鈴木治彦おしゃべりジャーナル
浅野内匠頭が、とうとう吉良上野介に斬りつけた。おなじみの松の廊下の刃傷事件。そして、内匠頭は切腹、浅野家はお家断絶。日本人なら誰でも知っている物語だが、『峠の群像』は、そこに新しい解釈が多く盛り込まれている。隆大介が内匠頭に起用されたということからして、その新しさの表われ。なにしろ大きい。187センチの隆大介が部屋に入ってきたときには、小柄な鈴木さんが思わずぎくっとなったほど。だが、話してみると、礼儀正しく、ひかえめな好青年であった。
ゲスト隆大介
本名・柳明男。昭和32年2月14日、東京・大森に生まれた。都立大森高校卒業後、コックになろうとして料理学校に通っていたが中退。32年、仲代達矢の主宰する『無名塾』に応募して入る。55年、黒沢明監督の『影武者』で、織田信長役でデビュー。同年、ブルーリボン賞新人賞を受けた。舞台『オイディプス王』、テレビ『炎の女沢田美喜』、映画『謀殺下山事件』などに出演。『峠の群像』の浅野内匠頭役で、全国にファンをひろげた。
ユニークな浅野内匠頭で注目!隆大介苦労をかけたおふくろは「峠の群像』を見ながら泣いているんです
鈴木いよいよ内匠頭の切腹で、あなたの出番は終わりましたね。
隆ハイ。これからは、『峠の群像』のファンとして、テレビで見させてもらいます。
鈴木最後の撮りはいつでした?
隆3月の初旬に撮りまして、それでぼくのお役目は終わったんです。あとは、回想シーンでときどき出るぐらいで・・・・。
鈴木『忠臣蔵』というのは、みんなが知っている事件なんだけど、あの『峠の群像』は、これまでのものとはかなり違っていますね。
隆そうですね。『忠臣蔵』というより『赤穂事件」という扱いですね。原作にも脚本にも恵まれています。
鈴木あの時代背景を、そのまま現代に置き換えても理解できる、というか・・・・。
隆ええ。ただたんに、吉良と浅野の争いということじゃなく、時代が変わりつつあるときに、考え方の違うふたつの文化、つまり吉良文化と浅野文化の対立、というとらえ方をしていますね。昔ふうの、いいほう、悪いほうというのじゃなく……。
鈴木そのドラマで浅野内匠頭になる、という話を聞いたのは・・・・。
隆去年の5月なんです。そのとき、ぼくは、「間違いでしょう」っていったんです。
鈴木自分の役じゃない、と思った?
隆だって、そうでしょう。ぼくもこれ までに何本も『忠臣蔵』を見ましたけど、内匠頭というのは、代々、代表的な二枚目の人がやっていたでしょう。ぼくみたいにごつい男の内匠頭なんか、見たことがなかったし・・・・・。
鈴木じゃ、迷ったでしょう?
隆迷いました。どうやればいいのかわからず・・・・。でも、続けているうちに、だんだん内匠頭という男がわかるようになって、よし、これだ、と思ったときにはもう終わっていた、というのが実感なんです。
鈴木ようやくその人物になり切ったときが終わり、というのは皮肉ですね。
隆だから、いまのぼくは、寂しくてしかたがないんです。
デビューが決まってかえって憂鬱に
鈴木どういうところに苦労しました?
隆うーん、そうですねえ。全部が苦労でしたけど・・・・。内匠頭が怒りっぽい人物だ、ということはみんなが知っていることでしょう。だから、ただ短気に怒ってばかりいたんじゃしょうがない。仲代さんにもいわれたことなんですが、怒りを表現するということは、その怒りを理性で抑えることだ、というんです。抑えた中に怒りを表わす。これがいちばんむずかしかったですね。
鈴木その怒りが最後に爆発するのが、松の廊下なんですね。
隆ええ。でも、あのシーンは、過去に何十回も作られてきて、一種の型ができあがっているんですね。ところが、型にはまっては、ほんとうのことは伝わらない、と思ったんです。問題は迫力だと思って・・・・。なにしろ、内匠頭は、3日も4日も寝てないわけでしょう。イライラして、ノイローゼ状態になっている。だから、本来は突き刺すべき短剣で、斬りつけてしまったんです。そのイライラさをどう出すかで、メーキャップにもずいぶんくふうしました。
鈴木隆さんのデビューは『影武者』でしたね。しかし、いきなり黒沢明作品で、しかも織田信長という大役で・・・・。びっくりしたでしょう?
