茅島成美(中尾彬の妻)
6月17日、最後の話し合いが終わったあと、あのひとはこういって、私たちの家を出ていった。 「ちょっと飲みにいって・・・」 語尾がにごっていた。 ドアのところまで送って出私が、 「さよなら」 と、いわなかったように、あのひともまた、 「元気で、な」 という言葉を使わなかった。 だが、あのひとが行ってしまったあと、はじめて、私の目に涙がどっとあふれてきた。 私たちは8年のあいだ一緒にいた。 何か事があったとしても、その長い間一緒にいたということで、この形のままふたりのどちらかの死がくるまで暮らしているのだと思い、そのことになんの疑いももたなかったのは、私の誤りだったろうか。 けれど、いまになると私にも、いままでの生活が自然ではなく、あのひとがほかのところに行かずに私と暮らしていることが、そのことのほうがどんなに無理であったかを考え、理解することができる。
あのかたがつけた爪の跡を見るたびに
「なぜ、あなたを捨てたのでしょう」 人は私にそういう。 しかし、この言葉は私にとって無縁である。 長い間、私のところにとどまっていたことが、あのひとの私に対する思いやりだったのだから。 たしかに、私はあのひとに捨てられたといえるだろう。 けれど、私はいま、すこし悲しくない。 あのひとが、ふいに出ていったのではなく、こうして幾月も、別れる日のために心の支度ができたことで、そのことに馴れることができたからである。 それに、悲しんだりするのには、あんまり時がたち過ぎてもいた。 だから―― 私の目にあふれた涙は、けして苦いものではなく、むしろ、私の心を甘く包んでくれた。 強がりではなく、あのひとが去っていく光景を瞼の裏に浮かべても、心は動揺しなかった。 それは長い旅行に出かける人を見送る気持ちに似てさえいた。
子供という共通の心掛りが
去年の秋、私は死のうと思っていた。 朝に夜に、私は死ぬことばかり考えていた。 いま思うと、私のそのときの心理くらいおかしなものはなかった。 あのひとが、あのかたとの情事に費やしたのと同じ分量 決心することにそそいでいたのだから。 が、私は死ぬこともなく、冬を迎えた。 それは、けっして死ぬことが恐ろしかったからではなく、死に対する情熱よりも先に、あのひとに対する私の情熱が急速に喪われていったかである。 あのかたがつけた爪の跡をあのひとに見るたび、私は嫉妬より、嫌悪を感じた。 むしろ、嫌悪のあとに、嫉妬に似た感情が走った。 私は自分のこの気持ちがいやであった。 もっと素直に、嫉妬できたらと思ったりした。 なにかこの気持ちと取り替えるものがあったら取り替えたい―― 考えることといったらそのことばかりであった。 私は自分の力でできるかもしれないと思われる、あらゆることを考えていた。 そしてようやく、その一番の解決は、私があのひとを嫌いになるしかない、ということに気づいた。 そのことに気づき、私が死ぬことをやめてから後、同じ家の中にいて、私たちはときとすると、遠いところにいるような気持ちに襲われることがあった。 生活の形式は以前とまったく同じことなのに、ただ、私たちのあいだにとり交される会話だけは、ある感情を省略して行なわれた。 そのときから私は、私の中であのひとを喪失したのだと思う。 人は、ことに女は、ひとつのことを決心するまでに、なんと多くの時間を異やすことだろう。 私の流した涙の量は、あのひとが情事のために流した汗の量の数倍に違いない。 しかし、それでもなお、よそ目には、私たちは結構仲のよい夫婦であった。 実際にもまたなにひとついい争うことのない、理解のゆきとどいた夫婦だった。 たとえ、あのひとが完全に私の中で失われていたとしても、あのひとが私たちの家に帰ってきさえしていたら、このような形は、もっと後の日に用意されたことはたしかだったと思う。 どんなときでも私は、4才になる学のことを考えつづけていた。 それは、あのひとも同じだったはずだ。 私たちのあいだには、いつでも、学の人生という共通の心掛かりがあった。この心掛かりもまた、私たちのあいだを繋いでいる一つの絆だった
不倫の恋に対する彼一流の哲学!!
