今から丁度10年前の1983年4月某日、某テレビ局で「ななこSOS」が初めてオンエアされた。サブタイトルは「超能力の美少女」視聴率は8.3パーセント。
  私の手元に1冊の古ぼけた手帳がある。社団法人日本能率協会から発行されたウィルブロックKタイプ750円の1983年版だ。この手帳には、1月14日「山本優氏と打ち合わせ」から12月末の「ななこSOS」最終回までのさまざまな事が記録されている
  「ななこ」の前作「コロコロポロン」の絵コンテをやっていた私は、そのたぐいまれな才能(?)が認められ、初めてのカントクに抜擢された。でもまあ・・・・・・大変であり、自信喪失の1年間でもあったわけで......、まあ、そのお話は今度またゆっくり。
  あづま先生とは、「ななこ」のパーティで一度だけお会いしたことがあります。確か打入りのパーティだったと思うのですが、一緒にいしかわじゅん氏も出席していて、その隣であづま先生が、ひっそりと水割りを飲んでいた姿をおぼえています。
  手帳の2月22日、翌23日には、「整音スタジオにてななこオーディション」と書かれてある。ななこ以外の声優さんは、「飯田橋」古谷さん、「四谷」三ツ矢さんなどと、わりとスンナリ決定したのだが、肝心の主役がなかなか決まらなかった。2日間にわたり何十人もの声優さんの声をきいたのだが、まったく決まらなかった。一話のアフレコは3週間後だ。そして翌3月2日、整音スタジオにてオーディション。その日とうと・う「ななこ」がみつかった。その声をきいた時、調整室に居合わせたほぼ全員が、「これこそななこだ」と同時にさけんだ。ということはなかったが。ほぼ全員が心の中でそう思った。彼女はその日、二日酔いで気持ちが悪くオーディションに来るのをやめようと思ったらしいが、人間なにが幸いするのかわからない。「ななこの声は二日酔いの声だったのか......」
  あれから10年、2才だった我家の長男も今は12才。あの頃流行った映画は「セーラ一服と機関銃」そうか、ななこもセーラー服だった。最近流行ったのはブルセラ。そうか、10年で流行はひとまわり。今年「ななこSOS」をオンエアすれば、大ヒットまちがいなしだったのに......。
  ちなみに、ななこ最終回の視聴率はと手帳を開くと.....書いてない...。

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