映画をどう愛して、映画とどう関わっていくのか



自分が攻めていかないと化学反応、相乗効果は生まれない



非常に緊迫感のある、飽きさせない、見応えのある映画でした。

佐藤 ありがとうございます!

記者会見のシーンの撮影をしている現場を取材させていただいて、その時に佐藤さんと立ち話をしましたが、これだけの大きい映画でほぼ全篇出ずっぱりなので、これまでの経験値を器用に使うだけじゃすまないところがある、とおっしゃっていましたが・・・

佐藤 フフフ。感覚的にはそうだったと思います。日本映画の主役って、いろいろな現象に立ち会い、芝居が受け身になるんだよね。僕なんかはそういうことが多かったんだけれど、今回は受けながらも、さまざまな事象に対して攻めていかなきゃならないので、単純なお芝居のテクニックだけでは通用しない。どこかでエネルギーを必要とする以上、自分が攻めていかないといい意味での化学反応、相乗効果は生まれないと思ったんだと思います。―それは、オールスターの群像劇でありながら、佐藤さんが演じる三上がキーパーソンで、三上を中心に彼と誰、彼と誰、という形で動いていく、正真正銘、文字通りの主役であり、座長だったからだと思います。今の興行のやり方の中で、今回は前編後編というスタイルですが、作り手の意地としては前後編でひとつなんだけれど、やっぱり一本ずつにも映画としてのカタルシスを持たせたい、というのがあった。そういう意味では、どうしても原作からちょっと離れていく部分があり、それを原作のファンの方々が受け入れてくれるか(笑)、別物として楽しんでもらえるか、ということなんですけどね。

最初にお話が来た時は、前後編の2本でやることは決まっていたんですか。

佐藤 いや、まったく。まず原作だけで、これを映画化するんだとプロデューサーの越智(貞夫)さんに呼んでいただいて。TBS製作、東宝配給ということは決まっていたのかな。もしこれがインターミッションをはさんで4時間の1本の映画だったら、それはそれで潮が引くような終わり方、原作の形でもいいんですよ。それで成立する。だけど、今回は前後編の2本の映画なわけで、僕のロジックとしても、製作サイドのロジックとしても、映画としての結論、スタイルは原作とはちょっと変えよう、といいうことになった。そのために丁々発止、いろいろな闘いがあったと思うんだけど(笑)、最後は横山(秀夫)さん、原作者に映画とそれは別物だという受け入れ方をしていただいて、成立できたということだと思うんですよね。

佐藤さんは刑事の役ということなら、これまで映画やテレビでもよくやっていたと思いますが、今回は広報官という事務方、でも元刑事である、というキャラクターで、この三上義信という役を演じるのに、最初に何か考えたことはありましたか。

佐藤 横山さんの『クライマーズ・ハイ』でも「震度0』でもそうだけれど、はいつくばってもがく人っていうのかな、絶対的なヒーローではないんだけれど、真実に行きつくためにもかいている、そのベーシックなところは一緒だと。そして、警察組織の中での警務という事務方、普通の人にはなかなかわからない仕事なんだけれど、その部分が詳しく説明されなくても、見ているとなんとなく伝わる。それが毎回、横山さんのおもしろさであると思うし、今回、瀬々さんの深さなのか、人物紹介のテロップも何ないんだよね。そういう中で人物の情報は何もわからないだけど、刑事と警務がどういう組織の中にあって、広報をやっている人間と新聞記者たちというのはどういう関係性なのか、そしてなおかつ、地方と中央の格差、そういうものがなんの謳いもない中でも、見る側にひりひりしてくる。その部分は原作同様で、原作ファンを裏切らず、映画の中でも十分に伝わる。それはやっぱり演者のある種の真剣度というか、それも含めてのものが伝わった結果だとは思うんですけどね。

