走り、歩いて二十年
現代の飛脚・競歩物語-
細川俊夫
マラソンから転向
競歩?歩く競争だつて?そんなら走ればいいのに。何もお尻をふって、苦しそうな妙な恰好をしなくても。......とよく言われる。全く、競歩なんて見たことのない人がずつと多いし、野球の華かさ、プロレスリングの血湧き肉躍るスリルに比べて、およそ地味なスポーツである。しかし、やってみると、仲々味もあるし、細かい技術やレースの難しいかけひきもあるのである。
規則は去年までは實に簡単で、何れかの足が必ず地表に着いている事。これだけだつた。今年から国際ルールが補訂されて、地に足がつく時、一瞬膝が垂直に伸びている事、が加えられた。つまり、見た目では歩いているというフォームで、オリンピックでも、此の競技の判定には、何時も問題が起きている位、難しいものである。
そのオリンピックの種目に入っている事さえ、初耳の人も少くあるまい。けれど一萬米、五萬米と、陸上種目にちゃんと入っており、日本からも、ベルリン大會に奈良岡選手が代表で行った。大體これは歐洲が盛んで、英チェコ、スウェーデン、イタリー、ソ連、フランス等が強く、外國のニュース映畫に時時そのレースが出てくるのを御覧になった方もあろう。
外苑のコースを練習していると、向うから来るアベックが、クスクス笑ってソツボをむいてしまうのには一寸くさるけれど、中にはいろいろと説明を求める人もある。先日マラソンの金栗に御食いした時、日本人は腰が強いから、マラソン同様に、非常に有望な種目だ、とましていただいたし、織田幹雄氏なども大興味を持つて居られて、よく外国選手の寫真をとつて提供して下さる。まだく日本では普及していないスポーツなのだ。
昔から、鎌倉日歸り、日光日着き、東海道は三日、など、江戸の飛脚が足自慢をした様に、健脚の人々は今でも少くない。近頃の如く、マラソンが盛んになれば、第二第三の山田選手も出するだろうが、先ず競歩で基礎をつくりなさい、と私は言いたい。私の場合は、學生時代から丁度二十年、マラソンに打込んで来たが、あまりパッとしないので四年前より競歩に轉向したのである。
七時間で一貫やせる
正直の所、歩くこと位と軽く見て早速競技會に出てみたが、とてもとてもいくら足に自信があつても全然駄目で、問題にもなにもならない。呼吸と上體が苦しいのと、むこうずねがカチカチに硬くなって、最後には殆ど動けなくなる迄参ってしまった。スピードが違う。一時間三里、軍隊時代の六キロ行軍の丁度倍だから當り前である。
ニュー・デリのアジア大會に行つた佐藤武男君、走っても十哩五十四分クラスの明地邦君など、經歴二十餘年の連中だから、一寸歯が立つわけがない。しかし練習々々で、三十秒つめ、一分つめで、少しずつ太刀討ち出来るようになった。スピードを出しすぎて、足が浮いてくると、白旗を出され一應注意を受ける。これを二度繰り返えすと失格になる。長い距離を完全に歩くフォームで一歩一歩續けていくことは實に苦しいことだった。
レースの一つ一つすべて苦しい競技だつたが、中でも昨年の七月十二日、浦和本庄間七十二キロ耐熱レースなどは生涯の思い出であろう。東海道になおすとざつと東京一國府津間、参加人員十五名。蜿蜒十八里のコースを朝六時中に出した。最初のうちこそ、さほど感じなかった暑さは、陽の登るのにつれ、ほこりと道路の悪さと相俟って、ほとほとに體力を消耗させた。勿論、十キロ毎に食糧と飲料水の補給所はある。それにしてもこれほどへばつた経験はなかつた。五十キロ迄は經験があつたが、七十キロなどというのは、一寸想像も出來なく、自信がないので自重して歩いた。五十キロ過ぎての一キロ一キロは全く氣力と我慢で持つた様なもので、付添い審判のオートバイにだまされすかされて七時間五十六分、何とかゴールインすることが出来た。本庄の町に入って歓迎の旗が見えた時は本常に涙が出る程嬉しかつた。驚いたことには、このレースで體重が一貫百匁減ったことで、全コース完歩してゴールインしたのは七名、皆フラフラだった。その中で最も激賞に償するのは、往年の競歩・マラソン選手で六十歳の宮本秀次老が、時間こそ十時間餘かかつたけれど、見事完歩したことである。私はその精神力と體力には深い敬意をいだき、自分の優勝以上にその健在が喜ばしかった。
年齢に打ちかつには
練習は、仕事のない時は大概毎日十時頃から、神宮外苑の繪畫館の廻り一周千三百五十年氷コースを歩く。やはり走ると同じで、インターバル練習法と言い、五百米をスピードを出して頑張ったら、三百米樂に歩き、又五百米スピードを出すと言った風な事を何十回と繰り返す。これはスピードと耐久力を走り、歩いて二十年兼ね合わせた練習が主だが、その他に、赤坂急な坂を幾度も登ったり降りたり、また短距離を早いピッチで歩いて、腕と足とのコンビネーションをつける。
腕を主とするスポーツ、例えば拳闘、ゴルフ、テニスなどは、絶對に足腰が強くなければならないし、反對に足を使うスポーツは、絶對に腕肩が強靭でなければならない。
