鈴木清順作品「夢二」に新人俳優として出演する映画監督

長谷川和彦



ムショでガキ大将やるのも、オレ、ガキの時分に不良をキッチリやってないからなんだ。ずっと不良願望がある。わかってやってるんだから、タチ悪いよな。



長い間、現場見てないもんね




長谷川和彦は、映画監督である。しかし、2作めの『太陽を盗んだ男』からは1年間、作品を発表していない。数本あった企画も、満足のいく準備ができなかった」ことと製作者側とのトラブルで、陽の目を見ることはなかった。
さすがに辛いぜ、オレも。だから1本の企画で、これ以外はやらんのだというのはやめたんだ。それがコケるとまたゼロからやり直しじゃないか。もうオレも年だからね。いま、3つ、話を進めてんのがあるんだよ。今年、どれか1本は行くだろう。
こないだ、清順さんの映画に俳優として出たんだけどね。最初はプロデューサーの荒戸源次郎が話を持ってきたんだ。ヤツの言うには、『役者としてでも現場にふれたら、いい刺激になるだろう、映画にカムバックしてほしいんだ』と。いい刺激になるだろうとはオレ自身も思った。差し入れ持って見学に行く以外はさ、長い間、現場見てないもんね。監督って呼ばれて振り返るとオレじゃなかったって寂しさがあったりしてさ(笑)。
7人の人間を殺して山を逃げ回り、最後は自殺するという男の役でね。これが沢田(研二)演じる竹久夢二にからむわけ。役者やって恥かいたとしても、最悪、馬の乗り方は覚えられるとOKしたんだ。で、さっそく乗馬、習いに行ったんだけどさ。いや、これが辛い。2時間もすりゃあ、体がバラバラよ。馬がトントン走るのに自分の尻を合わせないとにぶつかっちゃうんだよ。結局、20日練習して、尻の皮4枚むいたからね。お嫁に行けないお尻になっちゃったよ(笑)。馬に乗れるようになったのはオレの財産だね。暇だから覚えられたんだけどさ(笑)。
そのうち時代劇かなんかやってさ。馬で走ってって、首をはねられるジジイの役を鈴木清順にやらせたいね(笑)。撮影中の支えはその思いだけよ。いつか仕返ししてやるぞってさ」



懲罰すれすれのことやるの楽しかったしさ




「37のとき、交通事故起こして、半年、刑務所入ってただろ。行くときは正直、怖かったよ。看守におべんちゃら言っちゃうような、いい子になるんじゃないかとかさ。フルチンで、尻の穴に棒突っ込まれるような世界だろう。もともと自分が弱いの知ってるから、そういうとこ行ってズルい、嫌なヤツになるのが怖かったんだよ。だけど、わりと自然にガキ大将できたね。懲罰すれすれのことやるの楽しかったしさ。あん中で自分を嫌いにならなかったというのは発見だったね。自信が持てたよ。
最初の2ヵ月はクソ長かったけどね、終わりはもう1カ月いてもいいと思った(笑)。2カ月練習した盆踊りが、オレの出所する日の夜だったんだよ。あれ、近所のおばさんとか外の人が来るしさ、楽しみにしてたんだよね。出所前、所長に呼ばれたから言ったわけ。『所長、せっかくいままで練習したんだからもう1週間だけ置いてもらえませんか」って。「お前、ここをどこだと思ってるんだ」って、追い出されたけどな(笑)。
あーいう交通刑務所に入ってるヤツってさ。みんな過失だよな。オレは誰もケガさせてないが、お巡りとか裁判官に態度が悪かったからなんだよね。それも元々は過失だよ。つまり、確信犯のヤクザがいるような世界じゃないんだよな。いちばん長くても3年の刑だろ。そん中で脱走考えるヤツなんていないぜ。外よりも、もっといい子になるわけだけど、ついオレみたいにいい子しきれないヤツもいる。ヤクザでもないのにさ。そういうのとはやっぱりいちばん仲よくなったよ。いまでもつき合いあるもんね。結局さ、ムショでそうなるのも、オレ、ガキの時分に不良をキッチリやってないからなんだよ。ずっと不良願望があるわけ。わかってやってるんだから、タチ悪いよな」



