夫の心は理解できても夫婦でいることに疲れはてました
別れて暮らす理由
中尾彬茅島成美
大追跡インタビュー特集
妻の告白
女優茅島成美
「夫の性格をよく理解していたからこそ、目をつぶれる浮気には目をつぶってきました。でも、最愛の息子との約束を破った夫に、もう耐えることができませんでした......」
誠実な彼の心を知ってはいても私には苦しい日々でした
私はいま、ある安堵に似た気持ちにつつまれて毎日を送っています。うまく表現をすることができないのですが、やはりホッとしたという一種のやすらぎが、自分の中の大きな部分を占めているように思えるのです。
あまりにもいろいろなことを書かれすぎました。中尾と私との離婚が公表されること、事実が微妙に変形され、当の本人が考えていることと結果的に大きくちがってくることなども、私にかなりの精神的負担を与えていたのでしょう。
もちろん、中尾とのことについて苦しみ、それにようやく結論が出せたということに、いちばんホッとした気持ちがあるのですが、私の心の中では、離婚するということを、かなり早い時期に決めていたことなので、むしろ、これから先、女ひとりが子ども(学くん=5歳)を抱いて生きて行くことに、一つのメドがついた安心があるのかもしれません。
このようにいいますと、なんだかとても冷たい、情熱に欠ける女のように思われるかもしれませんが、いまはもう、まっすぐに前を向いて歩むことが、自分にとってもっとも必要だという気がするのです。
六月十六日、私たちは最後の話し合いをいたしました。相手を憎むとか、涙を流してわめき合うなどという場を演じたのではありません。あとは、それぞれが自分のことを考えていくより仕方がないのです。
私はふたたび芸能界にもどり、女優として生きていくことになります。七月からは東映作品にも出演することが決まり、これまでの生活とは大きく変化する毎日を送ることになるでしょう。こんどのことでマスコミにまるで私が中尾を許せない人間”のように切り捨ててしまったような報道されかたをしてしまいましたが、決してそうではありません。いまの私がこんなことをいうのは、おかしなことなのかもしれませんが、あの人はとても純粋な人なのです。
一つのことに目を向けると、他のことはすべて目に入らなくなってしまうというような人なのです。
社会的な体面というものを第一と考え、そのワクからはみ出さないように生きることを最高としている人もいるでしょう。それを決して悪いとは申しませんが、自分の気持ちに忠実に、他からの制約を受けるのではなく、自分自身の誠実さというルールにしたがって生きる人がいても、それは本質的に非難されるものではないでしょう
自分に誠実に生きて行くということはななかむずかしいことですし、そうであればあるほど社会の壁につき当たったり、人ひとと摩擦が起こったりするものですが、芸術家でも科学者でも、一つのものを一生懸命に追求して行くには、常識のワクをこえなければならないときが、しばしばあるように思えます。
そういう意味で私は中尾を理解してきたつもりです。人はそれを役者バカ、男のエゴというかもしれません。そして、それはまったくそのとおりといえるのでしょうが、そういう生き方も、一つの誠実さとして私には理解できるのです。
しかし、私は聖人でも君子でもないのです。理解はできても、あの人が自分に誠実に生きれば生きるほど、私の中の女の部分が、とても耐えがたく苦しくなってきてしまうのです。
私だって、やはり妻であり女ですから、あの人の行動が理解できるからといって、それでおさまりかえってはいられないのです。
だから、いま、ホッとしたような気持ちになれたとはいっても、ここまで決心するには、とても口にいえない苦しい日々があったのです。
あの人を理解できる。しかし苦しいという矛盾した歳月、それは私たちの結婚生活大きな部分を占めていたのでした。
こらえつづけた忍耐がついにくずれた日
私たち夫婦の危機説"とやらは、これまで何回も何回もたてられました。あの人といろいろな女優さんとのはなやかな噂が週刊誌を賑わしたことも一度や二度ではありません。そのたびに書かれたことは、あの人が役者として純粋に、正直に生きることが必要であると自分の行動を説明し、私その夫を理解し信頼して、まるでとり合わないような“賢夫人像"です。