テロップがないというのは誰のディシジョンなんですか

佐藤 瀬々さん(瀬々敬久監督)なんじゃない?プロデューサーから見れば、名前や説明が入った方がいいんじゃないか、という意見もあったでしょう(笑)。それは当然、製作サイドから見ればわからなくはない。これだけ人物が出てきて、誰が誰だか名前すらもわからない。例えば「香田メモ」という話が出てきて、香田って誰なんだ?と。三上が「香田、香田・・・」で思い出すから成立するけれど、プロローグの少女誘拐事件のシーンで、香田が誰だかわかる人はいないわけですよ。そういうところは不親切なわけではなくて、客も甘えずに見られる、そういう効果はあったような気がしますけどね。あれだけの人間が出ていて、もちろんわからない人もいるかもしれないけれど、なんとなく頭の中で途中から交通整理ができてくる、そういう形にはなったんじゃないかと思います。

それは脚本や演出の効果もあるだろうけれど、芝居のうまい人が揃っていて、それぞれの人たちがそれぞれの力を発揮しているからだと思いますが。

佐藤 まあそう言っていただければ、座長的には本望ですけど(笑)。



自分が座長でいる以上は全員を見ています



そもそも一般論ですが、ブロードウェイやハリウッド、日本でもしかるべき劇団など、演技についてのメソッドがあったり、演技を教える学校があったりするわけですが、佐藤さん自身は演技を特にどこかで勉強したわけではないですよね。

佐藤 僕は本当に実践主義ですよ。一本一本、学校がないかわりに現場が学校でもあった。現場を経験するなかで、なるほどと思える経験もいっぱいあったし、本当に優秀な、何かに対して特化した監督たちと一緒にやれた現場があり、そこで自分が勘違いをしながらも、学びながら、遠回りしながら、そうか言いたかったことはあっちではなくこっちの方だったんだ、ということに気づけるくらい、いろいろな現場を踏むことができた、ってことですよね。そのなかで自分が役をどうやって構築していくか、自分との符合点、そういったことをどれぐらい自分の中に取り入れるのか、逆に役に投影するのか、それはやっぱり経験ですよね。

役作りのためにリサーチみたいなことはするのですか。

佐藤 若い奴らに聞かれると答えるんだけど、例えば、警察関係者に会ったとしても、ほぼ十人中十人が本音を言わない。証券会社のサラリーマンに聞いても、どこの職業の関係者に聞いても、現役の人間に聞く限りは、ホントのホントの部分は言わない、ギリギリのことしか言わないです。例えばそれで若い役者を一緒に連れて行ったときに、ある役者が「意味なかったじゃないですか、全然あの人、本当のこと言わないし」と言ったりする。その時は、「ああ、そうだな、そうなんだよ。でも、こんな仕事をやっているんだから、10個試して1個持って帰れたら十分なんだ。運が良ければ、5個試して1個当たりがあるかもしれない。でも10個やって1個当たりがあれば、自分が何かをやるときに、そのヒントはたいへん大きなものになる、それがすべてを育み、役を作るといっても過言ではないんだから。そういうふうな考え方をした方がいいんじゃないの?」とでも、今の若い人にこういうこと言っても無駄なのかな。

でも、5人に1人はピンとくるんじゃないですか

佐藤 5人に1人ピンとくる奴がいれば、多分そいつは残れる。10個やって当たりがまったくなかったら、次のやり方を考えなきゃいけないでしょう。

今回は出演者が多彩な顔ぶれで、世代的にも、上は三浦さんや奥田さんから始まって、下は窪田くんや坂口くんまで、各世代が出ている。出ずっぱりで自分のことをやるのでたいへん、ということがありつつ、座長としてみんなを引っ張っていくという意識はあったと思うのですが、若い人が何かを聞いてきたりすることもあったんですか。

