なぜ夫は妻以外の女性を必要とするのでしょうか?
ぼくが本当に愛を求めたのは妻以外の女性だったのです
中尾彬(俳優・33歳)
真帆志ぶきとの愛に走り、妻と別居して半年になる。あと半年すると妻と話し合うことになっている。結論は出ている。
家庭のぬくもりがぼくをダメにする
結論はもう出ている
別れるしかない
もうこれ以上やっていくのは無理だ
去年の六月、女房と話し合って、一年間
だけ別居することにきめて以来、日増しにこういう思いがつのってきている。
「とにかくこのままでいってみてもうまくいかない。一年間別居してみて、お互いの
なかでいろいろ考えてみて、それで、もう一度やっていけるか、あるいは別れるかをきめよう」
その時、女房と二人で冷静に話し合って
確認した。ぼくは、少なくとも自分に忠実に考えたつもりである。その結論は��離婚�≠セった。だから、約束の一年後、つまり今年の六月には、もう一度女房と話し合って正式に離婚することになるだろう。いやだろう"などという曖昧な結論ではない。ぼくの意志は決定しているのだ。
その理由は、身勝手だといわれるかもしれないが、ぼくは”結婚不適格者�≠セということがわかったからだ。女房と七年間やってみて、それがはっきりしたということである。貴重な人生の体験だったと思う。おそらく女房も同じ思いだろう。
つい最近、メーキャップの道具が必要になって久しぶりに家へ帰った時、ちょうど女房がいて話し合ったのだが、
「私たちって、フワッと結婚して、フワッと子供ができて、そしてそのままずっときてしまった......そんな生活だったわね」
と、女房にいわれた。いわれてみれば確かにその通りだったと思う。二人ともあまり深刻に考えないで”一緒にいるんだから結婚しちゃおうか"という形で結婚したし、しばらくしたらそこに子供が生まれた・・・・・・ただそういうことだった。
しかし、ぼくが耐えられなくなったのは子供ができた、その時点からなのだ。結婚して三年目ぐらいだったろうか。役者が家
庭に引っぱられるようになったら、もうおしまいだと、そう考えるようになった。
子供ができると、確かに女は変わってくる。それまでになかった面が出てくる。日常的になるというか、生活中心になってくるものである。しかも子供の存在そのものがぼくにはやりきれない。
「パパ、いってらっしゃい」
家を出る時、子供のこの一言がぼくを引っぱってしまうのだ。これがいちばんこたえる。これじゃ役者がダメになっちゃう"とぼくは考えるのだ。
そういう状態が二、三年はつづいたと思う。ぼくのなかに鬱積したものがうずたかくなった。当然、女房とはうまくいかなくなる状況が出てきた。そしてそれが深刻になったというのが、ぼくたち夫婦の現在までの歴史ということになるだろうか。
元来、ぼくは同じ屋根の下に男女が別々に暮らしている形態がいちばん理想的な結婚生活だと考えてきた。夫婦の間に生活臭が漂いはじめたら、もうダメなのだ。
たとえば、新聞代はどこの新聞が安い、高い、だから安いほうを取ったほうがいいとか、あるいは牛乳代がいくらで電気料が今月はこんなに多いといった話題がまったく受けつけられないのである。
男のわがままとか不精でいうのではな
い。ぼくにとってそれは”信条�≠ニでもいうべきものなのである。
役者というものは、生活の臭いを感じさせたらダメになるとぼくは固く信じているのだ。役者として高い金をもらっているのだから、日常的な存在であってはいけない。家庭という安らぎを拒否して、それに耐えてこそはじめて役者が存在するのだと思う。それは確かに苦しいことだ。しかし、その苦しさが芸への力になるのだ。苦しさに耐える、その情念を役に賭けなければな
らないのだ。それが役者なのだと思うし、だからこそほかの人より多く金をもらうのだと考えている。
ぼくは今、二月公演の『マクベス』(日生劇場)に出演しているわけだが、共演の平幹二朗さんも同じことをいっている。平さんは公演期間中、家庭を拒否して仕事のためのマンションを借りて、一回も家へは帰らないというのだ。一度でも家庭の温かさに浸ったらそっちに引きずられてしまう。役者とはそういうものなのだ。
妻がぼくの女性関係に初めて怒った
ぼくはここではっきり断っておきたいのだが、ぼくが女房や子供のいる家庭を拒否したいと考えることと、真帆志ぶきさんとのことは全く別個の問題なのだ。ぼくたち夫婦の間が気まずくなった原因が真帆さんにあるということはまったくない。
たまたまタイミングが合ってしまったということはあるが、まったく次元がちがうといっていい。
ぼくが真帆さんと知り合ったのは二年半ほど前のことになる。ぼくが映画の仕事で宝塚にいっていて、仕事の合間に宝塚歌劇を見にいったら、そこに真帆さんが出ていたのだが、実はその舞台を見てぼくはびっくりしてしまった。本物が、本物のスターがそこにいたのだ。
