個性派登場

中尾彬



スキャンダラスでいたいんだ



影のある誠実な二枚目役から、脂ぎった色敵へ。私生活のスキャンダルを逆手にとって、したたかにテレビのなかで生き残る彼。夜、ひっそりと、一人絵を描きつづける姿が、そんなイメージにダブる。



「池波(志乃)さんのファンなもんだから、ひきうけちゃったんですよ」
   中尾彬は、ひとなつっこそうな笑顔を見せていう。「達磨大助事件帳』(テレビ朝日系)のたった一回のゲスト出演のため、国際放映(テレビ映画の撮影所)にやって来たところだった。池波志乃が演じる子守り女に殺された妹の面影を見て、ほのかに思いを寄せる事件の犯人...というのが「雪に散る子守り唄」で彼が演じる役だ。
   で、池波さんはどうでした?
   「いいですねーー」
   おもいれたっぷりのセリフまわし、と読んでいただきたい。
   テレビの画面で見るように、特徴のある大きな目ギロリとむいてしゃべるわけではない。濃いサングラス(近眼だという)をかけた目を、さらにふせながら、深味のある声で語るのである。
   中尾彬といえば悪役。しかし、彼が画面に出てきただけで、すっと背すじが寒くなるような、そういう種類の悪役ではない。女とみれば、こらえしょうもなく手を出し、結果として、ヒロインを悲劇のなかにひきずり込む、そんな役柄である。そのくせ見ている方では、この男も哀しいんだな、とふとわかってしまう。「女のいくさ」(フジ系)でもそうだし、ATGの「西陣心中」(高林陽一監督)でもそんな男を演じていた。
   「そうなんですよ。男の哀しさ、それが出せればいいと思ってるんです。悪がっていても、どっかこっけいな感じね。でも、悪役っていうのは、ドラマをひっかきまわすことができるから、魅力ありますね」
   しかし、彼は、はじめからテレビでこんな役を演じていたわけではない。ある時期までは、影のある誠実な男、というのが、彼の得意な役柄だった。ヒロインが弱り切っているとき、そっと側によりそってくれるような。そのある時期とは、週刊誌が毎号のように中尾彬の女性問題を書きたて、遂に長年連れ添った妻と離婚した頃である。
   中尾彬はまるでひらき直ったように、あるいはマゾヒスティックに自分を痛めつけているように、週刊誌が書きたてる”中尾彬像�≠ノそっくりな役柄をテレビドラマのなかで演じつづけている・・・・・・と見えたものだ。
   「いや、あの時期は燃えましたね。充実感がありましたよ。それまでは、のんべんだらりとやっていたのが、スタジオに入るのが嬉しいんですよ。変りましたね。本当に夢中になれました。週刊誌には、しゃべって説得しようとはじめは思ったんですけど、通じないもんだっていうことがわかりましたから、気にしませんでした。それよりも、ふっきれたというか、自分の位置がわかったんですよ。演出家の意図するものがわかるようになったんですね。ボクはもともと、騒がせたい、スキャンダラスでいたい、という感じがありましたからね。役者は社会的責任をもつべきじゃないと思ってますから。それに、たとえば反社会的な事件に巻き込まれたとき、色あせちゃうひとと、逆に輝きをますひとがいるでしょう。たとえば、アラン・ドロンなんかも......」
   そうか、アラン・ドロンは、マルコビッチ殺人事件に巻き込まれることによって、輝きをまし、中尾彬は、女性問題で騒がれることによって、光をましたと・・・
   「そう、アラン・ドロンにくらべれば、こちらはほんのささやかに(笑)」
   しかし、このところまた、彼の役柄はすこしずつ変ってきた。「砂の器」(フジ系)では、相変らずの役柄で、前半視聴者には犯人かと思わせるような男を演じているが、この間終った「情炎」(日本テレビ系)では、島田陽子が思いを寄せながら、結局は結ばれない、悲劇のヒーローみたいな役だった。「やっとその気になる、というか、2年たって、精神的二枚目になりつつありますね(笑)。下からはいあがって、やっと選抜出場させてもらえるようになった、というところかな」
   「でも、テレビでは、役柄は選びません。テレビにいいものは絶対ないと信じてますから。ただ演技している時は、どんな役柄でも楽しいですよ。こうやってやろうみたいな工夫をするでしょう。できあがるとこんなものか、と思いますけどね。だから、テレビの欲求不満を映画に向ける、なんてことはないですね」
   しかし、中尾彬が、自分から目を輝かせて話すのは映画のことだ。
   「高林(陽一監督)さんと共同演出する話が実現しそうですよ。『ベニスに死す』みたいなものを、琵琶湖を背景に作ろうっていうんですよ。高林さんてひとは、イメージはどんどん飛躍するんだけど、役者の生理が全くわかんないひとだから、その辺をボクがやって......。それからもう一本、赤江瀑の「禽獣の門』は、ボクが単独で演出することになりそうですよ」
   声がはずんでいる。
   中尾彬ーー昭和17年、千葉県は木更津市に生まれ、木更津高校から武蔵野美術大学の油絵科に進み、ここを中退して、36年、日活のニューフェイスに。そして、日活から勉強のため民芸にあずけられ、そのまま民芸に残って8年。フリーになって、今年は6年目だという。
   「もともと役者にはなりたかったんですけど、木更津みたいな田舎にいると、なり方がわかんなかったんですよ。昭和24年に木更津で長谷川一夫の『足を洗った男』っていう映画のロケーションをやったんですね。その時、毎日めだつかっこうをして見にいったんですけど、長谷川一夫が��俳優になりたかったら、大学を卒業したらいらっしゃい”っていってくれた・・・・・・それが役者になろうと思ったきっかけですね。単純なもんですよ(笑)」
   そして絵、これも、彼にとっては余技とはいえないかも知れない。毎年、個展をひらいて、出品した絵は全部売れてしまうという。号一万二千円、30センチ×15センチの大きさの絵が五万円だという。
   「油絵は、夢中になりすぎて、役者の方にさしさわりがありますから、これは時間をかけて年1作ぐらい。普通は、割りばしに墨汁をつけて、一晩で5、6枚ぐらい描きあげるんですよ。絵を描くことで、役者のポジションっていうか、レンズの目を通した位置関係みたいなものがわかりますね。役者と絵、どっちがもうかるかな......」
   豊かな中年男。
   「そう、35歳の男。昔から、早く40歳になりたいと思ってたんです。スキャンダラスな40歳。スキャンダラスな存在が文化を形成していくんじゃないかな」それで50歳になったら?
   「のたれ死にですね......」
   (文/山中登美子)




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