佐藤 そんなにはないでしょう。みんな独立独歩やっているわけだし。まあ聞いてくれば答えることもある。ただ自分が座長でいる以上は、全員を見ていますよね。居心地が悪そうな人がいれば当然気になるし。僕より先輩の人たちは自分の立ち方、座り方はわかっていらっしゃるから、それに対しては何もないですけど。そうじゃない時には、特に広報部(綾野剛、金井勇太、榮倉奈々)は、映画では原作より早くまとまって形を作るので、彼らとは実際に飲みかわして、飯も食いましたね。対立する記者団とは飲み食いはなかったけど(笑)。

世代で言うと、瀬々監督は佐藤さんと同じくらいの年代ですよね

佐藤 同い年ですね。

そもそも佐藤さんは、作品に出るときに監督に対して、事前に、あるいは撮影中にいろいろとコミュニケーションをとって、意見を交わしたりするタイプなんですか。

佐藤 俺はうるさいですよ。知ってるでしょ

(爆笑)。

佐藤 瀬々さんも戸惑ったと思うんだけど、座長でいくときと、それとは違うポジションでいくときとは、違うんですよ。芝居が違うとかじゃなくて、居住まいが違う。

佐藤さん自身のね

佐藤 それは自分の映画だから、というよりも、映画全体として視する場合に、この人がどう撮ってどういう映画にしたいのかを自分自身がきっちり受け止めないといけない。でも、自分が映画のパーツとしてやる場合、そのパーツとしてきっちり入れたいときには、そのロールのことしか言わないです。

今回は座長でもあるし、全体に対して、というのがあるわけですね。

佐藤 ありますね。途中から、誘拐事件の被害者家族である雨宮に対して、三上の私人としてのふれ幅が思ったよりも大きくなったというのは、自分の考えていた青図とちょっとズレてきたので、そういうことも瀬々さんに話した。瀬々さんも最初は戸惑ったみたいだけれど、結果的にそれがないと、最後までの突破口にならないんだよね。でも、その場でその時の芝居についての話はしないですよ。数日前にネゴシエートする。

若い人、特に広報室を演じた役者は世代的に、俳優としてのキャリアを今まさに積み上げてきているところだから、その関係性と実際の役柄の関係うまくリンクしていて、彼らと佐藤さんのやりとりや感が、見る側にすごく伝わってきました。

佐藤 栄倉が演じた広報室の美雲の立場、交通事故の被害者の老人のエピソードを自分で拾ってきて、三上に託した金井演じる蔵前、綾野が演じたの三上に対する思いとか、そういうのが作品の中でうまい具合に出たとは思いますけどね。それに書き込まれてない部分の関係性というのがよりよく見えたような気がして。そこらへんはちょっとおもしろかったですね。





「お前らごときがかかってきても跳ね返してやるから」



実際の撮影は2ヵ月くらいですか。

佐藤 実質3ヵ月。2015年の3、4、5月ですね2月の下旬くらいから入って5月の上旬くらいまで

順撮りではない?

佐藤 もちろん。ただちょうど撮影の真ん中くらいに、前編のクライマックス、三上と記者クラブとのやりとりが来て、それが終わってちょっとホッとでと思ったら全然(笑)。次にまたすぐ別の事件が起こって・・・。

あの記者たちとの対話は見応えがありました。長廻しのところもあったのかな。

佐藤 あれは僕の方の回想も含めて、脚本で9ぺージ、キャメラ3台で一気に撮ってくれとお願いして。そのあとで返しでも何でも、どんなお芝居にもお付き合いするけれど、一回、こっち側で撮って全部やってくれないか、と最初にお願いしていたんです。

それはそういう気持ちが必要だったからですか。

佐藤 逆にあのシーンは、回想の前でやめた方が楽なところもあるんですよ。気持ちがまっすぐじゃないから。いろんな感情が三上の中でも、だから本当はどこかで切った方がいいんだろうけれど、うねるのを切らずにやったらどうなるのかな、っていう期待が僕自身にあったのと、記者団がクランクインする前日に行われた打ち入り式の場で、僕が記者団の俳優たちをあおったんですよ。「お前ら、俺をつぶしに来るつもりで来いよ」と。「予定調和になるな、お前らごときがかかってきても、跳ね返してやるから」って挑発したわけです。なんでするのかといえば、そう言って自分が跳ね返すくらいじゃなきゃ、この映画は成立しないから。