隆びっくりなんてものじゃありませんよ。まるで信じられませんでした。
鈴木オーディションで?
隆ええ。ぼくは、それまでも何回もオーディションを受けて、すべてに落っこちてるんです。だから、逆に開き直ってましてね、どうせ受かるわけがないと思って受けたんです。
鈴木それがよかったのかな。
隆5次面接か6次面接のとき、助監督さんが、「ご苦労さん」っていったんです。それで、ああ、やっぱり落ちたんだなって、妙に安心して塾に帰ったんです。塾は東宝撮影所から自転車で10分ぐらいのところにありますから・・・・。それで、塾に帰ってみると、東宝から連絡があって、黒沢監督が、なぜ帰した、と怒っているっていうんです。それで、あわてて自転車でまた出かけていったんです。
鈴木そうしたら、合格だった?
隆「きみに信長をやってもらう」っていわれて・・・・。もう冷や汗は出るわ、顔は真っ青になるわで・・・・。
鈴木でも、うれしかったでしょ
隆いやいや、逆ですよ。憂鬱になっちゃいました。ぼくにできるわけがない、と思って・・・・。2か月間は悩んでましたね。なんとか断わる方法はないだろうかって・・・・。
鈴木仲代達矢さんは?
隆そりゃ喜んでくれました。仲代さんも宮崎恭子さんも、それに塾のみんなも喜んでお祝いしてくれたんですけど、その中央で、ぼくだけがうつむいてしょんぼりしてました。「そんなことでどうするんだ!」って、叱られました。
鈴木最初は、勝新太郎さんが主役だったんですね。それが、途中で仲代さんに代わった。自分の師匠に代わって、どう思いました?
隆(目を輝かせて)そりゃ、うれしかったですよ。自分の師匠と同じ映画に出られるんですから・・・・。光栄でした。
鈴木しかも、黒沢監督。こんなにすばらしいスタートはないですね。
隆そうですねえ。前々から仲代さんにはいわれていたんです。芝居というのはしんどいものだ。手作りの苦しさだって。それを、現実にその中に入ることができたんですからねえ。ぼくほど恵まれた新人はいないんじゃないんですか。
子供のころはひどい貧乏だった
鈴木デビュー前は苦労なさったんですって?
隆苦労っていうより、貧乏でしたね。いまも貧乏ですけど、子供のころは、ひどいものでした。
鈴木5人きょうだい?
隆ええ、上の4人が女で、ぼくがただひとりの男。姉たちは全員結婚してます。小学校6年のときには、もうおじさんになっていたんです。それで、ずっとおふくろとふたりで暮らしてきたんです。
鈴木それで、貧しかった?
隆コンプレックスのかたまりでしたね。みんなが夏には海に行くのに、うちだけは行けない、とか、流行しているおもちゃも買えない。いい洋服もない。・・・・ただ、おふくろは、どう工面したのか、食べものだけはいいものをくわせてくれましたね。ぼくが肉が好きだったもので、なんとかお金をつくって買ってきたり・・・・。いまでも、すごく感謝しています。
鈴木その貧しさのコンプレックスが、バネになったのかな・・・・。
隆それもあったでしょうね。ただ、”金がいちばんだ”とは絶対に思いたくないんです。もっとたいせつなものは、たくさんあるはずだって・・・・。貧乏してきましたから、もうこれ以上、金のことですったもんだしたくないと思ってるんです。
鈴木俳優になるとき、お母さんは?
隆大反対でしたね。泣いてとめました。ぼくが役者になんかなれるわけがない、と思っていましたし、とくに新劇の役者なんて、食えるわけがないと思ってたらしくて・・・・。
鈴木じゃ、『影武者』で信長になると決まったときは、大喜びだったでしょう。
隆自分が合格したみたいに喜んでましたね。この前も、日曜の夜、家にいると、おふくろは『峠の群像』を見て泣いているんです。
鈴木テレビを見て批評したりなさいます?
隆批評しても、聞かないようにしています。なにしろ、親バカですから、なんの参考にもなりませんよ。ご近所に自慢して歩いてるんじゃないのかな。
隆それだけはやめてくれっていってあるんですけど・・・・。やりかねませんね。
鈴木少しは恩返しができましたね。
隆『影武者』の最初のギャラが出たとき、おふくろに着るものを買ってやりました。でも、恩返しなんか、まだまだできませんね。
鈴木いまもご一緒に?
