来日4日め、W・フリードキン監督は東京本郷の居合道場・研修館を訪れた。そこへ深作欣二監督も合流。この珍客を迎えて館長(9段)は戸村4段に命じ、真剣による形を披露。夢想神伝流の凄まじい剣技に、館内の空気は硬直した。それから1時間後、2人は激論のまっただなかにいた。



深作 ボクは、あなたの作品、『フレンチ・コネクション」、「エクソシスト」、今度の「クルージング』を見てるんだが、3本のなかでは『エクソシスト』がいちばん興味があり、面白くもあった。

フリードキン どういうところが?

深作 日本では、善と悪が人間の内部で絡み合っていて、切り離しがたいものなんだね。だが西洋キリスト教社会はそうじゃない。悪は善によって徹底的に滅ぼされる対象だよね。ところが、あの映画は、キリスト教の観念をそのままなぞっていなかったの?

フリードキン そう。ボクは、単なる人間と悪魔の対立を描いたわけじゃなかった。あの悪魔は、キリスト教的観念の悪魔ではないんです。

深作 あなたはクリスチャンなの?

フリードキン いや。ボクはクリスチャンじゃない。これを言うのは初めてだけど・・・・・・

深作 そうでしょう。そういうところが、あの映画に出ていた

フリードキン あれは1949年に、ワシントンで起こった実話をもとにしています。ボクは説明のつかない出来事、近代技術でも思想でも解明できない事実そのものに興味があったわけ。形のないエネルギーといったものにね。ボクはクリスチャンじゃないけど、自分でコントロールできないような力、人間の持っている以上の力といったものは信じているから。

深作 日本でも、あの少女のような憑依現象はいっぱいあってね。犬や狐や死んだ他人が取り憑く。そういうものは、世界中いたるところにあるわけね。

フリードキン そう。

深作 あなたは能に興味があると言ってたね。能の基本はね、死んでしまった人間が怨みをもって、怨霊となって登場する。それを、仏法の高僧など、有徳の人がなだめるというパターンなんだ。

フリードキン 怨みって、復讐なのかな?

深作 ウーン。とにかく、戦に敗れた人間、男に捨てられた女が出てくる。われわれは、それを滅ぼすべき悪とみなさないんだな。ときには同情すべき哀れな存在だとみる。

フリードキン なるほど。

深作 ボクが『エクソシスト』興味を持つのはね、来年、戦で敗れた時の怨霊が出てくる『魔界転生』という映画を撮るからなんだ。それで今、怨霊に感情移入というか、親近感を持っているんだよね。

フリードキン ボクはね、なぜ『エクソシスト』が日本で大ヒットしたか、ちょっと理解できないんだけどそれはね、あなたの言うように、説明不可能なものに対する恐れがあるからさ、日本人にも。

フリードキン ボクは超自然的なものは、リアルに描くのがいちばんいいと思ってる。奇妙な音楽もなく、カメラアングル普通にして、できるだけ現実に即して描く。

深作 『エクソシスト』が面白かったのは、そこだね。リアリズムで成功しているんだ。ほかの似たような映画が面白くなかったのは、現実への執着力というものがなかったからだね。それは『フレンチコネクション』にも『クルージング』にも共通している。現実にこだわっていくというあなたの方法が、映画を面白くしているんだ。

フリードキン そう、ボクもそう思っている。

深作 脳外科もダメ、精神分析もダメで、エクソシズムへ行く。そのプロセスがとてもリアルんだったから、ひとつの奇妙な現象が起こりうるんだという説得力を持っていた。



ホモセクシャルは反抗精神



フリードキン ボクはミスター深作の『柳生一族の陰謀』をアメリカで一度見て、今またヴィデオで見直しているけれど、とてもビューティフルだ。あれは階級間の闘争を描いたのですか?

深作 いや、そうじゃない。

フリードキン じゃあ、社会的レベルの等しい2つのファミリー間の闘争を描いたのかな?

深作 そうね。日本人のよく知っているドラマの断片を再構成して、新しいドラマを作り上げてみたわけ。

フリードキン 製作費は?

深作 えっと、4億円くらいだったかな。

フリードキン ・・・約50万ドルですか

深作 今だと倍かかるだろう。

フリードキン ダブル?ヒューッ!でも、アメリカよりは安い。あの映画、若い観客にうけましたか?

深作 いや、結果的にはかならずしも、そうじゃなかったみたいだね。フフ。

フリードキン WHY?

深作 それはアメリカで西部劇が少なくなってるのと同じじゃないかな。日本の若い人も時代劇に感情移入できなくなっているんだろう。

フリードキン 深作サンの映画づくりの基本は何でしょうたとえば、観客を楽しませなきゃならないという危機感をもっているとか・・・

深作 それは、もちろんある。だけど、ボクの基本は、人間の行動を善悪に分けないというととね。ひとりの人間のなかに、もあれば悪もあると考えているから。

フリードキン なるほどね。

深作 『クルージング』には、同性に惹かれる人間、美的な世界に入っていく人間が描かれているけれども、あの衝動は普悪に関係ないのだろうか。ただ不可解な衝動なのだろうか?

フリードキン いや、悪の力ですね、それはホモセクシャルは、自分自身のなかに悪をみているんだ。アメリカではホモはアウトローですからね。ホモに惹かれるのは、アウトローになりたいという衝動があるからなんだ。

深作 なるほど。

フリードキン アメリカでは、同性に惹かれることは堕落でもり、不潔であり、神の摂理に反するものであり、法にふれるものである、とされているんでね。

深作 あなた自身は?

