植草 「動脈列島」は東映の「新幹線大爆破」同様、企画の段階から製作の是非を問われてずい分物議をかもして来たわけですが、 今日は増村監督を中心とする主要スタッフと主演者の皆さんにお集まりいただいて、そのテーマ、撮影中のエピソードなどを中心にディスカッションしていただきたいと思います。 まず企画の時点で東宝内部でもかなり問題があって一時中断されていましたね。

山田 清水一行さんの原作が出版されたのが去年の十二月ですが、一月中頃、 映画化を決めたときから新幹線関係の撮影をどうやるか、非常に苦労したわけです。 それで二月だったと思いますが、たまたま新幹線が開業以来一〇年たってガタがきたというので総点検をやる、 昼間、新幹線を止めてでもやるという情報 が入ったわけですね。その機会をのがしたくない。その時点ではまだ正直いって台本もかたまっていない段階だったけれど、 そのチャンスをのがしたらもう撮れないだろうという絵は、当然そこに出てくるわけですね。だからいわば見込み発車というか、見切り発車というか、 そこからとにかくカメラを廻しちゃおうということで廻し始めたわけです。かたわら並行して会社側と製作の交渉をするという作戦をとったわけです。

植草 その作戦はプロデューサーとしてはかなり勇気のいるものだったと思いますが。そのあとに出た製作中止の具体的な理由は何だったのですか。

藤井 要するに、真似する人が出たら困るとか、社会的に悪影響を及ぼすのではないかと、それが反対の理由だったんです。 作るほうのぼくたちは、真似するといっても、新幹線というのはそういう点はかなりうまくできているから、そう簡単に真似できない。 社会的に悪影響を及ぼすということはあり得ないから、どうしてもやりたいといい続けていて、結局再スタートしたわけです。

植草 山田さんは、製作中止の命令は映画屋にとっては死刑にも等しい宣告だとキネマ旬報の七月下旬号の随想欄に書いていらっしゃいましたね。

増村 大げさにいえば、やったほうが映画界にとっても得だし、東宝にとっても得ではないか、くらいに思いましたけどね。 だからこれはやったほうがいいんだと。そうころがっている材料じゃありませんからね。

植草原作には「転覆」という言葉が盛んに出てきますが、シナリオ化段階でこれを削ったのは意識的にですか。

白坂 意識的にですね。山田さんも藤井さんもぼかしていましたが、はっきりいって、 藤本真澄さんからの「転覆」という言葉は使わないようにというアドバイスで切ったわけです。

山田 まあ、製作中止をはね返す一つの条件だったんです。監督が粘ってその 条件を取りつけたわけですが。

植草 それは、かなり強固な削除申し入れだったのですか。

白坂 そうですね。「転覆」「人命殺傷」「ブルドーザーが落ちること」。この三つを切らない限りやらせません。 うちは阪急電鉄の子会社ですから、といわれたら、こっちはもうしょうがない。(笑) だけどぼくはみんなが騒ぐほど藤本さんは がんこ親父ではないと思っていた。 つまり一七、八年前に「野獣死すべし」というめったやたらに人をぶっ殺す映画を、平気で撮らせるプロデューサーですからね。 いまだったらどうということはないけれど、当時の常識ではちょっと考えられなかった。 「週刊朝日」もめためたにたたいて、津村秀夫氏がおこって「これはひどい、作ったやつはみんな気狂いだ」 とまでいった作品のプロデューサーなんですからね。(笑) たかが「転覆」や「ブルドーザー」くらいで中止するとは、ぼくは思わなかったですよ。それで増村さんと二人で藤本さんに会いに行ったら、 「いやいや、私はあんたの仕事をちっとも邪魔しようとは思っちゃいない」とおっしゃられて、 案の定ぼくの思った通りだった。 それで、「どうしたらいいんですか」と聞くと、 「じゃ転覆と、人命殺傷と、ブルドーザーが落ちるところを削って下さい」という。「それならまかしてください」。(笑) それでまたやり直しということになったわけです。それで一たん解散しかかったスタッフもまた集まったん じゃないですか。その辺はよく知らなかったけど。いまとなっちゃ笑い話ですけど。そのときはちょっと深刻だった。

