戻る
出席者 鈴木邦男 北野武(たけし)
たけし:俺、小さいころ、オフクロにすごく抑圧されてたんですよ。 うちは下町のペンキ屋で貧乏だったんだけど、おふくろは昔、良家の女中頭やってたってのを唯一の誇りにしててね。 やたら礼儀作法にうるさかった。反発するとむなぐら掴まれて、もうぼこぼこに殴られて
鈴木:僕の家もそう。両親とも厳格で、本をまたぐなとか、やかましかった。
たけし:そうやって育てられたせいかな、俺、子供のころから多重人格なところがあって、叱られててもそれを上から眺めてるもう一人の自分がいたんですよ。 バイクで事故った時も、タケちゃん顔面壊れちゃって大変だねえと別の俺が俺を見てるんだよね。
鈴木:僕にも少しそういう所があるかな、SPAの連載に抗議が来てもこの後どうなるんだろうと事態を客観的に見られる自分がいて、深刻にならないで済む。
たけし:うん、深刻にならないんだ。俺、お笑いの世界で食ってくつもりなんて大学はいるまで全くなかったんですよ。 それが。漫才ブームに乗っかって、気が付くとテレビ出て、金もいっぱいもらえるようになって。 上昇志向なんて全然なかったし、本当にやりたくてやってたわけじゃないから、結構我慢も必要なワケ。多重人格だから、それが出来た。
鈴木:たけしさんはもともと、芸人になろうと思ってたんじゃないんですか
たけし:ええ、うち、おふくろが理工系しか認めてなくてね。それで明治の工学部受けたら合格して、その明大工学部ってのが、 新宿から延々小田急線乗って来たってとこに校舎があるの。サナトリウムみたいな場所なんですよ。 遠いわ、学園紛争は激しくなるわで、あっという間に学校行かなくなって、ジャズ喫茶に入り浸るようになっちゃった。
鈴木:ああ、流行ってましたねえ、ジャズ喫茶。
たけし:ジャズ聞きながら、たばこふかして、みんな読書してやんの。 漫画でも読んでるのかな、と思ったら、サルトルとかボーボワールとか実存主義の本じゃない。 男どもがさ、小難しい話してんのを、お姉ちゃんが横からうっとり眺めてて。こりゃ、おいらも読書しなきゃならねえな、と思って、哲学の本とか読みだしたらハマっちゃってね。
鈴木:僕らも同じ。吉本隆明とか上谷正孝とか、分からないのにみんな読んでた。
たけし:でね、そういう所にたむろってた連中は、みんな芝居にもいくんですよ。あの頃、状況劇場や天井屋敷が全盛期で。 けど、俺は全くそんなの分かんないから、浅草に芝居見に行ったの。そしたらフランス座っていうストリップ劇場があって、そこに入っちゃった。 それで漫才師になったんですよ。全然お笑いやるつもりなんてなかったのに。
鈴木:厳しいお母さんは何も言わなかったんですか
たけし:お袋には内職でお前の学費出してるんだと言われてた。それがすごい縛りでしたね。悩みぬいた末、よし、やっぱ学校辞めよう、と決意してジャズ喫茶の扉をこう、ぎいと開けて外に出たんです。 その瞬間、視界に真っ青な空が飛びこんできた。たまらない青さで、もう死んでもいいやと思うほどの解放感だったな。何なんだろうかね、ありゃ。
鈴木:僕はそのころ、早稲田の政経を出て大学院に進んでたかな。学園紛争の真っただ中で、左翼が押さえてる自治会を、右派学生で奪取しようと考えてた。 その仲間の一人が三島由紀夫と市谷で自決する森田必勝だったんですよ。森田君は教育学部で、うちの自治会を取りましょうと誘われた。 それで政経の大学院から教育学部に転部したんです。
たけし:滅茶苦茶な転部だな(笑) おふくろさん、泣かなかったんですか。
鈴木:いや(笑)。うちは親が生長の家の信者で、僕が右翼に走ったのも半分親のせいだから。 でも、左翼運動の大人と共に、僕らの運動も敵を失ってダメになっちゃって。結局、大学中退して、仙台の実家に帰った。 もう運動はいいや、と思って、本屋の定員をやりながらプラプラしてましたね。そのあと、縁があって入社した産経新聞でも、俺はたぶん、一生ここの校正で誤字拾いして死んで行くんだな、と思ってた。 そんな時に、三島事件があったんです。僕は社員食堂にいて、現場中継をやってるテレビを見た。いつも笑ってた森田君がすごく怖い顔しててね。そして、腹を切った。 後ろめたかったですね。俺は運動やめて給料取りになったのに、共に戦ってた森田君は自決した、。 そんな思いがあり、昔の仲間と一水会を作ったんです。そのあと、防衛庁に乱入して逮捕され、会社を首になった時、やっぱり解放感を感じたのを覚えてる。 ああ、これで道が決まったな、と。
たけし:俺ね、その三島事件の日、タクシー転がしてたんですよ。
鈴木:え、客としてタクシー乗ってたんじゃなくて?
