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『1977年 俳優座公演 132回 十二夜』 「俳優座のシェイクスピア劇」石沢秀二
さて70年代に入ると俳優座シェイクスピア劇の演出は仙田是也から増見利清にバトンタッチされた。 そして装いは、千田演出よりはるかに当世風になってきた。これは60年代後半のロイヤル・シェイクスピア劇団に学んだ増見氏としては極めて自然なことである。 71年の増見利清・山本圭コンビのハムレットがそのデモンストレーションであった。 文学座の福田芥川コンビのハムレットは木村ぴか一・江守徹コンビに変わった。誤解を恐れずに言えば、千田仲代コンビのハムレットは木村江守徹のアトリエ初演のハムレットに発展した感を持つ。 そして増見山本コンビは福田芥川コンビさらには浅利慶太平幹二郎コンビのハムレットを経由して俳優座に移植された新芽という感じを持ったのだ。 つまり、それほど大胆に千田仲代コンビのハムレットに対するアンチテーゼを提出しようという姿勢を増見山本コンビに感じ取った。 しかし舞台成果としては千田仲代に十分対抗するほどではなかった。むしろ仲代を中心とするリチャード三世のほうが素直に見ることができた。 その後のジュリアス・シーザーを見ても、仲代達矢という俳優によって、俳優座シェイクスピア劇の伝統が展開しているように思えたのだ。 山本圭のハムレットが決して未熟なのではない。増見山本コンビの目指す都会的斬新さがまだ十分、根付いていないという事なのだ。 野次馬的に言えば、増見山本コンビには小田島雄志訳がよりふさわしかったと思う。つまり俳優座シェイクスピア劇はウィンザー以来、これまで一貫して三神勲役をテキストにしている。