事実そうであったかもしれません。しかしそうはいっても、妻である私がまったく平気だったかといえばウソになります。それはあの人の行動を理解はしても、不愉快であることには変わりがありません。だかあの人とはよく喧嘩をしたものです。
こんどの真志ぶきさんのことでも、よく夫婦喧嘩をしました。妻である立場の人間が夫の人のことについて聞きただしたり、苦しんだり、口論になったりするのはむしろ当然のことではないでしょうか。でも、その喧嘩もことしに入ってからはしなくなりました。
というのは、あの人がわが家に帰ってこなくなったからです。一ヶ月に一度ぐらいは顔を出すのですが、それは��帰宅"ではなく立ち寄り”にしかすぎませんでした。
夫婦というものに、いろいろな形があるにしても、拠点としての場がなくなってしまったなら、それはとても夫婦と呼べるものではないでしょう。本当に私は、あの人の行動が浮気ということであるなら、許せるし認めてきました。でも、そうでない状況が生まれているのだとすると、それは許せないことです。もし、それさえも許してしまうなら、それは自分を放棄してしまうということになるでしょう。
あの人が持ち帰ったバッグの中から、
「朝食はパンをトースターにセットしてあります。私はなるべく稽古を早く終わって帰ります」
というようなメモが入っているのを見つけたとき、私は、ああ生活のベースがもうこちらにはないのだな、という実感が生まれました。妻の立場でこのような状況にぶつかると、それは大へん苦しく耐えがたいものです。
それは頭で理解するなどという知的なもひとたまりもなく吹きとばしてしまうような感情的な問題です。なんでも許せるような人間、それはたいへんすばらしい人間なのでしょうが、私にはそれは一種のバカ者にならなければできないことのように思えました。
息子が幼稚園に入園する式の日は、どんなことがあっても出席すると、あの人は約束していました。父親が来てくれるということで、学はどれほど喜んだことでしょう。
私もこの入園式を機会にして、あの人がふたたび家へもどってきてくれるのではないか、というかすかな期待をもったことを否定できません。
しかし、そのかすかな期待も裏切られてしまったのです。入園式の日、よろこぶ子どもたちの中で、私はついに息子との約束をも破ってしまったあの人に、憎しみに似た気持ちを必死になってこらえていました。
あの人は入園式が終わってから、幼稚園にやって来たのですが、そのときはもう、私の中の最後の耐えていた糸が切れ、心の中の何かがガラガラと音をたててくれていってしまったあとだったのです。
あの人が役者として誠実に生き、私が賢夫人"などといわれているときであったなら、こんなことはなかったでしょう。仕事であったなら、入園式に出席までしなくても、あまり気にとめることではなかったでしょう。しかし、ことしになって、一度も帰宅しないという背景の中で、あの人が学に誓ったことは、どんなことがあっても出席する、ということだったのです。私はそれに一種の賭けをしていたのであり、その賭けに敗れたといえるかもしれません。
いずれにしても、それは、あの人が"父親であることを放棄したということのように私には思えました。入園式には遅れても、幼稚園にやって来たのだから、それはいいではないかという人もいるでしょう。しかし、人間の気持ちというものは不思議なものです。あのとき、入園式がすっかり終わってしまってから、ふらりとやってきたあの人を見て、かえって私の中にある耐えていた部分は崩れ去ってしまいました。
まるで泣くことを必死になってこらえていた幼児が、母親にやさしい声をかけられたとたん、せきを切って泣き出してしまうように、私は怒りを爆発させてしまったのです。ひっぱたいてやりたい、とさえ思いました。
しかし怒りの爆発は決してそれを行動にあらわせるものではなく、私の体内で渦を巻いてさわぎ立てるだけです。幼稚園の入園式という、ほほえましい平和な風景の中で、私がしていたことは、ただ身を震わせて立っていることだけでした。
