「レイジング・ブル』のキャンペーンの為に来日したマーチン・スコセッシ監督がフィルムセンターで「カラー映画フィルムの褪色の危機」について講演した数日後の夜、場所は帝国ホテル1階のスィートルーム。一年振りに会うマーチンは相変らず“吃りの軽機関のような早口でよく喋る。

スコセッシ ゴジ、僕の送ったレコードは聞いてくれたかい?半年前、キティレコード宛に送った奴。

長谷川 レコード?半年前?いいや、届いてないなあ、キティはレコード会社だから他のレコードと一緒に売っちまったかも知れんな(笑)。

スコセッシ そいつぁマズイ、そりゃ最悪だ、あの音を聞かないのは人生の損失だ、「クラッシュ」という新しいバンドのレコードなんだ。どんな非道いウツ病患者でもあの音を聞いた途端にハイになるんだ。そうか届いてなかったか、よし帰ったらすぐ送ろう。絶対だすぐ送るよ、すぐすぐ!

長谷川 ありがとう、今度は自宅宛の方がいいな(2週間後に届いたそのレコードは確かにしっかりクレイジィで、絶望的な宿酔の朝の愛聴盤シリーズに加えられた。ビレッジピープルの「YMCA」以来の快挙である)。

スコセッシ ええと、何か変だな、この部屋には何か足りない、酒は、酒は飲んでるね?

長谷川 ああ、この甘い奴を頂いてますよ。

スコセッシ ああそのシャンペンはドン・ペリミョンとか何とかいう毒だ、よしその毒をもう一本取ろう。いや2本がいいか(とルームサービスに電話する)、うんこれで良い、これで良いが何か違うな、何か違う、この部屋に足りないのは酒じゃない。何だろう?そうだわかった!わかったぞ!この部屋に足りないのは音楽だ!音楽!!(一同大爆笑)。



マーチンの乗り振りの可笑しさを上手く伝えられなくて残念だが、これで彼はまるで素面なのである。一般にイタリア人は陽気な芝居過剰の喋り方をするものらしいが、マーチンはまた特別である。ってっていれば哲学者か宗教家のような真面目人間の印象が、喋りだすとまるで一変して下町の兄ちゃんになる。『タクシードライバー』に自ら出演してしまった時のことをこんな風に喋って聞かせたことがある。「勿論、自分で出演する気なんかまるで無かったんだ。キャスティングした俳優が撮影現場であんまりい芝居をするからアタマに来て怒鳴ったんだ。何を考えているんだオマエは、ええ?一体何を深刻な難しそうな顔をしているんだ?誰がそんなややこしい演技を要求しているかよ。簡単な役なんだよこれは、世界中で一番簡単な役だ。女房を寝取られた男が頭に来てその女房を射殺しに行くんだって喋ってるだけだよ。こんな簡単な役があるかい?どけよ、俺がやってやるよ、こうやりゃいいんだ』勿論僕の演技は一発でOKだったよ」。自らをよく笑うペシミストだと評するマーチンを、私は彼の映画と同じように好きである。彼にも彼の映画にも、内向的な泣き虫少年と喧嘩っ早いチンピラ年とが混在している。共にとても照れ屋で決して尊大な説教を垂れたりしない、それが良いのだ。ともあれ『音楽!!』に戻ろう。



長谷川 音楽はちょっと無しにして欲しいんだ。この人たちは「イメージフォーラム」という映像雑誌の人たちなんだが、会話をテープに録音したいっていうんだ。

スコセッシ いやゴメン、そいつは悪かった。でも何について会話するの?

長谷川 カラーフィルムの褪色”について。

スコセッシ おお神よ!そいつは嘘だろう?あなた方は先日の僕の時間もの大講演を聞いてくれて、そうだ僕はまるでカストロみたいに演説した。その上まだ色の問題について話そうと言うのかい(笑)。 全く信じられないような5時間だった。喋り続けた僕自身のことも信じられないけど、あんな熱心な聴衆も見たことないよ。なんたって最低3人の紳士は熟睡してたもんな、一人はイビキもかいてた(笑)。