隆ええ。それがせめてもの親孝行だと思ってるんですがねえ・・・・。
細く長く役者をつづけたい
鈴木隆さんは、仲代達矢さんの『無名塾』の第1期生でしょう?
隆ええ。一般公募の第1期なんです。その前にも、神崎愛さんなんかはいましたけど・・・・。
鈴木『無名塾』の試験もむずかしいんでしょう?
隆いまは、1000人以上も押しかけてきて、むずかしいようですけど、ぼくのころは400人くらいでしたから、比較的入りやすかったんです。
鈴木10人で、何人合格?
隆6人です。
鈴木それでも、すごい競争率じゃないですか。なぜ、『無名塾』を選んだんですか
隆うーん、なんといっても、仲代さんの魅力ですね。ぼくは、塾に入る前に、仲代さんの映画は全部見たんです。ほかの人とはスケールが違う、というか、生きている次元が違うという感じですね。
鈴木塾は、授業料なしなんですって?
隆ええ。みんな貧之ですから、それはすごくありがたいことですね。でも、塾のいちばんの魅力は、仲代達矢さん、宮崎恭子さんという、現役でトップにいる人が、いつもそばにいて見てくれている、ということですね。
鈴木稽古場は、仲代家の庭にあるんでしょう?
隆20畳ほどの板の間があるんです。
鈴木炊事も掃除当番制?
隆というより、それぞれ向いている人がするということですよ。ぼくは庭の草むしりとか...。
鈴木若い女優さんたちの料理はどうですか。
隆ムラがありますけど、(笑って)ま、おいしいですよ。
鈴木仲代さん、宮崎さんのご夫婦は、理想の形じゃないのかな。
隆そうですねえ。お互いに尊敬し合っているというのはいいですねえ。1プラス1が2じゃなく、10にも20にもなるという感じで・・・・。ぼくも、結婚したら、ああいうふうな形になりたいな、と思っているんですけどね・・・・。
鈴木『影武者』の信長、そして、今度浅野内匠頭・・・・。一本一本自信がついてきたでしょう?
隆とんでもないですよ。自信はまったくありません。ただ、いくらか慣れてはきましたから、手を抜いて、いいかげんにやろうとすればできる世界ですから、それがこわいですね。ぼくは、細く長く役者を続けていたいと思っていますから、一本一本、むずかしいですね。
鈴木仲代さんのように、長続きするというのは、むずかしいでしょうね。
隆なにしろ、20年以上トップスターなんですから、すごい人ですね。
鈴木そうなるためには、努力?
隆(うなずいて)それしかないでしょうね。これでOKというときはありませんから・・・・。『無名塾』に入ったときには、100回やっても1回もうまくいかなかったことが、そのうち90回に1回はできるようになる、85回になる、というふうに、少しずつ打率が上がってくるのがわかるのはうれしいですね。
鈴木稽古しかないわけですね。
隆ジャイアンツの王さんが、いいことおっしゃってたんです。忘れないよう手帳に書いておいたんです。ちょっと待ってください。(ポケットから手帳を取出して読む)練習、稽古、鍛練。この中に含まれているものは無限。この中か探し当てた光は、独自の輝きを放つ・・・というんです。そのとおりだと思いますね。
結婚はまったく考えていない
鈴木結婚は、まだ?
隆考えたこともありませんね。それどころじゃないといった感じで・・・・。(苦笑して)でも、ぼくは惚れっぽいから、好きな人ができたら、すぐに結婚しちゃうかもしれませんけどね・・・・。
鈴木惚れっぽいというと、これまでにも何回も・・・・?
隆(笑って)さあ、10回ほど惚れて、10回ほどふられたんじゃないかな。
鈴木お母さんは、結婚しろ、といいません?
隆いっているようですよ。「お前の世話をするのは、もうあきた」って・・・・。
鈴木はやく安心させてあげなけりゃ
隆いまは、それよりも仕事のことでいっぱいですね。9月には『幻の湖』という映画がありますし、秋には舞台の予定もあるし....。
鈴木いちばん新しい仕事は?.
隆前に仲代さんが映画『いのちぼうにふろう』でやった役を、フジテレビの『時代劇スペシャル』の『地獄の掟』でぼくがやるんです。偶然というか、光栄です
<対談を終わって>
仲代達矢のことを話すときは、少年のように目が輝き、母のことを話すときは、しんみりとなる。そして仕事の話はいつ果てるともなく熱っぽく続く。隆大介のその大きな体の中には、希望と情熱がいっぱいにあふれているようだ。浅野内匠頭の素顔は、すばらしい現代青年であった。 戻る