母として、女優として私は立派に生きていく
私は賢夫人"でもなんでもありません。頭の中では、あの人の行動を理解し、許そうとも耐えようとも思っていましたが、感情として、気持ちとしてどうしてもだめになってしまう平凡な女だったのです。そんな私に、いろいろなことが耳に入ってきます。いやでも週刊誌の記事が目に入ってしまいます。
昨年の暮れあたりから、少しずつ固められていた離婚の決意が、ますます強固なものになっていったということに、このよう外的条件もかなり影響しているように思えます。
そしてこの四月、はっきりと私ひとりで心に決め、迷いをふっ切ったのですが、それだけで問題が解決したのではありませんでした。いうまでもなく子どもの問題です。なんといっても離婚することは、子どもに不幸な運命を背負わせてしまう、ということにつながっていきます。
一般の家庭とはちがって、不規則ですから父親の顔が見えなくても、まだ幼い学には、いまのところそれほどの影響はないでしょう。しかし、子どもは成長します。いつかは不幸な自分の立場というものに気づくでしょう。そんなことが柔らかい子どもの心に、どんな大きな傷になって残るかははかりしれません。やはり考えなおさなければならないのだろうか、と強い決意がぐらつくこともしばしばありました。
それでも、いつまでもはっきりしないま現在の状況をつづけていくことは、もっと悪い影響を子どもに与えることになるのではないか、と私は考えました。子どもの将来を考えれば、やはり、自分が心に決めていたことを実行にうつすのが最善の方法だ、と私はようやく最終的な結論を出したのでした。
そういう意味ではいちばん辛かったのは、この四月、五月の時期だといえるでしょう。四月ごろから、ぼちぼちとドラマの仕事などをはじめてみましたが、自分の将来というものを考えると、それはたいへん不安でした。子どものことと自分のことただそれだけを考えようとしても、考えてみれば、これは新しい生活全体を考えなければならないということにほかなりません。
私は必死でがんばりました。おかげさま周囲の人びとの好意や努力によって、七月からは本格的に女優としての再スタートが切れそうになって、これほどうれしいことはありません。
あの人との離婚も、実際的な面で一応一年別居するとはっきり決まりました。ただ子どものことを考えて、小学校へ入学するとき、片親という卑屈な思いをさせないように、籍だけは当分抜かないようにしてあります。私は形式にはとらわれなくていいと思いますし、子どものためになることなら、それはそれでいいと考えて決めたのです。
もちろん、どちらかが再婚するということになれば、そのときはまた考えなおさなければならないでしょう。しかしそれまでは、少なくとも、あの人と私の間は籍の上では夫婦ということになっているのです。
そのうち学は私たちのことに気づくでしょう。二人が事実上は夫婦ではないということを。しかし、あの人が学の父親であるということだけは、いつになっても変わりがありません。それだけに、私はあの人におねがいしたい気持ちでいっぱいです。
それは、いい役者になってほしいということ。あの人がいつもいっていた��いい役者になる"ということを、そのまま実現してもらえたら、私はそれだけでいいのです。お体裁のいいことをいっているわけではありません。いい役者になり、世間の人びとがみな賞讃すれば、学はたとえ離婚したという不幸を背負っても、あの立派な役者はぼくの父親なんだ、と人びとに胸をはることができるでしょう。私のほうはもう大丈夫です。立派に女優として母として生きて行きます。ですから、父親として、子どもにみじめな思いをさせないような人になってほしい、ただ、それだけを祈っています。
妻子に束縛されない自由がほしくて別居しました
夫の告白一
俳優中尾彬
「いまでも、ぼくは妻子を愛しています。しかし、ぼくにはぼくなりの生き方があるんです。どこまでも自分に素直に生きること、それがぼくの人生の大前提なんですよ・・・」
結婚するとなぜ、女であることを放棄するのか?