その大講演抄録は本誌4月号に掲載されているのでお読み頂きたい。聴衆の一人であった私はウツラツラしながらもやや入るような気持で席を立つことができなかった。それはマーチンと同時代の映画人である自分がこの色の問題についてあまり無知であったことに対するかと云えば、必ずしもそうではない。褐色の事実は誰でも経験的には知っていることだ。名画座で観る古い映画は大なり小なり褪色している。私が恥じたのはマーチンのストレートな行動力に対してなのだろう。彼は講演の中でこんな風に語った。「私はまるで技術音痴の映画人で、80年まで色の問題については良く理解していませんでした。ただそれを知った時に、私の好きな無数素晴しい映画があと数十年もしないうちにとても映画とは呼べない代物に変ってしまうのかと思うと、居ても立ってもいられない気持になったのです。だから私の訴えはそんな一映画ファンの悲鳴だと思って聞いて頂きたいのです」。悲鳴だけなら私にもあげられるだろうが、それを世界的な規模の地道なキャンペーンにまで高めていく行動力には、正直かなわんなぁ”と思う。この内気そうな小男の何処にそのエネルギーが隠されているのだろう?それにマチン風に云えば私は私自身のことを“よく食うペシミストだと思ったりするのだが、食いペシミストの方は「所詮、映画など東の間の幻色褪せて消え去ってしまうなら、それはそれで幻にふさわしいのかも知れん。仕方ないやないか」とニヒルに思う部分もあるのだ



長谷川 巨大な車に立ち向かうドン・キホーテのような気分はしないのかね!

スコセッシ ドン・キホーテ。まさにそれだ、僕のサンティ・パンサを紹介しよう(笑)。ニューヨーク大学の友人、レイジングブルの偉大なる編集者、スクーンメイカー女史であります。

スクーンメイカー ドン・キホーテってこんなめな喘息持ちの男だったの(笑)。

スコセッシ サンチョはもっと忠実な従者だったに違いないぜ(笑)。

スクーンメイカー 確かに最初は心細かったわ。アメリカにはもう20年間もフィルム保存の問題に取り組んでいるアーカイヴィストと呼ばれる美術館の人たちが居るんだけど、イーストマンコダック(EK社)は何もしない、関心が無いのよね。で、マーチンが方面に嘆願書を送った時、バラエティがそれを聞いてインタビュを申し込んできたの。第一面にすごく大きなスペースをさいて記事を載せてくれたのよ。

長谷川 「古い映画は死なず、ただ消え去るのみ」って見出しのだね。

スコセッシ うん、あれは随分助かった。沢山の人が真剣な持って連絡して来たし、ベルイマンやクロサワやポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、とにかく誰にでも話ができるようになった。ロナルド・レーガンにだってね(笑)。

長谷川 レーガンは何て言うのかね?

スコセッシ 政治家としては興味ないだろうな。でも元俳優としては、自分の出演した映画があと数十年もしないうちに実在しなくなると知れば青くなると思うよ。

長谷川 EK社は劇場用映画フィルムで年間どの位の利潤を上げてるんだろう。

スクーンメイカー さあ、1ミリの方が売上げはあると思うけど。ともかく彼等はアメリカのフィルム市場の30パーセントを押えていて、EK以外のフィルムを買う人を捜すのが難しい位だから。

スコセッシ EK社の反応は早かったよ。バラエティ紙が取り上げた直後に連絡して来て、私たちとの懇談会を開き、協力を約束した。一年間の調査期間をおいて検討しようってね。

長谷川 実際問題として、既にイーストマンカラーで撮影されたフフィルムの色を押える特効薬は無いのかな?

スクーンメイカー 特効薬は無いわね。一時しのぎの方法は二つあるわ。一つは低温保存よ。そうそう、つい最近アラスカで4年間も雪の中に埋もれていたフィルムが発見されたの。そのフィルムの状態は信じられないくらい良かったのよ。白黒フィルムなんだけどね。

長谷川 低温って具体的にベストな温度は?

スクーンメイカー 温度5F(約C)、湿度65が、私たちの調べたかぎりのベストコンディションよ。

スコセッシ しかし、所詮は一時しのぎさ。誰もそれで千年も保存できるって保証は出来ないんだから。

スクーンメイカー 今考えられる最良の方法は三色分解方式ね。ネガをレッド・グリーン・ブルーの三色のイメージを記録した三本の白黒ネガに移し変えて保存するわけ。とても高くつくけど。

スコセッシ 三時間のセパレイションネガを作るのに三万ドルもかかるんだぜ。

スクーンメイカー その上初号プリントで三色が完全に一致しているかどうかをチェックするのにあと一万五千ドルかかるの。一フレームごとにチェックしなきゃいけないからなんだけど。それに三本ネガの保管が完全でないと、例えばイエローのネガだけが少し高温のところにあったりすると縮んでしまうの。

長谷川 EK社にその分解ネガ作成の費用を負担することを義務づけるようなルールは作れないのかね。なんたって連中は儲けてるんだから。

スコセッシ そいつは素晴しい。そうなりゃこれはもう階級闘争だな(笑)。

スクーンメイカー EK社は自分たちが売るフィルムのパッケージに少くとも注意書くらいつけるべきだったのよ。褐色の恐るべき事実とフィルムの正しい保存の仕方についてね。アメリカでは三年前まで「あなたの家庭の想い出を永久に残す」なんて宣伝コピーが堂々使われてたんだから。人々は写真をの当る所に平気で何年間置きっぱなしにしたりしてる。彼等はネガを残すような事はしないからよね。

