噂の女性・真帆志ぶき別れたあとの中尾の生き方は・・・・真帆志ぶきと結婚か?真帆志ぶきとの噂のなかで1年...独占速報
中尾彬と真帆志ぶきの仲が取りざたされるなかで、かなくに沈黙を守ってきた妻・茅島成美がついに「忍耐の限界」に達し、初めて自分の心情を語った。それは、もう後には戻れない��離婚�≠フ決意であった。
「耐えつづけたすえの結論」
夫婦の危機はまえまえからささやかれていた。中尾彬(33歳)は、つね日ごろ「役者は純粋に生きる「必要がある」ということを口にしている。
その言葉どおり、彼は茅島成美(38歳、女優)と結婚後も、その茅島との間に一種の学クン(4歳)が生まれたあとも、「純粋に生きる」ことをやめなかった。
吉永小百合との噂が人の口にのぼったこともある。藤田弓子、大谷直子らも、中尾の恋人”だ。
中尾をめぐるはなやかな噂がこぼれるたび、気にかかるのは奥さんの茅島成美との夫婦仲であった。
しかし、それによってこの夫婦に“危機”が流れたことは
「また彼の悪い虫が騒ぎはじめただけだわ。私、彼を信頼しています」
成美夫人は、そのたびに笑うだけだった。
しかし、ことしに入って事情が変わった。元宝塚スター・真帆志ぶき(42歳)が、新しい中尾の恋人"として登場するにおよんで、夫婦の危機はぬきさしならぬ段階に入ったといえるだろう。
中尾と真帆との出会い――それは昨年の7月だったといわれる。
宝塚映画に出演していた中尾が、偶然のことから真帆とスナックで顔を合わせた。
ふたりの仲むつまじさが世間の噂にのぼるようになったのはそれからである。
9月19日、真帆が突然宝塚退団を発表したのも、この噂と無関係ではなかったかもしれない。
ふたりのただならぬ仲�≠�目撃した関係者もひとりやふたりではない。そして京都で、大阪で、中尾が「おれは女房と別れる!」と、酔いにまかせて公言したとも伝えられてきた。
このふたりの"愛"は、ことしに入ってなかば公然たるものになった。
《彼に妻子がいても私の愛は変わらない!!
このようなショッキングなタイトルのもとに、真帆の告白が女性週刊誌の誌面を飾ったのは、この5月初旬のことだ。
いっぽう、真帆との愛を認める中尾の発言も週刊誌をにぎわした。
こうしたなかで、ただひとり沈黙を守ったのは成美夫人である。離婚説が取りざたされるなかで、彼女はむしろ、夫の中尾を積極的にかばった。離婚説を否定するばかりでなく、中尾の浮気を認める(?)寛容さを見せるとさえあった。
だが、彼女のそのような寛容にも、限界がある。いったん彼女が離婚を決意したそのとき、この夫婦の愛は、すでに過去のものであった・・・・。
これまで、かたくなに沈黙を守ってきた成美夫人が、いま赤裸々に離婚を決意するにいたった心境を本誌に明かすのである
「夫はことし家で寝たことがない」
「私、考えてみて、われながらよくがまんしたとつくづく感心するんですよ」
彼女は、意外と明るい表情で語りはじめる。この彼女の明るさは、いい意味にも悪い意味にも、ついに踏ん切りをつけた心の安らぎから生まれたものかもしれない。
彼女は、淡々とした口調で、この1年間の夫婦の軌跡を振り返る。
「彼はことしになってから、一度も自分の家で寝た夜はありません。1か月に1回、いえ、2か月に1回くらい帰ってきても、何かと口実を見つけては、すぐ出ていってしまうんです。
もう、私のがまんが彼に通じなくなっちゃったんですね。忍耐しようにも、その理由がなくなったんです」
夫の浮気に対して寛容だった彼女が、徐々に心を閉ざしていった直接の原因は、中尾という人間の微妙な変化にあったようだ。
「私、たんなる浮気だったら、本当に許せるんです。でも、こんどは違うんです。私、なんとなく許せないな、と感じはじめたのは、昨年の夏の終わりごろからでしょうね。
そうなんです、真帆さんとのことが週刊誌に取り上げられるようになったころからですよ。