いまのぼくは、どのようないい方をしても、世間の人びとから非難されるんだろうな。それに本当のことをいって、ぼくは一般的な夫婦なんてものはなくて、それぞれの夫婦しかない、と思っているから、正直に話をしてもみんながわかってくれるかどうか、まったく疑問なんですよ。
いや何を話してもそんなことは、ぼくら以外、なんのかかわりもないんじゃないか、という気がするんです。だからぼくは自分を弁護するのではなくて、ぼくと女房との離婚問題というよりは、男として、人間としての考えのようなものを話しましょう。
ぼくはまずこう思うんだ。女性は結婚すると女であること”を放棄しちゃうのではないだろうか。いや、うちの女房がそうだったということではなく一般的にですよ。ぼくはそれであってはダメだと思うんだなあ。男性はそこへいくと結婚しても男であることを放棄しない、という気がする。だから魅力のある女性がいれば、本気になって好きになることだってあるはずですよ。それはごく自然なことじゃないですか。
ぼくはよく週刊誌などの記者の方にインタビューされ、まるで女の人を好きになることが、とんでもない悪いことのように責められることがあるんですが、そんなとき「どうしていけないことなんですか、あなただって奥さん以外に好きになった人がいるでしょう」
と聞いてみるんです。そうするとやっぱりいるんですね。ぼくの考えでは、それは決して悪いことじゃない。その好きになった気持ちを押し殺すほうが人間としていけないことなんじゃないか、と思いますよ。男っていうのは、本質的な意味じゃ優しいからそうなるんじゃないか、とぼくは思うんですよ。優しい心を妻以外の女性にも持つことができる、それはよけいな束縛なしに純粋に考えて、すばらしいことなんじゃないか、とぼくは思いますね。
こんなとき、男は好きになった人がいるから、すぐ別れよう、というようには思わないものですよ。両者の間で、ものすごく揺れ動いて苦しむものなんですよ。
ぬるま湯につかることは役者にとって大敵なんです
ぼくの場合でいえば、ぼくはまだ離婚と決めたわけじゃないんですよ。子どものこともあって、別居という形にしてくれっておねがいしてあるんです。ずいぶん勝手だと人からまたお叱りを受けるかもしれないけど、ぼくは、どうしても自分は自由に生きていたいと思うんです。自由に生きるということは、何をやってもかまわない、ということではなくて、人からは"わがままだ"ととられても、自分の気持ちに素直に生きていくということなんです。
それに、役者という仕事をしていると、やはりツヤが出るような生き方をしていなくちゃいけないんですよ。男としても、人間としてもそれは束縛されずに、自分の素直な気持ちを曲げずに生きる、ということに結びついてくるんです。
ぼくは考えたんですよ。三十歳をすぎたばかりの男が、このまま安穏とした生活をつづけ、ブクブク肥って、家庭安泰だけを目標に生きていっていいものかって。
そしてそう考えたとき、たまたま真帆さんがそばにいたというわけです。女房がいやになったとか、子どもがいやになったとか、そういった問題とはぜんぜんちがうんですよ。
女房というのは、夫に、子どもと遊んでくれて、たまにはどこかへ連れていってくれて、というようなことを求めますね。いわゆる家庭サービスというものです。多くのサラリーマンの方々のように、日常のリズムが一定の場合は、それもできるでしょう。いや、それを楽しんでやっていらっしるご主人もいるわけだし、それはそれでたいへん結構なことだと思いますよ。
しかし役者という仕事ではそういうわけにはいかないんですね。どんな仕事もたいへんであることはわかりますが、役者の仕事というのは、大げさにいえば、ナマナマしい生きざまのぶつけ合いなんですよ。とても家庭サービスなんてできないし、個人的にぼくは、そのために生きたいとは思わないんだなあ。
それだから、というわけじゃありませんが、恋をしていればあらゆる意味で意欲がわく、体も燃えて仕事にツヤが出てくるものだとぼくは思っているんです。
もちろん、家庭サービスもちゃんとやれ波風が起こらないような恋もいっぱいして、仕事らばりばりやれるなんて、神さまでもなきゃできませんよ。人間の持っているエネルギーなんてたかが知れているし、もしやれたとしたら、体が先に参っちゃうのじゃないかな。
