自らペンでえがく・・・・2600字のドラマ
第65回
『影武者』姫路ロケの思い出隆大介
昨年の4月3日の最終オーディションで、黒沢監督から直々に、「じゃ、君に信長をやってもらうから」といわれた時、あまりのショックで目の前が真暗になり、顔面蒼白になった。その瞬間の感じというのは、映画が完成し、封切られた今でも、鮮明に僕の身内に残っている。とにかく、「よろしくお願いします」という挨拶もろくに出来ない状態だった。無名塾に戻り、仲代さん、宮崎さんはじめ、この事を塾のみんなに報告したのだが、みんなの「おめでとう、おめでとう」という言葉をよそに、僕だけは、うつ向いて、しょげ込んでいた。
だが、そうなるのも無理はないと思う。今まで単なる映画ファンとして、黒沢映画を観ていた僕が、その憧れの巨匠に、信長という大役で使われることになってしまったのだから、その怖さたるや、途轍もないものだ。
さて翌日の4月4日から早速、乗馬と能の舞の特訓だ。何から何まではじめてづくし。今日から、6月末の姫路城ロケまでのあいだに、両方ともサマになるようにこなさなければ・・・・。かなりの焦りがあるが、とに角毎日コツコツやることだと自分にいいきかせた。
乗馬というのは先ず、馬にナメられたらやばいという予備知識だけは人の自分にもあったので、その点だけはケアし乍ら訓練に臨んだものの、初めて馬にまたがった時その高さの高いこと高いこと。でもそこがふんばりどころ。とはいったものの馬が急に暴れ出したのには驚いた。そこで必死にしがみつき、もっていた鞭でしゃかりきに馬のケツをひっぱたき、やっと馬が鎮まった。そんな状態が一週間程続き、十日程経ってから、やっと怖さを意識せずに乗っていることが出来る様になった。
一方、芝居のリハーサルの方だが、こちらの方も、毎日、東宝砧撮影所に通い、衣裳合わせ、かつら合わせと並行し乍ら行なった。先ず、黒沢監督に云われた事は、衣裳を何気なく着こなせるようにすることだった。何しろ着物などを着るのは初めてだったので、初めの頃は、その派手な衣裳を着ると、まるで「七五三」の子供の様に、まるでサマになっていないのだ。鏡に写ったそんな自分の姿を見て、思わず失笑してしまう程だ。その「七五三」の様な格好でスタッフの人達がうようよいる撮影所の広い敷地の中を歩き廻ることで衣裳に慣れるのだという指令を監督から受け、初めはとに角、恥も外聞もなく、みっともない到底武士の歩き方とはいえぬ歩き方で撮影所の中を歩き廻ることから、リハーサルは始まった。
信長の出番のシーン数は、全部で6シーンだが、その6つのシーン全部のリハーサルを、本番さながらの条件の下で、連日細かく細かく行なった。せりふの中のある一部分や、振り向き方、目の動かし方だけで、朝から夕方迄やっていることもあった。芝居のリハーサルの無い時でも、撮影所に行き、衣装を着て、ヒゲをつけて、でも衣裳に慣れる為の訓練を行なっていた。
そうこうしている内に、いよい姫路城ロケの日が迫って来た。
6月24日、姫路入り。24日午后から、早速本番で乗る馬に少しでも慣れる為に、宿から車で一時間余りの「山陽乗馬センター」で乗馬の訓練。本番用の馬は、6才で芦毛、少々癇が強いが、その乗馬センターのオーナーである加藤さん御自慢の「ユズリハ2世」。姫路入りした日から、馬で走り廻るシーンの撮影が行なわれる7月9日の前日迄、勿論僕の乗り方にも問題はあるのだが、殆んど、僕の思う通りに、ユズリハ2世は動いてれなかった。
6月27日、いよいよ撮影本番初日がやって来た。前の晩は、緊張と不安で明け方まで眠ることが出来なかった。ドキドキする心臓の鼓動で、ベッドの柔らかなクッションが上下するのをはっきりと感じとれる程だった。城の入り口近くの迎賓館でメークを終え、本番衣裳を着て登閣しようとしたが、外は雨、本番用の衣裳は、雨に濡れると色が褪せてしまうので、別の重臣用の衣裳を一旦は着たのだが、監督が突然怒鳴り出し
「そんな衣裳を着せる位だったGパンで登閣させろ。イメージがぶちこわれるじゃないか!」
この言葉には感動せずにはいられなかった。リハーサルの期間から造り上げてきた黒沢監督の信長のイメージが狂ってしまうことに腹を立てた監督の気持が、緊張している自分にはとても嬉しかった。衣裳部の人はおかげで大変だったとは思うけど、その時の監督の言葉は、今でも僕ははっきりと覚えている。この日の撮影はクランクイン初日にしては早く一時間余り。
姫路ロケでは、毎晩の様に夕食後、黒沢監督初め、プロデューサー野上さん、丹羽長秀役の山下哲生さん、森蘭丸役の山中康仁君が僕の部屋に集まりウィスキーのグラスを傾け監督の映画についての色々な話を聞かせて頂いた。黒沢監督が、僕の部屋を、「バー信長」と呼ぶようになる程、姫路ロケの間は毎晩集まるようになっていた。
信長の6つのシーンのうち、4つは姫路ロケで取り終えたが、姫路ロケ最終日の7月9日はいよい信長が乗馬をするシーンの撮影だ。このシーンは信長のこの映画の「出」のシーンなので、馬をかなり派手に乗りこなさなければならない。この日の為にスタッフの人がでこぼこの地面を平らにする為に、城の入口からかなりの距離があるここ備前丸まで、土をリヤカーにのせて何度も往復してくれた。何とありがたいことだろう。僕も自然と気合いが入るのも当然であるが、なにせ、ユズリハ2世号は、今日迄僕にはあまりなついてくれなかったので、とても不安である。僕が鞭を少しでも入れると、すぐ暴れる馬であったが、監督の「本番、ヨーイスタート/」の声があがった。もうマナ板の上のである。落ちても、どうなってもよいという、開き直りの精神で、ユズリハに、今まででは考えられない様なの入れ方をしたのだが、不思議と、必死になっている僕の気持が通じたのか、ウソのように僕の思い通りに、ユズリハは走ってくれた。
監督の「OK」の声が出た瞬間、馬を止め、首に愛撫をしてやった。普通の芝居が終わった時よりも、数倍スッキリした気分だった。ユズリハとの別れ際、僕が名前を呼ぶと、初めて僕の方に寄って来た。涙が出る程、嬉しかった。
姫路ロケのこうした想い出は、僕は一生忘れることが出来ないであろう。(原文のまま) 戻る