経験を持つ作家が対談

佐川一政見沢知廉私だけが知っている凶悪犯殺意の瞬間

佐川、見沢両氏の共著『超上級犯罪学講座』(イーストプレス)が10月刊行予定

妄想、思想...その発端の違いこそあれ、殺意に揺さぶられた彼らはある一線を越えてしまった。現在は執筆活動にその情念を向けている2人が「なぜ人は凶行に走ってしまうのか」をあぶり出す。



佐川 私が休暇でカナダに行っているあいだに、永山則夫さんが死刑になったと聞いて深い衝撃を受けました。新聞には凶悪犯罪が横行しているので見せしめのため死刑を執行したと書かれているようですが、もしそうだとしたら、ずいぶんひどい話だと思いました。

見沢 獄中で小説を書いた僕にとっても大きな支えになっていましたから、非常にショックでした。彼の場合は、少年犯罪の凶悪化に対する法務省の見せしめでしょうか。

連続射殺事件の永山則夫死刑囚(48)の死刑が1日、執行された。永山死刑囚は、68年にピストルで4人を射殺。90年5月に、最高裁で死刑が確定していた。犯行当時、永山死刑囚は19歳だった。獄中で自らの生い立ちを書いた手記『無知の涙』が反響を呼び、死刑の是非が論議された。

佐川 最近の凶悪犯罪と永山さんの犯罪とは違うと思うんですよ。彼の場合は、貧困という理由があった。ところが、少年Aの場合などは、経済的には恵まれていたわけです。

見沢 永山則夫の場合は、不幸の上に不幸が重なり、大犯罪に至った。両親は逃げちゃう、新聞配達で学校にも行けない、上京したら網走出身というだけでイジメられる......。僕が千葉刑務所でよく見た、女、カネがらみで追いつめられて殺人に至ったというオーソドックスな「苦悩殺人」と同じタイプだったわけです。逆に言えば、少年Aのようなタイプは千葉刑務所にはいなかった。

佐川 僕の事件あたりから、事件の質が変わってきたんじゃないでしょうか。別に貧困というわけではありませんでしたから。それをエスカレートさせたのが宮崎勤。その後のもっとも過激な例が少年Aだったわけです。永山さんなどとは違って、犯罪を起こさなくてもいいような立場にいる人間が犯罪を起こしているのが、最近の事件の特徴でしょう。

見沢 バブル以後は完全に、モラルというか世界観が喪失してしまっている。すべてが許される、そういう価値観になっているわけですよね。凶悪犯罪者には、特定のタイプというものがあるんですか。

見沢 千葉刑務所で30人くらいの殺人者と一緒にいたんですが、凶悪犯罪者にはたしかに一定のパターンがあります。定職につかない、部屋が汚ない、性に対する興味が人一倍強い、幼児体験などで親に対する屈折がある......。そして、殺すときに偶然に偶然が重なったキッカケ、つまり神のサインがあるんです。―神のサイン?

見沢 カネや女などのトラブルで激高した瞬間に、偶然のサインが重なると、突発的に殺せちゃうんですね。一生に一度だけあの瞬間はキレた、とみんな言ってます。たとえば女を寝取られて、包丁を握りしめて男のところへ向かった。それでも、高速道路でクルマを走らせながら「殺したら刑務所だし......」とかいろいろ考えて迷っていた。そこで「やっぱりやめよう」と思う。ところが、いつも降りる高速道路の出口が工事中で降りられない。これは行けという合図だなと思って、(殺しに)行っちゃったという例があります。僕の場合、情報が漏れて、(属する新右翼の)組織が混乱させられているとき、1人怪しいヤツがいた。査問しようということになったんです。殺そうということまで考えなかった。が、ちょうどそのときに、スゴイ台風が来ていた。台風で証拠が残らない、それがサインになったんですね。

佐川 僕の場合、サインは微熱です。父の会社の人が日本の食料品を持ってきてくれたんです。そのとき僕は微熱があったんですが、断わりきれずに、雨のなか、凱旋門などを案内しました。最後に、日本料理店に行って、ガラスケースに入ったトロを目にした。それを見て、これから殺して食べるかもしれない女性の肉が連想された。こんなことのために3年間抱いてきた(食人の)夢が実現できなかったらたまらないと思ったんです。微熱がなければ、思わなかったかもしれない。それまでは、娼婦を部屋に連れ込み、何も彼女たちの背中に銃を向けていたけれど、できなかった。

見沢 殺したいという気持ちは誰でも心に浮かべたことはあるでしょう。しかしストッパーが働く。いまは学校とか会社とかの機構が崩壊していて、ストッパーが機能しない。だから一線を越えやすい。