家でも父親というよりガキ大将みたいな感じだね




「24のとき、長男が生まれたんだけどね。パパって呼ばれるのだけは嫌だったんだよ。チャンとかオットーがいいなんて冗談で言ってたんだけど、女房がオレのこと、ゴジって呼んでたから、いつの間にかそうなっちゃってさ。未だに、それ以外で呼ばれたことないんだ。犬みてえなもんだよ。家でもオレは父親というよりガキ大将みたいな感じだね。だから、子供は可哀そうだよなあ。グレようがない。いちばんグレてんのが側にいるんだからさ。「中学生になったらタバコくらい吸えよ』とか言ってんだもんな。酒なんか小学生のときから飲ませてたよ。反抗ってのはさ、しちゃいけないと言われるから、したくなるんでね。それじゃ反抗しようがないよな。
中3のとき、ヤツに『高校なんか行かなくてもいいんだぞ』って言ったんだよ。逆に説教されたね。『ゴジ、いまは高校くらいは行くんだよ、みんな』ってっさで、行きやがったんだよ、高校に。1年たったらさ、新学期の始まる前日なんだけど、オレの部屋に来たんだよな。「明日から行かなくてもいいか」だって。だから、1年前に言っただろうってことになったんだけど、まあ、音楽がやりたいということでね。次の日、高校の退学届けと音楽学校の入学手続きに1日つきあったよ。親馬鹿だね、オレも。そのかわり、高校やめたら、お前は社会人なんだからなって言ってやってさ、高層ビルの窓拭きなんかをやってたね」



ディレクターズ・カンパニーで人材を募集する



大学入った頃はさ、映画監督になりたいヤツなんてウジャウジャいたんだよ。自己紹介するとき、将来何になりたいかとか言うだろ。オレ、長谷川のハだから、前に30人くらいいるんだけど、もう20人は映画監督って言ってたもんね。大島渚さんが若くしてデビューした頃でさ、みんな憧れたんだな。総理大臣も結構だが60になって威張るにはオイラまだ18だぞみたいなさ、監督なら早くなれると思ったんだね。2年になったときは映画界は斜陽で、もう人採ってないんだよ。結局、テレビに行ったのが多いんじゃないか。テレビかあ、テレビしか行くとこねえかよなんて、エラそうに思ってたけどね(笑)、フットボール部の先にTBSに入ったのがいて、一応、オレも考えてみたんだ。あんな運動だけの男でも入れるんならオレも行けると思ってさ(笑)。先輩に難しいかって訊いたら、『オメェなんかに入れるわけねえ』と言われたよ。確かに、筆記試験、2割も解けなかったけどね。それから、たまたま今村昌平プロダクションの試験があるのを知って、この世界に入ったわけなんだけどさ。それは偶然よ。それなかったら、オレはこの仕事やってない。いまは映画やりたい人間を吸収する場って皆無に近いだろう。やりたくても出会いようがないんだよ。で、オレは企画、製作をするディレクターズ・カンパニーという会社をやってるわけだからね。人材を募集して、監督やプロデューサーも育てていきたいと思ってるんですよ



最近、ケンカするヤツいなくなったよなあ




「オレはいつでもワクワクしたいんだ。ガキの頃だって遊び道具がなくても空缶がありゃ缶ケリやったし、釘が1本ありゃ釘立てして遊んだだろう。オリジナルの遊びってものを考えたんだよな。それがワクワクすることだった。うちのガキともさ中学生のときまで一緒に遊んだんだ。ヤツらの友達呼んで近所のグラウンドで缶ケリしたりしてね。するとオレは変わってないんだというのがわかるわけ。トイレの陰に隠れてるとき、足音が聞こえるとドキドキするのよ。40男が何してるとは思うけどね。しかし、目いっぱい熱中してる。また、そうならんとつまらないのだよ。オレはそういう気持ちを仕事でも持ちたいと思って、映画に入ったんだよ。ワクワクするような企画ばかりあるわけじゃないんだけどさ。
映画撮ってないのに何で生きてんだって、よく言われるんだけどね。それが不思議なもんで撮らないときのほうが収入の多いときもある。麻雀?いまはダメだな。助監督の頃は全財産が1万円しかなくてもさ、ガキミルク代と今日は3輪車買うんだなんていうがんばりがあったからなあ。あの頃は必ず勝ってたよ。いまはそれがないもんね。麻雀だけだよ、責乏人が勝つのは(笑)」
「最近、ケンカするヤツいなくなったよなあ。今日は何かムズムズするな、ケンカでもしようかと思ってさ、夕方から酒飲み始めたもんだよ、昔は。オレも強そうに見えるらしくて、よくふっかけられたしね。いまはみんな効率の悪いことしたがんないだろう。ケンカくらい効率の悪いものないもんね。翌日になって、メガネはないわ、足の骨は折れてるわでしょう。オレのも、つい、それで曲がっちゃったんだよ」




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