山田 解散しかかったのじゃなく解散したんです。ちゃんと解散式をあげてね。フリーの方もいますから、スタッフを呼んで、申しわけないけれど今回中止になったと。 皆さん、ここで解散しますといった翌日に話がひっくり返って、再招集したわけです。具体的には、監督と藤本さんとの間で、 いまいったような条件をわれわれが受け入れたならば、製作再開してよろしいと。 解散した次の日に製作再開が決まって、またあわててスタッフを電話で呼び集めたわけです。

植草 増村監督はこの企画にどの辺から携わられたのですか。

増村 シナリオの構成ごろからタッチしました。一月の末頃ですね。

植草 主に原作のどんなところに魅かれましたか。

増村 やっぱり、秋山という青年が片方にいますね。もう一方に滝川という、まあこの人は青年とは申し上げられないけれど、 捜査官としては青年的な心情を持っている。この二人の対立がおもしろいし、それを中心に描きこんでいけば、 普通の単なるアクション・サスペンスには絶対ならないと思いましたね。 それからもう一つは、公害という生々しい現実の問題を持っていますからね。 わりと深みもあって、足が地に着いたアクションドラマになるのではないかということですね。

藤井 サスペンス・ドラマとして、最近になくよく出来ているのではないかと思います。それと、いま監督がいわれたように、 公害問題というものと、新幹線という、二つの大きな素材が目新しいし、 たいへん現代的な要素を持っているので、それをもっと大型のサスペンス・ドラマにしたらおもしろいのじゃないかと思いましたね。

植草 白坂さんはいかがですか。

白坂 最初、一月の半ば頃だったかな、山田氏が原作を持ってきて、すぐ読んでくれというので読んだときには、これ、どうしようかなと思ったんです。 中にも出てきますが、「人間の進歩の過程において、必ず犠牲が出る」ということですね。だけど、これ、幾ら突っついても堂々めぐりの話なので、 そこのところは観客に考えてもらわなきゃしょうがないんじゃないかと、監督とも話して、その問題はそれで一応決着がついたけれど、 もう一つ、近藤正臣さんのやる秋山という主人公の犯行の動機が薄弱なんですね。これで非常に困っちゃって、ぼくは ぼくなりに、要するにこれは「気狂いピエロ」であるというふうに考えたわけです。北島三郎の歌にありますね。有名な歌「兄弟仁義」ですか。 俺がやらなきゃ世間が目を覚まさないという、 ややピエロ的なところもあるけれど、そういったヒューマニズムみたいなものですね。 だけど、それでもいま日本赤軍派がやっているような、あんな幼稚なことではないと思ったから、それですべりだしたんです。

良質のサスペンス・ドラマに

植草 ぼくは清水さんの原作を読ん で、これを映画化する場合、狙う角度によって、ずい分いろいろな作り方が出来ると思いましたが、 記者会見で増村さんや藤井さんは「知的ゲームのおもしろさ、娯楽映画のおもしろさ」とおっしゃっていましたが。そこに絞り込むまでにどんなミーティングが行われたのですか。

藤井 最初から、いわゆるパニック映 画とか、そういう類のものにするつもりはまったくなかったですね。ですから、 あくまでもサスペンスドラマとしてのおもしろさを十分盛り込んでいこうと脚本を作る段階で、そんなにあっちにいったり、こっちにいったり、迷ったりなんかはしなかったんです。 つまり、いわゆるパニック映画にもしたくないし、そうかといって、公害を訴える映画にもしたくないということですね。

植草 藤井さん、増村さん、それに関根恵子さんもそうですが、旧大映出身の人が多いなかで、田宮さんも久しぶりの映画出演ですね。 いつもとは違った雰囲気の中でお仕事をされたと思いますが、いかがですか。