彼女が苦しんだ"というその秋。本誌は『真志ぶきと中尾彬の衝撃の愛」をスクープしていた。(本誌49年10月25日号) そのとき、六本木の喫茶店の片隅で、中尾は本誌記者のインタビューに答えた「つまり、私と真帆さんは意外な結びつきなんでしょうねそれで、横から見ている彼女のファンにしろ、歌劇の下級生にしろ、その辺から噂はでているんでしょうね」 真帆ぶきをかばうためかまた不倫の恋”はけっして語るまいという、彼一流の哲学のためか、ふたりの関係については否定的な言葉で始した。 だが、その言葉の端々が、微妙なニュアンスで包まれていたことは否めない。 宝塚では、この噂は蔓延していますよ。 「うーん、そんなに?」 宝塚に行って聞いてみたらどうですか。 「あす、行きますけどね。それは楽しみだなあ」(笑) 万事この調子のオトボケだった ーー最初、会ったのは?7月でしたね。 「私は6月から宝塚映画に行っていましたからね。私が飲んでいるところに来て、『あ、しばらくです」 -会ったことがなくても、会ったことがあるような錯覚をすることが、役者にはあるんです。 『飲みませんか、一緒に』 と、えんえんと話しましたね。別れぎわに、また、お話しましょうきっと、また話ができると思ったことは事実です」 それだけですか? 「まあ、噂になるんでしょうね、そういうことは。(考え込むようにして)噂になるのはあたりまえですね。 それは認めます。 いままでで、好きになった歌手は、彼女をおいてないですね。 私は彼女のファンなんです。いや、ファンというのもおかしいな。何度か会っているうちに、“噂”になるだろうと話し合ったし、覚悟もしていたんです」 いささかも、恋の感情に頓しなかったというふたりが噂になることを話し合い覚悟もしたというのだから、おかしな話だった。 インタビューの再録を続けよう。 ーー結婚の意思は全然ありませんか? 「だれがですか?」 ―あなたが 「私が......」 -いってないんですね、結婚したいとか、するとか。 「彼女が結婚するんですか」 ーー彼女と中尾さんが。 「私が、なんで結婚しなくちゃいけないんですか」 ――これから、すすんで・・・・・・ 「さあ、でも私には家庭というものがありますからね」 いかにも、愛妻家にしてブレイボーイという、奇妙な風評のある彼らしい発言だった 「退団のことは、私も週刊誌を読んで知っています。 彼女がいう退団理由ですが宝塚では触れてはならないものに触れてしまった"というね、うまい表現だと思いましたね、これは。 と同時に、これはきっと、オレのことだと受け取られるのではないかとも思いましたよ」 恐ろしいまでの自信だった
昨年8月真帆は熱烈なエアメールを
このインタビュー中、中尾は、ときおり満足そうな顔をすることがあった。 恋人の心持ちを、だれかれから伝え聞いたとき、人が見せるあの笑顔に似ていた。 まるで、記者の質問で真帆に対する愛を反芻し、楽しんでいるようにさえ思われたものだった。 「しかし、(退団は)私が原因ではまったくないと思いますね。 私が原因だとしたら・・・・・、かりに、私の前に好きな人がいたとしますね、いたんでしょうね。 そうしたら、年中やめていなければならないでしょ」 彼はかすかに笑った。 真帆志ぶきのなかに確実に存在し、後にも先にも、彼女が男”と呼べるのはオレだけだということに、裏打ちされた発言のように思われた。 そして、そのことは自分しか知らないのだという、秘密めいた甘美な思いが、その時彼にかすかな笑いをもたらしたに違いなかった。 ーー奥さんも、真帆さんとのとはご存じなんですね。 「知っていますね。私が真帆さんに熱心であることは。 でもね、デキてたら隠すでしょうね。いままでの浮気がそうだったんだから」 ーー結局、真帆さんに魅かれる部分というのは? 「同じ言語をしゃべるという笑ってしまうほどか、説明することなどいらないんですよ。これは楽ですよ。女房より愛した誰よりも楽ですね。私にとって初めての経験です」 そして更に、「オレたちの仲・・・なんといったらいいのか。恋でもない、といって、愛でもない。オレにもわからない・・・」 インタビューはここで終っている。 その後の取材で、真帆に近い人は「中尾を知るまで、彼女は男性を知らなかったはずです。彼女、男性をあまり好まなかったんですよ」と証言する。 真帆の中尾に対する気持ちは、42才の思慮分別をもってしても押えることはできず、ただ昂まるだけだった。 彼女は、昨年8月10日に出発した旅先のヨーロッパから、 『あなたからプレゼントされたユニバーサルの時計と一緒にヨーロッパを回っています早く帰ってあなたに会いたい」 という大意の手紙をはじめ何通ものエアメールを中尾宛に出していたのだ。 そして半年がたつ。
自分だけが傷つかないあの男が厭!
