●話題の人・訪問

『エイジアン・ブルー浮島丸サコン』に出演した
隆大介



朝鮮人の悲しみを大切にして演じた




  浮島丸事件”をご存知だろうか?敗戦直後、浮島丸という船が京都の舞鶴湾で爆沈した事件だ。乗船していたのは、戦争中、強制連行によって下北半島で働かされていた大勢の朝鮮人たちで、本国に送り届けるはずであったという。
  堀川弘通監督の映画『エイジアン・ブルー浮島丸サコン』は、その事件を題材に日本人の戦争責任の問題を鋭く突いている。しかし作風は決して押しつけがましくなく、淡々とした描写故に、かえって見終わった後、ずしりと重いものが残る。
  物語で主軸になっているのも、現代の朝鮮人青年と日本人女性のラブストーリーである。国籍を越えた一組の恋人同士の愛と理解の形が、今後の人類の進むべき道を指し示しているようだ。回想場面で朝鮮人の班長・大林(デエイム)を演じた隆大介の、寡黙な中に屠殺前の獣のような哀しみを湛えた、ものを言う目が忘れられず、彼にインタビューを申し込んだ。


  ーー私は恥ずかしい話"浮島丸事件"について知らなかったんですよ。

隆「それはこの映画に携わったほとんどの人もそうだったと思います。僕も今回初めて知って、自分の無知を恥ずかしく思いました。日本の歴史の教科書にも、原爆のことなどは書いてありますが、朝鮮人強制連行についてはあまり触れられてなくて、学校でも教わらなかったと思うんです」

日本人は被害者であったと同時に、加害者でもあった、という視点が抜け落ちているんですよね。

隆「日本の戦争映画でも、戦争を引き起こした日本人の弱点には触れないで、一方的につらかったことだけを描いたものしか、僕の知る範囲ではなかったと思うんですよ。そういう意味でも「エイジアン・ブルー』は画期的な作品だと思うんです」

朝鮮人の側に立って考えたとき、どんなことを感じますか?

隆「映画には、朝鮮人が無理矢理、祖国から連行される様子、そして苛酷な強制労働を強いられる様子が克明に描かれていますが、ああいう凄まじい暴虐行為が実際にあったことだと思うと、慄然としますね。その結果、日本で数えきれないほどの朝鮮人が亡くなって、浮島丸事件だけでも五、六百人以上死んだといわれていますし......。何も悪いことをしていないのにそういう仕打ちを受けて、何の希望もなく無残に死んでいった彼らの気持ちを思うと、無念とか理不尽であるという言葉ではとても言い表わせないような想いがあったでしょうね。現実に朝鮮人がなめた苦しみを、僕ら役者は疑似体験することしかできないわけですけど、彼らの望郷の念や悲しみを大切にして演じたつもりではいるんですけどね。でもこの間、ある政治家の方が、"強制的に連れてきたんじゃなくて合法的に来てもらったんだ"という発言をしていましたよね。国を動かす立場の人が、あまりにもあきれちゃう無知さかげんだなと思いました。そういう人たちにもこの映画を、立場を離れた一人の人間として観てもらって、何かを感じてもらいたい。そういうところから日本と韓国をはじめ、東南アジアとの新しい関係が始まるんじゃないかって気がするんです。今回の映画も、遠い過去を取り上げただけではなく、それに続いている現在も描いているし、さらにこれからの未来に向かっている視点も感じられるものになっていたと思います」

戦争を知らない世代の私たちにも今の問題としてしっかり伝わるような構成になっていました。それにしても、戦争になるとなぜ残酷な差別の構造が浮き彫りになるんでしょうね......。

隆「ホントにそういう恐ろしい戦争を二度と繰り返してほしくないですね。戦争中の日本人には、“天皇陛下バンザイ”っていう、なんとも不可解な精神構造があったわけですけど、それが敗戦によって崩壊したことを思うと、八月十五日は被害者である朝鮮人にとってだけでなく加害者の日本人にとっても、解放された日なんじゃないかと思ったりするんです」

国と国でなく人と人として、どうして出会えないのでしょう。

隆「政治的なやっかいな問題がからんでいるんでしょうけど、例えば、大震災に見舞われた神戸の瓦礫の町を目のあたりにしたときに、一個人の人間として、何を感じるかってことがとても大事なことだと思うんですけどね」