田宮 私がこの話をいただいたときは まだ寒いときでした。関根恵子さんが出たり、ほかの出演者が誰でということも、まったく知らなかった時点ですし、 藤井浩明さんからお電話をもらって、白坂さんと監督の三人が、私のよそで仕事をしているその仕事場へ、三〇分ばかりの休憩時間のときにお越しいただいたわけです。 旧大映のメンバーというのは、意味のないような意味のあるような言葉で、意味のあるという意味では、いま純粋な映画監督で、会社側にも屈せず、力のある俳優にも屈せず、現場のいかなる 困難にも屈服しない監督は、おそらく日本で五人くらいしかいないのじゃないか。その中の一人が増村さんで、その仲間が藤井浩明さん、白坂依志夫さんですね。 もう一人のプロデューサーである山田順彦さんとも「豹は走った」という作品で組んだことがありますし、みんな知った人ばっかりで、要するに映画屋だということ。 そういう人たちばっかりが作ろうとしているんですから、要するに映画が出来るのだ、そんな実感が瞬間にひらめいたんです。

植草 映画屋、ですね。

田宮ホンを見せてもらえたわけでもない、何でもないけれどもそんなことは必要ない。ぜひとも自分でお願いしたいくらいです、一〇〇%出ます、出していただきたい、と。(笑) 私は喜んでやった。だから旧大映も現東宝も、映画のやつは映画のやつだ。それにはみんなここまで来るのに二〇年から三〇年かかっていますね。 そういう中で自分を作り上げてきた人たちが、この作品を作る。私もその仲間に入れてもらえるということ は、ああ、また映画をやれるんだということです。 久しぶりに映画に出演するということでなくて、ずっとどんな作品が来ても断り続けてきたが、やっとこれで出られる映画と邂逅出来た、という気がしました。 ですからさっきの「旧大映」 という妙ないい方には関係なくて、要するにみんな「映画屋」じゃないかということですね。テレビのスタジオ・ドラマはきびしいけれども、 映画は肉体的にもっときびしい。だけど、一つの役柄、一つのシーン、一つのダイアローグに固執するというか、中にグリグリ穴をあけていくみたいな、 それはやっぱり映画屋の仕事は、ほかの社会の人には一切出来ない仕事、そういう気持でした。

植草 近藤さんと梶さんは増村作品初出演ですね。

近藤 かつて、自分の力をこんなに要求された仕事というのはなかったですね。 自分では全力投球したつもりなんですが、それで果たして増村監督の要求に答えられたかどうか。今、自責の念にかられているところなんです。

梶私は撮影中ずい分怒られましたけれど、それでも増村さんのようなタイプの監督さんに今まで会ったことがありませんでしたから、それはもう大変勉強になりました。

近藤 出演し終った今、確かな実感としてあるんですが、 映画が出来上がってもし主人公である秋山を演じた近藤正臣 がいいといわれたら増村さんのおかげだし、もし悪いといわれたらそれは自分自身の責任だ、という気がしているわけです。大変不思議なことなんですが。

植草 秋山は、正義感の強い理想的な青年として描かれていますね。

近藤 ぼくははっきりいって、この混沌とした現代にあって、ドン・キホーテ的なあの理想主義にはそれほど魅力を感 じなかったですね。 それよりも、シナリオを読んでさきほどもちょっと出た知的ゲームのおもしろさ、スマートさに魅かれましたね。流血や殺しがあるわけではありませんしね。

植草 田宮さんは、近藤さんの犯人を追う頭脳明晰で情熱をうちに秘めたようなエリート警察官に扮しているわけですが、田宮さんのキャラクターとしてはわりあい珍しい役どころですね。

田宮 これは増村監督に預けたようなものですよ。ただ丁寧にやるということですよね。ところで増村さんと何年やっ いないんですかね。

増村 何年に大映をやめたっけ。ぼく 「大悪党」が4年だから、それをやって、「不信のとき」をやって、やめたわ けだから七年ぶりですか。

田宮 私にしてみれば、ある時期から突然田宮、田宮と使っていただいた増村さん、藤井さんと、もう七年間会っていないけれど、ちっとも変わっておらんねといわれたらえらいことですよ。 つまりその七年間、無駄に過ごしてきたわけじゃないんだけれど。つまり書物だとか、ほかのものを見ることで勉強するのではなくて、 俳優の芝居は、自分の人間と照らし合わせていくものですから、とても 時間がかかることで、うまくサッといく人もいるし、のろまもいるし。そういう意味で、あんまり変わっておらんね、といわれたらえらいことで。(笑)

