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鈴木氏があちこちで書く、義勇軍のゲリラもエスカレートし、遂に新右翼の最も過激な人間が、一水会、義勇軍もやめて連合赤軍的な〈新党〉を作ろうとして、そこに元新左翼も入れたら、そ の一人が挙動不審だとして元左翼同士が内ゲバ的に勝手に殺し合い、一水会・義勇軍と関係ないのに徹底的に弾圧された、という百八十度ひっくり返った珍解答を筆頭に、一水会・義勇軍と対峙したネオナチ系右翼が、事実上後見役をしていた愛国党系のKとTを自首させるべく、元公安刑事(これは後でわかったのだが。結局この公安OBが、迷うネオナチのリーダーを自首しかないと説得してKとTを引率して本庁の公安部に引き渡し た)と「―――という訳で、この二人は何もわからずただポカンとして、巻き込まれただけだから。それと、あくまで改治色も政治的理由もなくて、ただ悪口を言われた元過激派の二人がカ ッとしてテロッただけ??という風にね」と確認。自首した二人にも、スパイだ査問だと政治的思想や信条でしたと言えば、裁判も長びくし絶対単純犯罪よりずっと刑が重くなるから、「悪口を言われてカッとした二人が衝動的にやった。だからこっちは右翼としてそんなことは恥だから、こうして正々堂々と出てきた」と言え。調書は口裏合わせて二人同じにして、とにかく一刻も早く作れ。最初の調書が 一番強いんだ―と"指導"した。 初日の荒調書が報道になるから、新聞、テレビなどのニュースにはスパイのスの字も出ず、 (悪口を言われカッとなってやった)事件と判断されたので、記事も小さく冷笑的で、宮本顕治や永田洋子のように、(政治犯というより、 その人格異常からやってしまった人殺し)という致命的な烙印を押され、他の全右翼から罵倒されても反論など許されず、 永遠の闇に消えた――。
前述の報道をもとに書かれたものも、(kは他の右翼団体に出入りしていたyがkと見沢の悪口を言ったことに立腹して、 4人で連行して晴海祈祷で暴行を加え、中央高速道の安全地帯で始末し、 山梨県富士樹海に遺棄した。kとtは怖くなって署に自首した。一方見沢は、木村、井川らと富士樹海から運び出し、15キロ離れた朝霧高原に埋葬した――。 右翼辞典、と、もう、あんまりと言えばあんまりで、深い失意に獄中で何度悔し涙を流したかわからない。
ただ、では私も連合赤軍の坂口氏や永田さんのように、事細かに事件の記述やルポをしたらいいのかというと、それは文学者としてできないし、 いかに金に困っていたり、強い要請があっても これまでノンフィクションやかなりの量描いたサブカルムックや雑誌寄稿は言うに及ばず、 文学でもまだ記述総括するだけの力量がないので、結局、何も書いてない。 テロルか文学どちらかの成就にこの不出来な一命投げ出して、大きな影と刺し違え、 そしてペンか剣に愛でられながら、その山の中に埋まって戦死するのが私の一生の夢であり 身体を壊し血を吐いて倒れ、文学も政治も休んだ97〜99年を除いて、その夢を獄中でも非転向、組織離脱書サイン拒否と仮釈拒否、 あげく独房に10年近く叩き込まれることで何とか死守したことを話した。