中尾はこれまでだと、いつも自分のペースで女のヒトとつきあっていました。でも、こんどはそれが違うんです。どちらかといえば、真帆さんのペースにひきずられちゃって、自分を見失っているんですね」
真帆と親しくなっていらい、中尾は機会を見つけては、関西に出向くようになった。仕事もめっきり京都、大阪が多くなった。当然、自宅に帰ることが少なくなる。
「はじめは10日おきくらいに、着替えを持って帰ってきたんです。だけどそのうち、帰ることも少なくなってきました。最近では帰ってきても、もう洗濯物さえ持ってきませんでしたね。けっきょく、わざわざ東京に持ち帰る必要がなくなったからでしょう。
そういえば、こんなこともありました。中尾が持ち帰ったバッグを開けて、下着など洗濯物を取り出そうとしたら、その中から1枚のメモを見つけちゃったんです。朝食はパンをトースターにセットしてあります。冷蔵庫には何々が入れてありますというメモなの。
私、そのときから彼の下着を洗濯するのにさえ抵抗を感じるようになっちゃったんです」
しかし、その中尾も、ついにはほとんど帰らなくなった。
「どこにいるのかわからないんです。急な連絡があっても、行き先がつかめないんです。とうとう5月には、千葉にいる彼のご両親に来ていただきました。私の父母から話をしてもらったんです。
そのとき、中尾の母は、畳に手をついて涙を流し、申しわけない"といってくれましたが、私の気持ちはもう冷え切ったものになっていました・・・・」
真帆志ぶきの発言が決定的原因
彼女が中尾との仲をもう戻らぬものとひそかに決意したのは、すでにそのまえ、1月ごろだった。
彼女が中尾と真帆の関係を決定的に「許せない」と思ったのは、間接的に彼女の耳に入った真帆の発言であった。つまり中尾を現在のような男にしたのは妻である彼女の責任だと。
他人の家庭のことにまで、とかくいう資格はないと成美夫人はいうのだ。
「いちばん悩んだのは子供のことです。私が離婚することは、学に不幸な運命を背負わせることですからね。私、ずいぶん悩みました。
でも、学だっていつかは気づくときがあります。こんなジメジメした暗さのなかで育てるよりは、いまここで離婚に踏み切ったほうが、子供の将来のためにはいいのかもしれない。私、こう思ってやっと決心したんです。
ただ、いまになっても彼は、私の前で1度も“離婚"とか"別れてくれ”という言葉を口にしたことがありません。
ずるいんです。自分からはいわないけれど、そんなふうに私にいわせるように仕向けてるんです。"もうこれ以上はがまんできません。別れましょう”・・・・けっきょくは私に、こんな言葉をいわせようとしたんですよ。これがいつもの彼のやり方で、私の母なんか”ヘビのナマ殺しだ"と怒ってますけどね」
ことしになって中尾は、毎月彼女に渡していた生活費もとぎれがちになった。成美夫人が女優としてカムバックした動機のひとつには、こうした経済的な不安感もあったのだ。
ふたりはまだほとんどの問題について深く話し合う機会はもっていない。夫人は、数日中に両親とふたりのマネジャーをまじえて彼と最後の話し合いをするという。それを目前にひかえて、いまキッパリとこういうのである。
「私は、妻として当然のことをしてきたと思っています。でも、どう自分が耐えてみても報われないのですからしかたがありません。もう、どんなことがあっても私の決意は変わりません。
ただ、中尾にはいい役者になってほしいと思いますね。学が大きくなってから、あれがぼの父親なんだ"と誇れるような役者、学にみじめな思いをさせないような役者になってほしいと思っているんです」
別れたあとの中尾が、真帆志ぶきと結婚するか、しないか―それは彼女にとっては「まったく無関係なこと」と寂しく笑っていた。
離婚にさいして、彼女が絶対ゆずれない線、それは学クン自分の手もとにおくことである。
|
戻る