『キネマ旬報 1974年 正月特別号 映画「小林多喜二」の撮影をある冬の日に見る』

今日は拷問で殺された多喜二の遺体が自宅に運ばれ安田徳太郎医師による遺体検査のシーンだ。 死んだはずの多喜二が時々咳をしている。蒼白の化粧をしているので、山本圭がほんとの病人のように見える。実際風邪をひいているのだ。 年の瀬も押し詰まった寒いステージの中で半裸にされていては風邪をひくのも無理はないと思っていたら

「僕はどうも気管支が弱くて、冬はいつも風邪をひくんですよ。ホリュウの質なんですよ。」と多喜二は笑った。

呼吸を止めているのも楽ではないだろう。呼吸は止められても心臓はそうはできない。 おなかがかすかに動いている。鼓動のためだ。

「でも拷問のシーンに比べたら天国ですね。いくら映画とはいえ、逆さ吊りにされて真似事でもたたかれたらかなわんですよ。」

多喜二の苦しみが分かります、なんて白けたことを言わない圭のほがらかさがいい。

「僕は顔つきが子供っぽいでしょ、それに戦争と人間で坊主頭になっているんですけど、インバネスを着て返送用のロイド眼鏡をかけているとなんか小僧みたいでね 多喜二の風格が出るのかどうかそれが不安ですね。」

俳優としての不安と同時に、成功させる会の見学者が多くなるにしたがって責任の重大さを感じているからだろう。

今度は山本圭の多喜二体験に戻ろう。

「高校生のころ蟹工船や1935年3月15日を読んだことがありますが、どんな人間だったかそれほどの関心もなかったですね。 第一、芸術と政治はまったく別のものだなんて考えていたんですからね。 一昨年、兄が新人会の早春の賦で多喜二に扮し多喜二の弟さんの三吾さんが実物そっくりと感激されたようですから。今度もてっきり兄がやるものとばっかり思ってたんですよ。 ところが今度は僕でしょう。うまくいくかなあァという不安が先に立ってね。それに成功する会に出てしゃべったりするとこの人たちの期待にこたえなくてはと思いますよね。 怖くてラッシュもまだ一回も見ていないんですよ。ラッシュを見るといつもああすればよかったと反省するばかりなので今度は意識的に見まいとしてるんです。 これがまた悶々の情でしたね。だから、もう少ししたら思い切って見てしまおうかと考えているんですよ。」

今井さんにせよ山本圭にせよ、目に見えない拷問に出会っているようだ。


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