自分の仕事の中で一番好きな作品



私の好きなシーンは、瀕死の老朝鮮人を慰めるために、隆さん扮する大林が、笛を吹いて聞かせるところ。じっと苦しみに耐えている彼の心の声が、哀愁のある笛の音色に乗せて、饒舌に溢れでているように見えたのです。

隆「あの楽器は大等(テグム)といって『恨五百年』という曲なんですが、民族の悲しみや欝憤がこもっているようなメロディですよね。朝鮮の人たちの芸能は、虐げられていた歴史の方が長かった彼らの、憂さ晴らしといった素朴なものから始まったような気がするんですよ」

あと好きなのは、危険と忠告されても浮島丸に乗り込むところ。どうしても祖国に帰りたいという強い想いがほとばしっていて。

隆「僕個人としては、笛を聞かせたその老人の粗末な葬式をするシーンが一番胸にぐっとくるんです。老人を演じた及川ヒロオさんがとても素敵でしたし。そのシーンには僕はすごいこだわりがあったので、監督とも随分話し合いをしたんです。葬式なんだから民族衣装を着たらどうか、とか。でも、管理している日本人たちはそれすら許してくれなかっただろうって結論になって、最終的にはボロボロの作業服のままでやったんですけどね。朝鮮の方にはクリスチャンの方がすごく多いということから、せめて十字架を投げて埋葬する設定にはしたんですけど。でも映画を観てみると、その方が逆に良かったなと思います。ちゃんとしたお葬式をしたいのにできないという方が、もっと悲しいですからね」

――――殺されたり暴行を受けるつらさは言うまでもないのですが、獣以下に扱われて心のある人間として認められなかったことが、ものすごい苦しみだったと思うんですよ。民族衣装を着ることや韓国語を喋ることを禁じられたり、名前を変えられたり。人間にとって誇りをもてることが最低限の生きていける基盤ですからね。

隆「日本が負けて解放されると、朝鮮人たちはまずチマチョゴリを着て祖国の歌で踊りますものね」

――ところで、『浮島丸事件”の真相は未だはっきりわからないようですね。日本の汚点が明るみになると困るから証拠隠滅のために朝鮮人を抹殺した、ということなのか。

隆「そう思うのは順当な見方かも。でもこの映画では最後までそのことは謎として描いていますけどね。だからよけい観た後に余韻が残る。これでもかこれでもかという描き方をしてしまうとお説教っぽくなって、つまらなかっただろうと思うんです。まず映画としておもしろくないとね」

――アジテーション映画になっては観る人も拒絶反応をおこすでしょうしね。

隆「例えば、壁の裏にあるものを全部出されるよりも、チラッと見せられたらもっと見たくなるじゃないですか。堀川監督の演出はある種、突き放して描いていて、抑制をきかせているところがすばらしいと思うんです」

―お芝居もたいへん抑制がきいていたのが効果的でした。

隆「役者はつい「過剰に芝居を]やりたくなっちゃうんですよ。もっとも抑えてばかりでもいけなくて、そのへんの微妙なバランスがすごく難しいのですが。でも堀川監督は役者の芝居がよくわかる方で、現場で具体的に指示してくださいましたから、僕は監督の演出を信頼して演じればよかったのです。自分の芝居に関しての反省点はもちろんありますが、作品全体については、僕は人に観るように勧めたいほどいい映画だって自信があるんですよね。自分の仕事の中で一番好きな作品と言ってもいいくらい。生涯忘れられない仕事の一つになると思います」

――――具体的にはどんなところがお好きなのですか?

隆「今回のような話の場合、過去の部分がちゃんと描かれていないと説得力がないと思うんですが、それがフィルムにがっしり焼き付けられていたこと。まずそこからこの映画の成功の第一歩が始まったと思うんです。回想場面を白黒にしてドキュメンタリー・タッチにしたのも良かったし。当時のリアリティを出すために、タコ部屋の建物とか衣装とか全てに凝って、手をかけて再現するなど、スタッフが実に丹念ないい仕事をしています。林淳一郎さんのキャメラワークもすばらしかったですしね」

―――実際に現場に行かれて役づくりがふくらんだ面もありました?