たけし:そう。浅草でうろうろしながらも、まだ学生で、バイトでタクシーやってたんです。新宿で客拾って、四谷までと言われたと思うんだけど、 市谷あたりで交通規制してる。なんだとラジオ付けたら事件やっててね。あの時、三島さんがしゃべってたらしいんだけど、すごいヤジだったでしょ。 自衛官の、バカヤローって、あれ、腹立って、腹立って。
鈴木:ひどいヤジでしたよね、確かに。
たけし:三島さんにして見りゃ、こんなからまわりはないわけよ。お前ら自衛隊のこと考えて演説してんのに、そのヤジはねえだろう、と思ってね。
鈴木:hana-biにたけしさんが描いた絵が出て来ますよね。雪という白い文字の中に、自決という赤い文字が埋もれてる。 で、結末は主人公の自決じゃないですか。あれ、三島由紀夫や野村秋介さんの影響を受けているのかと思ったんですが。
たけし:いや、あれはね、映画用に描いたんじゃなくて、バイク事故の後に自分で勝手に描いてたやつなんです。 だから、今見ると気持ち悪くてね、嫌いなんだ。事故で目やられて、眼帯外したら角膜がくっついてはがれちゃった事があって…、ギャーッと叫ぶほど痛くてね。 病院から夜中に帰宅して、台所で包丁握りしめたまま、2時間くらいジーッと立ちすくんでいた。 俺も終わったな、もうあの世行っちまおうかいくまいか、って、そのころ描いたの。結局、まあいいか、って思う自分もいて思いとどまりましたけどね。
鈴木:うわ、壮絶ですねえ。でも、僕も活動家として思いつめたことは何度もありましたよ。 死ななかったのはたまたまタイミングが合わなかっただけ。例えば、仙台に帰らず、三島の楯の会に入っていたら、あの時、僕も森田君らと自決していたかもしれない。
たけし:自決って言えば、俺、バイク事故の後にも、フライデー襲撃しちゃったでしょ。 芸能界では、あんなの完全に自決行為ですよ。でも、二回とも復活している。もうこうなると、俺の意志じゃなくて、もう一人の俺の上にさらに神様がいるんじゃないか、なんて、最近感じますね。 俺はただそれに操られてるだけなんじゃないかって。
鈴木:そこまで自分を完全に客観視できてるってことなんじゃないんですかね。
たけし:どうだろう。でも、あんまり客観的になれちゃうと、感激も興奮も半分なんですよ。 この間、ベネチアで賞もらったでしょ。いや、確かにうれしいんだけど、どこかで白けてる自分もいてね。 昔、漫才で大儲けしてた頃、ポルシェ買ったことがあったんです。 他人が持ってるのを見てた時は、いいなあ、と思ってたのに、買った途端、なんだ、こんなもんかって急にばかばかしくなって蹴とばしちゃった。 うまく言えないけれど…ちゃんとした状態に耐えられなくなるんですよ。喜んでる俺の上に、うれしいかと聞いてくる俺が必ずいる、そいつが、みんな壊しちゃえ、とそそのかすんです。
鈴木:たけしさんの漫才や映画って、そういう感じがするなあ。
たけし:でね、実際、セックスでもなんでもそうなんだけど、これやったらやばい、という状況で何かをするのが、俺にとっては一番快感なんですよね。 只得られた対象自体に満足するんじゃなくて、やばいぞ、死ぬぞ、と判断している自分がいて、けれど、それを押しのけてやっちゃう自分もいる。その時に、すごい快感を覚えるんですよ。
鈴木:なるほど、でも、最近、以前よりたけしさんも危ないネタをやらなくなりましたよね。これって、昔に比べてテレビの言論の自由が悪化してきたってことですか
たけし:もう最悪。援助交際もおやじ狩りも今じゃ純放送禁止用語なんですよ。
鈴木:へえ、そういや依然、あるニュース番組でカップル狩りという言葉は使っちゃいけない、マネする人が出るから、なんて話を聞いたことがありましたね。