フリードキン ボクは、ホモ・セクシャルは反抗精神のあらわれだと思っています。

深作 じゃ、それを悪として描いてはいないわけだ。

フリードキン ボク自身は、自分が見た世界をそのまま描いたわけで、善か悪かというジャッジだけじゃなく、政治や社会とのかかわりもあるからね。それがたまたま戦争とつながると、ややこしくなる。つまり、よその国に乗りこんでって、これは絶対に間違っていると

フリードキン ーーええ、ええ。

深作 そういうアメリカ人の絶対悪への考え方が、『クルージング』を見ると、太平洋戦争やとても面白かった。

フリードキン それは、とてもうれしい評価ですよ。



武士道にみる男同士の愛



フリードキン ニューヨーク警察にね、『フレンチコネクション』のポパイ刑事のモデルになったベテランがいる。彼が言ってたけど、以前に麻薬を追っていたときには麻薬に染まらなかったが、今度、ゲイの犯罪を追及しているうちに、ゲイの世界にとりこまれそうになったって影響を受けたって。

深作 アル・パチーノは影響を受けなかったのかな?彼も同じだ。私自身、かなり揺すぶられた。バンドラの箱を開けるような恐怖と好奇心の連続で、あの映画を撮り終えたんです。

深作 ほう・・・・・・

フリードキン 日本には「クルージング』のような状況はないのかな?

深作 ウン。ああいうように、ひとつのグループを作ったり、クリストファー・ストリートのように、ひとつの街を占拠したり、ということはないがね。

フリードキン ゲイ・バーは?

深作 あるよ。しかし、なよなよしていて、「クルージング』のようなハードゲイじゃないよ。ソフト・ゲイだ。

フリードキン 日本にも、昔はハード・ゲイの世界があったと聞いたけど?

深作 300年くらい前、日本は国内で戦争ばかりしていたんだ。その戦争のなかで、生死を共にする同士的結合が生まれたんだね。それが非常にチャーミングな関係として、今でも歴史的なエピソードが数々伝えられているわけさ

フリードキン 新藤兼人の『鬼婆』の時代、溝口健二の「雨月物語』の時代ね。しかし、サムライのハードゲイを描いた映画はあるのかな?

深作 いや。ボクがやりたいと思ってるんだがね。

フリードキン なぜ映画にならないのだろう?観客が拒絶するから?

深作 いや、かならずしも、そうではないと思うよ。

フリードキン 現在の日本人のなら自然なんだが・・・ということね。オレはそうは思っていないが。

フリードキン 不自然?わからないなあ。道徳的に不正だと思っているわけ?

深作 いや、それは違うな。

フリードキン フーン。じゃ、たとえば自分の息子がホモだと知ったら、父親はどうするのだ

深作 何もしないだろ。いや、何もできんだろう。本人がそうなったらしょうがないもの、これは。

フリードキン しようがないと思うだけ?

深作 ウン。バカが、困ったなあと思うだけじゃないかな。

フリードキン ほうじゃあ、たとえば「クルージング』のゲイたちも、アメリカのバカが......と思われるのかな?

深作 いや......なんと言ったらいいか。たとえば暴走族ね。へルス・エンジェルスだ。息子があれになったら、親は困る。困るが、ひきとめる基準を持っていないんだ。こう言ったら、わかってもらえるかな?

フリードキン







・・・三島の死はフィクションだった



フリードキン 三島(由紀夫)はホモセクシャルだったって本当?

深作 そう。そういう感覚を持っていたね。

フリードキン ハード・ゲイのほうなのかな?

深作 いや、本質的にはソフト・ゲイだ。だけど、彼は剣道やボディビルで自分を鍛えることによって、別の方向へ、ハード・ゲイに近づこうとした。

フリードキン なるほど。で、彼の自殺の原因は何だったんだろう?

深作 ウーン。ひとつには、自分の表現の世界の行き詰まり。またひとつには、ソフト・ゲイからハード・ゲイへ移ってきたという変化。それに、肉体の老いに対する美的感覚かなあ。自分が醜くなることを認めたくなられない。そういう限界を自分で切り捨てたのだと思う。

フリードキン ほほう

深作 ボクの解釈では、あの自殺はひとつのフィクションであり、彼はそのフィクションを楽しんだのだと思う。

フリードキン AHAH/それでは、政治的意味はなかったことになる。

深作 ウン。彼は政治の有効性というものを信じていなかったし、関心も持ってなかったよ。彼の友人で政治の有効性を信じる作家がいて、政治活動に入って行ったが、彼はそういう人間を軽蔑していたものね。

フリードキン つまり、三島の行動は、政治的というより、むしろ・・・

深作 美学、フィクション、これは確かだと思うね。

フリードキン 彼の作品は、西洋の影響を受けていなかったのか?

深作 すごく受けていたね。

フリードキン しかし、死の直前の彼は、西洋から......。

深作 一所懸命逃げようとしていた。しかし、そのフィクションは、ついに日本的なものにはならなかったと、ボクは思う。



観念、人間存在、その不可思議な衝動について語り合って、深作欣二、W・フリードキン両監督の対話は延々と続いた。時間には人一倍厳格なフリードキン監督が、インタビュアーを持たしていることを忘れてい「こんな話をしたのは初めてだ。とても真剣な話なんだ」と何度もくり返す。能、歌舞伎、浮世絵へと話題は果てしなく広がり、なかなか別れがたい風。通訳に、あとの時間がーーとせかされて、ようやく深作監督に握手を求めたのだった。



フリードキン 今日は、とても興味深い話をした。わざわざ会いに来てくださって、恐縮しています。どうもありがとう。

深作 いや、こっちもたいへん楽しかった。東京で、京都で、能や歌舞伎を楽しんで下さい。それは、たぶん、あなたにとってとても参考になることだと思いますよ。

フリードキン ボクもそう思います。またお会いしましょう。ほんとにありがとう。




戻る
inserted by FC2 system