植草 増村さんは原作を読んだときから、近藤さんと田宮さんを考えていたわけですか。

増村 田宮さんは考えていたんです。近藤さんと梶さんは、藤井さんと山田さんが考えてくださって、 関根君は、結局ほかにいないんじゃなかろうかと、 彼女に落ち着いたんです。たまたま途中でストップした時期がありましたね。そのおかげで関根君は出られるようになったんです。

植草 田宮さんのやる滝川という役は 大変なエリートですが、自らはあまり行動せず、 頭脳で事件を解決していく、いわばシャーロック・ホームズ的な人物ですが、 劇中では犯人の人格を信じているところがありますね

田宮 私が思ったのは、「ジャッカルの日」で、フランスのディテクティブ警部が出てきますね、 犯人を追いつめる。あの人はああいう風貌をして、私は違う。 あの警部が理想だと、打ち合わせのときにちらっといわれたことがあるんですが、でも、それは私にはできない。風貌も違うし、キャラクターも違う。 たまたま「ジャッカルの日」を撮り終えて三日目くらいにフレッド・ジンネマンとロンドンで一緒にめしを食ったんです。 そのとき私は「原作では警部がおもしろいと思います」といったら「どうしてそんなことを知っているんですか」「いや、日本ではとうに翻訳されています」と。 俳優って、そういうところ、すごいナルシストというか高慢というか、ほかの作品を見ると私だったらどの役をやるか、 どういうふうに演じるか、あいつはあんなふうにやるけど、俺だったらこうすると、即考えるんですね。だから、私がやるとしたらやっぱり警部だろうなと思っていたんです。

増村 田宮さんとは七年ぶりに仕事をしたわけですが、ずいぶん変わりましたね。ずいぶん苦労したし、ずいぶん人生を知ったんじゃないかという気がしますね。 それは田宮さんの厚みとか、深みとか、幅になって、実際に出てきていますから。俳優さんは芝居ばっかりやっているのが脳じゃないなと思いましたね

植草 具体的にどのようにですか。

増村 言葉では説明しにくいのですが、あのころの田宮さんとはかなり違いますね。やっぱりそれだけ苦労したんじゃないですか、 実際に、人間的にね、ないしは社会的にね。それが出ていますよ。

植草 さっき田宮さんから「ジャッカルの日」のお話しが出たのですが、かなりヒントになりましたか。

白坂 大変参考にはなりましたが、ただ「ジャッカルの日」は、フレデリック・フォーサイスの原作はおもしろかったけど、フレッド・ジンネマンの映画はあまりおもしろくなかったですね。 その撤を踏むのはちょっとまずいと思いましたね。だから「ジャッカルの日」は参考にしたことはしたけれど、それだけの話で、決して「ジャッカルの日」ではないです、これは。

植草 原作者の清水さんとはどんな話し合いをされたのですか。

藤井 映画化については何も話しませんでした。清水さんは「映画と小説は全然違うから、ご自由に映画化してください。小説の『動脈列島』は清水一行の作品だけれど、映画の『動脈列島』は増村保造の作品だ」といわれました。 ですから全然相談しなかったんです。

山田 清水さんはそういうことは、すごく割り切っていましたね。

カメラが新幹線を止める?

植草 撮影については別項で撮影監督の原一民さんがお書きになっていますが、 今回はずいぶんゲリラ撮影をしたと聞いたのですが。

増村 まあ、ゲリラといいましても、新幹線そのものはそんなに年中厳重に鉄道公安員ないし警察が警備しているわけじゃないですから、 幾らでも接近できるし、望遠レンズはたくさんあるし、楽に撮れますね。敷地内に入ったって、いちいち文句言いませんし、けっこう撮れましたよ。 ただラスト・シーンの坂野坂付近の撮影はちょっと危険がありましたが、それ以外はあまりありませんでした。

山田 危険という話が出ましたが、監督のおっしゃっている意味の危険では、確かに坂野坂は危険です。もう一つ違う意味での危険は、名神高速のロケーションです。幸い事故は起きなかったです が、これはかなり危険な撮影です。