自分自身に言ったわけですね。

佐藤 そうそう。僕自身を鼓舞するために彼らを挑発させてもらったというのが、正直なところなんだけれど、あのシーンはもっとぐちゃぐちゃになってもよかったと思う。バターンと倒されても、「聞けーっ!聞けーっ!」って続けるつもりだったから。とにかく絶対ノンストップでやってやれと思って。そうは言ってもお芝居とはいえ、一人一人の人間のエネルギーが来るわけだから、それが30対1というのはきついですよ。でもやっぱりそうしなきゃいけないと思った。匿名報道の問題というものだけで、映画一本、前編のラストのスペクタクルとして成立するのか、それを大きく膨らませて、お客に見せるためにも、エネルギーをきっちり放出できなければ、お互いにしょうがないなと思って。だから瑛太が演じた記者クラブのはねっ返りとか、自分で言っちゃなんだけど、うまくいったなあと思っているんですけどね。あそこで匿名問題が終わって、お客も全員ホッとしたところで、ロクヨン�≠フ模倣事件が起きて・・・・・・

前編の最後ですね。

佐藤 ぐっと鳥肌が立つような感覚。観客も広報部と同じ気持ちで見るようになった。そこで事件が始まるという、流れとしては非常にうまく行けたかなと思っているんですけど。

事件があってミステリーではあるけれど、そこだけ見るとある種の人間ドラマというか社会派ドラマというか、人と人とのぶつかり合いを描いたわけですが、撮影をやっているときは、手応えみたいなものはあったんですか。

佐藤 正直今回、瀬々さんも悩んでいたと思うんだ。非常に多様な撮り方をしていて、バーッと撮ったと思ったら戻ってきて、別アングルでもう一回撮り直しとか。それで素材も膨らんだので、どうなるのかなって。でも見たとき、ある程度は思った通りの中でやっていたけれど、後編は自分が思ったより違和感のないテンポアップ、エンタテインメントとしてのテンポアップになっていたんで、瀬々さんのやり方が正解だったのかなって思いましたけどね。

被害者家族の雨宮を演じた水瀬(正敏)さんもすごくよかった。二人とのやりとりもそうですし、お互いの過去を考えるシーンもあって、いいコンビネーションになっていたと思います。

佐藤 原作の雨宮対三上という関係性とは違っている部分はあるけれど、二人が横並びに座った瞬間に、何をなくしたかというのがその時、雨宮はわかっている。そこは永瀬さんも理解して芝居してくれていましたね。

あの辺の世代、80年代生まれになりますか、永瀬さんも、もうひとつの誘拐事件の被害者家族を演じる緒形直人さんも、いい俳優さんたちが集まっている。きちんとしていますね。

佐藤 キャスティングにはすごく悩んでいたみたいだけれど、結果的にこういうチョイスになったことが非常によかったと思います。

佐藤さんが主役をやることでみんなが集まったんじゃないですか。

佐藤 そんなことない(笑)。役者はみんな独立独歩ですよ。ただそこで吉岡(秀隆)だ、筒井(道隆)だ、そういう連中も含めて、すごくいい感じになった気がしますけどね。



クランクインしてから3カ月しんどかったですよ



映画の時代設定は、昭和の最後から10年後、ちょっと前の話だけれども、その時代の感じというのが出ていた。公衆電話のシーンとか、細かい所できちんと目配りしている丁寧さを感じさせていて、映画を見たなと思いました。