隆「わりと僕は、現場に二、三日前に入るんです。その土地の空気とか生活感に肌でなじみたいってことがあって。撮影前から本番の衣装を着てドーランも塗って歩きまわってみたり。デビューさせてもらった『影武者』で、そういう時間をかけた役づくりを学ばせていただいたものですから。今回は特にそうした心の準備が役にたったと思います。"もしかしたらこの下に朝鮮人労務者の死体が埋まっているかもしれないね"と、みんなと囁き合ったぐらい、厳しく寂寥とした風土の辺境の地でした。こんなところで暮らしていたのかと思ったら胸が詰まりましたよ」

―――現場での監督はいかがでした?

隆「堀川監督は八十歳近いはずですが、ずっと集中力を持続してらして、凄まじい気力と体力だなと感動しました。普通だったらしんどさに妥協してあそこまで粘れないですよ。一映画ファンとして監督に心から拍手を送りたいですし、これからも何本も映画を撮っていただきたいと思いますね」



芝居には冷静な部分が必要



「影武者」、「乱」など、隆さんの演じられたものを観ると鬼気迫るような凄味があるので、エキセントリックな方を想像していたのですが、素顔は全然違って優しい方なんですね。

隆「(笑い)ふだんも笑わない人なんじゃないか、とよく言われたりします」

ーー役の人物が乗り移ってるようにすら見えるほど気迫がこもったお芝居で、かなり役に入り込むのではないかと思うのですが、演じていてその人自身になったような気がしたことはないですか?

隆「ないです。きちがいじゃない以上、本当に役に成り切るということはまず絶対できないですよ。やっていていい気持ちになるときもありますよ。でも自己満足とか自己陶酔が一番まずいと思いますね。監督が自分の芝居を客観的に見ててくれてるにしても、自分自身も常にどっかで自分を客観的に見て、冷めてる部分がないと。かといって冷静なだけでもつまらないんですけどね。気持ちを集中させることも大切なのですが......そのへんの兼ね合いがわかるようになるには、一生かかるんじゃないでしょうか」

隆さんは強烈な個性の俳優さんですね。非日常的な役柄のせいもあるんでしょうけど。

隆「逆に個性が邪魔になる場合もあるんですよ。というのは、役によっては平凡に家庭を営んでいる普通の男をやる場合もあるわけですが、僕の場合、普通に見えにくい。師匠の仲代(達矢)さんも個性の強い方ですから、サラリーマンなんかを演じるのが一番難しいんだとおっしゃっていましたけどね」

どういう役が多いですか?

隆「圧倒的に死ぬ役が多いんですよ(笑い)」

やはり悲劇性のある役が多いんですかね。俳優さんはどうしても当たり役のイメージでずっと見られてしまいがちですが、嫌なものですか?

隆「僕自身は喜劇タッチも好きだし、自分にもできるかもしれないと思ってるんですけどね。幸い、舞台をやっていると、いろんなキャラクターの役を演じる機会が多く持てるんです。だから僕は生涯、舞台も映像の仕事とうまく平行してやっていければいいなと思ってるんです」

隆さんは、黒澤明、村野鐵太郎といった日本映画界の貴重な監督と、一つひとつすごく贅沢にいいお仕事をされてきましたね。

隆「サイクルの早い今の役者の世界の中で、そういう監督と多く仕事をやらせてもらってるというのは、ホントに恵まれてると思いますし、幸せです」

俳優として一番大事にしていることは何ですか?

隆「役者は王様から乞食まであらゆる人間を演じるわけですから、庶民の方たちの生活感覚を忘れないようにしたいです。それにはふだんの自分の精神状態を、車のギアでいえばニュートラルにしておかないとダメですよね」

芝居を通して、その人の内面とか日常の生活まで滲んできてしまう、ごまかしのきかないお仕事ですものね。

隆「役者って、何から何まで満たされてしまうより、ちょっと欲求不満ぐらいの方がいいんじゃないかなって気もするんです」

隆さんのお芝居を見ているとハングリーな感じがしますよ。いつも精神的に自分を追い詰めているような。

隆「役者にはみんなそういう自虐的なところがありますよ。きついトレーニングをして自分の体をいじめることで、充実感を得ようとするのに近いのかもしれません」


 礼儀正しくて真摯な人が多い無名塾の俳優さんの中でも、ひときわ謙虚で、しかも話の中身に厚みがあった。
 彼の芝居の圧倒するような迫力は、"役が乗り移った”などという神がかったものではなく、日頃の絶えざる努力の蓄積の上にあることがわかり、感動した。高い目標に向かって地に足をふみしめて歩んでいる人の、なんとすがすがしいことだろう。


 インタビュー・構成加藤千代 戻る inserted by FC2 system