たけし:そんなの絶対嘘だって―の(笑) 例えばさ森泉をハウスマヌカンと呼んだところで、売り子は売り子でしょ。実態が変わるわけじゃない。 テレビはそういう騙し方を平気でやるんだな、俺、そんなインチキみると壊したくなっちまう。
鈴木:ああ、たけしさんの映画からはそんな破壊願望が伝わりますよ(笑)。
たけし:テレビだと、スポンサーが酒と車の会社だったら、ひき逃げも酔っ払い運転も絶対ネタにするなと言われる。 それに、テレビに出て来る人って、有名人でも普通の人でも、カメラが回った瞬間からテレビの人を演じちゃうんですよね。 事件があって、レポーターが待ちゆく人にインタビューするでしょ。 マイクを向けられた人は怖くて外も歩けませんと答える。前にテレビ見てて、答え方を学習してるんだ。 おいおい、そういうお前は外でインタビュー受けてるじゃねーか、と突っ込みたくなる。
鈴木:驚いた。テレビだと、たけしさんは心底テレビを楽しんでいるように見えるけど。
たけし:そこはおいら、テレビ芸者だから(笑)。それにまあ、映画は総合芸術ですよね。最近よく、映画だけ撮ればいいのに、とか言われるんだけど、 映画作るためにはお笑いも暴力も一杯飲み屋の事も知らなきゃならない。ってのが俺の考えなんです。 hana-biにも結構ギャグが入ってるでしょ。あれ、映画だけやってたら絶対できなかったと思う。テレビにはインチキが多いんだけど、学ぶことがないわけじゃないんです。
鈴木:そうか。僕も右翼業界だけで生きてた時は、ずいぶん視野が狭かったもんなあ。
たけし:それに、お笑いって、突発的なものでしょ。暴力もそれと同じなんだよね、お前が嫌いだ、表出ろ、おう、喧嘩だーーって、 そんな風に身構えた瞬間、それはリアルな暴力じゃなくて、格闘技に変わっちゃう。俺、嘘っぽいのって大嫌いだから、自分の映画の暴力シーンは全部突発的なんです。
鈴木:リアルな暴力って、確かにそうですよね。突発的というか、衝動的というか、それに、本人が暴力と気づかない暴力だってありますよね。
たけし:お前を好きだっていう激しい愛も、もしかしたらその相手にも暴力かもしれない。親が子供を溺愛する感情だって、重荷で暴力になる可能性もあるわけですよ。
鈴木:日常のリアルを描くと、おのずと暴力が表現されるってことなんでしょうか。――以前、僕は肉体的な暴力で相手を威圧してた時期があったけど、今は全部言論でいこう、と思ってるんです。 その方がはるかに影響力があると思うし、それでも、どうしても言論じゃだめだと思ったら、相手を傷つけるんじゃなくて、自決して己の主張を訴えるべきだ、と思っているんですが…たけしさんはどうですか?
たけし:う〜ん。戦後のある時期までは、言論の裏に暴力が匂ってて、それが言葉に威力を与えてたと思う。今はそれがないから言論に力がなくなったと感じるんですけどね。
鈴木:たけしさんは、言論表現が万人に力を持つ、ということに悲観的なんですね。
たけし:うん。実際にケツ叩かなきゃわからない、って原罪を背負ってる生き物が人間じゃないかな。子供の教育でも、今はやっぱり体罰とかあった方がいいと思うもの。
鈴木:自決についてはどうでしょう。
たけし:変な言い方だけど、人間って、生に対する決定権がないんですよ。 どんなに生きたくても、意志があれば生きていけるってもんじゃない。でも、自分で一個だけ決められることがある。それが死。死にたい人間は死ねるんです。
鈴木:あ、そうか。とすると自決は非常に人間的な表現なのかもしれないな
たけし:俺ね、20代とか若いころ、死ぬのが怖くてしょうがなかったんですよ。 でも、一度死にかけた今は、淡々としてる。命を大切にしなきゃって、過剰な観念もない。余命一週間、と言われても、酒なんか飲まず、平然と受け止めて死んで行けそうに思うんです。
鈴木:僕は死ぬなら暗殺されたい(笑) それくらい大物になりたいですね。