茅島成美の独白
去年の秋からはじまった私たちの、断末魔ともいうべき気持ちのことを考えると、なんといっていいかわからない 夜遅く、不意にあのひとが外から帰ってくるの音が聞こえると、私はふたりが初めて一緒になったころの、違い昔のことを思い出すことがあった。
幾人もの女性と関わりを持ちながら、それでもあのひとは、必ず私の待っているところに帰ってきた。 家庭人として、けっしてふさわしい性格ではないあのひと知ってはいても、ほんとうに家庭を捨てるとは思ってみたこともなかった。 その原因になったあのかたの魅力について、いつだった私は聞いたことがある。 10才もの年齢差、そして、噂されている同性愛のことなどを。 するとあのひとは、懸命になってあのかたの弁護をするのだった。 それは被害者であるはずの私が、ふと笑ってしまうほど少年のようにムキになって。 (あのかたの前で、このひとはいつもこんなふうに情熱的なのだろう......) 人間の感情くらい不思議なものがあるだろうか。むしろ堂々ともいえるあのひとの、あのかたへの讃美を聞いていると、私は心底おかしさがこみあげてくるのだった。 こんなふうに、私の中で、私たちの別離はごく自然に行なわれていった。 秋になって、木の葉がその枝から落ちるのと同じようにそのことに苦悩があったとしても、それは木の葉の枝から離れる瞬間のあの、かすかな痛みに似たものだった。 こんなことがあった。 それは、あのかたの写真を見たときのことだ。 それまで私は、あのかたの名前は知っていたが、その容貌を明確に思い描けるほど、あのかを知ってはいなかった。 雑誌のグラビアにあのかたは笑顔を写していた。思いきりカットした髪を赤く染めて「大きな目と、いたずらっぽいところのあるその顔を見た瞬間に、あれはなんという気持ちの変わり方だったろう。これがあの、その瞬間まで、自分の苦悩の対象になっていた人なのか、肌の色、髪の色まで知ることを恐れていた人だった。かと思うと、私の気持ちは不思議なほど静かになった。このひとに自分の夫を奪われたという感情はなかった。 私はなんとなくあのひとの情事を理解できたと思った。 私は、あのひとが私を忘れて、このひとのところに行く気持ちがわかるような気がしたのだ。 あのかたの心が持つ、ほとんど子どものもののような素直さが、私の心を深くとらえたのだった。このひとと争って、ひとりの男を奪い合う"という気持ちは、そのときから完全に私の中から消滅した。 多分昔の私もまた、あのかたと同じような心根を持っていたに違いない。しかし、それはもう、いつのまにか私が失ってしまったものなのだそう思ったとき、私の胸に思いがけなく悲しみが襲った。 私は同じような思いを、以前にも経験している。 やはりそのときも、人の忠告ではじめて知ったのだったが、その女性にも一途さがあったような気がする。 彼女とは2年ほど続いた。 もっとも私が知ったころは、ちょうどふたりが別れる間際だったが。 そういう意味において、私は嫉妬する機会を失っていたことになる。 知らなかったということはなかったことと同じなのだ。その点で、私は苦しまずにすんだ部分がある。 けれど、私が苦しまなかった分だけ、その女性は余計に苦しんだに違いない、今度その逆であるように。 私はあのひとを許すとか許せないとか、ということ以前に、あのひとを嫌いになってしまった。 自分だけが傷つかないあのひとが厭なのだ。
かつての恋人・藤田弓子は中尾彬を
元愛人・藤田弓子の告白
私の場合、中尾さんに奥さんやお子さんがいることは知っていました。 妻子ある男性を愛するということは、ある意味において平和な家庭を破壊する女"になることです。 けれど、夫であり父親であ中尾さんから家庭をもぎ取って、独占して、彼の妻としての日々を送りたいと思ったことは一度もありません。 たまたま妻があり、子どもがいる人を私が愛してしまったというに過ぎないのです。 私の意思とは関係なしに、気がつくと、彼の奥さんとの三角関係に身を置いていた。 なにを望むわけではないのだから、自分に忠実に、妻や子の側からではなく、自分の側からだけ彼を見て、それで好きになるということを、私なにより大切にしたかった また、そんな生き方をすごく私自身に似つかわしいと思いましたし、気に入ってもいましたから。 