:最近、一水会と赤軍派、ものすごく仲いいんですよ。この前も北朝鮮で、よど号の連中と会って意気投合して帰ってきましたし。塩見さんとは年中あってるし。連合赤軍の人とも会ったし。
スガ:見沢さん、そういうのは、ハッキリ冗談だと言わないと、塩見さんは本気にしちゃうんだから。
見沢:僕も本気ですよ。一水会と赤軍派、一緒になって革命をやるんですよ
場内 (「おおーっ」というどよめき)
塩見:スガさんこそ、そうやって、いつも冗談ばかり言っているから、物の本質が見えないようになっているんだよ。あなたはね、あぶくの上を漂流しているだけなんだよ。
:本質的なことって何ですか。僕はね、オウムが修行のために肉を食わないで野菜ばっかしというのはいいと思いますけど、北朝鮮で肉が食えないというのは、これは問題だと言っているんですよ。
見沢:ちゃんと食えますよ、僕は食ってきましたよ。
スガ:北朝鮮のように 丸ごとで肉が食えないっていうのは、やっぱり問題ではないかと言いたい。
見沢:刑務所だって、肉は食えないですよ。日本にだって、裏の部分はあるんですよ。
場内:(ひややかな笑い)
宅:そんなこと言ってて、どうするんですか。要するに、スガさんの言っていることは、自らの意志で食うなら食う、食わないなら食わない、それならいい、そういう意志を大切にしたいって言うことでしょう。
スガ:そう、そう、そう。そもそも僕は、塩見さんのような単純な権力概念は持っていませんよ。
塩見:権力の支配だとか言ってるでしょう。そういう問題はね、僕にしても見沢さんにしても、とことんまで肌に染みついているんですよ。ほとんど体質にまでなっていて・・・。
見沢:所で宅さんは、国松テロとか村井テロとか、美しいとは思わなかったですか
場内:(ひややかな笑い)
宅:まず国松警察庁長官ですが、丈夫だなあと思いましたね
場内:(大爆笑)
・・・見沢:・・・しかしですね、視聴率は実際上がってるわけですよ。ああいう刺殺のシーンなんかが出ると。僕も好きだから、ビデオにとって何度も見てますが。 国松テロも含めると、今回は多種多様なテロがあります。霞が関や新宿のような大衆殺りくにつながるテロに関しては、まったく共感はもてませんし、大衆も嫌悪を抱きますが、刺殺だとか、狙撃というテロルは、大衆は好きなんですよね。非常に残酷なものなんですよ。 大震災では、確かに死体はそんなに映らなかったけど、死者の数は、毎日毎日出てましたよね。もうすぐ5000人だ、頑張れと言わんばかりに。 僕は、あれも非常に残酷だと思いましたね。ボロボロになった家の前に観光客が記念写真撮ってたりもしてたし。
・・・見沢:ともかく僕は、オウムは戦略を間違えたと思いますね。サリンなんて作らないで、初めから核を保有すればよかった。まず核武装して、それで独立を宣言する。そうすれば、沈黙の艦隊みたいに大義が出来たのに。
場内:(おおーというどよめき)
スガ:世界同時革命論者の塩見さん、今の意見についてはどうですか
塩見:世界宣言やって、それからサリンを蒔けば筋が通ると見沢君は言ってるけど、空想の世界では、それでもいいですが、それは社会革命論ではなく、単なるクーデター論ですよ。
・・・塩見:テロの問題ですが、テロをやるにしてもね、人民の利益というか、人民の側に立って、人民が生きていくうえで、どうしても権力がそれを阻害しているという場合には、ありうる。 しかし、ただ、殺すこと自体を一つの美学だとかいう形で描くとしたら、それはとんでもないことです。見沢さんは、スパイを殺したわけでしょう。見沢さんから見たら国家権力のスパイだった。そういうことであるならば、それはそれでわかる。
場内(どよめき)
鈴木:(顔をしかめる。)