佐藤 そう思っていただけると。昭和64年は最初の10日間で全部撮影したんです。で、パッと切り替え。明日から平成と。

そういうところがきちんとしているからこそ、出ている役者の人たちもその気になってやれるというのはあるのかな。

でもそれを3カ月、集中力を切らさずやるのは大変なことですね。

佐藤 大変でしたねえ。クランクインするまでにいろいろと、いろんな意味での基礎工事は終わっていたつもりなんだけど、いざ外壁を塗ろうと思うと、ちょっと壁の色が違うんじゃないかとか、いろんなことになってくるわけでね。クランクインしてから3か月、ましてこういうシーンの連続なんで、しんどかったですよ。出所を願う3カ月みたいでした(笑)。あともう少しなんだけど意外に長い、っていうね。

座長の役目じゃなければ、途中でちょっと飽きることもあるだろうけれど(笑)、今回はそうはいかなかった。

佐藤 それはできないですねえ。昔はよく"狂う"って途中であったけどね。暴れちゃって店を壊すとか(笑)。今ではとてもそういうことは考えられないね。

若い役者たちが、佐藤さんにアドバイスを求めたり、いろいろ話をしたいと思うのは、おそらく映画の撮影の時代を知っている最後の世代の人間として、かつてどれだけみんなが真面目にバカをやっていたか、そういう空気を知りたいという気持ちがあるんじゃないかと思うし、佐藤さんの姿を見て、何か影響を受けたり、学んでいる人も多いんじゃないかと思いますが

佐藤 僕には何とも言えないけれど、確実に今とは映画が過程として工程として違う時代を知っていると、それと芝居をどう作るか、さっきの10個のうち1個当たればいい、ということも含めて、何かを欲している人は聞きたいと思って聞いてくるだろうし、無理やりこっちからつかまえて何かを言うつもりもない。ただやっぱり自分がこの世界で世話になって、これまで生きてきたのは事実であって、それに対する恩返しというのは、そういうことでしかできないんですよね。

直接聞きしないけれども、何かを思っている人もいるんじゃないかな。逆に佐藤さんたちの世代が、上の人たち、(原田)芳雄さんであったり、高倉(健)さんであったり、そういう人たちと直接や間接でも話をすることもあっただろうし、そうじゃなくても背中を見て、何か感じるということはあったんじゃないですか。

佐藤 あるでしょう。というか、現実的に・・・・・・スターですからね。言い方は悪いけど、僕らはスターではないから。

そうですか。

佐藤 スターではないでしょう。あの人たちが生きてきた時代は、客のイメージを絶対裏切らないように生きていくというスタイルの役者さんがいたし、いろんな形の役者さんがいたじゃないですか。監督とスターの主客の問題もあって、それらがすべて今とは違った時代を僕らは見てこられた。でも、それを伝えることに意味はない。ただ、見てきたということが自分の中にあることで、僕らが現場での居住まいをどうするか、ということですね。その中でも言えることは、やっぱり映画をどう愛して、映画どう関わっていくのか、かな。

そうですか。あと最後にひとつ、次の作品の「花戦さ」はもう撮影に入るんですか。

佐藤 もうちょっとしたら。

「利休」で三國連太郎)さんが演じた千利休をやるんですね。

佐藤 不思議なもので、僕は「利休」を撮影している時に京都に別の仕事で入っていて、京都映画に行って、「利休」の撮影現場を見ているんだけれど、公開の時には日本にいなかったのかなあ、できあがったものを見てないんですよ。だから(出演依頼を)受けたってこともあるんです。

その後も見てないんですか。

佐藤 見てないんです。たまたま見ていない三国の作品だから、やってみろってことかなと自分で勝手に解釈して。ちょっとやってみようかなって。

なるほど。逆にだいぶ時間もたったから、そろそろいいかなと思ってやってみようとしたのかなと思いました。

佐藤 親父のやったもので見たものでは、当然年齢的なこともあるんだけど、最初から「飢餓海峡」は、僕にはできないものだと思ったし。最近年をとってやりたくなってきたのは「復讐するは我にあり」の親父の役。

今、作ったらおもしろいでしょうね。今日はありがとうございました。




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