とにかく、私の目の前に現われたときの、中尾さんの魅力は絶大でした。 私はまず彼の役者としての欲求、たとえばいい芝居をしたいとか、うまい役者といわれたいということに対する情熱を、役者としての立派さとして尊敬しました。 そのうえ私は、恥じらうことを知らないとも思える彼の言動を、むしろ男らしい強さだと思ってかれてしまったのです。 恋をしていれば、たしかにその日々はバラ色でした。 彼は私に多くを語り、私は彼の気に入るようにふるまいました。 そんな日々のなかにも、妻子を持つ男を恋したがゆえに心が痛む日もありました。 それは、彼が帰っていくところが、まぎれもなく妻や子どもが待っている家だと思い知らされる夜です。 彼のぬくもりが、まだ私のからだから消え去らないうちに、ひとりぼっちにさせられると、いやがおうでも男に帰られてしまう女”である自分を見つめないわけにはいきません。 この寂しさは、どうすることもできないものでした。 そんな夜は家で母親に妙に怒りっぽくなってしまう。私がこういう恋をしていることを私のなかにある寂しさの種類を母に知られたくはなかったから。 それでも私は何度となく、「私は幸福だ」と呟いた。 「彼のいちばんいい部分とだけ一緒にいればいいんだから私は幸福だ」とー。それは彼が帰っていくということから、自分を救おうとする作業にほかならなかったのですが。 彼は私の前で平然と、夫と父親のにおいをプンプンさせていました。私が傷つこうなどとは思いもかけていなかったのでしょう。その無神経さが、しだいに私のなかで、我慢のならないものになっていったのです。男と女の愛がいつもそうして終わるように。 そしてある日、新しい家に引っ越した彼は、 「カーテンを一緒に買いに行こうよ」 と私にいうのです。呆然としました。やっとの思いで私の口から出た言葉は、 「それは、あなたの奥さんの下着を私に見たてさせるのと同じことなのよ」 私の目には涙がたまっていたかもしれない。彼はただ、わけがわからないといったつきで、しばらく何もいわなかったのです。 そして、それから幾日もたたない日。ある忘年会に、奥さんと同伴した彼。私と奥さんは、さりげないあいさつを交しましたが、その時、彼は何を自分がしているかを気づいていなかったようです。 「もう終わりだ」という言葉を私は心のなかで何度も繰り返したのです。 いま私には、彼の男のエゴイズムだけを見たという思いだけが残っています。
夫を申し送るの記
茅島成美の独白
なにもかも、すっかりカタがついてしまった。 信じられないくらい平静だし、何かさわやかな気持ちでいられるのも不思議だ。それも、それだけ私が苦しんだということだろうか。 別れを決心し、それをあのひとに伝えたときから、ほんとうに私の中でブツンと音を立てて切れたものがあった。 あのひとが望んでいて、そのくせあのひとが決められなかったことを、私が決めただけなのだから、そのことで、おたがいを案じ合う必要はもうないのだ。私はいやみでもなんでもなく、あのかたにこういいたい。 「私たちの家庭から、あのひとを解放してあげます。 そして、あなたがいちばん必要としているあのひとを、差しあげます。 今度こそ、あなた方が力を合わせて家庭を築いてください。くどいようですが、これはけっしていやみではないのです。 私はけっして泣いたり、みじめになったりはしません。 それに、どうやら私たちの家庭は、あのひとが望んでいたものではなかったようです。 私は私なりの新しい人生を生きていくのですから、少しも気を使う必要はありません。 私はもう、あのひととは他人ですし、いまは、あなたがあのひとのいちばん近くにいる人なのです。 私はあのひとに、もうなんの未練もありません。 あのひとのなかで私が死んだように、私のなかにもあのひとの住む場所はないのです どうぞ、あなたに差しあげます。 あのひとと最後の別れをした日、二度とこの家には帰ってこないことがわかっていても、そのとき私の心に浮かんだものは、悲しみとは遠い、ある別の感情でした。 あなたは私から、あのひとを奪ったのではありません。あのひとが、あなたを奪ったのです。だからこそ私は、悲しいとは思わないのです」
告白!私には浮気というものが出来ない
離婚を報ぜられてから一ヵ月。渦中の人、中尾彬は苦悩を包み隠して!