此のスポーツと年齢と言うことについては、私の場合、大正五年生れの三十八歳、織田さんに伺うと、外國の選手には、頭の禿げたいいおっさんが大勢いるそうだし、現にヘルシンキ大會で一萬米競歩二位のスイスのシュワブは、親子で歩いているし、五萬米のイギリスのホクットロックは、確かオリンピック出場三回目である。日本でも三四年、静岡の朝日マラソンで、山田選手を破って優勝し古賀新三氏は當時四十三蔵、何人かの子持である。又その年かに歐洲選手権で、マラソンに優勝したイギリスのホールデンは四十五歳、カルヴォーネン、レアンダーソンなどという一流の若者を破っている。去年、山田敬選手の世界最高記録を直ぐに破ったイギリスのピータースも、三十五歳ながら今年のボストンマラソンで二位になっている。
これは私の持論であるが、陸上でも水上でも、百米の様に一時的に精力を使う競技には絶対に必要だが、ジリジリと永績的に精力を使う競技にはさほどそれが著しくないのではないだろうか。勿論、若い時と違い非常に攝生は必要で睡眠にも食事にも、一層氣を使う。例えば長いレースの前には卵を五六個サイダーにわつて飲むとか、一週間位前から、生のニンニクをすつてオブラートに包んで飲む。もつともニンニクの方は撮影の仕事で、廻りに迷惑をかけるので近頃は止めたが、経験上確かに効果があるものだ。臭さも一回のレースが終るとすつかり抜けてしまうから不思議である。その他、仕事で練習の出来ない時は蒸し風呂で汗を抜き、肉のつかぬ様にするし、柔軟體操は三十過ぎの筋肉には、缺くべからざるものである。しかし所詮はスポーツだから、仕事の撮影があれば未練な練習は中止するし、勝たんがための行き過ぎは絶對にしたくないと何時も思っている。
子供が嫌がる練習姿
二十年も走ったり歩いたりしていると、いろいろなことにぶつかる。先般「叛亂」撮影中、将校に扮して長靴をはいたのだが、何しろ、ふくらはぎが、周圍十六にもなっているので、ズボン下をはくと長靴がはけないし、はける靴だと大きすぎて恰好が悪いと言う、寒い二ヶ月半をとうとうズボン下なしで通されてしまった。十六時の足といつても、自分では毎日見てるからそれ程感じないが、他人が見ると餘程太いものらしい。考えてみれば普通人の頭より太いわけだ。
普段道を歩いていて、よく唾をひつかけられるのに閉口する。と言うのは、別に悪意がある謎はないのだが、その人は私が後から歩いてきたことをよく感じていて、まだ横をむいて唾をはいてもひつからない距離だと思つてするらしい。ところが、こつちの歩く速度が早いので、つい追い抜かんとする時によくやられる。下らない話だが、こんなことは敷囘あつた。
練習中に學校歸りの小生にでも合うものなら、もうとてもいけない。
「マラソンのくたびれたの、しつかりしろ」
なんてのはまだいい方で、
「尻振りダンス、尻振りダンス」
なんて音頭をとられるに至ると、全くくさつてしまう。家の子供達も、こんな姿の父親に合うのは餘程情ないか、恥しいらしい。宅の途中などで私の姿を見かけると、スーツと横丁に入ってしまったり、知らん顔をして逃げ出してしまったりする。だから子供達が言う事を聞かないと、
「よし、それなら競歩の恰好で學校へ行くぞ」と言うのが一番のおどし文句で、これには子供達も完全に参ってしまうから愉快である。何時か、練習で品川へ行つての歸り道、赤坂を登って、もうすぐ四谷のラストが近づいた時だった。赤坂あたりからずっとついてき自動車があつた。苦しいでしょう。今時速六哩位のスピードですよ、なんて車の窓から私は映興味深げに言ってくれる。私が人道を歩き始めると、併行して車道を走っていたが、敵を食いしばり、汗をたらしたその奇異な恰好に見とれたらしく、やはり横を走っていた高級車が急停車したとき、追突してしまった。慰め様にも何も言えず、気の毒なことをしてしまった。これなど、競歩の練習が生んだ自動車事故であろう。
私は映画に出ると、とてもやせてむしろ弱弱しい感じがするらしく、あんな激しいスポーツをやっているとは思えないのだろう。同名異人だと思っている人も少くない。今でも、貴方は線は細くて身體が弱そうですから、何かスポーツでもやつて、もう少しガッチリして下さい、という手紙を下さる映畫ファンの方もあるし、そうかと思えば、非常に熱心なスポーツ・ファンが居て、何時もいろいろ注意を與えてくれたり、激励をくれたりするのだが、私が映畫俳優なのを知らない人もいる。
「あんたはどつかで見た様な顔だね」
と言われて、くすぐったい氣持になったこともある。敢えて俳優であると言う必要もないから、その人はまだ知らないでいる。
マラソンでは二十年、遂に芽を出さずに終つてしまったが、この練習に於ける人間修養こそ、オリンピック優勝にも値する、尊いものだと思つて、決して無駄ではなかつたと信じている。(映輩俳優・十哩競歩、日本選手權保持者) 戻る