植草 巧妙な電波作用で新幹線をストップさせるシーンですね。 動いているものを視覚的に停止するというのは、どういうことかよくわからないのですが。

増村 止まる止まらないというのは、相対的な問題ですからね。走っている車の中から、止まる新幹線をどう撮るかというわけですね。これは非常にむずかしいです。 キャメラを止めておいて新幹線を止めるなら、ストップモーションをかければいいわけで、走っている車から新幹線を止めるように見せかけるというのは、 かなり複雑な手続きがいるわけです。 アングルや何か。まあ、何とかなったと思っていますけどね。

山田 あれをやれる自信があった一つには、われわれのほうで何度か使った名ドライバーがいるわけです。 彼で何とか新幹線と並走できるのじゃないかという見通しが、最初からありましたし、 そこから先はキャメラマンの工夫で何とかやれるのではないかと。実際に予告篇でも劇場にかかっていますから、車に詳しい方がごらんになれば、 ほんとうはもっと問題にならなきゃいけないんです。完全 に二〇〇キロ近いスピードで走っている 新幹線を、ワンカットの中で自動車のほうが追い抜いて行くわけです。 お客さんはそれだけを見るでしょうが、新幹線を追い抜いている自動車を、それよりか前に行って写しているキャメラ用の自動車がもう一台あるということは、お客さん にはわからない。これは大変な撮影なんです、ほんとうは。無事故で終ったからよかったですけどね。

植草 もう一つ技術的な面でお聞きしたいのですが、新幹線が脱線するシーンがありましたね。 あれはどういうふうに撮影なさったのですか。

増村 あれはいわないほうがいいんじゃないですか。(笑)

山田 まあ、豊橋駅でオーバーランしてはずれた、というふうに見えているはずです。それと、どこのシーンが苦労したというのではなくて、全体的に今回一番まいったのは、 国鉄と警察が非協力というだけならまだしも、積極的ではないまでも、かなりぼくらの仕事に対して、無理解であり過ぎたということ。そういうこまかい現実の問題の排除が、非常に苦労した部分です。 どこということでなくて、全体的にですけれども。ぼくらが道 路使用許可をもらいに行くわけです。映画会社のロケーションの許可は、普通、どんな映画でも大体くれるんですが、 それが「動脈列島」だとわかると、そこで何かちょっと条件がついてみたり、だめだといわれてみたり。

増村 愛知県警でも、ギャング映画なら幾らでも協力するけれど、「動脈列島」 に関しては協力しない。 愛知県にとって公害はタブーですから、それを問題化することは避けたい。 それから日本道路公団も、国鉄と関係あるから高速道路の使用を許可しない。小田急も、国鉄と関係 あるから、構内撮影はご遠慮願いたいと。国鉄って、まだなかなか偉いんですね。(笑)

山田 日本道路公団の場合は、国鉄と関係があるということよりも、自分のところも首都高速道路が、いま騒音公害のやりだまに上がっているわけです。 だから公害問題を摘発するテーマだととられますから、やっぱり協力しがたい。ほかの普通の映画なら、どうぞ使ってくれてけっこうだけれど、「動脈列島」に関しては困る、 ということであちこちでシャットアウトを食らいましたが、こっちは撮りたいだけの絵は撮りました。その辺は、今回は撮影隊とあちらさんとの知恵比べで、 許可を出さなかったほうにしてみれば、どうやって撮ったかとびっくりするような絵が、ずいぶん入っています。

植草製作に五ヵ月を要したということなのですが、 増村監督はこんなに長く一本の作品にかかわったのは初めてじゃないですか。

増村 そうですね。「兵隊やくざ」の第一作が、一月に入って三月に終っています。「氷壁」も長かったな。一二月から三月ころまで。それくらいですね。

山田 一番困ったのは、途中で外歩いている人の服装が変わっちゃったんですよ。最初の頃の盗み撮りと、 後半の盗み撮りとじゃ。上着を着ていたのが、みんなワイシャツ姿になっちゃって。 二月ごろ盗み撮りした国鉄職員と、あとで盗み撮したのと合わなくなってくるので映画 では全部合い着で通していますけれど。