「私はね、浮気というものができないんです。つまり、遊びができない。それだけ女性に関しては、不器用というべきでしょうね。 恋愛のひとつの結果が遊びになることはもちろんありますね。 まあ、私の場合、妻子があるわけですから、その結果だけから、その恋のすべてが男のエゴイズムだといわれたこともありますよ。いつも、本気なんですよ。それでも、終わってしまうのは結局どっかで、その女性にやっぱり違うんだな"っていう感情を持つからですね。けれど所詮、女房に対してだれに対しても、私の"エゴ"になるんでしょうね」
でもね、私にいわせりゃあ、そういういい方しかできないのは、女のエゴイズムだと思うんです。
男として理想的な女とは・・・
真帆ぶきと中尾彬との恋が発覚してから8ヵ月がたっている。 この月日の重さが、いま3者にそれぞれの形で、のしかかっていることは間違いない 中尾自身、夫婦の間に生じた亀裂の、あまりの大きさに当惑したことだろう―なぜ、真帆さんとのことだけが、奥さんから許されなかったのでしょうか? 「許してもらおうなどとは思ってはいませんね。 このことは、許すとか、許さないとかの問題じゃありませんからね。 たしかに、こういうことになる以前は。そうそう、宝塚から持ち帰ったパンフレットを見て、私の好きなタイブをぴったり当てたことがあったな。 そのなかに彼女(真帆)もちゃんと入っていたな。(笑) そんなことが夫婦の間で、気軽な会話としてできた時期もあったんですよ。 ああ、こんなにもオレは理解されているんだと、自分ひとりが満足していたに過ぎなかったんだな、これは」 ーー理想的だったんですね。 「そう。自分を説明しないで男としては、すんだからね。そういう女が理想ですね」 ーー真帆さんもそうですか? 「もちろんです」 ーー奥さんと真帆さんと、どっちが理想的ですか? 「比較はできないな。それはどちらに対しても、いい加減な気持ちではないということになると思う」 ーーいま、どこで暮しているのですか?真帆さんとですか 「・・・・・・ホテルとか、その日によって違いますが......」
男にも気持ちの整理が必要
ーー正式に離婚することになりましたね? 「まだ籍”の問題と子どものこともあるし、いろいろ残されていることは多い。8年間暮したからそれなりの気持ち必要ですよ、男にも」 ーー中尾さんのなかに、離婚をしたくなかったという部分があったのでしょうか? 「・・・。」 ーーでは、これまでに家庭を捨てよう"と考えたことはありませんか? 「なかったですね......うーんなかったかな・・・・・」 ーー真帆さんを知るようになってからもそうでしたか? 「いや、そうじゃなくて・・・・・・私は役者をしているわけですね。だから、その役者・中尾彬の部分で、“家庭”というか、まあ、ごく一般的な意味においての“家庭”なら、捨てられると考えてましたね」 ーーでも、あなたは常に役者・中尾彬として生きていたのではないですか? 「そうでしょうね」 ――となると“家庭を捨てるということを 「うん、うん、ああなるほどそうか......」 ーー今回の場合、なにがなんでも家庭を守るという気持ちはなかったのでしょうか? 「いま私が置かれてしまった状況に限らず、いままで恋をして、私がお前は違うからやめよう"といった記憶はありませんよ」 ーーそれは奥さんに、しばらくは、この状況を容認しろということですか? 「そういうことは、いってもはじまらないことですね。つまり、私が説得して、女房に理解してもらってもしかたがない。それが、できる女性もいるんですがね......」 ーーもう一度やり直したいというのが本心ではないですか 「......」 ーー彼女と結婚するんですか 中尾彬は溜息をついた。そして、一瞬、顔を曇らせた。
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