相手を理解していても生き方までは変えられない
いま考えてみると、ぼくと彼女とは、兄妹のような関係であったほうがよかったのかもしれないな。ぼくはこんなに勝手なことばかりいっているけど、本当に彼女にすまないという気持ちはいっぱいもっているんですよ。ぼくだって、自分の生き方を変えることはできないにしても、彼女の気持ちや、いわゆる一般的なものの考え方というものがわからないわけじゃない。
彼女を本当に傷つけたと思うし、それがいたしかたない生き方、考え方のちがいであったとしても、傷つけたことに対してはすまないと思います。もし、結婚していなかったなら、こんなこともなかったわけですからね。こんなことをいうと、みな話し合えばいいじゃないかというんですが、それは無責任というものですよ。もう話し合っても距離ができすぎてしまっていてダメだっていうことは、ぼくにはよくわかるんです。
うちのおふくろなんか、こんどのことではたいへん心配してくれて、みっともないことはやめてくれ、とぼくにいうんですよ。おやじは男だから分かってくれる部分があって、自分で後悔しない生き方をしろ、といってくれるんですが、おふくろの頼みには正直なところ参ってしまいました。近所がうるさいんですね、千葉の田舎に住んでいるものですから。だからおふくろの気持ちもわかるので辛いんですが、ぼくにはやはりのことを気にして、自分の生き方を変えるなんてことはできませんよ。
ぼくは彼女をきらいになったわけではない。彼女個人への不満からそうなったわけじゃないんですよ。だからぼくは、彼女以外の女性が好きになっても、彼女にかくすというようなことはしたことがなかった。それは決して悪いことじゃないと思っていたし、それを彼女も理解してくれていましたよ。でもやはり彼女には、夫であるぼくを自分のものと考える部分が、かなりあったんでしょうね。しかし、ぼくは自分の生き方を変えるわけにはいかなかった。この差が決定的だったといえるのではないでしょうか。
自分をみつめなおす旅に出たい
よく世の中の人は、子どもが可哀想だから離婚はやめなさい、とか喧嘩をしてはいけないとかいいますね。でも、ぼくはそうは思わない。それは仕方がないことだと思います。そういう星の下に生まれてきたんですよ。
多かれ少なかれ、どんな人間でも、自分の運命のようなものを背負って生きているんだし、どうしようもないっていうことはあるじゃないですか。
ぼくの子の場合は、赤ん坊のときからぼくがあまり家に帰れない仕事をしているということを知っていましたから、それほど大きな変化はないような気がしますね。
それでも子どもが可愛くないといっているわけじゃないんですよ。それは可愛いし会いたい。だから、彼女にもおねがいしてあるんですよ。別れても、一ヵ月に一回は子どもに会わせてくれるようにって。
自分のことを考えてみますと、ぼくは役者として、これからなんだと思っています。年をとるにしたがって、味のある役者になって、いいものをつくっていきたいですね。やっぱり本物だけが残っていくというのが本当だと思いますから、その意味でいろいろなことをやっていきたいと思ってるんです。それは苦労をすればいいというのではなくて、そのために努力するというのでもなくて、自然に、感受性を豊かに、純粋に生きていればいちばんいいんですよね。
まあ、いまは、なるべく"悪役"というを選んで演じているんですが、善良で、毒にも薬にもならないような役よりは"悪"のほうに魅力を感じますね。
泰平な平和な幸福なものの中からは何も生まれてこない。そこへいくと悪のほうが新鮮で、個性的で、可能性があるように思えるんですよ。
でも、このへんで、ぼくもいろいろ考えなければいけないという気もするんです。それだからというわけじゃないんですが、七月になったら一ヵ月ぐらいヨーロッパの旅をしようと計画しています。その旅行で、自分と、自分をとりまくすべてのできごとを、ゆっくりみつめなおしてきますよ。
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