そうなった時、そのすばらしいスターに会ってみたいと思うのは人間として自然ではないだろうか。ファン心理というものはだれも同じだと思う。ぼくも真帆志ぶきに魅せられたファンの一人として、その人に会って話がしてみたくなった。特にぼくは役者として、彼女がもっているキラキラ
したものが何かを知りたかった。そしてできることならそれを吸収したいと思った。
ご存じの人もいると思うが、宝塚では役者の溜まり場というのは限られている。だれかに会いたいと思ったら、その数少ない場所へ行けば必ず会える。そこでぼくは宝塚歌劇の人たちがよく集まるスナックへ行って真帆さんに会った。
ところが、会って話してみて、自分とこんなにサイクルが合う人はいないと感じたのだ。彼女の魅力を言葉で表現するのはむずかしい。彼女は非常にユニークな感覚の持ち主で、そこがぼくには魅力なのだが、いわば宇宙人�=A青白い物体という感じだとでもいうほかはない。
話題が一つのところで止まることがない。ボーンと話が飛躍する。それがとても面白いし、ぼくにはよく理解できた。お互いのサイクルが合うというのはそういうこというのだが、その時から交際がはじまったわけだ。
彼女とのことが女房に知られたのは一昨年の夏だったと思う。
真帆さんがヨーロッパへ行って、そこから手紙をくれたことでわかったようだ。
ただ、ぼくが不思議に思うのは、女房は真帆さんとのことに関してだけ怒ったことだ。もうすでにご存じだと思うが、ぼくはこれまで何人かの女性と噂を立てられている。女優のO、F、そして、血染めのラブレター”とかいわれたY。いろいろにぎやかに取り沙汰されたが、女房はそういう時、まったく気にしていなかった。
今になって考えてみると、そういう女優さんたちのことを女房はあの人はこんな女性、この女性はこういう考方をする人”という
ように自分の中で理解できたからではなかったろうか。ところが、真帆さんという女性は、まさに宇宙人的だから女房には理解できなかったにちがいない。自分が理解できない女性と夫とサイクルが合う、これは女房として怒るのが当然かもしれない。
前にぼくは、女は子
供を生むと日常的な生活のなかに埋没するといったが、まさにその点で女房と真帆さんとは対照的な存在だった。
女房はその日常的な生活のなかで嫉妬し、怒ったのだろうが、真帆さんはこれま
で一年あまりの交際のなかで、「結婚して欲しい」といったこともなければ「子供を生みたい」といったこともない。彼女はそういうことを考える女性ではないのだ。そこがいいのである。
帰りを待たれていることの心の負担
ぼくは、これも”信条としてあるのだが、もしも外で酒を飲んで相手と話が合えば、そして話しつづけたいと思ったら、その人が女性であろうと男性であろうと、ずっと話をしていたいと思う人間である。そういう時、家で女房が待っているとか子供が待っているとは考えない。関係ないことだと思うのだ。
ぼくのそんな考え方は女房を苦しめるといわれたことがある。確かにそうかもしれない。が、ぼくにしてみれば逆に、待たれている"ということがつらいのだ。待たれていると思えばそれだけ心の負担にもなる。だから、女房が家で夫の帰りを待つという状態は、待つほうの負担と待たれるほうの負担と、五分五分なんだとぼくは考えこうした
言い方が“男の身勝手”“わがままエゴイスト"ととられるだろうことは、ぼくも承知している。確かに、その通りなのだ。ぼくも自分自身をダメな男だと思っているのだ。
しかし、そのダメな男”をそのままさらけだすほうが正直な生き方なんだとも思うのである。それを無理に肩肘はって、嘘で固めていたら、自分にも相手にも不正直なのではないか。だますことになるのではないか。そういう生き方はしたくない。ぼくは確実に家庭をこわしてしまった。女房にも子供にも辛い思いをさせたし、これからもさせつづけるだろう。けれど、この結果は結婚してみてはじめて出たものなのだ。高い授業料だったかもしれないが、結婚してみなければわからなかったことだ
った。
ただ、こういう結果になったことで、ぼくがいちばん胸をしめつけられるのは息子のことだ。彼の存在はぼくにとって生涯の苦しみとして残るにちがいない。だから、非常に常識的な言い方になるが、彼が立派に成人して、物事の分別がつくようになるまで、ぽくなりにできるだけのことをしてゆかなければと考えている。
このことは、六月の女房との話し合いの場ではっきりした確認をするつもりでいる。
その日まで、ぼくは女房と会うことはないと思っているが、真帆さんとは週に数度、彼女の家へ食事にゆくようになっている。が、彼女との結婚は今のところまったく白紙状態。しないとも、するとも断言はできない。ただ、今のぼくは、現在の状態での交際をつづけてゆきたいというのが本心である。
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