植草 増村さんは新幹線を「日本人が作りだした乗り物としての傑作だ」とおっしゃっていましたが、興味はあったのですか。

増村 いや、特に興味はないのですが、日本人はときどき、そういう馬鹿げた傑作を作るでしょう。零戦とか、あえなく沈没しちゃったけれど戦艦大和とか。 あれはくだらないけれど。世界で最初の航空母艦という機動部隊を作ったり世界で最初の二〇〇キロを超す大量輸送手段、つまり地上の電車を作ったのは日本人だから。 その点は国鉄の文化映画を見ても日本人は貧乏人のくせにたいへんなことをやる国民だと思いますね。ところが、貧乏人だから、そんなものを作るととんでもない公害が起きて、 いろいろ逆の意味の問題が起きてくるんじゃないですかね。それが、だから騒音公害になったり 振動公害になったりするんだと思うんですけど。 日本人は必ずそういう無理を一つやらないと前にいかない国民で、またそういう無理をやっているから、明治以来今日までカッコついているんじゃないですか。

植草 山田さんは実際に名古屋の騒音の現場には行かれましたか。

山田 行きましたがやっぱり暮らしてみないとわからないですね。フッと行ったくらいでは実感としてわからない。ただ、僕らも相当騒音の中で暮らしていますから、ある程度感覚的に麻痺している ところがあるでしょう。特に東京のど真ん中で仕事をしているということはね。

梶でも、板野坂で、新幹線のすぐ脇 に立っているシーンの撮影があったんですけど、すごいショックですよね。 ものすごいショック。風圧がすごいですね。 だから、あれがしょっちゅう通るところで暮らしている人たちは、すごいんじゃないかと思ったわ。

増村 その問題地区は名古屋の南部ですが、昔は二〇〇キロで突っ走ったところを、いまは国労や動労の自発的行為として、 一〇〇キロくらいにスピードダウンしているでしょう。 キャメラを家の中に持ち込んで撮りましたが、そこの人たちの話を聞くと、相当ひどいですね。

植草 「動脈列島」は増村作品としては「巨人と玩具」が一番近いような気がします。

増村 それと、「黒の試走車」でしょうね。あれは宣伝媒体やテレビはまだあまり登場していない、つまりマスコミの成長時期ですね。 そのマスコミの悪みたいなものを描いたんだし、 「黒の試走車」 は、日本の高度成長時代の始めで、産業 資本というものがどんなに横暴なものかということを描いたから、その点じゃ同じです。 あのときは田宮さんが批判者、反体制側になって、今度は体制側の人間。 比較的むずかしい役だけれど、そこを田宮さんはうまくやったんじゃないですか 二枚腰、三枚腰のところ。とぼけているんだか、本気だか、まじめだか、不まじめだかわからないけれど、締めるところはきちんと締めているという、わりとむずかしい役ですけどね。

植草 白坂さんは増村さんの二作目 「青空娘」でコンビを組んで以来ずっと やってこられたのですが、最近では四四 年の「盲獣」以来ですね。

白坂 そうですね。 最近二度続けて企画が流れて、今度また流れたら三度目 だといったら、「いや、三度目の正直だ。 どうしても俺はやる」といって。だから女房役としては、とことんつき合わなきゃいけないと思ったから、増村さんと二 人で藤本さんのところに会いに行ったんです。それで「巨人と玩具」ですが。あのときは経済高度成長時代が始まるちょっと前の、 気狂いじみたどんちゃか騒ぎみたいなものを描いたわけですが、今度は完全に高度成長時代が終ったわけですね。 はたしてこれからどうなるかわからないけれど。ぼくは旅行ぎらいで、新幹線の恩恵に浴していないほうの人間なんですが、 ぼくはあんなもの三時間で走る必要はないんじゃないか、六時間でも七時間でもかまわないという気がして、しようがないんですけどね。 その間に文庫本の一冊でも読んだほうがいいんじゃないかと。そこまで原作には書いてなかったけれど。ぼくは近藤君のやった役に、そういう意味ですごく共感しましたね。


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