スコセッシ ああ初期の写真は本当に素晴らしかったのになあ。

スクーンメイカー 高校なんかに行くと廊下に古い写真が年代順にかざってるでしょう?20年にくると急に状態が悪くなるのよね。テクニカラーにとって代って安くて便利なイーストマンカラーが登場したよ。

スコセッシ 悪夢のような現代の事件”が起った年だよ。人間はフィルムの偉大な技術を発達させてきたはずなのに、実は後戻りしてしまってたんだからな。

スクーンメイカー これは二十世紀を典型的に象徴してるわね。素晴しいテクノロジーは基本的には自らを殺してるのよ。死の中に自らを築いたというか......。

長谷川 『猿の惑星』のラストで破壊された自由の女神を見つけて、地面を叩いて口しがったチャールトン・ヘストンのような気分になるね(笑)。

スクーンメイカー EK社は近い将来ビデオがフィルムを征服してしまうと感じていて、フィルムについて実験的なことはこれ以上やりたくないらしいのよ。

スコセッシ 気狂い沙汰だよ。シェイクスピアがたった1年足らずで消滅してしまうことを想像してごらんよ。文化の自滅だ。〈映画という表現方法も、所詮は20世紀に咲いた過渡期の仇花に終わってしまうのかと思うと、さすがに暗い気持になるのだが・・・・・・)

長谷川 先日コッポラ氏と話した時に、彼は「スーパーシネマ」というものの可能性について、割に明るい展望を持ってたようだけど。フィルムとビデオの機能のスーパーミクスチャーのことらしいけどね。

スクーンメイカー 今朝私達はNHKに行って、高解像度ビデオという、従来の倍の千百二十五本の走査線があるものを見てきたの。マーチンは興奮しすぎて喘息の発作を起したくらい(笑)。

長谷川 既にその十倍の一万数千本の走査線を持ったものも開発されているらしいね。勿論まだ実験段階だけど。ただそれを生かすに現在のテレビに使われているハードを全部新しいものに取り替える必要がある。テレビ局から家庭用モニターまで全てね。こりゃも天文学的な費用がかかるからなあ。

スクーンメイカー でも結局はそれが取って替わるんじゃないかしこの組織でやりたいことの一つはビデオの走査線なんかの一般基準を作ることなんだけど、その為にはこの分野で働いてる全ての人がこの問題に真剣な姿勢を持たなきゃね。というのは我々の関心はプロデューサーのとは違うし、美術館の人のものとも違う。フィルムメイカーってのは半分半分技術者なんだから(笑)。

スコセッシ 技術者は我々の道具を作るけど、我々が本当に必要とするものをなかなか分かってくれないからなあ。どいつもこいつもサラリーマン性の立場上の努力や発言しかしないんだから。

長谷川 『地獄の黙示録』はビデオで編集したと聞くけど、どうなのかな?ス

スクーンメイカー テレビのショー番組みたいにやったわけではないと思うけど(笑)、コンピューターにあらゆる情報を入れておくと、例えばシーン2-5テイク6が見たければすぐそれが取り出せるわけなの。その為に使用しただけで、CNマックスで編集するのは費用がかかり過ぎるわ。一時間に千ドルもするのよ。

スコセッシ 彼らは再生写真によってフィルムを変えるオプテカルの研究をビデオを使って実験してみたんだよ。でもテレビスタジオでCNマックスで編集したとは思えない。

スクーンメイカー 費用の点だけじゃなくて、ビデオはフィルムよまだまだ融通性がないものね。

長谷川 テレシネキネスコープはアメリカではどのくらい発達してるのかな?

スクーンメイカー キネスコープはまだとても品質が悪い。いずれレーザーが改良するでしょうけど。でもレーザーにはレーザーの問題があって、すごいノイズを出すのよね。今日のNHKでもノイズがあって......

スコセッシ 電気的なノイズ?

スクーンメイカー いいえ、そうとは限らないわ。粒子の粗い、何か一定の入力の時レーザーが出すノイズ。レーザーの基本的な問題点なのよ。

長谷川 昨年は三十分のテレビドキュメンタリーを8本撮ったんだけど、全部ビデオだったんだ。ドキュメンタリーにはビデオは最適だね。20分の長廻しは出来るし、録音テープのような感覚で使えるのが良い。おかげで完成呎数の30倍も過してしまったけど(笑)。それに4分の3インチのビデオ編集を覚えて、こいつは楽しかった。僕みたいに手先の極端に不器用な人間にでも出来るんだ。「あっ、前のカットのセリフを3フレーム食ってつないじゃったな」なんて分かるようになったし(笑)。

スコセッシ は自分の映画の編集も自分の手を使ってやるのかい?