少年Aの根本的な違いとは

東京、埼玉の連続通り魔や奈良県月ヶ瀬村の女子中学生殺害では容疑者の部屋の乱雑さが指摘された。

見沢 経験主義の捜査一課と学問から見る精神医学の意見が一致しているのが、部屋の問題。部屋は心の中を反映している。心の中に屈折があると部屋に出てしまうんです。

佐川 僕がフランスで事件を起こす直前の部屋には、物が置いていないとよくいわれたものです。机とベッドぐらいで生活感が全然ない。雑誌ひとつ積み上げていない、ホテルのような部屋だったんです。真っ白なドアをごしごし磨いたり、変な強迫観念にかられていたんですね。

見沢 いまの佐川さんの部屋にはものすごい知性と、俗的なエロスが同居していて、中間がないんですよ。テニス選手のヒンギスがお尻をみせているグラビアの上にマリア像が置いてあるんですよ。

佐川 書斎兼応接間には、文学全集などがありますが、寝室にはいわゆるズリネタ類が転がっているんです。マリア像もテニス選手のお尻も、僕のなかでは異質のものではない。見沢さんの部屋はいろんな分野の本があるんですけど、やはり秩序があるんですよ。

見沢 佐川さんが来るんで片づけたんです(笑)。元オウムの信者が来たときに、ウチの道場より汚ないと言われました。少年Aは、そういった凶悪犯罪者のタイプに当てはまらない?

見沢 少年Aは特殊で、(千葉刑務所の凶悪犯罪者に)似たようなケースはありません。偶然が重なって神のサインがあっただろうという点だけでは、彼の場合もほとんどの殺人者と同じだと思いますが。ただ、少年Aには根本的に違ったところがあるんです。殺人には、死体遺棄と死体損壊が付きものです。なぜかというと、犯行を隠す必要がある。しかし、これは大変疲れる作業なんですね。肉体的にも精神的にも。ところが、少年Aは、なんと見せびらかすためにその2つをやっている。

佐川 画期的ですよね。少年だからということもあるかもしれません。大人だったらできないですよね。恐怖心がないんですかね。

見沢 死体遺棄とか損壊をやった人に訊くと、みんなものすごく疲労したと言います。激しい緊張、不安、恐怖からです。少年Aが死体の一部を校門まで運んでいったというのは、スゴイことなんです。ところで、最近の犯罪に共通する部分があるとすれば、(犯罪を犯す人間の)人生に目的がない。人はパンのみにて生きるにあらずで、それはものすごく辛いことなんですよ。

佐川 僕も論文を書いているときは犯罪を起こさなかったんです。修士論文を終えて博士課程に入ったとたんに、なんか目的を失ったような空虚感に襲われた。

見沢 目的がないのに、個人にエネルギーがあるという場合、何かをやらざるをえないんですよ。だからといって、(エネルギー発散のために)スポーツをやってもムダです。少年院や少年刑務所では、運動地獄を強要された。屈伸30回とか腕立て3回やれという。それで矯正されるかというと、じつはものすごく再犯率が高い。少年Aが憧れたヒトラー自身が落ちこぼれで、彼は自分の境遇と重ね合わせて『我が闘争』を読んでいたと思う。ただ、ヒトラーや宣伝相ゲッベルスのような天才はいまの日本の左右翼にはいないんで、大義ある政治テロにはならない。よって彼らのエネルギーは意味のない個人殺人に走るわけですね。いまの日本の若者は目的を失い、バーチャルゲームで、ある点数をクリアすることだけが目的にさえなっている状態。そこから必然的に少年A生まれ出た。



元ヤンキーの家庭は大丈夫



佐川 いまは核家族化していますよね。おじいさん、おばあさんが亡くなったときの死体の在り方などに接するような体験をしていれば、犯罪に走る確率はかなり低いと思うんですよ。僕の場合もそうなんですが、初めて見た死体が(自分が手をかけた)被害者のものなんですから。

見沢 それといまの親には規範倫理がない。夫婦間は冷めてしまって、家族が分解してしまっている。それを��失楽園ブーム�≠ェ表わしています。

佐川 はっきり言えば利己主義ですね。それぞれが勝手に生きている。親の責任もなければ、子の責任もない。みんなバラバラだから、当然、人間関係が壊れてしまいますね。

見沢 60年安保とか70年安保の時代を生きた親は、目標があって、ある程度ポリシーを持って子供を育てようという自信があった。でも、70年代の中期以降に育った親は、自分に目的がなくて子供に何も教えられないんです。

佐川 たしかに目的を失うと怖いですよね。

見沢 目的がないから、育てる自信もない。ティーン向けの暴走族雑誌の人生相談コーナーをやっていたときに、みんな親や教師が分かってくれないから投稿するという。すご難だと思いました。「目的もないからクスリを始めて、そのために風俗嬢になりました。これでいいのでしょうか?』とか。そうなる前に相談しろって(笑)。

佐川 僕らのころは親とケンカしながらなんでも話せましたけどね。

見沢 ただヤンキー上がりのヤンママは、一定の自信を持って育てますから、しっかりと子育てをしてますよ(笑)。




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