朝倉喬司 ミュージックマガジン 1986年12月号


 「あんときはさ、赤坂署にパクられたんだけど、俺たち芸能人の場合は、マスコミの前にさらすんだよね。 手錠つけたのを、こう、芸能人だからって、かっこうの、もうさらしもんみたいにしてね。 こうほら、花道みたいになっててさ。今度の三浦知良がまさにあれだよね。 で、そん時に芸能レポーターやカメラマンが『内田恥ずかしくないのか』とか『恥を知れ』とかいうわけよね。 今でも覚えているけど、俺は言った奴ん方に顔向けて、そいつの事はっきり見たいんだ。絶対見といてやるつもりでね。」
 劇中の内田裕也には、「〜さん、ひとこと、何かひとこと」とかの、 舌に張り付いてしまった職能の言葉を発する以外、ほとんどセリフらしいセリフはない。
 マンション自室の留守番電話に録音された「キナメリさん、お願いだから〜ちゃんをいじめないで、お願い」とか 「バカ、死ね」とかいった声、「やぁ、よかったよ、音事協が何言ってきたって跳ね返すからな。もっともっと突っ込んでくれよ。」 などともっともらしくいう番組ディレクターのセリフが、黙った彼の輪郭を浮かびたたせるような構成になっている。
 テレビ向けの作り笑顔で報告を終わった後、カメラを外れたところで黙りこくる彼の顔、 あるいは松田聖子の結婚式での大乱闘の後、自分を映しているビデオカメラにむけた暗い目に、キナメリさんを越えた内田の原質がにじみだしていた。 映画は、そのような主人公の沈黙の背後に、得体のしれぬもう一つのストーリーが進行しているのではないかという気配とともに展開し、 最後に、案の定、裏側のストーリーが表に噴出した風に、主人公の投身に至るのである。
 ・・・彼自身も、時代が自分に近づいてきたことを、さすがに敏感に感づいている。
 昔、徳田秋声を愛読して、「コミュニスト的なとこもある」という彼は、意外なほど社会派的な姿勢を持っている。 あのキナメリさんにもそれが反映していて、彼は芸能レポーターというジャーナリズムの上っ面を滑ってるだけの自分に嫌気がさして、 豊田商事事件の被害者宅を、コツコツ回ったりするのである。 私は、この構図にはちょっと疑問があって、ああいう真面目さ自体がすでにジャーナリズムの上っ面にされてしまっているのが現状だという気がするが、 汗を拭きながら現場を歩き回るキナメリさんを見ると、それを口にする気がなくなってしまう。


戻る
inserted by FC2 system