長谷川 いやそれを聞かれると恥ずかしいんだが、スプライサーの使い方もろくに知らないんだよ(笑)。撮影所の助監督育ちだから、ただ奴隷的に肉体労働させられるばかりでね。フィルムなんか触わせても貰えなかった。監督になってもムビオラであります。あのパタパタ音を聞くだけで頭が痛くなる(笑)。

スクーンメイカー スタインベックとか使えばいいのに。

長谷川 そうそう、だからエディターも、僕が編集室に入る時別にスタインベックを使ってくれる。でも僕が居なくなればビオラを使うんだ。僕の眼には神技だね、あのフレームをパチッとつかむ技術はマーチンはどうだったの?

スコセッシ 彼に云ってやれよ、僕がどんなふうにカットしたか(笑)。

スクーンメイカー マーチンがまだ無名のフィルムメイカーだった頃(笑)。

スコセッシ あー、あの時は本当に大恥かいた。まるで自分の首を切るようなもんだった。アグファのパーフォレイションのあるフィルムで撮影したんだ。16ミリの逆巻になっているものでブラックリーダーだった。逆巻きだなんて、どうして僕に分かる?(笑)それが僕のネガだったんだ。

スクーンメイカー 信じられないわ(笑)。そこでね、うまくいかなかったのよ。だって撮影済のリーダーには反対側に穴がなければいけないはずでしょ。そこで彼はギロチンスプライサーにかけて穴をあけたっていうわけ(笑)

長谷川 アメリカには女性のエディターはたくさんいるの?

スクーンメイカー かなりいるわよ、私が仕事を始めた頃はそんなにいなかったけど。『俺たちに明日はない』の編集をやったディディ・アレンが有名ね。私より10歳くらい年上かしら。彼女は長い間唯一の女性編集者だったけど、私の世代には沢山いるわ(彼女は41歳)。理由は女性は強い自我でもって仕事をすることが段々わかってきたからじゃないかしら(笑)。多分男性の方がもっと競争心が強いんだと思うの。女性は他人と一緒に働くことが男性より上手なのよ。

スコセッシ さあどうかな。ジョージ・ルーカスの奥さんのマーシャ

スクーンメイカー 彼女は女よ。

スコセッシ そうだ彼女は女だった(笑)。基本的には女に違いない。

長谷川 僕の『青春の殺人者』の編集は山地さんという女性編集者だったんだ。僕より三、四歳年上なんだけど、とてもタフでよくやってくれた。仕上げが追い込みに入って殆んど眠れない日が何日も続いても頑張ってた。僕が「一分間だけでいい、眠らせてくれ」なんて編集室の床にダウンしても、「私はもう少し続けます」って、なんて強い人なんだろうと思ったよ。

スクーンメイカー 私もマーチンよりタフだわ。

スコセッシ 僕は君よりひ弱だよ(笑)。

スクーンメイカー 私は三、四日眠らずに仕事をすることがよくあるし。

スコセッシ 心配するなよ。いつも時間は充分あるんだから(笑)。僕はとてもイタリア的な感覚なんだ。

長谷川 少し「レイジング・ブル』の話をしたいんだけど。マーチもしカラーフィルム褪色の問題に気付いてなくても、あの映画を白黒で撮ったかな?

スコセッシ うーん、今や何とも云えないけど、うん、やっぱ白黒で撮っただろうな。

スクーンメイカー あの映画の白黒フィルムの現像にはラボとの間に沢山問題があったの。ウディ・アレンの『マンハッタン』はブラスXで撮影され、私達はダブルXで撮ったんです。

スコセッシ 我々はプラスXで撮るべきだったね。

スクーンメイカー プラスXは粒状性は最高なんだけどスピードがないのね。トライXは品質が悪いわ。速いフィルムほど光量は少くてすむけど質が悪くなるわ。

長谷川 『スターダスト・メモリー』を観たけど同じフィルムかな?

スクーンメイカー いいえ、私達の使った方がもっと粒子が粗いわ。

スコセッシ だから僕は好きなんだ。でもあの映画の素晴しい白黒バランスも、何十年かたつうちにセピア色に変っていっちまうんだからなあ。

長谷川 カラーで撮られたホームムービーの部分だけが色褪せて初めてホームムービーらしい色調を持つようになるわけだね(笑)。

スコセッシ そうなんだ。あの部分だけが、時間がたって色褪せて、僕の計算通りの映像になっていくんだ。喜んでいいのか、悲しんでいいのか(笑)。




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