見沢:人民を主体に考えるのは正しいとは思います。それは右翼も同じです。 しかし、我々、これは塩見さんも含めてですが、我々は武装革命とか武装蜂起を考えているわけですよね。
場内 (どよめき)
鈴木:(顔をしかめる)
見沢:思想的にはオウムは間違っていますが、ロシアと組んで武装する、核の保有を追求するというのは、これは軍事的に正しい。 絶対に正しい。革命を主張するのであれば、こういう武装から日和ることは許されない。オウムがロシアと組んだなら、僕や塩見さんはイラクや北朝鮮と組んで武装すべきだ。
場内 (「おおー」というどよめき)
見沢:だから、これだけ武装したという点については、オウムにも学ぶべきところがあるんじゃないかと思いますが
場内 (一部で拍手)
塩見:見沢さんは「人民が起点だ」とおっしゃりますが、一水会の場合、民族というのを出されているわけで、民族と言っても資本家から労働者、農民と色々いるでしょう。 そのどこに軸を置くかということですよ。人民に軸を置くのであれば、資本主義を科学的に批判し、労働者の利益を守るという形で民族の利益を守る、そういう立場に立たなければいけない。そういう形で武装蜂起するのであれば、私は支持しますよ。絶対に支持する。
・・・宅:文学は、明らかに力がないなと思います。だって、現実の方がすごいじゃないですか。ものすごい現実をなぞらえてお話にしたところで、意味は感じないし、例えば僕なんかも、罪と罰や悪霊並みの文学的人生を歩まなければならない局面に立たされていますから。 文学には関心ないですね。
見沢:僕も現代文学には興味ありません。立松和平さんは殺人の経験がないからかけないんでしょう。
場内 (ええーという声)
見沢:いや、経験があればいいってわけではないけど、でも僕は、新潮の編集者に言われてましたよ、貴方にしか「悪霊」はかけないって。
鈴木:ほーう
スガ:編集者が無能化してますからね。見沢さんの小説については、僕は思想史的には非常に意味があると思うけれども、小説としてはとんでもなくへたくそですよ。
場内 (ひややかな笑い)
見沢:そういうことは公の席で言わないように
塩見:スガさんは文学には力がないというけど、独断したらいけない。文学は文学で人間の本質に、政治以上に迫ることもあるでしょう。 横尾さんがおっしゃったように罪と罰の問題は、今度のオウム問題とどれほど密接かどうかは僕にはわからないけども、力がないと独断で決めるのはよくない。
スガ:塩見さんは19世紀的な文学青年なんですよ。文壇の馬鹿どもが何を書いてるかというと、ここに大江の「燃え上がる緑の木」があるんだけど、その教団とオウムは全然違うっていう書評しか出ないんだよね。 バカとしか言いようがない。オウムと大江が似ているって言うことの方が、今は大事だし、大江のためにもいいことです。
見沢:それは作家でなくて評論家がバカだからでしょう
スガ:そうですね。そういう意味では大江さんは優れている。ドストエフスキー的な小説とは全然違うけど。
見沢:違いますね。
塩見:大江さんは連合赤軍問題でも、そういうテーマを掘り下げているしね、関心を持っているんだろうな。
見沢:関心は持ってるだろうけど、やはり経験がありませんから。
場内 (ひややかな笑い)
見沢:日本の場合、インテリが文学書くのが間違いなんですよ。明治以来、文学がお遊び的な感じで来ている。欧米の大作家と言われる人は、みんな刑務所に入ったり、ジャンキーだったり同性愛者だったり、そういうのばっかりでしょう。ジュネとかボードレールとかドストエフスキーとか。そういう連中が本当だと思いますね。
スガ:大江さんは、かなり変ですよ。
見沢:そうですね。いや、だけど「悪霊」はかけない、「悪霊」はスパイを殺したじゃないですか
場内 (どよめき)